第7話 ヘンリー
今回4600Wになりました。
どうぞお楽しみください。
ここは異世界のとある都会の片隅です。
数人の通行人が肩を寄せ合い、路上の一角を指さしています。
一人の若者が地面に横になっているのです。
「酔っ払いか?」
「いやあの服装を見ろ」
老人は若者が着ている白いシャツと黒いズボンを指さしました。
どうということのない服装ですが、異世界においては目立つ異装です。
「ありゃ転生者にちげえねえ。役人呼んでくるべ」
目を覚ました若者は役所に連れていかれ、転生者の世話係である女性の役人と面会しました。
手鏡で自分の顔を見て若者は驚きました。
自分の若さに驚いたのです。
「わたしは八十一歳で死んだはずですが……」
「転生して若返る人はたくさんいます」
担当者であるジェシーは「あなたの現在の年齢は二十歳ってことにしましょう」と手慣れた口調で告げました。
「新成人として新しい人生を過ごしてください」
「はあ」
「いけない、失礼しました。あなたのお名前は?」
問われた若者がか細い声で答えます。
「ヘンリーです」
本格的な面接が始まり、ヘンリーは自分の人生を詳細に語りました。
ジェシーは感心しました。
(自分の前世を完全に忘れる転生者も多いけど、この人はちがう)
ヘンリーは自分が十代のころ暮らした養護施設の壁の染み、その形や色まで話しました。
職歴を問われるとこういいました。
「十五歳で院を脱走して、それから五十年間病院の清掃をやっていました。わたしにできる仕事はそれだけです」
「そうですか……」
ジェシーは手もとの書類をめくり、すぐ顔を輝かせました。
「病院ではありませんがヘンリーさんにふさわしい仕事が見つかりました」
「はあ」
こうしてヘンリーの新しい仕事と住居が決まりました。
ヘンリーはある広い公園の清掃夫兼管理人として働くことになりました。
公園内に小屋があって、そこがヘンリーの住居です。
枯れ葉を箒で掃きながら、ヘンリーは内省しました。
(結局前世と同じことをやってる)
ヘンリーの顔に自嘲の笑みが浮かびます。
(マーク・トウェインの小説『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』の主人公は現代から中世アーサー王の時代に『転生』して大活躍する。
大活躍するがあの主人公は転生前からすでにひとかどの人物だった。
父が技師で叔父が獣医、本人は兵器工場の工場長。前世でたっぷり知識と体験を積んでいて、それが転生先で生かされる。
それに比べてわたしはどうだ? 八十一年も生きたのにわかるのはモップと箒の使い方ぐらいだ。こんな人間が転生しても、できることなどなにもない)
ヘンリーが憂鬱なのは、今書いている小説というか絵物語の結末がうまくつけられないからでもあります。
ヘンリーは前世でこの小説のラストを、試案として二種類書きました。
一つは主人公側の王国が勝利するハッピーエンド。
もう一つは敵の軍事大国によって王国が滅亡するバッドエンド。
小説のラストをどちらにするか、ヘンリーはいまだ決めかねていました。
(どうすればいいんだ……)
ヘンリーはこの小説を、もう六十年も書いています。
ヘンリーは創作のほかにもう一つ悩みがありました。
雨が降るたび公園の広場に大きな水たまりができるのです。
土で埋めても、いくら水を掻き出しても水たまりは消えません。
清掃以外の知識がないヘンリーは困りました。
「どうしよう」
悩みましたが、人には相談しません。
ヘンリーは人づきあいが極端に苦手なのです。
そして月の半ば、満月の夜がやってきました。
「ん?」
夜遅くヘンリーは小屋のベッドで目を覚ましました。
音楽が聞こえたのです。
ヘンリーはパジャマに上着を羽織り、小屋を出ました。
昨日の雨で地面はまだぬかるんでいます。
音楽は公園内の広場から聞こえました。
行ってみると例の水たまりの近くで、一人の女の子が踊っていました。
緑の上着に緑のスカートを履いた、長い金髪の女の子です。
年齢は十代半ばでしょうか。
女の子のそばのベンチに、てのひらサイズの透明なドーム型容器が置かれています。
この容器を音叉で軽く叩くと、音楽が無限に流れるのです。
無機質でダンサブルなメロディに乗って少女は踊りました。
「こんばんみー」
ボーッと立ち尽くすヘンリーに、先に少女があいさつしました。
「うるさかったっすか?」
ヘンリーが首を振ると少女は笑いました。
「よかったっす。満月の夜池のそばで踊ると願いごとが叶うって聞いたんで踊ってるっす。ここらへんに池なんてないからこの水たまりがあってよかったっす」
「……」
「あ、ここ元々池だったんすよ。だからすぐ水が溜まるっす。ここ無理に埋めないほうがいいっすよ。埋めると公園の土地全部が窒息して死ぬっておやじがいってたっす」
踊る少女の姿が水たまりに映ります。
願いごとはなにかと尋ねると、また少女は笑いました。
「秘密っす! 願いごとばらすと叶わなくなるらしいっす」
ヘンリーが名前を尋ねると、踊りながら少女はいいました。
「ヴィヴィアンっす」
その名を聞いて、ヘンリーは初めて笑いました。
彼が六十年に渡って書き続ける絵物語の主人公は七人の少女戦士です。
その少女戦士のリーダーの名前がヴィヴィアンでした。
それからヘンリーは月に一度満月の夜、ヴィヴィアンと会うようになりました。
会うのは公園内の水たまりのそばです。
ヴィヴィアンはいつも緑の服を着てあらわれました。
「緑はエルフのシンボルカラーっす」
自分はエルフになりたいのだ、と少女は踊りながらいいました。
それが願いごとかと尋ねると、少女は首を振りました。
「ちがうっすねー。願いごとは絶対秘密っす」
十五歳のヴィヴィアンは生まれてすぐ母を亡くし、今は父と二人で暮らしているといいました。
やはり生まれてすぐ母を亡くしたヘンリーはヴィヴィアンに共感しました。
「おやじは兵器工場で、自分はクリーニング屋で働いてるっす。今の暮らしにとくに不満はないっす」
不満がないはずはない、とヘンリーは思いましたが、口にはしませんでした。
ヴィヴィアンのダンスは夜が更けても続きました。
「ヘンリーも踊ろう!」
誘われてぎくしゃく踊る清掃夫を見て、ヴィヴィアンはケラケラ笑いました。
「ヘンリーさん最高っす!」
なにが最高なのかまったくわかりませんが、ヘンリーは楽しい気分になりました。
楽しい気分になって、そして驚きました。
ヘンリーが楽しい気分になるのは幼いころ、父が淹れてくれるおいしいコーヒーを飲んだとき以来です。
それはヘンリーにとっておよそ八十年ぶりの大事件でした。
「もうすぐボナンザ流星群の季節だな」
ヘンリーが公園でいつものように枯れ葉を掃いていると、そんな会話が聞こえてきました。
(ボナンザ流星?)
「ああ」
ベンチに座った男性は、同じベンチに座る男性にいいました。
「八十年に一度の天体ショーだ。きみはどこで見る?」
「自分の家の窓から見るよ。都会は町の光が邪魔だけど、流星群を見るためわざわざエラウェア山を登るのも億劫だ」
(エラウェア山)
それが流星群を見る最適な場所のようです。
役所に休暇を申し込むと、担当のジェシーはすぐ受け入れました。
「夏でも山頂は冷えます。きちんと防寒着を着て登山靴を履いてくださいね」
流星群を見るためエラウェア山に登ると告げるとヴィヴィアンは喜びました。
「絶対登ったほうがいいっすよ。本当はあっしも行きたいけど仕事があるからにゃ~」
お土産はなにがいいか尋ねると、ヴィヴィアンは
「おもしろい土産話が聞きたいっす」
と即答しました。
「あした出発するんすか? じゃあ景気づけに一緒に踊るっす!」
ヘンリーは音楽に合わせてギクシャク踊り、それを見たヴィヴィアンはまたしてもケラケラ楽しそうに笑いました。
踊る二人を、今夜は赤い満月が静かに見つめていました。
その夜エラウェア山の山頂にいるのは、ヘンリー一人だけでした。
エラウェア山は千五百メートルの高さを誇る山で、頂きの空気はすでに冬です。
ヘンリーはじっと夜空を見つめました。
前世では仕事場とアパートに閉じこもって夜空を眺めたことなどほとんどありません。
たくさんの星の瞬きを見ながら、夜空はあんがい明るいな、と思っていると
「あ」
夜空を一つ、星が流れました。
それをきっかけに、無数と思える星が夜空に光の曳航を流しました。
「おおっ」
ヘンリーの口から感嘆の声が漏れます。
そしてその瞬間
(できた)
ヘンリーが六十年に渡って書き続けた小説のラストが、この瞬間決まりました。
(神の恩寵により空から光の爆弾が大量に降り注ぐ。まるで流星群のように。光の攻撃で軍事大国グランデリニアは滅亡する。
正義の国アビエニアは勝利を祝い大パレードを開く。
ヴィヴィアンガールズはお城のバルコニーから勝利にわく民衆を見おろし、ともに喜ぶ。それでジ・エンドだ)
そして七人の少女戦士の一人、主人公ヴィヴィアンの笑顔が公園で踊るあのヴィヴィアンの笑顔に重なった瞬間、ヘンリーは確信しました。
(わたしはこの流星群とあの子の笑顔を見るため、この世界にやってきたんだ)
「ヘンリーさん最高っす!」
ヴィヴィアンの弾む声が聞こえ、ヘンリーの顔に笑みが広がりました。
すると夜空から流星とともに、あるものが山頂へ降ってきました。
降ってきたのは七人の少女戦士です。
「ヘンリー、はやくこっちにきて」
ヴィヴィアンが手を広げます。
「おお」
ヘンリーも夜空に向かって手を伸ばしました。
七人の少女はみな笑顔を浮かべ、地上のヘンリーに手を伸ばしました。
「消えた!」
巨女剣士ゴールドは慌ててマントをひるがえし、ヘンリーが消えた山頂の一地点に駆け寄りました。
ゴールドは転生者ヘンリーを密かに片づけようとここまでつけてきたのですが、
「あの人どこに行ったの!?」
「これは推測だけど」
壮絶な美男剣士スターがゆっくり歩きながら自説を語ります。
「ヘンリー・ダーガーは六十年に渡って『非現実の王国で』というファンタジックな絵物語を書き続けた。アパートの一室で、だれにも知られることなく。これは世界でもっとも長い期間書かれた小説ともいわれている。ただ小説はラストが二つあって作品が完全に完結したとはいえなかった。その大長編を、ヘンリーはこの山で完成させたんだ。たぶんボナンザ流星群を見たことがいいヒントになったんじゃない?」
「どんなラスト?」
「それはダーガーにしかわからない」
「ふーん、で、あの人どこに行ったの?」
「これも推測だけど」
ヘンリーが消えた地点に立ち、スターは夜空を見あげました。
「六十年間書き続けた非現実の王国がやっと完成して、ヘンリー・ダーガーはそこに転生したんだ」
「非現実の王国……」
ゴールドも夜空を見あげました。
祝賀パレードの花火のように、流星がまだやむことなく降っていました。
「昨日のボナンザ流星群はすごかったすね~」
夜の公園で音楽に合わせて踊りながらヴィヴィアンがつぶやきます。
今夜は満月ではありませんが、どうしても踊りたかったのです。
「山の上で眺めたらもっとすごかったろうな~。ヘンリーさんはやく帰ってこないかな~。あの人の土産話はやく聞きたいっす。ヘンリーさんの話おもしろいからにゃ~。ヘンリーさん自分のおもしろさにぜんぜん気づいてないんだもん。そういう人がいちばんおもしろいっす!」
ヴィヴィアンは踊り続けました。すると
「あ」
流れ星、とヴィヴィアンはつぶやきました。
夜空を一筋星が流れました。
少女はもう一度
「ヘンリーさん、はやく帰ってこないかにゃ~」
とつぶやき、踊りを再開しました。
いかがだったでしょう?
次回第8話『あるドラゴンの一生』は8月23日(日)朝5時投稿します。
どうぞお楽しみに!




