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女の子が大好きなだけの私は、その美少女達との恋愛なんて知りません…っ!?  作者: かおす胡椒
第二章『花と夜』

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11/13

昼休み


 一限を終え、二限までの小休み。


 教室にチャイムが鳴り響くと、それまで授業に集中していた空気が一気に緩んだ。

 さっきまでそれぞれの席で過ごしていたクラスメイトたちが、次々と彼女の席へ集まっていく。

 

「ねえねえ、前の学校ってどんなところだったの?」「どこから引っ越してきたの?」「好きな食べ物とかある?」「部活はやってた?」


 転校初日。それも、こんな時期の転校生。みんな気になるのだろう。


 整った顔立ちをしているというのももちろんだけれど、落ち着いた雰囲気や、どこか大人びた話し方も相まって、自然と目を引くのだ。


 転校してきたばかりだというのに、もうすっかり教室の中心になっていた。


「…………」


 私は少し離れたところから、その様子を眺めていた。別に、仲間外れにされているわけではない。私だって、声をかけようと思えばいつでもかけられる。

 ただ……なんとなく。


 今は、こうして見ているだけでいいような気がした。

 朝、みよちゃんが言っていたことを思い出す。


 ――すっごく可愛いらしいよ。


 確かに、その通りなのだろう。

 こうして実際に見れば、周りが放っておかないのも納得できる。それに、みんなに囲まれているのに、紬さんは嫌そうな顔をしていない。

 質問を一つされれば、一つずつ丁寧に答えている。誰かが話せば、ちゃんと相手の顔を見て聞いている。そういうところも、きっと人を惹きつける理由なのだと思う。


「前の学校って、どんな感じだったの?」


「そうね……」


 紬さんは少し考えるように視線を上へ向けた。

 それから、窓の外へ目を向ける。


「……恋守の住んでいたところは、とても星の綺麗なところだったわ。辺り一面が満天の星空……」


 その声は、さっきまでの質問に答えていたときよりも、ほんの少しだけ柔らかかった。


 まるで、昔の景色を思い浮かべているような。


 遠くにある何かを懐かしんでいるような。


 そんな話し方だった。


「へぇ……いいなぁ。そんなに綺麗なの?」


「ええ。夜になれば、空いっぱいに星が見えるの」


「じゃあ、都会とは全然違うんだ」


「そうね。夜は静かだし、空気も澄んでいるから」


 紬さんは、次々に飛んでくる質問に答えていく。

 その話を聞きながら、私は思わず昨日の夜を思い出していた。


 ――星を、見ていたの。


 そう言って、曇った空を見上げていた紬さん。

 あのときも、星の話をしていた。


「……」


 私はぼんやりと紬さんを見つめる。

 すると。


「でも、まぁ…………」


 彼女が、ほんの少しだけ言葉を濁した。


「……星と同じぐらい虫もいたわ」


「…………」


 一瞬。


 周囲の空気が止まったような気がした。


「虫?」


 誰かが聞き返す。


「ええ」


 紬さんは答えた。

 ただし、その声は先ほどより明らかに小さい。


「夏になると、それはもう……たくさん」


「そんなに?」


「ええ……」


 彼女は窓の外へ視線を向ける。

 その表情は、さっきまで星の話をしていたときとは少し違っていた。

 どこか遠い目。

 そして、ほんの少しだけ引きつったような表情。


「……星を見ようと、両親と山へ出た時、ライトを持っていた恋守に一目散に大きな虫が飛んできて……」


 そこまで言って、彼女は自分の腕をさする。


「……今思い出すだけでも寒気がするわ」


「ふふっ」「虫、苦手なんだ?」


「……ええ」


 紬さんは少しだけ間を置いて答えた。


「得意ではないわね」


「意外!」


「そう?」


「なんか恋守さんって、そういうの平気そうに見える」


「そんなことないわ。恋守だって苦手なものくらいあるもの」


 そう言いながら、紬さんは困ったように目を細めた。その姿を見て、周りから小さな笑い声が上がる。

 さっきまでのどこか近寄りがたいような雰囲気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


「じゃあ、虫が出るから星を見に行くの嫌になった?」


「それは……」


 紬さんは少し考える。


「……それとこれとは別よ」


「好きなんだ、星」


「ええ」


 その返事だけは、迷いがなかった。


「星を見るのは好きよ」


 紬さんはそう言って、もう一度窓の外を見る。昼間の空には、もちろん星なんて見えない。それでも彼女は、そこに何かを見ているようだった。


「…………」


 私はそんな横顔を見つめながら、昨日の夜の言葉を思い出す。


 ――頭の中では綺麗な星が瞬いてるの。


 あの言葉が、今になってまた頭の中へ浮かんできた。見えないもの。それでも、心の中には残っているもの。昨日はただ、不思議なことを言う人だと思っていた。

 けれど、今こうして星の話をする紬さんを見ていると、なんとなく分かる気がする。


 この人にとって、星というのは、ただ空に浮かんでいるものじゃないのかもしれない。


「…………」


 そんな事を考えているとチャイムが鳴った。紬さんの元にいたクラスメイトは慌てて自分の席に戻った。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 四限も終わり、昼休み。食堂に行く人や弁当を食べる人がちらほら出てくる。

 紬さんの元には再び人だかりが出来ていた。対する私は、有栖ちゃんとみよちゃんと……。


「ごめん吟葉!私部活の用事で呼ばれてるからお昼は部室で食べる」


「私も、委員会で資料の整理とかしろって言われてるの、ごめんね〜」


「そっか。二人とも大変だね」


「ほんとごめん! また放課後ね!」


「じゃあね、ことち〜」


 二人はそれぞれ自分の荷物を持つと、慌ただしく教室を出ていった。


「…………」


 取り残された私は、二人の背中を見送る。いつもなら三人で机をくっつけて、お弁当を食べながら他愛のない話をする時間。それが今日は、珍しく一人だった。


「……まあ、仕方ないか」


 私は小さく呟いて、自分の席へ戻る。鞄から弁当箱を取り出し、机の上へ置く。蓋を開ければ、いつもと変わらない昼食。別に一人で食べることが嫌なわけではない。

 もともと、私は一人で過ごす時間も嫌いではない。

 静かな場所で、自分の好きなことをしている時間はむしろ落ち着く。


 ふと、教室の中央へ目を向ける。朝からずっと変わらない。質問されれば丁寧に答えて、相手が話せば穏やかに聞く。転校初日とは思えないくらい、すっかりクラスに馴染んでいる。


「…………」


 ぼーっと、そんな光景を見ていると教室の後ろのドアが開いた。


「あ…白花、さん」


 そこにはひょっこり顔を出して、ちょいちょいと手招きする夜月さんがいた。

 彼女の顔を見た瞬間、一瞬ドクンと心臓が鳴る音が大きくなった気がしたが、すぐに治った。


「どうしたんですか?」


「えっと……よろしければ、お昼をご一緒にと…思いまして」


「……お昼?」

 

「はい」

 

 夜月さんは少しだけ緊張したように頷く。

 

「ご迷惑でしたか?」

 

「いえ、全然です」

 

 私は首を横に振った。

 

「ちょうど一人だったので、むしろ嬉しいです」

 

「……本当ですか?」

 

「はい」

 

 そう答えると、夜月さんはほっとしたように微笑んだ。

 

「よかったです」

 

「でも、ここで食べるんですか?」

 

「そのつもりだったのですが……」

 

 夜月さんは教室の中を見回す。

 昼休みになったばかりということもあって、教室にはまだたくさんの人がいる。

 

「……中庭に行きませんか?」

 

「中庭?」

 

「はい。せっかくのお昼ですし、少し外で食べるのもいいかなと思いまして」

 

「いいですね」

 

 私は弁当箱を鞄にしまうと、席を立った。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

「はい」

 

 二人で教室を出る。

 廊下を歩き、階段を下りて中庭へ向かう。

 昼休みの中庭は、思っていたよりも人が少なかった。

 校舎に囲まれているせいか、外の喧騒も少し遠く感じる。

 柔らかな風が吹き抜け、植えられた木々の葉がさらさらと揺れていた。

 

「ここなら、ゆっくり食べられそうですね」


 私は腰を下ろし、足を伸ばす。


「……ふぅ」


 思わず小さく息が漏れた。教室とは違って、ここには静かな空気が流れている。

 校舎に囲まれた中庭には、昼休みだというのに人影も少ない。時折、遠くから話し声が聞こえてくるくらいで、木々の葉が風に揺れる音のほうがよく聞こえる。


「やっぱり、ここにしてよかったですね」


 夜月さんが隣に腰を下ろしながら言った。


「そうですね。思ったより静かです」


「白花さん、こういう場所好きそうだなと思ったんです」


 夜月さんはそう言って、少しだけ笑う。


「教室より、こっちのほうが落ち着いて食べられそうですし」


「確かに」


 私は周囲を見回す。教室にいると、どうしても周りの話し声や人の動きが気になってしまう。

 でも、ここならそんなこともない。


「じゃあ、食べましょうか」


「はい」


 二人で弁当箱を取り出す。


「「いただきます」」


 手を合わせてから、私は箸を取った。しばらくは、二人とも黙々とお弁当を食べる。別に気まずいわけではない。 むしろ、この静けさが心地よかった。


「……そういえば、白花さん」


「はい?」


「今日は、いつものお二人はご一緒じゃないんですね」


「はい。二人とも用事があるみたいで」


「そうだったんですね」


 夜月さんは頷きながら、箸でおかずを一つ取る。


「それなら、今日は私がお邪魔しても大丈夫だったんですね」


「お邪魔だなんて、そんな」


 私は首を横に振る。


「むしろ、一人で食べるところだったので助かりました」


「そう言っていただけると、私も嬉しいです」


 夜月さんは穏やかに笑って、ふと私のお弁当を見た。


「白花さんのお弁当、美味しそうですね」


「そうですか?」


「はい。彩りも綺麗です」


「ありがとうございます」


 私は少しだけ弁当箱を夜月さんのほうへ向ける。


「夜月さんのお弁当も美味しそうですよ」


「本当ですか?」


「はい。……あ、卵焼きありますね」


「好きなんです」


「私も好きです」


 すると、夜月さんが少し考えるような顔をした。


「……では」


「?」


「一つ、交換しませんか?」


「え?」


 夜月さんが自分のお弁当から卵焼きを一つ取る。


「よろしければ、ですけど」


「いいんですか?」


「もちろんです……はい、あーん♪」


 そう言って、夜月さんは箸でつまんだ卵焼きを、私の口元へ差し出してきた。


「もう…今更あーんなんかで照れませんよ、揶揄えませんでしたね」


 私が勝ち誇った顔をすると、彼女は何も挟んでいないその箸を自分の口に——。


「……あむ」


 そのまま、ちゅるっと箸を舌で……。


「ちょっと、はしたなかったですね…」


 か、かかっ、間接キス…!?


「あ……えと、その……」

 

「……どうかしました?」

 

 夜月さんが首を傾げる。私は思わず目を逸らしてしまった。

 

「な、なんでもないです」

 

「そうですか?なら、はいどうぞ」

 

 そう言って、彼女はもう一度箸を私の口元へ近づけた。

 

「……い、いただきます」

 

 私は少し震える手で卵焼きを口に入れた。もぐもぐする私を夜月さんがじっと見ている。なんだか恥ずかしくて顔が熱くなる。


「……美味しいですか?」

 

 そんな私を見てか、夜月さんはそう聞いてきた。

 

「は、はい……」

 

 私は小さく頷く。味なんて分からない。ただ、彼女の視線が気になるだけ。

 

「よかったです」

 

 夜月さんの声がどこか嬉しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。

 

「では、私も頂いてもいいですか?」

 

 夜月さんが自分のお弁当から卵焼きを一つ取る。

 そして、それを私の口元へ……あれ?さっきも同じような光景が……?

 そう思った時には遅かった。彼女はそのまま箸を私の口へと近づける——。

 ちゅるっと、舌が絡んだ気がした。

 私は思わず口を手で押さえた。顔が熱い。心臓の鼓動がうるさいくらい高鳴っているのが分かる。


「……っ」

 

 夜月さんはそんな私を見て、少し意地悪な笑みを浮かべた。

 それからゆっくりと自分の口元を舌で舐めた。まるで味を確かめるように、ゆっくりと……。


「ん、美味しい…」

 

 彼女の赤い舌が妙に艶めかしく見えてしまって、余計にドキドキしてしまう。

 夜月さんは何事もなかったかのように、自分のお弁当を食べ始める。私も慌てて残りのおかずを口に運ぶけれど……正直味が分からない。



 ひと通り食べ終わり、弁当箱を包み直す。

 

 「ごちそうさまでした」

 

「はい、お粗末様でした。……美味しかったですね、卵焼き」

 

 夜月さんが自分のお弁当箱を見ながら言う。

 

「そうですね……」

 

 私はまだ少し落ち着かない心臓を落ち着けながら答えた。

 

「……あの、白花さん?」

 

「はい?」

 

「もしよろしければ、また交換しませんか?」

 

「え……?」

 

 夜月さんは少しだけ恥ずかしそうに言った。

 

「その、私も美味しいと思ったので……それに、なんだか楽しかったんです」

 

 彼女はそう言って微笑む。その笑顔がとても綺麗で思わず見惚れてしまう。でもすぐに我に返ったように首を振った。

 

「……もちろん!無理にとは……」

 

 そんな私の様子を見て勘違いしたのか、夜月さんは慌てて付け加えるように言う。そんな彼女の仕草が可愛らしくて思わず笑ってしまった。すると彼女もつられるように笑う。

 

「ふふっ」

 

「あははっ」

 

 二人でひとしきり笑い合った後、私は言った。

 

「いいですよ。私も楽しかったですし……それに」

 

「それに?」

 

 夜月さんが首を傾げる。

 

「……夜月さんのお弁当も、美味しかったです」

 

 私がそう言うと、夜月さんは一瞬きょとんとした顔をしてからすぐに微笑んだ。

 

「……では、そろそろ戻りましょうか」

 

「そうですね……」


 私たちは立ち上がり、教室へ戻ることにした。

 昼休みの中庭には穏やかな風が吹いている。それはどこか心地よかった。

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