誰かの真似じゃなくて──
駅前の大通りを抜けると、休日らしい街の景色が広がっていた。
学校へ行く時とは違う、少しだけ浮ついた空気。普段なら制服姿の女の子ばかり見ている私にとって、私服姿の女の子が行き交う休日の街は、それだけで新鮮だった。
「白花さん、どこから行きます?」
「えっと……まずは駅の近くにあるカフェに行こうかなって。そのあと、ショッピングモールを見て回って……時間があれば映画とか…」
——と、夜月さんに掴まれていた手に意識が向く。突然のことだったため、掴まれるがまま着いていっていたが、改めて考えるとなんだか気恥ずかしい状況だった。
私はぱっと、握られた手を離す。
「あ………」
夜月さんは何故か少し眉を下げたが、そのまま前を向き直した。夜月さんの歩くスピードが速くなる。
「ちょ…、速くないですか?」
「そんなことないです」
少し声のトーンが下がった気がした。私も早歩きで彼女に追いつく。その横顔はなんだかムスっとしていた。
「あの…私、何かしちゃいましたか…?」
「いーえー、何もしてません」
明らかにご機嫌が斜めになってしまっている。ぷいっと顔を背け、口を尖らせている。
(何に…拗ねてるんだろう…)
かくいう白花吟葉は超が付くほどのニブチンだったので、彼女が機嫌を損ねた理由が分からない。
「えっと…夜月さん。私、何かしちゃったなら謝ります。女の子と…その、二人で出かけるの、初めてで…。変なことしてたらごめんなさい」
私が謝ると夜月さんはため息を吐いた。そして、私の方に向き直す。
「もう…そんなこと言われたら、私もこんな態度とれないじゃないですか〜…」
彼女はさらに私に近づく。ずんっ、と前に出て顔と顔が近くなる。
「その代わり…ちゃーんと、私をエスコートしてくださいね?」
「そ、それで…許されるなら、やりますっ…」
エスコートなんて大層なものではないが、予定は組んできてはいた。それが、エスコートに変わっただけだ、なんとかしてみせる。
「エスコート…エスコート…」
エスコートなんて、もちろんしたことがない。そのため、頭を回して、捻り出して情報をかき集める。
エスコート…かっこいい…スパダリ…。
「…………あ」
私の知る限り、最もスパダリの身近な人間を頭の中で見つける。
「よ、夜月さん…喉渇いてない?わ、私、何か買ってくるから座ってて…っ」
夜月さんを近くのベンチに座らせ、自販機へダッシュ。好みを聞いてくればよかったが、無難に紅茶を選ぶ。
そして、恐る恐る彼女に近づき、頬にペットボトルを当てる。
「お、お待たせ…っ⭐︎」
声が引き攣った挙句、裏返った。しかし、夜月さんは何も言わずに受け取ってくれた。
「ありがとうございます…。お金…」
「あ、良いです良いです!気にしないでください!」
彼女が財布を出そうとしたので、阻止した。エスコートするなら、相手の女の子にお金は出させちゃダメだ。
夜月さんは何か言いたげな目をしていたが、すぐにいつもの顔を戻り、ペットボトルに口を付け紅茶を一口。
(このまま、乗り切ってみせる…っ)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お昼過ぎ。
少し人がはけてきたカフェで昼食を食べていた。
エスコートは順調だった、と思う。少なくとも、私の中では。有栖ちゃんの真似は完璧…ではないにしても、割と似せれてる。さすが、ずっと見てただけあるぞ、私。
「白花さん…」
「っ…。ん?何ですか?」
気が抜けた…!ダメだダメだ。ちゃんと、気を抜かずにしっかり演じて——。
「苦しそうですよ…?」
「………………ぇ」
苦しそう?違う、有栖ちゃんは苦しそうな顔なんてしない。似せろ、化けろ。エスコートするんだ、私なんて要らない…。
「……私のせいですよね。私がエスコートして、なんて言ったから」
エスコートする人間は、相手にこんな顔させない。私が、悪い……。全然順調なんかじゃなかった。
「私ね、白花さんにエスコートしてほしかったんです。誰かの真似じゃない、ほんとの白花さんに」
声が出なかった。
ほんとの私…スパダリの皮を必死に被ろうとする私じゃなく、素の…。
でも、そんなの——。
「そんなの、楽しくないですよ…。きょどって、おぼつかなくて、そんな素の私となんて」
「なんで…白花さんが決めるんですか。私の気持ちを、決めつけるんですか…」
夜月さんの声が掠れる。震えた声で、潤んだ瞳で私を見つめる。彼女のその様子に私は息を呑む。
「なんでもするんですよね……?なら、今からは自分を隠さないで」
「分かり……ましたっ」
敬語がなくなった夜月さんの言葉に、胸がざわっとした。こんな顔でお願いされたら、誰も断れない。彼女は静かに、そして優しく私の手を上から握った。その手はとても暖かくて、心地いい感覚だった。
「……ごめんなさいっ、辛気臭かったですね。でも、今からは私もいつも通り、白花さんをからかいまくりますから…覚悟しててくださ〜い♪」
すっかりいつもの調子に戻った夜月さん、そんな彼女を見て私もようやく目が覚めた。
握られた手をゆっくり離して、自分の頬を思いっきり両手で叩く。
「ふん…っ!!——もう、大丈夫です。いつも通りになりました」
「ふふっ…。はい、二人ともいつも通りです。それで、この後はどうしましょうか」
昼食を食べた後は、映画の予定だ。しかし、何が夜月さんの好みか分からず予約は取れていない。
「では、行ってから選びましょうか」
お会計を済ませ、店を出た。上の階に上がり、映画館に着いた、のだが……。
「……あまり、空きがありませんね〜…」
「ごめんなさいっごめんなさいっ!!」
ほぼ全ての映画が満席で、空きがあったのは子供向けのアクション映画と、ホラー映画だった。
「……夜月さん、怖いのいけますか?」
「——っ。そ、それはもちろんです〜。白花さん、もし怖かったら私の腕に掴まっててもいいですよ〜…っ」
「じゃあ、ホラー映画にしましょうか」
「は、はーい。楽しみ…ですね」
夜月さんの歩く速度がどこか遅くなった気がした。
劇場に入ると、かなり空いていた。カップルが二組と、サラリーマンが一人。それと、学生が何人か座っていた。
「お、ここですね。夜月さん、先どうぞ」
「——っ!?え、えぇ、ありがとうございます…」
何やら先程から夜月さんの様子がおかしい。声をかけるだけで、やけに体が跳ねることが多い。
「……夜月さん?」
「は、はいっ?」
声をかけただけなのに、びくっと肩が跳ねる。少し心配になり声をかける。
「……本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですよ〜? 何がですか?」
「いや……さっきから、ちょっと挙動不審というか……」
「そ、そんなことないですよ♪」
さっきから妙に私の近くにいる気がする。劇場へ向かう通路も、座席を探している間も、ほとんど私から離れない。
「……もしかして」
「……はい」
「映画、楽しみなんですね!」
「…………」
ぴたり、と夜月さんの動きが止まった。そして、椅子がぎしりと音を鳴らし彼女がこちらを向いた。
「……白花さん」
「———?はい……どうかしましたか?」
「その結論に至った理由を、ぜひ聞かせていただけますか?」
夜月さんが笑顔のまま、じっと私を見る。
なんだろう。
なんとなく、圧がある。
「だって、さっきからずっとそわそわしてるので。ホラー映画ってそんなに楽しみなのかなって」
「……そうですね」
夜月さんは一度だけ目を逸らして、息を吐いてにこやかな笑顔で——。
「……とっても楽しみです」
「やっぱり!」
「…………」
何故か、ものすごく遠い目をされた。
私が通路側、夜月さんがその隣。席に座ってから、上映開始までまだ少し時間がある。私はポップコーンを買うか迷って、結局一旦席を離れ二人分を購入して戻ってきた。
「夜月さん、ポップコーン食べます?」
「……ありがとうございます」
「飲み物もありますけど、いります?」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうですか?」
「はい……」
やっぱり変だ。いつもの夜月さんなら、ここぞとばかりに「白花さんが食べさせてくれるなら〜」とか言ってきそうなのに、今はやけに大人しい。
白花吟葉は鈍感だった。
やがて劇場内の照明が落ちる。
「……始まりますね」
「…………はい」
小さな声が隣から聞こえる。映画の予告が始まり、スクリーンが明るくなった。
私は映画館の大きなスクリーンを見るのが好きだ。家で見るのとは違う迫力があるし、何より周りを気にせず作品に集中できる。
今回の映画は、一部で話題になっているホラー作品だった。まぁ、今日はあんまり人がいなかったみたいだけど。
私は予告の時点では結構楽しそうだと思っていた。
怖いものは別に苦手じゃない。むしろ、創作物として見るなら好きな方だ。
そして本編が始まった。
最初は静かな展開だった。主人公が古い屋敷へ入り、そこで妙な違和感に気づく。私は普通に画面を見ていた。隣の夜月さんも、じっとスクリーンを見ている。
……いや。
よく見ると、少し姿勢が固い。
「…………」
私は横目でちらりと彼女を見る。目はスクリーンに向いている。だけど、膝の上に置かれた手がぎゅっと握られている。
……緊張してる?
もしかして、本当は怖いのかな。
そう思った瞬間、スクリーンから大きな音が鳴り、画面全体に恐ろしい顔をした何かが映し出された。ジャンプスケアというやつだ…。
「――っ!」
隣から小さな声が漏れた。そこには、いつも余裕のある彼女とは違った、目の瞑って座席の肘置きを手で握っている夜月さんがいた。
そして何より、さっきより明らかに私との距離が近い。私は小声で彼女に話しかける。
「……夜月さん」
「なんですか?」
「怖いんですか?」
「…………」
「…………」
「…………怖くないですよ?」
「今の間はなんですか」
絶対に怖がってる。
私はチャンスだと、思った。いつもからかってくる夜月さんの弱点を見つけてしまったのだから。
「手、握っててもいいですよ〜?」
小声で少し揶揄うように、彼女に言ってみた。いつも夜月さんがやっていることだ、少しは面白い反応を見てみたい。
「……ありがとうございます…っ」
すると、夜月さんは本当に手を握ってきた。
まさか素直に握ってくると思わなかった私はものすごく動揺している。
大きな音がするたびに、彼女の握った手にぎゅっと、力が入る。
知らなかった一面を知れたのは嬉しかったけれど、これは…。
夜月さんとは違う意味で、私もドキドキして終始映画どころではなかった。




