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「でさー、昨日みよの家に行ったんだけどねー」
朝礼が終わり、一限までの休み時間になる。みんなバラバラと席を立ち、友達との会話に花を咲かせている。かくいう私も、友達の話を聞いている。
「…ねー、聞いてる?」
「うん、聞いてるよ。続けてどうぞ」
「吟葉って、あたし達の話聞いてる時いっつも顔見てくるよね〜。まぁ、いいけど。─それでねー」
今話しかけてきたのは来海有栖ちゃん。黒髪ストレートロングの少しつり目で碧眼の女の子。見た目と中身のギャップで、私も最初会った時は脳が混乱した。性格がどちらかというと、なんと言っていいのかパッションで生きる感じの子だった。
一年の時に同じクラスになり、前の席だった有栖ちゃんの方から話しかけてくれたのがきっかけで仲良くなった。二年でまた同じクラスになれたことがとっても嬉しい。
「なんでことちが嬉しそうなの〜?りすっちの話、そんなに面白い?」
ニヤついた顔を指摘され、思わず自分の頬を引っ張る。気をつけていたつもりなのだが、今日はいつもより顔の筋力が緩いらしい。さっき見た百合漫画が原因かもしれない。
それと、今のは栞乃みよちゃん。彼女が動くと、カールのかかった桃色の髪がふわふわと揺れる。そのたびに、甘いわたあめのようないい匂いが私の鼻腔へと流れ込んでくる。ちなみにことちは私のことで、りすっちは有栖ちゃんのことだ。有栖の"りす"をとってりすっち、なんともかわいい響きだ。
「そりゃ面白いよ。というか、有栖ちゃんの話も、みよちゃんの話も全部好き。一生聴いてたい」
「なにそれ〜。ことち、時々変なこというよね。でも、そういうところもすきー♪」
「私もみよちゃん好きー、だけどそんな事言ってると有栖ちゃんが嫉妬しちゃうよ?」
二人は中学校の頃からの仲だ。中学校は共学だった二人、男子から告白されて断れず無理に付き合わされそうになっていたみよちゃんを有栖ちゃんが助けたらしく、接点がなかった二人がそこから話すようになって仲良くなったとみよちゃんが話してくれた。今では親友なのを見ると感慨深いものを感じる。
「別に嫉妬なんてしないよ、そもそもみよは誰のものでもないんだからさ。みんなと仲良く楽しそうに話すのがみよの良いところだし」
「──圧倒的正妻オーラすご…その上スパダリかよ…」
これぞ正妻の余裕とでもいうのだろうか、それに重ねがけするようにスパダリ要素も乗せられた有栖ちゃんに後光が差しているように見える。これは強すぎる。
「どうだ、これが私のりすっちだ!羨ましいだろ〜」
「こら、みよまで変な事言わない。変なのは吟葉だけで十分なんだから」
「うぐっ、ひどい言い草すぎませんか?自覚は、まぁ、あるけど…」
有栖ちゃんに頭を小突かれたみよちゃん。それと、精神に右ストレートをくらった私。ひどい、これが扱いの差か…。みよちゃんなんて、小突かれた後に頭撫でられてるし。誰か、私の心も慰めてください。
「まぁ、みよも言ってたけどそこが吟葉の良いところでもあるから。あたしも結構好きだし、吟葉のそういうところ」
「有栖ちゃん…!……でも、じゃあ一回でまとめて言って欲しかったな。これじゃDV彼氏みたいじゃん」
「ごめんって、購買でなんか奢るから許して?」
金で釣られた訳ではないが、この事は水に流すとしよう。そもそも、有栖ちゃんのかわいい顔が朝から見れただけでお釣りが返ってくる。
「私、ちょっとお手洗いに…」
「ん、いってら〜」
「授業まで時間ないから早めに帰ってきなよ?」
二人の会話とお顔が良すぎてついトイレへ行くのを忘れてしまっていた。授業が始まる前に用を足そうと私はトイレへ向かった。
トイレへ向かう為に廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。
「あ、白花さん!どこに行かれるんですか?」
「えと、お手洗いに…。私、もう行きますね」
「それでは初奈もご一緒します〜♪」
初奈、というのはこの人、夜月初奈さんの事だ。私はこの人に苦手意識を持っている。彼女が嫌いとかそういう事では断じてないのだが……時は遡る事、半年前─。
その日も、いつも通り朝早く学校に赴き、誰もいない教室で百合漫画を読み、百合成分を摂取していた。静かなこの場所で生命維持のための読書、隣の教室には誰か居るようだ。会話か、独り言か、話し声が聞こえる。
「こんな朝早くから…私以外にも変わった人いるんだな」
そんな呑気な事を考えていた。
伸びをして、机に置いたスマホを手に取る。しかし、そのスマホは突然のアクシデントにより再び私の手を離れた。
「おはようございます、お早いですね〜」
ドアから聞こえた声で私は心臓が跳ねる。この時間、このクラスの子はこれまで過ごしてきた中で一度も登校してきた事はなかった。第一、声が聞こえたところで驚きはするがスマホをすぐに隠すだろうし、そもそも同じクラスの子の声ならあまり驚かないと思う。しかし、聞こえてきたのは知らない声。一番後ろの左端、私の席から右側後ろのドアまで、私のスマホが滑って彼女の足元へ。
全く面識のなかった、夜月初奈との対面。何故、話しかけてきたとか、彼女が誰なのかとか、そんな事、その時の私はどうでも良かった。彼女の足元に転がったスマホを回収しないと─。見られる、私が女の子が好きな変な奴だと思われる。彼女に思われるだけならまだいいが、噂などになられたら私はこの学校に居られなくなる。
しかし、私の必死な頑張り虚しく、夜月さんの視線が、白く光る私のスマホへと向かった。彼女はそれを拾い、私へ返してくれた。
先に拾ってくれたお礼を言うべきかも知れないが、私は言い訳を考える事で精一杯だ。そもそも、隣のクラスの夜月さんが教室にまで来て、私に挨拶なんてしなければ─。
「驚かせてしまったみたいですね、ごめんなさい。こんな時間に人がいるなんて珍しくて、つい話しかけてしまいました」
「あ、いや……」
開幕、謝罪されたらこちらも怒るに怒れない……。
しかし夜月さん、思ったより物腰柔らかい。彼女なら、言い訳をするよりこの事は忘れて下さいと、そう正直に伝えた方が良いのではないか。私は彼女にそう言おうと口を開き─――、
「ところで、今の画面の漫画?女の子同士が手を繋いで、そ、その、キス…していたのですが……!」
私の言葉を遮るように夜月さんの悪気のない、けれど容赦のない鋭い刃物のような疑問が飛び出した。
「ぐふっ」
痛い、痛いよ夜月さん。その質問は私に効く…。
なんて言っている場合ではない、早く彼女に忘れて下さいと伝えないと。
「えっと…確か、隣のクラスの」
「夜月初奈です、白花吟葉さんですよね?」
「そうです、白花です。……で、ですね夜月さん。先程の私のスマホの画面の事は忘れて頂けると……」
そう言うと、夜月さんは笑顔で私の方を向く。
「嫌です♪」
「なんで!?今の笑顔なら、『いいですよ、白花さんがそうおっしゃるなら私は見なかった事に致します』とか言ってくれる流れだったじゃん!」
何とか乗り切れる!と思ったが、夜月さんから予想外の言葉が飛び出した。優しい清楚系っぽいから流してくれると思ったのに。
「だって、私、先程の漫画の事、気になって夜も眠れません!しかし、白花さんが人に知られたくないとお思いなのも分かっています。ですから─」
崩れた姿勢をもう一度私の方へ向き直し、一呼吸おいて夜月さんが口を開く。
「ですから、私と白花さんだけの秘密。勿論、他の方へは口外致しません。私、これでも口は堅い方ですから。それに──二人だけの秘密って、何だかいけないコトしてるみたいでドキドキするじゃないですか♡」
そうして、折れた私が私自身の秘密、つまり百合が好きである事、またその百合が何であるかを教えるハメになった。教えている最中、私は何を他人に教えているのだろうかと恥ずかしくなりながらも貫いた。これで私の秘密が守られるならと思って。
それ以降、夜月さんが私の秘密をバラすような事はしなかった。言っていた通り、口が堅いんだなと思って過ごしていたのだが─。
何故か、ずっと話しかけて来るようになった。しかも、勉強したのか新しく覚えた百合の話を楽しそうに話してくる。
この前なんて──。
「白花さん、タチとネコ以外にリバなんてのもあるのですね!」
みたいな事を大声で言ってきて、流石に口を塞いだ。
秘密を守ってくれるのはいいけど、彼女、こういうことをしてくる。だから、少し苦手だ。
お手洗いも終わらせ、用事を済ませた。休み時間が終わる前に教室へ戻ろうと歩き出す。
「白花さん、私はここで。次の授業、移動教室なので」
「……そうですか」
私は素っ気ない返事をして、夜月さんと別れた。しかし、流石に今のは適当に返しすぎたと思い、足を止める。そして、再び振り返り、歩いていく夜月さんに届くように――――、
「夜月さん、また今度」
私がそう言うと、声が聞こえたのか夜月さんが振り向きこちらへ向かってくる。近づいて、近づいて近づいて、鼻が触れる距離まで近づく。
「夜月、さん……?」
「…………」
そして、彼女は私の耳元へ顔を近づける。息が耳に当たって声が出そうになる。夜月さんの喉が鳴り、息を吸ったのが聞こえて──。
「言い直して下さりありがとうございました。あんな意地悪されたら、私だって……秘密が秘密じゃなくなっちゃってたかも知れませんから♡」
私は慌てて熱くなった右耳を塞ぐ。この熱は、秘密をバラされそうになった焦りによるものか、或いは──。
それを言い終えると、夜月さんは私に手を振り、教室へ向かっていく。
「またお話ししましょうね〜、白花さん」
そう言った彼女が見えなくなるまで、私は熱くなった右耳から手が離せなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二限目も終わり、私が伸びをすると同時に欠伸が出る。唐突だが、最近思うようになった事がある。甘やかしてくれる恋人が欲しい。もちろん女の子だけど。
今までは、百合好き!女の子かわいい!だけで済んでいた欲求が、この高校に入ってからというものどんどんと高まっている。中学生の時にはまだ成熟しきっていなかった恋心の成長に拍車がかかり、ものすごい速度で育っていっている。そもそも、高校生だ。思春期を迎えた子供が恋人を欲しがるのは当然の理だ。
「だけど、なぁ…」
周りの子達にそういう気持ちを抱くのはどうだろうと思う。普段、友達として接している奴から「好きです、私と付き合ってください」なんて言われてたら迷惑に思うだろう。それに最悪の場合、友達までやめられてしまうかも知れない。
「なーに変な顔してんの?」
「あ、有栖ちゃん。……私はなんて悲しい生き物なんだろうなって、ふと思ってただけ」
「いつにもまして参ってるじゃん。次の体育、試合待ってる時間暇だし話し相手になるよ〜?」
「え、みよちゃんは?」
「みよはこないだの持久走休んだから、その補習。嫌だ〜って言いながら先生に連れて行かれてた。だから、先週仮病なんか使って見てないで走ろって言ったのに」
そういえばこの前の体育、ベンチに座ってた気がする。有栖ちゃんに手を振って、先生に怒られてたっけ。
「とゆーわけで、あたしで良ければバレーの試合の待ち時間に聞かせてよ。吟葉の考えてる事」
有栖ちゃんの好意を無碍には出来ないと、頷くしかない私だった。が、こんな話をド直球に聞かせるわけにはいくまい。体育の時間までに、なんとか言い方の創意工夫をしなければ。
着替えが終わり、体育館へ向かった私達は先生の指示を聞き、ボールを使っていた。私の運動能力はというと、平々凡々。得意な種目もなく、かといって苦手なものも特にない。有栖ちゃんも、運動神経は人並みぐらいで、唯一長距離がめちゃくちゃ早い。というか、ペース配分が上手すぎる。先週の持久走でも、余裕で一着だった。ちなみに私は三十人中十六位。
「で、吟葉は何に悩んでたの?」
「……えっと、ね。私の、友達が……友達ね。これは友達の話ね」
「分かったから、そんな念押ししなくても大丈夫だって。んで、その友達がどした?」
「うん、その友達が恋人が欲しいらしくて……」
私の話ではなく友達の話という体で話せば気を遣わせなくて済む!と思って会話を始めた私だが、あれ…これ擦られまくってるから逆にバレそうじゃない?と今になって気づいてしまった。しかし、ここまで来てしまっては後には引けない。貫き通すよ、私は。
「その子、女の子なんだけど同性の子が好きなの。つまり、女の子同士が付き合う事になるわけなんだけど」
「うん、なるほどね。それで、告白したの?」
「いやまだ…ってあれ?女の子同士だよ?変だとか思わないの?そう思われるのかなって思って悩んでたんだけど」
「ん〜、好きになるのに性別なんて関係あるのかな。あたしだったら、好きになったのが女の子だったとしても勇気出して告白するかも。それで振られちゃったら仕方ないけど」
本当にすごいな、この子は。ここまで人に親身になって、寄り添えるものなのか。有栖ちゃんに言われると、より嬉しい気持ちになれる気がする、
「あたしが口出しできるのはここまでかな〜。あとは自分の気持ちだけ、吟葉ならできるよ」
「ありがと、有栖ちゃん。……でも、私の話じゃないからね!その友達に伝えとく」
やはりバレている気もするが、突き通すと言ってしまったものは仕方ない。しかし、バレているとしたら、それでもなお私の友達として、理解したその上でアドバイスまでくれたという事だ。
「……し、死ぬかと思った」
「あ、おかえりみよ。って汗すご!?」
「みよちゃん、ほらお水飲んで!」
持久走の補習を終えたみよちゃんが体育館へ来た。よほどしんどかったのか、汗が滝のように流れ息も絶え絶えである。
「……っぷはぁ、ありがとことち。疲れたけど、これでバレーボールやれる…」
「はーい。じゃあ今日の体育の授業はこれで終わり。次の授業に間に合うように早く着替えてねー」
先生の指示に合わせて、有栖ちゃんの手はみよちゃんの頭をすぐさま撫でられる位置に配置される。流石親友、次に何が起こるかが分かっている。
みよちゃんはやがて、現実を受け入れたように自らの頬に手を当てた。
「……………うそ、私の体育持久走で終わっちゃったあああ!」
あまりにも悲痛なみよちゃんの嘆きが何度もこだまするように、体育館全体に響き渡った。




