第4話 異世界の雨
第4話は4000Wの短編になりました。
今回も歴史上の有名人が登場します。
ではのちほど。
ウッディが草原を歩いていると、雨が降ってきました。
顔をあげていられない激しい雨です。
「あそこで雨宿りしよう!」
ウッディの肩に座った妖精レインが指さしたのは草原に点在する、旅人用の粗末な避難小屋です。
「ひー濡れた濡れた。お、ラッキー、薪ストーブがあるよ」
小屋に逃げ込んだウッディはすぐ革甲冑とシャツを脱ぎ、上半身裸になりました。
「あ、ごめんなさい」
「どした?」
「あそこ」
レインに問われたウッディは、ちょっと恥ずかしそうに小屋の奥の暗がりをさしました。
「なんだ先客がいたのか」
黒っぽいスーツを着て口髭を生やした、堂々たる体格の老人が小屋の椅子に腰かけていました。
「気づかなくて悪かった。おれはレイン。こいつはウッディ」
「こんにちは」
あいさつされても老人はブスッとした顔のまま無言です。
ウッディはそんなの気にしませんが、レインは舌打ちしました。
「不愛想な爺さんだな。なあ、あんたマッチ持ってない?」
老人がやはり無言で首を振ります。
「しようがねえな」
レインはストーブに薪をくべるとてのひらをかざしました。
「光」
てのひらの先に浮かんだ五芒星から光が放たれ、やがて小さい炎が立ちました。
「点いた点いた。ウッディ、この爺さんにマッチやれよ」
「はい、どうぞ」
ウッディは背嚢からマッチの箱を取り出し、老人に渡しました。
小さな背嚢は異空間の倉庫につながっていて、欲しいものはそこからいくらでも取り出せます。
「旅人がマッチ持ってねえと死ぬぜ」
「ありがとう」
マッチを受け取り、老人は初めて口を開きました。
強面な印象の老人ですが「声は意外にか細いな」とウッディは思いました。
「きたぞ」
レインは乾いた羽根を小刻みに震わせ、宙に浮かんでいました。
小屋のすき間から外を見ているのです。
「雨獣だ」
「ほんと!?」
ウッディはパンツ一丁で壁に張りつきました。
今回二人はあらゆる現象を記録する書記官として、この雨獣を見にきたのです。
「でっかいな……」
ウッディが感嘆のため息をもらします。
雨の中に、二匹の巨大な生物がいました。
雨に煙って姿はよく見えませんが一匹は鳥、もう一匹はバッタのようです。
「あれがこの草原に雨が降ったときだけあらわれる獣……」
「しかもあらわれるのは年に一度だけだ。ウッディおまえどっちに賭ける?」
「賭けるって?」
「あの二匹はこれからケンカを始める。懸賞品はリンゴにしよう。おれは鳥に賭ける」
「じゃぼくはバッタ!」
そのとき
「なんだ爺さん、あんたも賭けるかい?」
レインが意外そうに問いかけたのは、黒いスーツの老人です。
老人は椅子から立ちあがり、壁のすき間から外を見ていました。
「どっちに賭ける?」
「鳥に賭ける」
老人の声はややかすれていました。
「な~んだ。じゃあリンゴはぼくが独り占めするよ!」
とウッディが宣言したとき、二匹の決闘が始まりました。
鳥は相手を嘴で突き、バッタは相手に噛みつきます。
巨大な獣が撒き散らす雨滴が小屋にぶつかり、砲弾のような音がしました。
「やっぱ鳥強えな」
レインが満足そうにつぶやきます。
嘴の連続攻撃でバッタはすっかりグロッキーです。
「こりゃ勝てないや……」
とウッディが嘆いた瞬間です。
突如草原が発光し、揺れました。
「カミナリだ!」
「ねえ見て!」
ウッディが歓喜の声をあげます。
轟く雷鳴に気を取られた鳥の喉もとにバッタが噛みつきました。
鳥は振り払おうともがきましたがバッタは離れず、鳥はついに地響き立てて倒れました。
「やったあぼくの勝ち!」
ウッディは大喜びで背嚢からリンゴを取り出し、椅子に座ってシャクシャク食べ始めました。
ウッディに聞こえないように、レインは小声でつぶやきました。
「やれやれ、今年の農作物は不作だな」
(バッタは作物を食い荒らす害虫、鳥はそのバッタを食べる益獣だ。鳥が勝ったら豊作の予言になったけど、逆の結果になったな)
「ま、善と悪が戦えば悪が勝つのは世の宿命……」
「お爺さん、どこに行くの?」
ウッディの声でレインはわれに帰りました。
見ると老人が小屋の外に出ようとしています。
「爺さんやめときなよ」
レインは老人を止めました。
外を見ると雨獣は二匹とも消えています。
雨獣は「だれか」の占いのためだけに存在するシンボリックな霊獣で、役目を終えるとすぐに消えます。
「獣は消えた。でもまだ雨降ってるぜ」
「わたしは鳥の勝ちに賭けていた。鳥が勝ったらもう一度家族と会おうと思っていたのだ。ご覧の通りわたしは賭けに負けた。しかしあきらめきれない」
老人はふいに自分のことを語り始めました。
「家族?」
「わたしは異世界からきた転生者なんだ。家族も転生者で今この世界にいる。ここから近いエル・パソという町にね」
「へえ……あんた名前は?」
「ビアス。アンブローズ・ビアス」
「ビアスさん、元の世界の職業は小説家だろう?」
「なぜわかる?」
「あんた人間に絶大な興味を持ってるのに、神経質すぎて人づきあいがうまくいかない感じがする。その感じがいかにも作家っぽい」
「ふむ、図星だな」
ちょっと不機嫌そうに髭を撫でるビアスを見て、レインは思いました。
(人間には二種類いる。図星を差されて感心する人間と、図星を差されて怒る人間だ。この爺さんは怒るタイプだ。
こりゃ人づきあいはうまくいかねえよ)
「で、もう一度家族に会うといってたけど、どういうこと?」
「わたしの家族は元の世界で幸福ではなかった。
長男のレイモンドは恋人に振られたショックで拳銃自殺した。まだ十七だった。
次男のリーはアルコール中毒になり、その影響で肺炎にかかって死んだ。二十七歳だった。
三女のヘレンは六十五歳まで生きたが結婚と離婚を繰り返す不安定な人生だった。
妻のメアリはわたしが六十二歳のとき離婚した。妻の不倫が原因で」
「奥さんの浮気? 浮気現場を見たのかい?」
「いや、妻にある男が不届きな手紙を送って寄こした。その手紙が不貞の証拠だ」
「あの、手紙だけでは、それも相手の男からの手紙だけでは奥さんを不倫と決めつけるのはどうかと……」
ウッディはビアスにキッと睨まれ、震えあがって口を閉ざしました。
「不貞がわかってわたしは妻と別居した。二人の息子は妻の別居中に死んだ。正式に離婚した翌年妻は死んだ。五十五歳だった」
「で、その家族と会ってどうしようっていうの?」
「家族は今エル・パソで雑貨屋を営んでいる。わたしもその仕事を手伝い、いっしょに仲良く暮らそうと思っている」
「一度家族と会ったんだろう? そのときの反応は?」
「けんもほろろだった」
「そうだろうな。家族といっしょに暮らすのは無理だ」
「なぜ?」
「だってあんた、家族と仲良かったことなんて一度もねえだろう?」
「レイン!」
ウッディは思わず悲鳴をあげました。
いいにくいことをズバッというのがこの妖精の悪い癖です。しかし
「あんた小説家だろう? 小説家は自分が書いた作品が家族のはずだ。自分が書いた作品が自分の子どもで女房なんだ。ちがう? 小説家みたいに衰弱したエゴイストが人間さまの家族といっしょに楽しく暮らそうなんて夢見すぎだぜ」
「……その通りだ」
ウッディは驚きました。
ビアスの表情に、明るい日差しのようなものが差したのです。
レインの言葉が、老人の心の琴線に触れたのでしょう。
「作家にとって書いたものがすべてだ。なのにわたしはそのことを忘れていた。きみの言葉でそのことを思い出した。ありがとうレインくん」
「だいたいあんた元の世界でどんな小説書いてたの?」
「敗軍の兵士が処刑直前に見た夢の話や、通夜の棺に紛れ込んだ黒猫が死体を食い荒らし、それを見た葬式の客がパニックになる話を書いた」
「もっと家族が喜ぶ話を書けよ!」
「喜ぶかどうかわからんが、代表作はこの『悪魔の辞典』だ」
ビアスが一冊の本を差し出します。
「どれどれ」
レインは苦労して自分の体と同じサイズの本の頁をめくりました。
「えーと……
『【家】人間、ドブネズミ、ハツカネズミ、甲虫、油虫、ハエ、蚊、ノミ、バチルス、細菌が住みつくために建てられたうつろな建物。
【幸福】他人の不幸を見ているうちに沸き起こる快い気分。
【憎しみ】他人が自分より卓越している場合にふさわしい感情。
【運命】暴君が悪いことをするさいよりどころとするもの。間抜けがへまをやらかしたときの口実にするもの』(*注1)
なんでこんなにひねくれてんだよ!」
「ワハハハ!」
レインに怒鳴られ、ビアスは爽快に笑いました。
「貸してくれたまえ」
ビアスは『悪魔の辞典』を受け取ると、万年筆で頁になにか書き込みました。
「次回はきみたちが喜ぶ作品をきっと書く。これはお礼だ」
ビアスは『悪魔の辞典』をウッディに渡しました。
「謹呈する。さて雨があがった。わたしは行くよ」
「どこに行くんです?」
「わたしは前世の晩年、メキシコと呼ばれる土地にいた。革命を取材していたのだ。取材に訪れた村に大きな洞窟があって、わたしそこに一人で入った。
地元の人間が『怪物が住む』と噂する洞窟に。
怪物なんていなかったがたまたま落ちてきた大きな石が頭にぶつかり、わたしは死んだ。その死をきっかけにわたしは異世界に転生した。死体が消滅したから元の世界でちょっとした騒ぎになったようだが、その転生の際、わたしは異界に自由に転移する能力を偶然身につけた。
今から別の世界に行くよ。そこへ行ってきみたちが喜ぶ傑作を書こう。それにここにいたら家族の邪魔になる」
「もっとゆっくりしていきなよ」
「善は急げだ。ではレインくん、ウッディくん。さらばだ」
小屋を出たビアスは草原のかなたに出た虹に向かって歩きました。
虹にたどり着くはるか手前で、ビアスの体は透明になり消滅しました。
別の世界に転移したのです。
「レイン、お年寄りにいいすぎだよ」
「悪ぃ」
レインがばつが悪そうに頭をかきます。
ウッディはビアスに謹呈された『悪魔の辞典』をパラパラめくりました。すると
「あ」
「どうした?」
「これ」
ウッディは開いた頁をレインに見せました。
そこは【妖精】の頁です。
怪奇作家のビアスらしく、古今の妖精の実例(?)が詳細に書かれていますが、それが全部線で消され、脇に万年筆でこんな書き込みがありました。
「【妖精】賢く可愛い。
しかし生意気である!」
*注1『悪魔の辞典』角川文庫、アンブローズ・ビアス著、奥田俊介、倉本護、猪狩博訳から引用
いかがだったでしょう?
次回は8月2日(日)午前5時に第5話「砂漠のメロディ」を投稿します。
どうぞお楽しみに!




