第5話 砂漠のメロディ
今回4000Wになりました。
今回ある作品のキャラが登場します。
それからちょっとした新展開もあります。
ではのちほど。
「『砂漠に行け』なんて客はなに考えてんだ?」
妖精レインが日傘を手にぼやきます。
レインがかざしているのは小指の爪のように小さい、妖精専用の日傘です。
いつも相棒ウッディの左肩に腰かけるレインですが、今日は別のところに座っています。
「旅芸人の一座からサンドドラゴン譲ってもらえたのはラッキーだけど、砂漠なんて見るもんねえぞ。こんなとこわざわざ書記官を派遣しなくてもいいのに」
ぼやくレインは全長五メートルほどの、小さなドラゴンの背中に座っていました。
砂漠の砂と同じ灰色の肌を持つサンドドラゴンです。
大きな帽子をかぶったウッディは鞍に座り、手綱を手にしています。
ドラゴンの首に突起があり、手綱はそこにかけられています。
「ドゥドゥ」
ウッディはドラゴンをあやし、足を止めました。
「どうした?」
「あれを見て」
ウッディにいわれてレインは前方を見ました。
「これは……」
レインはあっけにとられました。
自分たちに向かって、二本のレールがまっすぐ伸びているのです。
といいますか、この世界に列車はないので、レインはこれが「レール」と呼ばれる代物であることすらわかりません。
意味不明の鉄の棒は、レインとウッディを乗せたサンドドラゴンのすぐ目の前で途切れていました。
「なんだこれ?」
「だれかくる」
「だれか?」
ウッディのつぶやきにつられてレインは顔をあげました。
すると見えました。
二本のレールのかなたからユラユラ陽炎に滲んだ、一台の平台が近づいてくるのが。
平台の足もとに車輪が四つあって、それが鉄路を滑ってきます。
近づいてくる平台の正体はトロッコですが、そんなことレインにもウッディにもわかりません。
平台には人が二人乗っていました。
こちらに背を向けているのは黒っぽい上着に灰色のズボンを履いた金髪の少年です。
そしてこっちを向いているのはやはり金髪で、青と白のギンガムチェック柄のワンピースに紺色のブレザーを羽織った女の子です。
年齢は二人とも十歳前後といったところでしょうか。
平台の真ん中に操作台があり、二人はそれをシーソーのように上げ下げすることでトロッコに推進力を与え、前進していました。
「ダニエル、レールがなくなるわ」
こっちを向いた女の子が叫びます。
「わかった」
ダニエルと呼ばれた少年はしゃがんでブレーキをかけました。
車輪に抵抗が加わり、砂漠にギギギと嫌な音が響きます。
レールが尽きるぎりぎりのところでトロッコは停止しました。
「着いたの?」
「そうみたいだね」
女の子に問われた男の子はキョロキョロあたりを見渡し、自分たちを見つめるウッディとレインに気づきました。
「こんにちは」
「こんにちは」
礼儀正しく頭をさげる少年に、ウッディはニッコリ笑顔であいさつしました。
ウッディは男の子と女の子をドラゴンの背中に乗せました。
ウッディが背嚢から取り出した水筒の水をガブガブ飲む二人はまだ十一歳で、ときおり見せるあどけない顔立ちは少年少女というより子どものようです。
「じゃあずっとあのへんな乗り物に乗ってここへきたのか?」
尋ねながらレインは背後を振り返りました。
レールとトロッコは男の子と女の子が離れるとすぐ消えました。
「そうだよ」
ダニエルという名の男の子が唇をぬぐって答えます。
「ぼくたち友だちの仲人で結婚したんだ」
「結婚?」
こいつとんでもないこといい出したぞとレインは耳をそばだてました。
「うん。でも学校の先生がゆるしてくれなくて追ってきたからトロッコに乗って二人で逃げた。それで気がついたらここにいたんだ」
「そうか……」
レインは小さい体で腕組みしました。
(二人とも前世の記憶はあるようだが、最期になにがあったかは覚えていない。すべての転生者は死をきっかけに異世界へやってくる。たぶん二人はトロッコの事故で死んだんだろうな……ま、いやな記憶を無理に思い出さなくてもいいか)
と、そのとき
「貝殻だ」
ダニエルが砂漠を指さしました。
白い貝殻が砂から顔を出しています。
「なんでこんなところに貝殻があるの?」
「砂漠がむかし海だったからだよ」
ウッディが振り返って説明します。
「貝殻だけじゃない。海の遺物はここらへんにたくさんあるんだ。たとえば……」
ウッディはそこで黙り込みました。
ふいにコーラスが聞こえたのです。
一日の始まりと終わりに聞こえるあの神秘的なコーラスと異なる、もっと魅惑的で官能的な女性のコーラスです。
「きれいだ……」
ダニエルがうっとりつぶやきます。
ダニエルの視線の先に、十数人の女性がいました。
みんな金色の髪を長く伸ばした美しい女性です。
女性たちは地面に根をはる植物のように、砂から上半身だけ出していました。
太陽の陽射しを浴びた裸の乳房が、砂金のようにキラキラ輝きます。
女性たちはこちらに笑顔を向け、歌を歌いました。
胸に染みるやさしいメロディです。
そのとき
「わたしの名前」
女の子がポツリとつぶやきました。
女性たちは繰り返しメロディ・フェアと歌いました。
「わたしの名前、メロディ」
と女の子がうっとりつぶやいたときです。
「な、なに!?」
ウッディは悲鳴をあげました。
突然サンドドラゴンが奇声をあげ猛然と走り出したのです。
レインは自分の前に座るダニエルにいいました。
「わかるか? あれも海の遺物、人魚だ」
「人魚?」
レインの言葉を聞いたダニエルが振り返ります。
するとさっきまで笑顔だった人魚たちが牙を剥き、鬼の形相で追ってくるではありませんか!
「うわ!」
「人魚の餌は今もむかしも人間だ」
レインの言葉を聞き、ダニエルは女の子のようにキュートな顔を歪めました。
人魚たちは砂に潜り、砂から飛びはねサンドドラゴンを追ってきます。
まさに砂漠を泳いでいるのです。
飛びはねるたび人魚の下半身、尻尾の鱗が宝石のように輝きます。
「追いつかれる!」
ウッディは悲鳴をあげました。
「レインの魔法で追い払ってよ!」
「相手が速すぎて無理……おい!」
レインの眼前を黒い影がよぎりました。
風圧でメロディが転げ落ちたのです。
「メロディ!」
間一髪! ダニエルはメロディの左手をつかみました。
「ダニエル離すなよ!」
と叫ぶレインの全身が黒い影に覆われました。
一匹の人魚が砂から飛びあがったのです。
(野郎)
虚を突かれたレインは一瞬棒立ちになりました。
すると今度はサンドドラゴンの全身が黒い影に覆われました。
「あれは!?」
「なに!?」
ダニエルとメロディが悲鳴をあげます。
サンドドラゴンの背後で、突如砂漠が爆発したのです!
砂の中からあらわれたのは、巨大な触手です。
触手は跳躍した人魚を空中で捕らえました。
「クラーケンだ!」
レインが叫びます。
「こいつも海の遺物だ!」
触手は捕らえた人魚を砂の中に引きずり込みました。
ほかの人魚はキーキー甲高い悲鳴をあげて逃げ惑い、それを八本の触手が逃がすまいと追いかけます。
「おい今のうちに逃げるぞ!」
「はっ!」
ウッディに発破をかけられ、サンドドラゴンは逃げ足を速めました。
「よっこらと」
レインは魔法の風でメロディをドラゴンの背中に戻しました。
ダニエルとメロディは抱き合い、笑いました。
「アハハ!」
「アハハ!」
「二人ともこっちの世界は気に入った?」
ウッディに問われ、ダニエルは満面に笑みを浮かべました。
「うん!」
「最高よ!」
メロディも笑顔になります。
二人の顔は、命懸けの冒険の余韻に輝いていました。
「気に入ってくれたか。そんならまあよかった」
レインは冷や汗をぬぐって振り返りました。
クラーケンが撒き散らす血飛沫に、きれいな虹がかかっていました。
レインとウッディは二人を連れて海辺の村に向かいました。
先日滞在した漁村に二人をあずけることにしたのです。
「おまかせください」
村の頭領役シゲモリが胸を張ります。
「かならずダニエル殿を一人前の漁師にしてみせます」
「メロディさんのお世話はわたくしがいたします」
そういったのは子ども好きのトク子です。
「どうぞご安心ください」
「ありがとう。そういってもらえると助かる」
レインは空き地に目をやりました。
そこでさっきからダニエルがミカドや隣村の少年たちとサッカーを楽しみ、メロディも村の子たちと遊んでいます。
二人とも笑顔です。
「じゃあよろしく。ダニエル! メロディ! 元気でな!」
「ありがとう!」
「またね!」
ダニエルとメロディは笑顔で手を振り、レインとウッディも手を振り返し、村を去りました。
しばらく歩き、ウッディはふいに足を止めました。
「どうしたの?」
「……」
ウッディの左肩に腰かけたレインは問われても無言です。
ただ漁村に近い疎林からじっと目を離しません。
「レイン?」
「……おれの勘ちがいだ。行こう」
「アハハ!」
立ち去る二人を、子どもたちの笑い声が浜風に乗って追いかけました。
「スター」
疎林にかくれていた大柄な黒髪女性が、そばにいる男性に声をかけます。
二十歳前後に見える女性はマントを羽織り、その内側に大剣を背負っていました。
身長百九十センチ体重は百キロあるでしょう。
「きみが転生者を殺さなかったのって今回が初めてだね」
「そうだね」
スターと呼ばれた男性は女性よりやや背が低く、金髪でスマートな体型の若者でした。
赤っぽい革甲冑に革のズボンは尋常ないでたちですがゾッとするほどの美貌で、そして腰に剣をさしています。
「転生者を殺すのは簡単だけどあの妖精が厄介だ」
「強いの?」
「たぶん。それよりゴールド、妖精の相棒はどう?」
「えーあの子斬るの?」
ゴールドと呼ばれた黒髪女性が顔をしかめます。
体格のすばらしさにばかり目がいきがちですが、こちらもなかなか美人です。
「あの子可愛いから斬りたくない」
「てことは斬れるんだね?」
「斬れるわよ。今目で二回斬ったけどあの子全然気づかなかった。経験不足なのよ」
「そうか。じゃあいいや」
「ダニエルとメロディはどうすんの?」
「ほっとこう。ほかにも片づけなきゃならない転生者はたくさんいる。行こう」
「了解」
「アハハハ!」
疎らな木々に子どもたちの笑い声がこだまします。
スターとゴールドの姿は、いつの間にか林から消えていました。
いかがだったでしょう?
次回は8月9日(日)朝5時に第6話を投稿します。
どうぞお楽しみに!




