第6話 ゴブリンのジョー
今回はアクション巨編です!
10000Wになりましたが新キャラが登場します。
どうぞごゆっくりお楽しみください。
「風!」
妖精レインが呪文を唱えると彼の小さなてのひらの前に大きな五芒星が浮かび、そこから風が吹きました。
風はその場に横になっていた十数人の男たちの肌を心地よく冷しました。
「おお」
「こりゃ~気持ちいい」
「助かったぜ!」
青ざめ口もきけなかった男たちの顔にようやく生気が戻ります。
「今のうちに木陰へ運んで休ませろ」
レインに命じられ、男たちは担架に乗せられ運ばれました。
レインは工事現場に必ず一人いる呪術師を呼びました。
「ウッディ、あれを」
レインの相棒の少年ウッディは真っ黒に日焼けし、頬がこけた呪術師に黒いすべすべした石を手渡しました。
「これは?」
「魔石だ。さっきの連中は熱中症だ。まただれか倒れたらこの石をかざして『風』と呪文を唱えるんだ。風が吹いて患者の熱を冷ます。解呪の呪文は『ディスペル』だ」
「ありがたい」
呪術師が去ると今度はこちらも中年の、大柄な現場監督がやってきました。
「ありがとう妖精さん! 助かったよ」
「この工事、長くやってんの?」
レインは眼下を指さしました。
そこにすさまじい光景が広がっています。
数百、いや数千を超える男たちが、水のない川床で作業していました。
ある男はツルハシで地面を掘っています。
別の男は台車に石や土を乗せて運んでいます。
また別の男は地面を均し、別の男は袋に詰めた土や石を担いで土手を登っています。
「よ~し、引っ張れ!」
合図とともに下流に立っていた家屋が一つ、轟音立てて引き倒されました。
男たちは真夏の日差しをまともに浴びて、半裸の体が汗でギラギラ光っていました。
まるで巨大な蟻の大群が、熱した釜の底で蠢いているようにも見えます。
「もう二年作業してる。領主さまは五年以内に完成させろなんていうけどそれは無理だ。はやくてあと十年、場合によっては二十年かかる。これはそういう仕事だ」
「そんなに! これなにやってんの?」
「ここから上流に町中を流れる川がある。くねくね蛇行した川でしょっちゅう氾濫する。そこでまっすぐな放水路を作って川の水の大部分を海へ流すことにした。上流の荒れ川は雨が降ったら水門をおろし、水が流れないようにする」
「それ全部人力でやるんだ? すげえ」
「しかし人手が足りない。きつい仕事のイメージがついちまって若い連中が寄ってこないんだ。なあ妖精さん、若い連中にここの仕事を紹介してくれないか?」
「労働条件は?」
「悪くないよ。働く時間は朝七時から夕方四時まで。食事休憩一時間で残業なし。土日祭日は休み。宿泊施設はあるし食事も三食出る。給料は一日二万ベルだ」
「そんなに出るの!?」
「ああ」
監督は誇らしげに胸を張りました。
「なんせ領主さま肝いりの工事だからな。予算はたっぷりある。いい若いやつがいたらぜひここへ寄こしてくれ」
「それはいいけど、あと何人ぐらい人手がいるの?」
すると監督はレインの顔の前でパッと右手を開きました。
「五百人! それだけいっぺんにつれてきたら妖精さん、あんたへ勲章くれるよう領主さまに頼んでみるよ」
それから三日後。
レインとウッディはサンドドラゴンに乗り、ある山間部の町にたどり着きました。
午後の日差しに照らされた町は、昼間と思ないほど静かです。
「『サッドネス』が町の名前か」
レインが標識を読みあげます。
「サッドネスって異世界の言葉で悲しみって意味じゃなかったっけ? 変わった名前だな」
目抜き通りをのんびり歩くドラゴンの背中から、レインは町を見わたしました。
「街灯があって道に石畳も敷かれてる。通りに面した家はどれもきれいだ。辺鄙な土地なのにたいしたもんだ。でもなんでこんなに儲かってんだ? どう思う? サンディ」
レインの問いかけにドラゴンは「クー」と甘え鳴きの声で返事しました。
サンディはドラゴンの名前です。
命名者はウッディで、サンドドラゴンのメスだからサンディと名づけました。
「でも人がいないのはちょっとこわいね」
手綱を取るウッディが小声でささやきます。
たしかに通りを歩くのはウッディたちしかいません。
「そうだな」
と応じながら、レインはチラッと通りに面した窓を見ました。
サッ、とすばやくカーテンが閉められます。
(すべての窓から人がこっちを覗き見してる。薄気味悪ぃなあ。そんなに旅人が珍しいのかよ……)
レインが思わず舌打ちしそうになったときです。
「助けてー!」
静かな通りに、突然若い男性の声が響き渡りました。
レインとウッディとサンディは背後を振り返りました。
「あいつは?」
レインの目に映ったのは子どものように小柄で、全身の肌が緑色で、耳がするどく尖った亜人間です。
「なんだゴブリンか」
走ってくるゴブリンは上半身裸で黒い短パンをはき、足もとは裸足でした。
「待ちやがれ!」
ゴブリンの背後に屈強な男たちが十数人います。
それぞれ手にこん棒や鞭や刃物を持ち、鬼の形相でゴブリンを追っています。
「たた助けて!」
「乗れ!」
レインに叱咤されたゴブリンは必死に飛びあがり、サンディの背中に見事着地しました。すると
「ゴブリンが逃げるぞ!」
黒いローブを着た、肥った中年の呪術師が大声をあげます。
「逃がすな妖精とガキも捕まえろ! みんな出てこい!」
呪術師の怒声に応じ、家にいた人々が全員ドッと通りに飛び出てきました。
「やべえ囲まれた!」
ゴブリンが悲鳴をあげます。
「ウッディ魔道具だ!」
レインの求めに応じ、ウッディは背嚢から一枚白いハンカチを取り出しました。
「消失」
ウッディが呪文を唱えハンカチを頭上へ投げると、ハンカチはバッ! と網のように広がり三人とドラゴンを包みました。
「消えた!」
人々は一斉に悲鳴をあげました。
「どこ行きやがった!?」
ゴブリンを追ってきた連中が、右往左往する声が聞こえます。
「これ五感を遮断する魔道具だ。布の外にいる人間におれらの存在は感知できねえ」
レインの説明を聞いてゴブリンはホッと安堵しました。
「で、でもよう、ずっとこのままここにいるのかい?」
「そうもいかねえな。ウッディ、ゆっくり前進してくれ」
ウッディは巧みに手綱を操り、サンディは魔道具の布をかぶったまま慎重に通りを前進しました。
布の外から中は感知できませんが、中から外はふつうに感知できます。
「あそこだ」
レインが指さしたのは通りに面した二階建て家屋です。
なにかの店のようで入口に「旅行中につきしばらく休業」と看板が出ています。
「おいあいつらどこにもいないぞ!」
「もっとよくさがせ!」
男たちと呪術師の罵声が飛び交います。
「あの家にかくれよう」
「ドラゴンが入れねえよ?」
「大丈夫だ。おりよう」
サンディからおりるとウッディは背負っていた背嚢をおろし、口を開きました。
「サンディ」
「クー」
サンディが大きな口で背嚢をちょこん、と突くとドラゴンの巨体はスポ! と背嚢に吸いこまれました。
「この背嚢は異空間とつながってるんだ」
あっけにとられるゴブリンにウッディが説明します。
「ぼくも一度中に入ったけど明るい草原が広がってる。今日はサンディに一日そこで遊んでもらうよ」
「ちょっと待ってろ。縮小」
呪文を唱えると小さいレインはさらに蜂のように小さくなりました。
その小さい体で扉の鍵の挿し口に侵入します。
すぐ中からかちりと鍵が開く音が聞こえました。
「入ろう」
ウッディとゴブリンは魔道具の布をかぶったまま、店の中に入りました。
「ちくしょうあいつらどこに行った!?」
呪術師の焦った声を聞きながらウッディはそっと扉を閉じ、鍵を閉めました。
「ふーん、ここアンティークショップなんだ」
レインは古い家財道具やランプや美術品が並んだ店内を物珍しそうに眺めました。
もちろん魔道具の布を三人かぶったままです。
「こういう商売が成り立つってことは、やっぱこの町裕福なんだ。でもその割に住人の行動に余裕がないな」
「おれはジョー。二人とも助けてくれてあんがと」
布の中でゴブリンのジョーは頭をさげました。
年齢は見たところ十四歳のウッディより少し上といった感じですが
「おれまだ五歳だよ。この前生まれたばっか」
ジョーは鋭い牙を剥きだし、ゲラゲラ笑いました。
ゴブリンは妖精の親戚ですが、長命種の妖精と反対に短命種です。
個体差はありますが三歳から八歳で成人し、だいたい三十前後で一生を終えます。
五十まで生きたら長生きといわれ、六十まで生きたら仙人扱いされます。
「ゴブリンの五歳は人間の十七~八歳ってとこだな」
そうウッディに解説するレインにジョーが尋ねます。
「レインのアニキはいくつなの?」
「おれは今年ちょうど二百歳になった」
「すげえ!」
「たいしたことねえよ。人間でいったらやっと二十歳になったって感じだな」
「ウッディさんは十四歳だね? 人間の年齢に換算したらおれが十七でアニキが二十歳。ハハいいねみんな若いや! ねえアニキたちはここでなにやってんの?」
「目的地に向かう途中さ。ウッディが書記官やってておれがアシスタント。ジョー、おまえこそここでなにやってんだ? ゴブリンはふつう森で仲間と暮らすだろう?」
「この町の近くにホラズム鉱があっておれそこで奴隷労働やってたんだ。そこから逃げてきた」
ホラズム鉱とはこの世界の重要なエネルギー源であるホラズム石を採掘する山のことです。
レインは驚きました。
「ホラズム鉱? そんなの地図に載ってねえぞ」
「町のやつらが利益を独占したくてかくしてんだ。かくし鉱山だからまともなやつは働きたくても働けねえ。働いてるのはみんなおれみたいな奴隷だよ」
「かくし鉱山か。噂に聞くけど本当にあったんだな。でもジョー、おまえなんで奴隷になった? この大陸で奴隷の使役は禁止されてるぜ」
「おれが生まれたゴブリンの森が奴隷狩りのハンターに襲われたんだ。逆らうやつは殺され、ほとんどの仲間は捕らえられ奴隷として売り飛ばされた。おれたちゴブリンはいまだに人間にとって狩りの獲物か奴隷に過ぎないんだ」
「ひでえなあ。親はどうした?」
「父親は奴隷狩りのハンターに殺されたよ。おれを生んだ人間の母親はおれを生んですぐ森を出てった」
ゴブリンという種に女性はいません。
生まれてくるのは全員男です。
ですからゴブリンは自分の子どもを作るため、人間の女性と異種交配しなければならないのです。
「おれはやく人間の彼女作っておれの子どもを生んでもらうんだ。それがおれの人生の目的だよ」
ジョーが嬉々として語ります。
しかしその夢が叶うかどうかわかりません。
子を持つことができるゴブリンは十人に一人だからです。
「アニキの人生の目的はなんなの?」
「おれは……」
「レイン、お願いよ」
自分の腕の中で死んでいった人間の女性アリスが最期にいった言葉が、レインの脳裏に甦ります。
「……おれは特にねえな。ただ長生きして自分が見たものを後世に伝えるだけさ。それが妖精本来の役目だから」
「へえ。ウッディさんは?」
「ぼくは自分を知ることが人生の目的だよ」
「自分を知る?」
「こいつは三年前ブナの木の下に頭から血を流して倒れてたんだ」
レインがウッディの代わりに説明します。
「命は助かったけど自分の過去は完全に忘れてた。名前も」
「ウッディって名前はレインがつけてくれたんだ。木の下に倒れてたからウッディだって」
「ハハ! シンプルでいいね」
「ジョー、おまえ鉱山から逃げたんだろう? なんで町中に逃げたんだ? ゴブリンの姿じゃ目立ってしょうがないのに」
「ゴブリンは人間の女を口説くとき人間体に変身すんだよ。そうじゃなきゃ絶対うまくいかない。おれも変身の術マスターしたから人間に化けてこの町にきた。うまくいくと思ったけどなぜかバレちゃった」
「へえ。ちょっと変身してみろよ」
「変身」
呪文を唱えるとジョーは小柄な黒髪の少年に変身しました。
尖った耳はそのままですが、顔立ちは完全に人間です。
レインは本気で感心しました。
「うまく化けるじゃん!」
「へへ、だろう……」
「魔法を使ってくれてありがとうよ」
バサッ! と突然音立てて魔道具の布がめくられました。
「ウッディ、不知火丸をかくせ」
レインにいわれてウッディはすばやく刀を背嚢にしまいました。
「五感を遮断する魔道具か」
ジョーの喉もとに背後から剣を突きつけるのは黒服の呪術師です。
呪術師のまわりに十数人狂暴な面構えの男たちがいて、やはりジョーに刃物や棍棒を突きつけています。
呪術師は剣を右手に持ち、左手に風鈴をぶらさげていました。
その風鈴がリンリンせわしなく鳴り続けます。
「おまえらの魔道具でもこの風鈴の魔力探知能力はふせげなかったようだな。おまえたちこれから三人とも鉱山で働いてもらう。ジョー、脱走は重い罪だ。おまえの年季はもう一生明けねえよ。絶望しな」
「休むんじゃねえ!」
魔道具である光石に照らされた薄暗い坑道に、看守の罵声が響きます。
ここはサッドネスの町にほど近いかくし鉱山です。
今は山のふもとの人工坑道に、さらに垂直に穴を掘る作業が進められています。
ホラズム石の鉱床が坑道の下にあるのです。
かなり深い鉱床で、このまま掘ると地盤が崩れるおそれがありますが、鉱山の支配者である看守や呪術師はそんなの気にしません。
土砂に生き埋めになるのは奴隷だからです。
真っ赤な作業服を着た奴隷たちは今垂直に掘った穴の外に捨てられた土や石を袋に詰め、担いで外に捨てる作業に追われています。
その作業中に、一人の奴隷が倒れたのです。
「さっさと立て!」
濃紺の制服を着た看守は倒れた奴隷を鞭で滅多打ちにしました。
肉を打擲するおそろしい音が、その場にいる奴隷たちの耳も打ちます。
奴隷たちは暗い顔でうつむき、なにもいいません。
奴隷の手足はそれぞれ長い手錠がかけられていました。
作業に支障ありませんが、逃げるために走るのは不可能です。
「待ってください! ぼくが運びます」
ウッディは倒れた奴隷を助け起こすと自分の分と奴隷の袋を担ぎ、さらに坑道にあった巨大な岩石も片手でひょい、と担ぎました。
「お、おまえ」
「捨ててきます」
たじろぐ看守に頭をさげ、ウッディは歩き出そうとしました。
「おまえも休むんじゃねえ!」
別の看守がまた別の奴隷を鞭打ちました。
ぶたれたのはゴブリンの姿に戻ったジョーです。
「いてえ!」
「脱走なんぞしやがって!」
看守はジョーを滅多打ちにしました。
「やめろ!」
空中に浮かんで呪術師に魔法の風を送っていたレインが叫びます。すると
「よけいなまねをするな」
レインの腰に打った縄を左手に持った呪術師は「稲妻」と呪文を唱えました。すると
「ぎゃっ!」
悲鳴をあげてレインは地面に落ちました。
体中に電流が走ったのです。
「レイン!」
ウッディは抱えていた荷物を捨て、駆け寄ろうとしました。そのとき
「クソ!」
一人の大柄な奴隷が看守にタックルしました。
最近入山した元剣闘士の奴隷マイクです。
マイクは看守の腰から鍵を奪い、自分の手錠を外しました。
「こんなとこいられるか! おれは出て行く!」
大胆に宣言するとマイクは看守のサーベルも奪い、走り出しました。
「待て!」
「止めろ!」
前に立った数人の看守は、元剣闘士が振り回すサーベルのすさまじい勢いにおそれをなし、自ら道をあけました。
「おお」
奴隷たちは思わず歓声をもらしました。
これなら逃げられるかもしれない
彼らがそう思ったときです。
「……」
マイクの前に一人の黒髪の看守が、無言でヌーッと立ちはだかりました。
クマのように大柄な元剣闘士に比べると、柳の枝のようにやせ細った体格です。
しかし看守の顔を見て、奴隷たちは震えあがりました。
「人斬りイゾーだ!」
「マイク武器を捨てろ!」
「うるせえおれも人斬りだ!」
マイクは猛然とサーベルを振りかざしました。
すると次の瞬間ボトリと鈍い音がしました。
「え?」
マイクはサーベルを握った自分の右手が足もとに落ちているのを見ました。
すぐに左手も落ちます。
「え? なにこれ。え?」
次に落ちたのは半笑いを浮かべたマイクの生首でした。
「今日も退屈な勝負だった」
イゾーと呼ばれた看守はつまらなそうにつぶやくと、手にした刀を鞘へ戻しました。
パチンと涼し気に柄が鳴ります。
「あいつはオカダ・イゾー。転生者だよ」
鞭の滅多打ちで顔中血まみれのジョーがレインにささやきます。
「剣の達人でさ、逃げようとする奴隷をもう何十人も斬ってる。あいつの腕におそれをなし、奴隷はみんな逃げる気力や生きる希望を失うんだ」
「そうか」
ジョーの話を聞きながら、レインは全身からユラユラぶきみなオーラを立ち昇らせる看守を見あげました。
「……」
ウッディは人斬りと呼ばれる看守と、黒々とした絶望を顔に滲ませうなだれる奴隷たちを、交互に見つめました。
その翌日の夜でした。
「ご、ごめんなさい!」
奴隷たちの宿舎になっている洞窟に、男性の悲鳴が響き渡ります。
「この野郎、脱走しようとしやがって」
看守に襟首つかまれているのは先日作業中に倒れたところをウッディに助け起こされた、あの中年の奴隷です。
「み、見逃してください! 娘が病気なんです」
「なにい? トム、おまえなんでそんなことわかるんだ? まさかここのこと家族に手紙で知らせたんじゃねえだろうな?」
「ちがいます! 先日わたしと同郷の男が奴隷になってここへきて教えてくれたんです。ここに十万ベルあります」
トムは看守に金貨がつまった巾着袋を差し出しました。
「ほほう」
看守はニヤリと笑いました。
「ここの薄給でよくそんだけ貯めたな。もっとあるだろう? 出せ」
「残りは娘の薬代です!」
「いいから出せ!」
揉み合う二人の足もとに、そのとき鞘込めの剣が一振り放り投げられました。
「拾え」
奴隷たちは一斉に息を飲みました。
トムに剣を拾えと命じたのが、あの人斬りイゾーだからです。
「娘を助けたいんだな? 殊勝な心掛けだ。ではその心意気を行動で示せ」
「行動とは?」
とまどうトムにイゾーが告げます。
「その剣で、おれを斬れ」
「それは……」
「むろんおれも刀を抜く。決闘だ。おれを斬ったらきさまは無罪放免だ。その金を持って娘に会いに行け。ほかの看守もそこは了承してくれ」
「わかった」
「おもしろい」
「いいぜ」
その場にいる看守たちがニヤニヤ笑いながらうなずきます。
「無理です。わたしは剣なんて握ったことはない……」
「男は一生に一度、命をかけて戦わなければならないときが必ずくる。
きさまにとって今がそのときだ。
さあ剣を拾えトム! 運命から逃げるな。おれを退屈から解放しろ」
「あのー」
そのとき緊迫した洞窟内の空気に、突然のんきな若者の声が響きました。
「お望みならぼくがあなたを永遠に退屈から解放してあげますよ。オカダ・イゾーさん」
「きさまは?」
「ウッディといいます」
「あわわ」
そばにいたジョーが慌てます。
「ウッディ相手が悪い。ここは我慢を……」
「名字をいえ」
「そんなのありません」
イゾーに問われたウッディは肩をすくめました。
「ただあなたを退屈の魔境から解放する術は持ってます」
「ふん、きさまもおれと同じ忘八者か。よかろう!
決闘だ」
手足の手錠を外されたウッディは渡された背嚢に手を突っ込み、そこからニュッと一振りの刀を取り出しました。
「おおっ」
「きさまも刀を使うのか。銘はなんだ?」
すでに抜いた刀を右手にぶらさげたイゾーが尋ねます。
「不知火丸です」
「知らん名だな。おれの刀は清麿だ」
イゾーは刀をまっすぐ突き出しました。
光石の光を浴び、清麿の刃は百人以上の人間の血を吸ったとは思えない涼し気で繊細な輝きを放ちました。
「どうだ? 美しいだろう」
「すいません。ぼく刀のこと全然わからないんです」
「ふん、教養のないやつはつまらん」
短く吐き捨てるとイゾーは正眼に構えました。
「抜け」
ウッディはいわれた通り左腰にさした刀をスラリと抜きました。
抜いてすぐパチン、と音立てて刃を鞘に戻します。
さすがにイゾーは呆れました。
「なにをする?」
「終わりました」
「なにをいうか……うっ」
小さくうめいたイゾーの右手から自慢の清麿が落ち、同時に血が一滴ポツリと滴りました。
「こ、これは」
「あなたの右手の橈骨神経を斬りました。親指が動かないでしょう?」
「そんな……」
イゾーはがっくりその場にひざまずきました。
またしても右手から血が滴ります。
「大丈夫」
ウッディがきっぱり断言します。
「きちんとリハビリすれば右手は必ず回復します。ただし厳しいリハビリです。退屈している暇なんてないですよ。それじゃ」
「殺せ」
「お断りします」
ウッディは右手を押さえてうめく人斬りに背を向け、さっさと歩きました。
「レイン!」
ウッディは不知火丸を一閃し、相棒の腰に打たれた魔法の縄を切断しました。
「よっしゃ解放されたぜ! 光!」
レインがかざした右手の先に五芒星が浮かび、そこから放たれた光が肥った呪術師を直撃しました。
「シビビビビビビ!」
コミカルな効果音を自ら唱え、呪術師は痙攣しながらその場に昏倒しました。
「ざまあみろ!」
「てめえ!」
「やっちまえ!」
看守たちが棍棒やサーベルを振りかざし、レインとウッディに襲いかかります。
ウッディは地面に置いた背嚢を拾うと、口を開きました。
「サンディ!」
「クー!」
鋭い鳴き声をあげ、背嚢からサンドドラゴンのサンディが飛び出しました!
「うわあ!」
サンディは並みいる看守を体当たりで次々吹っ飛ばしました。
ウッディは失神した看守の腰から鍵を奪い、仲間に放りました。
「みんなここから逃げよう!」
「おおっ!」
洞窟にいた五百人の奴隷はそれぞれ手錠を外し、入口に殺到しました。
もう引き止めようとする看守はいません。
先頭をサンディが走ります。
入口の出入りをさえぎる光の柱は、呪術師が張った結界ですが
「光!」
サンディの背中からレインが魔法の光を放つと、轟音立てて光の柱は爆発しました。
「やった!」
「自由だ」
「自由だぞ!」
男たちは歓声あげて洞窟から走り出ました。
「みんなこのままおれについてきてくれ! いい仕事の当てがあるんだ」
仲間に向かってそう叫ぶレインの耳に、そのとき一人の奴隷の興奮した声が聞こえました。
「いや~ウッディは本当に強い。これならスターやゴールドにも勝てる」
「スターとゴールド? だれだいそいつら?」
レインに問われ、禿げ頭の元奴隷が答えました。
「このごろ有名な剣士だよ。ゴールドは二メートルある大女で相手を甲冑ごとたたっ斬るって評判だ。スターはゾッとするような美男子で、そんで妙な剣を使う」
「妙な剣?」
「ああ。
スターが剣を一振りしたら、向こうにあった山が一つ消えた。
おれの相棒がむかしそういってたんだ」
「へえ……」
奴隷たちが全員脱出に成功し、洞窟は静まり返りました。
その静かな洞窟に、イゾーがいます。
「おのれウッディ」
人斬りと呼ばれた男は血がにじむほどきつく唇を噛み、宣言しました。
「おれを殺さなかったことを、きさまにきっと後悔させてやる!」
数千人の男たちが真夏の日差しを浴びながら、川床で働いています。
その中に、先日までホラズム石のかくし鉱山で働いていた五百人の元奴隷がいました。
レインが五百人の男を引き連れあらわれると、現場監督は本当に泣いて喜びました。
「天の助けだ!」
「あのままみんなを鉱山から自由に解放してたら、暴徒化してサッドネスの町を襲ったはずだ」
作業を眼下に見ながらレインが語ります。
「ここにちょうどいい働き口があってよかった」
「サッドネスの町はどうなったかな?」
ウッディが自分たちに襲いかかった町の住人を心配します。
「あれから治安維持部隊が鉱山を急襲したそうだ。看守たちは逃げて一人もいなかったようだが鉱山はこの地域の王さまが接収した。基幹産業がなくなったからあの町も終わりだろうな」
「そうなんだ……」
ウッディはうなだれましたが、レインは相棒のそういう繊細な反応には無頓着です。
「じゃ行こうぜ。みんなお別れだ!」
「おう!」
川床から五百人の元奴隷が一斉に声をあげます。
「ウッディ! レイン! ありがとな!」
「また会おう!」
「ウッディさん! レインさん!」
中年男のトムが笑顔で手を振ります。
娘の病気が治ったことがわかったのでトムは故郷に帰らず、ここで働いてお金を貯めることにしました。
「ありがとう!」
「アニキ! ウッディ!」
そのとき川床から、半裸の亜人間があたふた駆けあがってきました。
「お、おれも連れてって!」
ゴブリンのジョーはそういうとレインの返事も聞かず、サンディの背中に飛び乗りました。
「乗ったな? じゃあみんな元気で!」
「さよなら」
「みんなあばよ!」
レインとウッディとジョーはドラゴンの背中から笑顔で手を振りました。
「レイン! ウッディ! 元気でな!」
「ジョー! はやく嫁さん見つけろよ!」
男たちの別れの声を聞きながら、サンディは川に尻尾を向けました。
このようにしてレインとウッディの旅に、新しい仲間が加わったのです。
いかがだったでしょう?
次回は8月16日(日)朝5時に
第7話『ヘンリー』
を投稿します。
どうぞお楽しみに!




