第17話 ゴンゾとナタリー
今回3800Wです。
童話風の掌編になりました。
ではどうぞ。
これはウッディが書記官として町で拾ったお話です。
むかしの話です。
ある貴族が王のおそばにお仕えしていました。
その貴族は成り上がりもので、爵位は金で買ったものです。
爵位は買えましたが品性は金で買えず、貴族の評判は最悪でした。
ある日貴族の門前に籠に入れられた赤ん坊が捨てられていました。
「うわあ」
籠を覗き込み、召使いは悲鳴をあげました。
それが生まれつきなのか、赤ん坊の顔はグロテスクな瘤に覆われていました。
「醜い赤ん坊だな。おまえが世話をしろ」
貴族は召使いにそう命じました。
本当は捨てたかったのですが、召使いが赤ん坊を拾うところを近所の人に見られたのです。
貴族は政治家として出世したかったので、人々の自分に対する評判をひどく気にしていました。
赤ん坊はゴンゾと名前をつけられました。
ゴンゾは三歳のころから小さな小屋で寝起きし、主に馬の世話をしました。
いつも馬糞にまみれているから「臭い!」と人に嫌われましたが、本人は嗅覚が死んでいるので気にしません。
嗅覚どころか声帯も死んでいて、ゴンゾはまったく言葉を話せませんでした。
ゴンゾは十三歳になりました。
三歳のころから馬の世話をしてもう十年になります。
単調な日々です。
やることは毎日同じで馬にエサをやり、馬を洗い。馬を運動させる。
そして貴族の四人いる子どもの内の三人――二人が男の子で一人が女の子――のだれかに馬糞を投げられ、馬糞の山に突き倒される。
そんな毎日です。
変化があるのはナタリーが遊びにくるときだけです。
ナタリーは貴族の四人いる子どもの末っ子でゴンゾと同い年、そして兄弟の中で唯一ゴンゾと仲良しでした。
ナタリーは「町いちばんの美少女」といわれていました。
そんな少女が怪物と呼ばれるゴンゾをしばしば訪ねるのです。
人々はふしぎがりましたが、ゴンゾは
「自分が口がきけないのが気に入ったのだろう」
と想像しました。
ある日小屋に遊びにきたナタリーはゴンゾに英雄オデッセイの伝説を話しました。
ナタリーが語ったのはオデッセイが巨人ゴリアテと戦った神話です。
「んでゴリアテは大きくて力持ちだからオデッセイの剣がすぐ吹っ飛ばされたの。オデッセイは素手になってもあきらめなかった。英雄だから。賢いオデッセイは剣を拾わず、ゴリアテのうしろに回ってゴリアテの首を絞めたの。こんな風に」
ナタリーはゴンゾの背後に回ると首に腕を回し、ギュツ、と締めました。
すると軽く力を入れただけなのに、ゲッ、と奇妙な声をあげ、あっという間にゴンゾが失神したのです。
ナタリーは大慌ててゴンゾを介抱し、なんとか蘇生させました。
「ごめんねゴンゾ」
ナタリーはペコペコ頭をさげ、ゴンゾは瘤だらけの顔に笑みを浮かべました。
ナタリーはゴンゾの笑顔が好きで、ゴンゾはナタリーの全部が好きでした。
それから数日後、貴族の屋敷に武装した軍隊がやってきました。
部隊長は成すすべなく立ち尽くす貴族に書類を見せて宣言しました。
「王陛下に謀反を企てた罪で貴殿を逮捕する。家族と使用人も全員宮殿に連行する。立て」
宮殿の大広間で、貴族と彼の家族と使用人は王と対面しました。
「申し開きがあるなら申せ」
王の渋い声が広間に響きます。
「陛下、わたくしは謀反を企てたことはありません!」
成り上がり貴族はウソをつきました。
今のままでは出世が見込めないので不平分子と手を組み、密かにクーデターを計画したのです。
不平分子と成り上がり貴族はクーデターを実行するにあたって「改革」の看板をかかげましたが、改革派の本音が権力奪取と立身出世にあるのは古今東西変わりません。
しかしその芽は、用心深い王にいち早く摘まれました。
「謀反を企てたことはないと申すか? では証明して見せよ」
「はっ。王陛下は死の山をご存知ですか?」
死の山は国の西端にある火山です。
「知っておる」
「死の山の火口に【魔石】があるといわれています。魔石はあらゆる魔法を封じた魔法石で、これを持つ者は修行を経ずして最強の魔法使いになるといわれております。ただし魔石は身分の低い者が持っても役に立たず、王陛下のように高貴なお方が手にしない限り術が発動しないといわれています」
「そうであったな」
「この魔石を王陛下に献上します!」
成り上がり貴族は血走った目で叫びました。
「これをもってわが忠誠心の証しといたします!」
「おもしろい」
王はニヤリと笑いました。
「しかし死の山には魔物が潜むといわれておる。ゴブリンやドワーフはむろんまだ名前も知れぬ怪獣や魔獣や陰獣が大勢いるそうな。それでも死の山にそなたは行くのか?」
「いえ、わたしは参りません。参るのはわたしの召使いゴンゾです!」
貴族がいきなり自分の名前を出したのでゴンゾは仰天しました。
「お父さま」
なにかいおうとするナタリーを制し、成り上がり貴族はいいました。
「わが召使いのわたしに対する忠誠心は盤石です。ゴンゾは決して逃げません。わが召使いの忠誠心が、そのままわたしの王陛下に対する忠誠心の強さなのです!」
そういうと貴族はゴンゾの耳もとに口を寄せ、こんな言葉をささやきました。
「おまえが逃げたら、ナタリーは死ぬぞ」
「……」
「よかろう」
王はうなずきました。
「今この瞬間から三日間の猶予を与える。ゴンゾ、死の山から魔石を採り、三日以内にこの広間に戻って参れ。逃げてもよいが三日の刻限を一秒でも過ぎたら、ここにいるおまえの主人とその家族、それにおまえの仲間の使用人どもは全員打ち首だ。それを忘れるな。行け」
広間を出るときゴンゾはチラッとナタリーを見ました。
ナタリーは不安そうな顔に、それでもかすかに笑みを浮かべました。
「おおっ」
大広間に兵士のどよめきが広がります。
三日目の刻限まであと三十秒というところで、ゴンゾが戻ってきたのです。
広間にあらわれたゴンゾは右の耳はちぎれ、左目はつぶれ、さらに全身血まみれで「英雄の帰還」と呼ぶにはあまりに無惨なありさまでした。
ゴンゾは王の前まで歩き、右手を差し出しました。
その手に艶をたたえた黒い石があります。
「魔石か?」
王の問いかけにゴンゾは無言でうなずきます。
間に入った従者から受け取った黒い石をしげしげ眺め、王は短くいいました。
「でかした。やれ」
王の一言で兵士たちは一斉に抜剣し、成り上がり貴族の家族と使用人に斬りかかりました。
成り上がり貴族が悲鳴をあげます。
「約束がちがう!」
「余は約束などしてはおらぬ」
貴族とその妻、三人の子ども、そして使用人が次々斬首され、広間はたちまち血の匂いに満たされました。
最後にナタリーが残りました。すると
「ほお」
王が玉座から呼びかけます。
「ゴンゾ、その娘を助けたいのか?」
ゴンゾは今ナタリーの前に立ちふさがっています。
「おまえは死の山から魔石を持ってきた。その褒美がおまえ自身の命だ。娘は褒美だ。褒美が欲しくば戦え。ゴリアテ」
王は神話の巨人と同じ名を持つ兵士に声をかけました。
神話同様兵士の身長は二メートルを超えています。
「ゴンゾを斬れ」
そういって王は手もとにあった剣をゴンゾに投げました。
「おまえがゴリアテを殺したら娘の命は助けてやる。戦え」
ゴリアテが打ちおろす剣をゴンゾは危うく受けました。
しかし二手目で剣は大きく弾かれ、三手目で剣はゴンゾの手から離れ広間の隅まで吹っ飛びました。
(ああ)
(これはだめだ)
とほかの兵士が嘆いたときです。
突然ゴンゾの姿が消えました。
剣を失ったゴンゾはゴリアテの股ぐらをくぐり、背後に立ちました。
そして飛びあがって巨人にしがみつき、背後から首を締めました。
「グエッ」
一声うめき、ゴリアテは剣を振り回しました。
しかし手はすぐ止まり、ゴリアテは棒のように倒れるとピクピク痙攣しました。
ゴンゾは手を離しません。
ゴリアテの痙攣が止まり、それからだいぶ時間がたってからゴンゾは立ちあがりました。
宮廷医はゴリアテの体を調べ、首を横に振りました。
「ゴンゾの勝ちだ」
王はきっぱり宣言しました。
「ゴンゾ、おまえは今日からわたしの【屋敷】の管理人をやれ。子どもたちの世話をしろ。ナタリー、おまえは今日からわたしの養女だ。皆の者、余に仕えるのと同じようにナタリーに仕えよ。ナタリーを侮辱するのは余を侮辱するのと同じである。忘れるな」
「は!」
広間にいた者たちは一斉に平伏しました。
王の養女になったナタリーはすぐ隣国の王子に見初められ、結婚しました。
ナタリーは隣国のお妃として、末永く幸せに暮らしました。
「ゴンゾは今でもお屋敷の管理人をやっていて、不幸な子どもたちの面倒を見ている。シティの人間はみなそう信じておりますよ」
枯れ木のようにやせこけた老人はそういって、煙草のけむりを吐きました。
「そのお屋敷はどこにあるんですか?」
ウッディが質問すると、老人は顔をしかめました。
「それはわかりません。でもお屋敷がないと困るんです」
「困るとは?」
「わしは若いころ貧乏でした。その日の食事にも事欠くようになったわしは五歳の男の子をセイント川に架かる橋の下に連れて行き、そこに捨てました。日が暮れてからそこに子どもを置いていくと、お屋敷の人がきて子どもをお屋敷に連れて行ってくれるといううわさを聞いたんです。翌朝橋の下へ行くと、子どもはいませんでした。みんなはあの子が川に入って死んだといいます。でもわしはお屋敷の人があの子を引き取ってくれたと信じております。だからお屋敷がないと困るんですよ」
ウッディは老人の勝手な言い草が老人のやせこけた体から絞り出した、最後の祈りの一滴のように聞こえました。
いかがだったでしょう。
次回18話は11月1日(日)朝5時投稿します。
どうぞお楽しみに!




