第18話 ヴラド公動く
今回5300Wです。
物語が大きく動きます。
どうぞお楽しみください。
この大陸でもっとも盛んな宗教は女神信仰です。
この世界は女神が作ったとされ、女神は今もどこかからこの世界を見守っている、その女神に救済と崇拝の祈りを捧げる宗教です。
真ん中の国でもっとも信者の数が多いのも女神信仰です。
このほかにそれぞれの土地に根付いた神々を信仰する土着宗教があり、またエルフや妖精を崇拝する亜人崇拝教もあります。
それらの宗教の中で、最近急速に信者を増やした宗教があります。
それがナザレのイエスを信仰する一派です。
それはよく晴れた日曜日の朝でした。
アルバトロス地区にある野外音楽堂に人々は集まりました。
小さなステージがあり、その前の空き地に横に長い椅子が並ぶ素朴な趣の音楽堂です。
しかしこの日開かれるのは音楽のコンサートではありません。
ナザレのエスを信仰する人々の礼拝が行われるのです。
その日音楽堂には五十人ほど人が集まりました。
これはかなりの数です。
女神信仰の場合、こういう野外礼拝には三十人ぐらいしか信者が集まりません。
おかしいですね。
わたしもむかしはもっと信者を集めていたものですが……
オホン、失礼しました。
「あらサディ」
会場で子どもたちの面倒を見ていた女性が、新たな来訪者に声をかけます。
来訪者は黒髪を長く伸ばした妖艶な美女です。
「ひさしぶりねルーシー」
「サディ!」
「サディだ!」
十人ほどいる子どもたちは一斉に美女に飛びつきました。
「あなたがここへくるなんてどういう風の吹き回し?」
子どもたちから解放されたルーシーが肩を撫でながら尋ねます。
「ナザレのイエスって人の話を聞いてみたくなったの」
「どうして?」
「最近むかしのこと思い出して弱気になってたの。だからなにかに依存したくなって」
「あらいいじゃない。イエスさまはきっとあなたのいい杖になるわよ」
それからすぐステージに白いワンピースを着た中年男性があらわれました。
「みなさん、神に感謝し神に祈りを捧げましょう」
集まった人々はステージの男性にうながされると椅子に座ったまま頭を垂れ、目をつむってなにか熱心に祈り始めました。
サディも人々の真似をして手を組みましたが、祈りの言葉は頭にまったく浮かびません。
「では讃美歌を歌いましょう」
ステージに立つ中年男性の横に、ギターを抱えた演奏者が並んで立ちました。
鳥の巣みたいな髪形をした、痩せっぽちな若者です。
「彼は最近こちらの世界にやってきた転生者です。彼が讃美歌を歌うのでみなさんも一緒に歌ってください。ではお願いします」
「なんもねー!」
若者が突然怒鳴るような物凄い声で歌い始めたので、みんなあっけにとられました。
しかし若者がなんもねー、なんもねーとステージで繰り返し歌っていると、だんだんみんなも乗ってきて、やがて一緒に、なんもねー! と立ちあがって叫ぶように歌いました。
「なんもねー!」
「ねえこれほんとに讃美歌?」
まわりの人々の異様なテンションに圧倒されながら、サディはとなりのルーシーに尋ねました。
「讃美歌っていうよりわたしたち自身を励ましてる歌に聞こえるけど?」
「それがいいんじゃない! なんもねー!」
ルーシーは歌いながら踊り、最初は呆れていたサディもとうとう、なんもねー! と叫びながらルーシーと一緒に踊りました。
最後に謎の数字を連呼して讃美歌(?)は終わりました。
人々の熱烈な拍手を浴びて若者はステージから去り、白いワンピースの中年男性がまたあらわれました。
「では最後にイエスさまの前世のお話をします」
男性はかつてジョーが語ったイエスと娼婦のエピソードをここで語りました。
しかしジョーの話と細部がややちがっています。
この出来事はイエスに反感を持つ人々の策略だったと男性はいいました。
娼婦をかばうためにイエスが法に反することをいったらすぐ逮捕しようと企んだのです。
姦淫の現場で捕まった女は石で撃ち殺すのが法。さてどうする?
そう問われたイエスは
「罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」
イエスにそういわれて最初に老人が去り、野次馬も次々去り、やがてイエスに反感を持っていた人々も去ってイエスと女だけが現場に残ります。
「女よ、だれもおまえを罰することはなかったのか?」
「はい、主よ……だれも……」
「私もあなたに罪を定めない。行きなさい」(注1)
「おお」
イエスの言葉にサディは感動しました。
イエス自身にそんな自覚はありませんが、イエスの言葉はとくに過酷な環境にある女性の胸によく響く特徴があります。
「罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」
「私もあなたの罪を定めない」
(この人なら、わたしの罪を、一緒に背負ってくれるかも)
サディがそう思ったとき
「動くな!」
怒声とともに五十人いるイエスの信者は武装した集団に囲まれました。
「あ、あなたたちはなんです……ぐえっ」
ステージで抗議の声をあげた中年男性は盾を持った大男に殴り倒されました。
「われわれは国防軍の兵士である!」
ステージから大柄な兵士が大音量で告げます。
「おまえらを治安維持法違反の罪で逮捕する。じっとしていろ!」
「治安維持法違反?」
「なんのことだ?」
とまどう信者に一個小隊四十人いる兵士は一斉に襲いかかりました。
「うわ!」
「助けて!」
信者たちは次々殴り倒され、縄で後ろ手に縛りあげられました。
「ガキどもも連れて行け!」
「やめて!」
子どもたちに手を出そうとした兵士にルーシーが飛びつきます。
「このアマ」
音楽堂に、ゴンッ、と鈍い音が轟きます。
兵士は警棒でルーシーの頭を殴りました。
ルーシーはまったく受け身を取らず地面に倒れました。
サディはルーシーに駆け寄ろうとしました。
「ルーシー!」
「子どもたちを、お願い」
ルーシーはサディに向けた目を開けたまま、口をきかなくなりました。
「ルーシー、みんなこっちよ!」
十人いる子どもたちをサディはひとまとめにしました。
まわりではまだ兵士たちが信者に暴行を加えています。
「主よ!」
「お助けください!」
そのときステージでちょっとした異変が起きました。
倒れていた中年男性が上体を起こし、なにか取り出したのです。
サディは男性が手にしたものを見つめました。
(鳩?)
男性が手を離すと鳩は飛び立ちました。
「伝書鳩だ! 殺せ!」
ステージの兵士の命令に応じ、一人の兵士が弓矢を構えます。
(させないわ)
サディはスカートからニュッと尻尾を伸ばし、鞭のように振るって弓矢を叩き落としました。
いい忘れましたがサディの正体はサキュバスです。
「イテッ!」
「おいあの女妖魔だ捕まえろ!」
兵士たちがサディに殺到しようとしたそのとき
「なにをしている!」
兵士たちは一瞬ピタッと動きを止めました。
騒然となった現場を静める凛冽な声に鼓膜を打たれたのです。
「わたしは治安警護隊のホリー・サンド捜査官だ!」
今日は非番の日で、白いタンクトップに極端に短いホットパンツという軽装のホリーですが、腰に剣があります。
「この騒ぎはなんだ! 責任者はだれだ!」
「おれだ」
ステージにいた兵士が空き地に降りてきます。
兵士は大柄ですが、ホリーも負けていません。
兵士はホリーの恵体、金髪を束ねた美貌、タンクトップからこぼれ落ちそうな乳房や、逞しい太ももをじっくり眺めました。
「……イエスの信者どもを軍の施設に連れて行く。治安維持法違反だ」
「真ん中の国は信仰の自由がある。それにきさまら軍隊に市民を逮捕する権限などなかろうが!」
「ヴラド公の命令だ」
「なに?」
「ヴラド公が『ナザレのイエスを信仰する者を収監せよ』と仰ってる。ヴラド公は次の国王になるお方だ。命令に従うのは当然だ」
「きさま、次の国王はデヴィッド王子に決まっておるだろうが!」
ホリーは思わず剣に手をかけました。
「おいこいつ魔法剣を使うぞ気をつけろ!」
と大柄な兵士が血相を変えたときです。
「ホリーおやめなさい」
振り返って自分の名を呼んだ声の主を見て、ホリーは目を輝かせました。
「本部長!」
白い詰襟の制服を着た、赤い髪のシズエ・ハラ治安警護シティ本部長がホリーの視線の先にいました。
「あなたが責任者ですね? みなさんをどこへ連れて行くのです?」
音楽堂にいた信者はみんな縄で縛られ、空き地の隅に追いやられました。
「軍の施設に収容します」
大柄な兵士が敬語で答えます。
「これはヴラド公のご命令です。文句があるならそちらにどうぞ。行くぞ!」
隊長の号令で兵士たちは信者を追い立て出発しました。
「おいしっかりしろ!」
ホリーは倒れたまま動かないルーシーに声をかけました。
「まあたいへん、病院に……」
と声をかけるシズエを振り返り、ホリーは首を横に振りました。
「そうですか」
シズエは目を閉じ、胸に手を当て死者の冥福を祈りました。
「ヴラドはいったいなにを考えているのでしょう?」
ホリーに問われてシズエは目を開けました。
「わかりません。それよりあの人の動向が気になります」
そういってシズエは鳩が飛び去った青空を見つめました。
ここは人に「宮殿」といわれるヴラドの広壮な邸宅です。
体育館みたいにだだっ広い謁見の間に、大柄な兵士は向かいました。
さっき音楽堂で信者たちを拘束した部隊の隊長です。
隊長は腰の剣を召使いにあずけて謁見の間に入りました。
「ご報告します」
片膝ついてひざまずく隊長の正面に人がいます。
一段高い壇に置かれた椅子に座るのは真っ黒な軍服を着た男性です。
風貌や年齢はわかりません。
男性は目と口だけあらわにした黒い鉄仮面をかぶっていました。
これが真ん中の国の政界を牛耳る実力者で、民間人でありながら次の国王とうわさされるカリスマ政治家ヴラド・シグナル公です。
「本日イエスの信者を二百名捕らえました。全員軍の施設に収監しています」
「ご苦労」
中年らしい男性のしわがれた声が、広間に響きます。
「二百人も信者がおったか。イエスの勢力は予想以上だな」
「行動中治安警護隊のシズエ・ハラ本部長に抗議を受けました。いかがいたしましょう?」
「放っておけ。すでに議会に根回しして治安維持法は強化されている。軍の行動は違法ではない。よってあの女もこわくない……人間である限り」
「は? 人間?」
「気にするな。よいか。捕らえた信者に毎日三度食事を出してやれ。ケガ人は医者に見せろ。やつらはエサだ。丁重に扱え。行け」
「は」
「待て。行動中に負傷した兵士はいるか?」
「一人もいません。わが軍の兵士に民間人相手にケガする軟弱者はおりません」
「そうであったな。みなにヴラドが『汝らはわが誇りである』といったと伝えよ。頼んだぞ」
「は!」
隊長は敬礼して去り、あとに残った鉄仮面のヴラドは渋い声でつぶやきました。
「さて、これであの男がどう出るか。見ものだな」
「お願いゴンゾ!」
サディはそういって手を組みました。
目の前にいる顔中瘤だらけで、さらに右の耳と左目が欠けた異相ゴンゾに頼みごとをしているのです。
「この子たち親が軍に捕まってどこにも行くとこがないの。だから【お屋敷】でかくまってあげて。お願い!」
「……」
ゴンゾが無言でうなずくと、サディは飛びあがって喜びました。
「ありがとう! ねえわたしもしばらくここに泊まっていいでしょ。ね?」
サディは独り決めにうなずくと子どもたちに告げました。
「ゴンゾがみんなの世話をしてくれるって。ゴンゾの手料理めちゃくちゃ美味しいのよ。みんなお礼をいいましょうね」
「ゴンゾ」
「ありがとう」
子どもたちはワラワラゴンゾに近づき、彼の体のどこかをさわりました。
子どもは大人の優しさに敏感です。
「うう、うう」
声を出せないゴンゾはうなりながら子どもたちを引き連れ、広い中庭を横切りました。
これからみんなに昼食を作るのです。
あとにサディが続きます。
「あ~、ここにくるのもひさしぶりね」
サディは懐かしさに胸膨らませて目の前に迫る大きな建物を見あげました。
こうして【お屋敷】にまた新しい住人が加わったのです。
「シティに行く」
伝書鳩が運んできた文書を読み、ナザレのイエスは決意しました。
「シティに行ってわが信徒を救出する。マリア、一緒にきてくれるか?」
「はい」
覚醒したイエスをもはや引き止めようとせず、むしろ最初に呼びかけられたことを誇りに思いながらマグダラのマリアはうなずきました。
「どこまでもわが主についてまいります」
「ありがとう」
「旅のお供はわれら平家におまかせください」
といったのは大入道のキヨモリです。
キヨモリの背後に一門がずらりと勢ぞろいしています。
平家はイエスの教えに感銘を受け、一門全員がイエスに帰依しました。
「陸を歩くのは面倒です」
といったのはキヨモリの長男シゲモリです。
「都まで船で参りましょう。船の操縦はわれらが行います。都についたら主の護衛もいたします。どうぞおまかせあれ」
「ありがとうございます」
頭をさげるイエスをミカドとダニエルとメロディが見つめます。
こうしてイエスの首都上陸が決定しました。
かつてロバに乗ってエルサレムに入城したイエスですが、今度は船に乗ってシティに入城するのです。
シティに、いえ真ん中の国全土に、風雲が迫っています。
注1 『キリスト教の本・上』学研「Chapter3奇跡と布教」より
いかがだったでしょう。
次回19話は11月8日(日)朝5時投稿します。
どうぞお楽しみに!




