今度は私から
『——絶対可愛くさせてやりますから!』
そう高らかに放った私の宣言で、先程まで余裕そうだった表情がほんの少し崩れる。
「私が、ですか……?」
「はい、私ばっかりじゃ面白く……じゃなかった、申し訳ないな〜って」
危うく本音が出そうになった。いや、後者も本音だが、どちらかと言えば前者の方が強い。
いつも揶揄われるだけだと思わせない。
それに——、私が選んでもらったように、彼女にも選んでみたい。選んであげたい。
「……分かり、ました。では、お願いします」
「任せてください!」
そう答えたものの、いざ夜月さんの服を選ぶとなると、思った以上に難しい。多分、なんでも似合ってしまうんだろう。けれど、それが逆に彼女の容姿に頼ってしまうみたいで悔しいと感じた。だからこれは、私がちゃんと決める。
ラックに並んだ服を一着ずつ眺める。
可愛いもの。
綺麗なもの。
大人っぽいもの。
少し落ち着いたもの。
どれも夜月さんに似合いそうだ。うん、似合うと思う。
「…………」
けど、それじゃダメだ。
私がさっき選んでもらった時、肌の色は当然に、彼女は私の髪や瞳の色まで全てのパーソナルカラーを見て、私に合うものを考えてくれた。
なら、私だってちゃんと考えたい。
夜月さんの綺麗でさらさらな水色の髪。
少しタレ目がちな美しい黒い瞳。
普段の柔らかい雰囲気。
そして、時々見せる意外と子供っぽい表情。
そこまで考えて、ふと一着のコーデが目に止まった。
淡いアイボリーのニットカーディガン。その下に合わせるための、少しくすんだローズピンクのブラウスがセットで置かれている。ボトムスは、落ち着いた色合いのダークブラウンのロングスカート。
派手ではない。けれど、柔らかくて、どこか温かみのある組み合わせ。
「……これ」
手に取って、夜月さんの方をちらりと見る。
水色の髪に、淡いアイボリー。そこへ少しだけローズピンクを差し色にすれば、全体的に優しい雰囲気になるはずだ。
「なんて…」
考えてみたけど、そもそも私は洋服やコーデについてなんて全くの素人でネットで流れてきた情報、それと夜月さんのパーソナルカラーがこのコーデと合うかどうかを頑張って見極める事しかできない。あとは、直感だ。
でも——。
「これが、いい…」
不思議とそう思った。
服そのものが特別好みだったわけじゃない。けれど、これを着た夜月さんを想像すると、なんとなくしっくりくる。
「決めました!これ、着てみてくださいっ」
「可愛らしいお洋服…」
「素人の感覚で選んでみたんですけど…どうでしょうか」
「今から私が白花さんに染められてしまうと思うと、なんだかドキドキしてきますね〜♪」
「——っ…」
まだ軽口を叩くか、この人は。やはり私より一枚上手という事なのだろう。
彼女は私に背を向け、試着室へ入った。
◆◇◆◇◆◇◆
しばらくして、カーテンが開いた。
私の選んだ服に身を包んだ夜月初奈が可憐に佇んでいて、ほんの一瞬だけ世界から音が消えたような気がした。
「——ん、——なさん、——白花さんっ!あの…どうでしょうか。黙っていられると、不安で……」
「あ、あぁっ!ごめんなさい!見惚——」
不意に言葉が詰まる、見惚れてたと言うことがなんだか恥ずかしい気がして。いつもならこんな美少女に可愛いだの綺麗だの、そんなのいくらでも言ってるのに。
「……に、似合ってると思います」
「——っ!本当ですか…っ!?嬉しいです…」
素直に喜ばれると逆に……。あれ、なんだろ。なんなの、これ。落ち着け、落ち着け、落ち着け——!
ばちんっ——!!
「ひゃっ!?し、白花さん……?何故、自分の頬を叩いて?」
「気合いの入れ直しです、気にしないでください。それより、良かったです。私の選んだ服、とっても似合ってて」
雑念は消し飛ばした。代わりに頬に赤い痕が付いてしまったけれど。
夜月さんは試着室から出て、私の手を包み込むように握るしめる。
「私、これ着て帰ります。それで…その、よろしければ白花さんも私の選んだその服、着て帰っていただけませんか…?」
「うぐっ…その上目遣いやめてくださいっ。着ます!着て帰りますから!」
元々そうしようと思っていたけれど、このようなお願いをされたら着ないなんて選択肢はなかった。
私達はレジで会計を済ませ、その服のまま店を後にした。
「……なんだか不思議な感じですね」
夜月さんがそう口に出す、人に選んでもらった服で外を歩くのは慣れないのだろうか。かくいう私もさっきからずっとそわそわしまくりだ。
「何そわそわしてるんですか?もしかして、手…繋いで欲しいんですか?」
「違いますよ……!夜月さんも袖の部分、弄ってるじゃないですか……」
「……」
図星か、あるいは無意識だったそれに気付いたのか、夜月さんの身体がぴたっと停止する。
「……見てたんですか?」
「そりゃ見ますよ。さっきからずっと弄ってるじゃないですか」
「…………」
夜月さんは自分の袖を見下ろして、それから少しだけ顔を逸らした。さっきまでの余裕そうな表情が、少しずつ崩れていく。
「……白花さんのせいです」
「えっ、私!?」
「はい。私が選んだ服を着てくださっているのが、なんだか嬉しくて……」
「…………」
今度は私が黙る番だった。何を言っているんだ、この人は。そんなことを平然と言われたら、こっちはどう反応すればいいのか分からない。
「……そういうこと、さらっと言うの反則だと思いますよ!?」
「ふふっ。白花さん、また顔が赤いですよ?」
「夜月さんだって赤いじゃないですか!」
「私は元からです」
「そんな、ダルマじゃあるまいに!!」
思わず声が大きくなる。
すると夜月さんは、耐えきれなかったように笑い出した。
「ふふっ…あはっ」
「もう……」
揶揄われている。絶対に揶揄われている。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
むしろ、こうして笑っている夜月さんを見ていると、さっきまでの映画館で怯えていた姿とはまた違う、いつもの彼女が戻ってきたような気がして少し安心する。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、夜月さんは笑いを収めると、今度は少しだけ微笑んで、自分のカーディガンへ視線を落とした。
「でも……本当に嬉しいんですよ」
「……」
「白花さんが私のために選んでくださった服。私、とても気に入りました」
そう言って、彼女はカーディガンの裾を軽く摘まむ。その仕草はさっきまでとは違っていた。照れ隠しでいじっているわけではなく、本当にこの服を大切に思っているように見えた。
「だから、今日はこれを着ていたいです」
「……なら、良かったです」
その言葉が口から出た時、自分でも驚くほど素直な声になっていた。
さっきまでの恥ずかしさとは少し違う。自分が選んだものを、こんなにも喜んでもらえる。その嬉しさが、じわじわと胸の中に広がっていく。
服を選ぶことなんて、今まで大して興味を持ったこともなかった。可愛い服を見れば可愛いと思う。
けれど、それを誰かのために選ぶなんて考えたこともなかった。
なのに今は。
夜月さんが私の選んだ服を着ているという、それだけのことが嬉しくて仕方がない。
私は自分の袖を見下ろす。こちらも、夜月さんが選んでくれた服。そう考えると、なんだか妙な気持ちになる。お互いがお互いのために選んだ服を着ている。
それだけなのに——、まるで今日一日の出来事そのものを、服に残しているような気がして、それが思っていた以上に嬉しかった。
「……じゃあ」
私は少しだけ胸を張る。さっき夜月さんにやられっぱなしだった分を、今度こそ取り返す。
「今日のコーディネートは私の勝ちですね」
「……勝ち?」
「はい。夜月さんを可愛くするっていう宣言、ちゃんと達成しましたから」
さっきは見惚れて何も言えなかったけれど、今度はちゃんと言葉にした。
「夜月さん、今日すごく可愛いですよ」
「…………」
夜月さんが固まった。
いつもなら何か言い返してくる彼女が、何も言わずにこちらを見つめている。
しかし、その沈黙が妙に長く感じられて私は少しだけ不安になる。
「……夜月さん?」
「……白花さん」
「今日、私のこと何回困らせるつもりですか?」
「え?」
「そんなこと言われたら……もっと好きになっちゃいそうです」
「…………へ?」
一瞬、時間が止まった気がした。
けれど。
「……って言ったら、どんな顔します?」
「なっ……!」
その瞬間、夜月さんの口元が、ゆっくりと持ち上がった。いつもの、あの笑顔。
「やっぱり白花さん、面白いです♪」
「~~~っ!!」
「ふふっ」
またからかわれた。私は頭を抱えながら、思わずその場にしゃがみ込んだ。
「もう! 夜月さん!」
「はい♪」
「そういう冗談、本当に心臓に悪いですからね!」
「覚えておきます」
絶対覚える気がない顔だ。
でも、いつもの調子に戻ってくれた事に少し安心感を覚えた私もいた。
「では、今日の勝負は私の勝ちですね?」
「……納得いかない」
「ふふっ♪」
結局、最後の最後にはたった一言でまたひっくり返された。まるで最初から最後まで、私が掌の上で転がされていたような気分だ。
またしても私は、夜月さんに負けたのだった。




