第3話 波の下にも
今回9000Wを越えてしまいました!
だいぶ長い短編(?)になりましたが、どうぞごゆっくりお楽しみください。
今ワールドカップの最中ですが、本作でもウッディとレインが歴史上の人物と一緒にサッカーをやります!
ではのちほど。
「漁村の取材? ではあの岬の向こうへ行くがいい」
妖精レインの目的を知った老人は、西の岬を指さしました。
「あの岬の向こうに黒い髪と黒い瞳の異人たちの漁村がある」
「ありがとう爺さん」
レインは羽根を動かし飛びあがると、砂浜を指さしました。
「小舟がある」
小舟の船体に天使が描かれています。
だれでも自由にレンタルできる舟なのです。
「ウッディ舟の傷を調べてくれ」
「まかせて」
ウッディは浜へ走ると舟を調べました。
「穴は空いてない。いけるよ」
「じゃ行こう! 爺さんありがとう」
「海の天気は変わりやすい。気をつけてな」
レインは手を振り、ウッディが押し出した舟に飛び乗りました。
「助けて~!」
ウッディの悲鳴は暴風に吹き飛ばされました。
「なんで急に嵐になるんだ!」
ウッディのズボンのポケットに避難したレインが文句をいいます。
二人とも滝のように降る雨に打たれ全身ずぶ濡れです。
「海の天気は変わりやすいんだ!」
大波が盛りあがり、小舟は水面に叩きつけられました。
「うわあ! なんとかしろ!」
「無理だよ! だいたいレインが舟で行こうなんていうのが悪いんだ!」
「うるせえ! おめえもおもしろがっただろう!」
「あ」
「なんだ!?」
「水面に叩きつけられたとき、オールを流された」
「どどどどうすんだよ!? オールがないと漕げねえぞ!」
そのとき沖の海に稲妻が落ちました。
「きゃあ!」
二人は抱き合い、しくしく泣きました。
「もうだめだ!」
「死にたくないよう! ……あ」
「今度はなんだ?」
鼻水垂らしてレインが尋ねます。
「セントエルモの火か?」
「火じゃないけど似てる」
レインはウッディが指さす方向を見ました。
「……あれは?」
レインは耳を澄ませました。
法螺貝の音が聞こえます。
やがて暗がりからヌッとあらわれました。
マストに炎のように真っ赤な旗をかかげた、一艘の大きな船が。
小舟から助けられ、嵐をついて陸に戻った二人はすぐ風呂に入れられました。
全身ずぶ濡れで震えが止まらなかったのです。
浴槽に硫黄の匂いが立ち込めています。
近くの火山からわき出した温泉を家に引いているのです。
長い時間湯につかってやっと体が温まった二人は食事をとらず布団にくるまり、あっという間に眠りにつきました。
「……あれ?」
窓から差し込む日差しにまぶたを撫でられ、ウッディは目を覚ましました。
「裸だ」
コートのように毛布を羽織って周囲を見渡すと服は見当たりませんが、不知火丸は壁に立てかけられています。
ウッディはホッとして窓から外を見ました。
「キャハハ!」
「お帰り~」
子どもたちが浜で遊んでいます。
浜には大きな櫓があり、そこで一人の老人が異風の弦楽器をベン・ベンと爪弾いていました。
老人の開いた目が真っ白なのは、彼が盲人だからです。
(あの人がぼくらの遭難を村人に知らせてくれたんだ。でも目が見えないのにどうしてわかったんだろう?)
漁を終えた船が船着き場に次々戻ってきました。
「どうじゃ~シゲモリ! 大漁か~!?」
船着き場に置かれた椅子に座った大肥満の入道が問いかけます。
「いけません父上。今日も坊主です。漁はわれらに難しゅうございます」
船首から答えたのは細い髭を生やした、端正な顔立ちの美丈夫です。
「そうか構わん構わん!」
魚が一匹もとれなかったのに入道はご機嫌です。
「村に客人がきておる。昨日できなかった宴を今夜開くぞ!」
それからウッディとレインは村人が出してくれた魚の刺身をたらふく食べ、すっかり元気になりました。
「ご飯もおいしいね!」
「このソースはなに?」
「醤油といいます」
給仕をしてくれる女性がレインに答えます。
黒髪を長く伸ばした若く、美しく、上品な女性です。
「ふーん、ふつうのソースより甘いな。おれ好きだよショーユ」
「ありがとうございます」
女性はニッコリ笑いました。
子ども好きなのが態度にあらわれています。
「あれトク子さまいけません。給仕はわたくしがやります」
「よいのです」
トク子と呼ばれた若い女性は慌てる老婆に告げました。
「お客さまのお相手はわたしがすることになっています。気にしないで」
「おねーさんトク子っていうの?」
頬にご飯粒をくっつけたレインが感想をもらします。
「変わった名前だね」
「これ無礼を申すでない!」
「オホホホ!」
トク子は真っ白な喉を反らし、楽しそうに笑いました。
宴が開かれる夜まで暇なのでウッディとレインは村をぶらつきました。
どんな魔法を使ったのか、ウッディの服とブーツは気持ちよく乾いています
村は赤っぽい煉瓦造りの家が並んでいました。
百人ほどいる村人は男は青、女はピンクのワンピースを着てサンダルを履いています。
身分が高そうな人はもっといい生地のワンピースを着て木靴を履いています。
「朝の漁はだめだったみたいだけど、裕福な村だな」
レインが感心したようにつぶやきます。
「みんな表情に余裕がある」
子どもたちの楽しげな笑い声が砂浜に響きます。
いつものようにウッディの左肩に腰かけたレインは、煉瓦造りの家にかかげられた赤い旗を見あげました。
「船にも赤い旗があった。この村のシンボルだな」
「しまった」
「どうしました? アツモリ殿」
そのとき二人の若者の会話がレインの耳に飛び込んできました。
「キヨツネ殿ご覧ください。釘に引っかけて袖を破いてしまいました」
「これはいけません。下女に頼んで縫ってもらいましょう」
「ウッディ」
レインは相棒にひそひそ耳打ちしました。
「それいいね!」
相棒の耳打ちに、ウッディは目を輝かせました。
「今回はありがとうございました」
レインとウッディは日が落ちてから村でいちばん大きな屋敷に招かれました。
案内された板敷きの大広間に正座し、二人は主人の大入道に頭をさげました。
身内のものが数十人顔を出し、酒と魚の香りがあたりににぎやかに満ちています。
「よいよい」
大入道が鷹揚にうなずきます。
「そなたらレインとウッディという名前か? わしはタイラノキヨモリと申す」
「キヨモリさん」
「へんな名前だね」
「やめろよレイン!」
ウッディが慌てて相棒をたしなめます。
思ったことをすぐ口にするのが妖精の悪い癖です。
「ワハハハ! そうかそうか。しかしわしらの耳にレインとウッディという名前は、相当変わって聞こえるぞ。のうシゲモリ」
「は、父上」
今朝浜で見た美丈夫が頭をさげます。
「そんでおれたち命を助けられたお礼をしたいんだ。あんたたちが着てる服はキモノっていうんでしょ? みんなの服だいぶくたびれてるから新しいのプレゼントするよ。ウッディ」
「みなさんどうぞ」
ウッディが小さな背嚢に手を突っ込むと、中から赤・青・紫など色とりどりの着物がドッと溢れ出しました。
「この背嚢は異空間の倉庫につながってます。服はたくさんあるからみなさんお好きなものをどうぞ……」
「まあ!」
「なんと美しい!」
女性たちは溢れ出したキモノを手に取り、目を輝かせて吟味を始めました。
朝食事のとき会った上品なトク子の目つきも変わっています。
「まさか異国でこのような美々しい着物をいただけるなんて」
「これをご覧になって」
「仕立てもいいわ」
「トク子さまこちらはいかがでしょう?」
「まあ、素敵」
「なあウッディ」
着物を手に和やかな品評会を始める女たちを見てレインがつぶやきます。
「この村の人たち、きっと上流階級の出身だぞ」
「なんでそう思うの?」
「服を見て女の目の色が変わるのは珍しくねえ。でもこの村の連中は男の目の色も変わってる」
大入道のキヨモリも、ハンサムなシゲモリも真剣な表情で、手にしたキモノを吟味していました。
「そうだね。この村の人たち、元は貴族かもしれない……」
広間を見渡したウッディは、そこで一人の男の子の存在に気がつきました。
紫色のワンピースを着た六歳ぐらいの少年です。
少年は両耳の脇で輪っかのように黒髪を束ねていました。
「ミカドもこちらにいらして! 一緒に新しいお召し物を探しましょう!」
トク子が嬉々として男の子に呼びかけます。
「母上、わたしはいりません」
不愛想に返事をした男の子と目が合い、ウッディはニッコリ笑いました。
「ふん!」
鼻を鳴らして男の子は顔を背けました。
「いや~満足満足」
新しい白服を着た大入道キヨモリのまわりに、赤や青や紫のきらびやかな衣装をまとった一族の者がずらりと並びます。
異国のお人形みたい、とウッディは思いました。
(みんなきれいで上品だ。それに大陸の王族みたいな猛々しさがない。あの大入道さえそうだ。いったいどこの国の貴族だろう?)
そのとき男は狩衣、女は十二単と呼ばれる服を着ていたのですが、そんなことはウッディとレインにわかりません。
「まさか異国にきてこのようなお洒落を楽しめるとは思わなんだ。レイン殿、ウッディ殿、礼を申すぞ。アツモリ二人にお礼だ。笛を吹いてくれ」
「は」
白い狩衣を着た美少年はすっくと立ちあがり、どこかから横笛を取り出しました。
「この笛は小枝といいます。これからタイラノタダノリ殿が詠んだ歌に感銘を受け作った曲を披露します。題名は『花』です」
アツモリは笛を吹きました。
鋭く乾いた笛の音が、物悲しいメロディを奏でます。
曲がクライマックスに達するとそれまで静かに座っていた、髭を生やした中年男性がよく通る太い声で、歌を詠みました。
「行くれて 木の下かげをやどとせば花やこよひのあるじならまし」
居並ぶ者の多くが涙を流し、笛は静かに終わりました。
「すげえ」
レインがパチパチ手を叩きます。
「感動したからおれたちも音楽のお礼をするよ。ウッディ」
ウッディは背嚢に手を突っ込み、そこからにゅっと楽器を取り出しました。
楽器を見たシゲモリが目を輝かせウッディに尋ねます。
「おお、それは琵琶であろうか?」
「いえ、これはギターといいます」
「今夜は満月だ。ウッディ『ミスター・ムーンライト』だ」
「OK、ワン・トゥ」
ギターを弾くウッディがカウントを取り、レインは相棒のカウントに呼吸を合わせて歌いました。
「♪ミスター! アアア~ムーンラーイ……」
「おお!」
木の葉みたいに小さいレインの爆発的なシャウトが大広間を圧し、人々はたちまち二人の演奏に引き込まれました。
「昨日はすごかったな」
レインは夜明けの浜で大きく伸びをしました。
昨日宴会でビートルズナンバーを十数曲演奏して寝不足気味なのです。
「あんなに盛りあがると思わなかったね」
履いているブーツでカラフルな毬をリフティングし、ウッディが宴の感想をもらします。
「みんな立ちあがって踊ってたよ」
「お上品なトク子さんもほかの女衆といっしょにすごい声で叫んでたな。転生者にビートルズの曲教えてもらってよかったぜ……」
「ウッディはやく毬をこっちに」
紫の着物を着たミカドがじれったそうに催促します。
今ミカドはウッディと蹴鞠を楽しんでいるのです。
「ごめん、ほら」
ウッディがパスすると、ミカドは毬を巧みにふとももで受け、履いている木靴で数回リフティングしました。
「行くよウッディ!」
ミカドがパスした毬を、ウッディは足ではなく手でキャッチしました。
「だめだよ手を使ったら」
頬をふくらませる少年に、ウッディは笑顔で告げました。
「ミカド、サッカーやろう」
「サッカー?」
芝生が鮮やかに敷き詰められたグラウンドに、二つのチームが集合しました。
どちらも漁村の住人から選抜されたメンバーです。
黒い制服を着たレフリーが宣言しました。
「これよりナーウィスオデッセイズ対平家リヴァイアサンズの親善試合を行います」
「習うより慣れよっていうからね」
選手としてグラウンドに立ったウッディが笑います。
ウッディに誘われ、いきなり試合に駆り出された村人たちは呆然自失の面持ちです。
ユニフォームはオデッセイズが白、リヴァイアサンズが赤です。
ウッディは最初白いユニフォームを用意しましたが、
「白など滅相もない!」
と村人が全員カンカンに怒ったので慌てて赤に変えました。
「オデッセイズは強いのか?」
ベンチに座る監督のキヨモリが不安そうにつぶやきます。
「強い。オデッセイズはアマチュアだけど、こっからプロになったやつが何人もいる」
コーチを務めるレインが解説します。
「あいつら村の伝統でみんなでかいんだ。平均身長が二メートル体重百キロだもん。でも司令塔のヨンスは小さい」
レインは白いユニフォームを着た黒髪に黒い瞳の選手を指さしました。
まだ試合前ですが、巧みにボールを扱い遊んでいます。
身長は百六十センチといったところでしょうか。
「あいつがオデッセイズの心臓だ」
「うーむ、あの小僧ヨシツネに似ておる……」
「なんだって?」
「あの巨漢は?」
キヨモリは巨人そろいのオデッセイズの中で、図抜けて大きい選手を指さしました。
「あいつはゼノン。オデッセイズの得点王でこの地方ナンバーワンのフォワードさ」
「そうか、あれが敵のベンケイか……」
「みんな、がんばって!」
そのとき女性たちの華やかな声がグラウンドに響きました。
赤いタンクトップに赤いミニスカートを履いた女衆が、鮮やかな黄色いポンポンを手に応援に駆けつけたのです。
「がんばれ平家! がんばれリヴァイアサンズ! オデッセイズをやっつけろ!」
「……」
それまでグラウンドで不安そうにしていた男たちの顔つきが一斉に変わります。
女たちの声援を浴び、ハートに火が点いたのです。
しかし火が点いたのはオデッセイズも同じです。
(ちくしょう)
(美人の女房ばっかじゃねえか!)
(おれの女房はトドなのに)
(ゆるせねえ)
(ぶっつぶしてやる!)
「と、トク子、なんとはしたない」
キヨモリの妻でトク子の母であるトキ子が、今にも泡吹きそうに青ざめます。
応援団のリーダーが彼女の娘なのです。
「がんばれ平家!」
トク子は母の心配をまったく気にせず、おへそが見えるほど短いタンクトップ姿で飛び跳ねました。
「ミカドもがんばって!」
「母上」
不安そうにしていた少年の顔に、ようやく笑みが浮かびます。
ではここでメンバーを紹介しましょう。
ゴールキーパーは一人だけ緑のユニフォームを着る頭領シゲモリ
センターバックはウッディと、村いちばんの巨漢トモモリ
右サイドバックは「こいつは逃げ足が速そうだ」というレインの提案でスケモリ
左キヨツネ
ボランチが名歌人のタダノリ
ミッドフィルダーが笛名人のアツモリと、シゲモリの弟ムネモリ
ちなみにムネモリはレインから
「おまえはじっとしてろ」
と極秘命令が出ています。
右シャドーコレモリ
左シャドーシゲヒラ
そしてワントップがミカドです。
「試合は三十分ハーフで行う。では開始!」
レフリーのホイッスルが鳴り、試合が始まりました。
ボールの権利を得たオデッセイズはすぐ指令塔ヨンスにボールを回しました。
(ヘビの頭は最初につぶすか)
「行くぞゼノン!」
ヨンスが蹴ったボールは高い放物線を描いて落下しました。
ウッディ目がけて。
ヨンスはほくそ笑みました。
(こいつをつぶせばもうリヴァイアサンズに戦う力はない)
ウッディがボールをトラップする態勢になり、ゼノンは短くつぶやきました。
「飛べ」
二メートルを超える、四人の大柄な選手がウッディに殺到します。
「ウッディ殿危ない!」
ゴールキーパーのシゲモリが叫びます。
「敵は正当なショルダータックルでウッディ殿をつぶすつもりだ!」
トモモリが正確に敵の意図を察知しますが、ウッディはすでに四方を囲まれていました。
監督のキヨモリも悲鳴をあげます。
「ウッディ殿!」
次の瞬間グラウンドに鈍い音が響き渡りました。
その場にいた者はみんなゴマのようにすりつぶされるウッディの哀れな姿を想像しました。
しかしグラウンドにひっくり返っているのは、おお、二メートルを超える四人の大男のほうでした!
痩せっぽちのウッディはまるでケロッとしています。
「痛え……」
「肩が、外れた」
二人の選手が地面でうめき、もう一人の選手は白目を剥いて意識を失っていました。
(な、なんだこいつ!?)
軽い打撲ですんだゼノンですが、平然とその場に立っている少年を見あげ、この地方最強のフォワードは身震いしました。
(おれたち四人のタックル食らって平気なのか?)
「バカなやつらだ。自分からブナの大木にぶつかりに行ったらそりゃケガするよ。ウッディ!」
レインはヒュッ、と口笛を吹きました。
ウッディはうなずき、すぐ前線にボールを蹴りあげました。
「おっとっと」
自分に向かって飛んでくるボール見て、コレモリがうろたえます。
「いかん! コレモリめ、また弱気の虫が出おった!」
「大丈夫」
ウッディはトモモリをたしなめました。
「コレモリさん運動神経いいですよ。宴のとき、いちばん踊りがうまかったし」
「コレモリ!」
ボールが落下する直前、レインがすさまじい大声で叫びました。
「撃て!!」
レインの気迫に押され、コレモリは左足を一閃しました。
蹴ったボールは立ち尽くすキーパーの脇をすり抜け、ゴールネットに突き刺さりました。
グラウンドは一瞬静まり返り、すぐ男たちのあげる鬨の声と女たちの歓声が爆発しました。
「やったなコレモリ殿!」
「おめでとうございます!」
シゲヒラやアツモリに祝福され、しかしコレモリはなかなか実感がわいてきません。
「わたしが、決めた?」
コレモリが首をかしげたそのとき、
「でかしたコレモリ!」
自分よりはるかに年下のミカドに褒められ、コレモリの顔に、ようやく笑顔の花が咲きました。
試合は白熱しました。
前半二十分ヨンスがフリーキックを決め、オデッセイズは同点に追いつきました。
そして後半二十五分、試合の残り時間あと五分というときです。
司令塔のヨンスがふいにツツツ、と左サイドに流れました。
ウッディが慌ててマークにつきます。
(よし!)
ウッディがくる前に、ヨンスは素早くクロスをあげました。
中央でゼノンが待ち構えます。
「トモモリさん!」
「まかせろ!」
トモモリは勇敢に競り合いました。
ゼノンも跳躍し、次の瞬間鈍い衝撃音と、ゴールネットを揺らす涼しげな音が聞こえました。
「やられた」
横っ飛びしたゴールキーパーのシゲモリが、悔しさのあまり芝生を叩きます。
ゼノンのヘディングシュートが決まりました。
「やったなゼノン!」
ヨンスやチームメートが巨漢に飛びつき祝福します。
これでオデッセイズの一点リードとなりました。
リヴァイアサンズは終盤にきて痛い失点です。
平家の面々は膝に手を当て、がっくりうなだれました。
「また、負けるのか」
ムネモリの重いつぶやきが、暗雲のようにグラウンドに垂れ込めます。
「ウッディ」
レインはベンチから手を振りサインを送りました。
Vサインを送ったのです。
ウッディはうなずき、センターサークルにボールをセットするとミカドからボールを受けました。
するとすぐホイッスルが鳴りました。
見るとグラウンドに、オデッセイズの選手が全員倒れているではありませんか。
平家の面々はわけがわからなくて顔を見合わせました。
「え?」
「なに?」
「今、なにがあったんじゃ?」
ベンチでとまどうキヨモリに、レインはこともなげに答えました。
「ウッディがドリブルで十人抜いて同点ゴールを決めたのさ」
試合は残り時間一分を切っていよいよ白熱しました。
平家リヴァイアサンズは目の色変えて敵陣に攻め込みました。
一方オデッセイズは地域王者の面目にかけ、死に物狂いに守ります。
ウッディにはヨンスとゼノンの二人がマークにつきました。
そのウッディにタダノリからパスがきました。
「きたぞ!」
「やらせるか!」
ヨンスとゼノンが左右から挟み込みます。しかし
「あ」
ゼノンは一瞬棒立ちになりました。
ウッディがボールをスルーしたのです。
裏から走り込んだアツモリがパスを受けます。
「舐めるな!」
ヨンスがいち早くアツモリのもとへ駆け寄ります。
アツモリは素早くクロスをあげました。
空白地帯でポツン、とフリーになっていたミカドに向かって。
クロスはしかし小柄なミカドのはるか頭上を通過しました。
「なんの!」
ミカドは健気にジャンプしましたが、まったく届きません。
そのとき
「風」
ベンチのレインが呪文を唱えると、ミカドの体は高々と宙に舞いました。
垂直に吹きあがった風に乗ったのです。
ミカドはゴールに背を向けたまま、ボールを下から右足で蹴りました。
「オーバーヘッドキック!」
とウッディが歓声をあげたときミカドが蹴ったボールはゴールに吸い込まれ、同時に試合終了のホイッスルが鳴りました。
「みなの衆~、みなの衆~」
ミカドがグラウンドで歓喜の胴上げをされているときです。
浜の櫓で半鐘が打ち鳴らされました。
「みなの衆~、きてくだされ~」
櫓につめた監視役の盲人が叫びます。
「リヴァイアサンじゃ~、リヴァイアサンが出たぞ~」
「リヴァイアサン?」
「あの海の怪物が?」
オデッセイズの面々が、にわかに浮足立ちます。
「着替える暇はない。みんな靴だけ草鞋に履き替えろ!」
頭領のシゲモリが大音声で村人に命じます。
「みな船に乗れ! これよりリヴァイアサンを仕留める!」
マストに赤旗をかかげた船が沖に向かいます。
まっ赤な帆を張り、さらに屈強な村人がオールを漕ぎ、船は飛ぶように進みました。
レインとウッディも船に乗り、さらに櫓の盲人も乗りました。
盲人は琵琶と呼ばれる異国の楽器を抱えています。
やがて船は目的の海域に到着しました。
「ミカド、あれを」
シゲモリが彼方を指さすと、おお、海面が山のように盛りあがるのです!
海からニュッと長い首をもたげたのは、氷山のように巨大なウミヘビです。
「出たぞリヴァイアサンだ!」
赤いユニフォームを着たトモモリが叫びます。
ウミヘビは長い尻尾をもたげ、海面を鞭のように叩きました。
たちまち海が荒れ、ウッディたちを乗せた大きな船は木の葉のように揺れました。
「琵琶法師、琵琶を奏でよ!」
シゲモリに命じられ、盲人の法師は手にした撥でベンベン、と楽器を打ち鳴らしました。
「ミカド」
シゲモリの求めに応じ、真っ赤なユニフォームを着た幼いミカドは船首に立ちました。
船首に立ったミカドはキッと巨大なウミヘビを睨みました。
そして可憐に喉を震わせ、琵琶に合わせて朗々と歌いました。
こんな歌を。
「祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす
奢れる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
猛き者も遂にはほろびぬ
ひとえに風の前の塵に同じ……」
「……」
ミカドの声がもたらす神秘の力か、あるいは歌に聴き入るのが怪物の習性なのか、とにかくミカドが歌い始めると、巨大なリヴァイアサンは鎌首もたげたままピクリともしなくなりました。
「シゲモリ」
ミカドにうながされ、今度は船首に緑のユニフォームを着たシゲモリが立ちました。
シゲモリの手に銛があります。
リヴァイアサンの喉もとで、青い光が玉となって輝きます。
あれは生命の源不滅のティグレです。
リヴァイアサンはなお動きません。
シゲモリは銛をかつぎ、ねらいを定めました。
「ここがわれらのフクハラなり!」
奇妙な呪文とともに銛は放たれました。
放たれた銛はねらいを外さず、見事ウミヘビの喉もとで光る青い玉を貫きました。
「これがリヴァイアサンの宝玉です」
シゲモリは一族の者と浜辺に勢ぞろいし、昨日仕留めたリヴァイアサンの体内から取り出したてのひらサイズの大きな宝石をかざしました。
「こちらの大陸の王族に大人気で、これを売れば、わが村はこれから十年なにをせずとも安泰です」
「ほかにも貴重な肉や脂や油や皮が盛大に取れた」
大入道のキヨモリが、満足そうにうなずきます。
「まさにリヴァイアサンさまさまじゃ。ワッハッハッ!」
「レイン、ウッディ、またきてね」
ミカドはちょっとさびしそうです。
「ああ、またくる……」
とレインが応じたときです。
「おーいミカド~」
「遊ぼーぜ」
となり村の少年たちが、サッカーボールを抱えてやってきました。
「今行く! じゃあねレイン! ウッディ!」
ミカドは友の元へと駆け出し、レインとウッディも村を去りました。
「じゃあ行くよ」
「みなさんお元気で!」
「父上、母上」
立ち去る二人に手を振りながら、シゲモリがしみじみつぶやきます。
「波の下にも、都はありましたな」
「アハハ!」
そのときミカドの楽しそうな笑い声が、さわやかな風のように浜を洗いました。
いかがだったでしょう。
次回は7月26日(日)朝5時に第4話を投稿します。
次回こそコンパクトな短編を書きます!
どうぞお楽しみに。




