第15話 祭りとジョー
今回6100Wです。
ゴブリンのジョーが大活躍します。
どうぞごゆっくりお楽しみください。
まだほの暗いシティの町に『夜明けの歌』が流れます。
ジョーは一人でアルバトロス商店街を歩いていました。
なんでも屋でバイトを始めたジョーは、昨晩徹夜である家族の夜逃げを手伝ったのです。
その正体はゴブリンで、今は人間に化けているジョーは緑色の髪を撫であげ、大きくあくびしました。
「仕事中に吸血鬼が出なくてよかったぜ。アニキとウッディがだいぶやっつけてくれたからな」
昨晩の仕事を思い出し、ジョーはやれやれと首を振りました。
「まったく、夜逃げするぐらいなら借金なんかするんじゃねえよあのおっさん。子どもが『ここから引っ越したくない』って泣いてたぞ、かわいそうに……そういやなんでも屋の親方が今日は祭日だっていってたっけ」
ジョーは商店街を見わたし、路上に落ちているビラを拾いました。
「なんて書いてあるんだ? えーと『人を見たら転生者と思え!』『亜人どもは人間社会の転覆を狙ってる!』ふーん、人を大勢殺した吸血鬼の存在は無視して、なんにも悪いことしてない転生者やおれたち亜人を罵ってる。都会人ってなに考えてんだかわかんねえな。にしてもとくに祭りの準備はしてねえなあ」
そのときジョーの目の前を、黄色い光が横切りました。
「カナリアだ」
カナリアはしばらく頭上を飛んだあと、すとん、とジョーの肩に降りました。
すると突如ドッとにぎやかな歓声と音楽が聞こえてきました。
「カナリアが今年の【ランナー】を選んだ!」
どこかからあらわれた黒シャツを着た一団が、ジョーに迫ります。
「んあ? ランナー?」
ジョーはなにがなんだかわかりません。
黒シャツを着た人々は、みんな南洋のものらしい赤地・緑のふち・一つ目の奇態な仮面をつけています。
その中の一人が進み出て、ジョーに一冊の本を手渡しました。
赤い革で装丁された分厚い本です。
「わたくし本日開催される『予言祭』実行委員のアエンと申します」
「予言祭?」
「あなたは今日の正午までにあるところにその本を届けねばなりません」
ジョーの疑問を無視してアエンは話を進めました。
「本ってこの分厚い本?」
「そうです。その本は魔法の本で、中に一流の魔法使いだけが解読できる解呪の呪文が書かれています。あなたはその魔法使いに本を届けるのです」
「解呪ってどんな呪いを解くの?」
「今年の雨季、南方の平原地帯で二匹の雨獣が争い『今年の農作物は不作』の予言が出ました。今季節は秋ですがおそらくこれから台風か長雨がきて、農作物にダメージが出るのでしょう」
「そんな予言があったの? 予言は呪いと一緒だからそりゃ解かなきゃだめだ……でも正午がタイムリミットってはやくない?」
「予言は農業に関するものです。農作業は主に早朝から昼までですから神事もそれに合わせるのです」
「なるほどね。で、その魔法使いってどこにいんの?」
「アルバトロスの北に無名墓地があるのはご存知ですか? その墓地の北側に隣接する大きな館に魔法使いはいます」
「昼までにその魔法使いにこの本を届けりゃいいんだね? なんか簡単そうだけど、これやったらおれなんかご褒美もらえんの?」
「ランナーはボランティアです」
「ボランティアかあ。おれはあんま好きな言葉じゃねえけど、都会の人ってなぜかこの言葉好きだよね……ま、いいや農家が不作になったら困るから行ってくるよ」
「行ってらっしゃい! そうそう、いい忘れましたがこの者たちは勢子です」
アエンは一つ目の仮面に黒シャツを着た数十人の男たちをさしました。
「セコってなあに?」
「あなたを阻止するのが勢子の役目です」
「おれを阻止する?」
「はい。あなたを阻止するために彼らは暴力を行使します。ではお気をつけて」
アエンがそういうと仮面に黒シャツの男たちは手にした棍棒を振りかざし、一斉にジョ-に襲いかかりました。
「うわわ!」
慌てて逃げ出しながらジョーはアエンに尋ねました。
「こいつらのギャラは!?」
「あなたを阻止した者に賞金として百万ベル支払われます」
「不公平だぞ!」
と一声叫び、ジョーは商店街から走り去りました。
「とにかく北へ向かおう」
ジョーは昇ったばかりの朝日を確認しました。
「日は西から昇る。てことはあっちが北……」
そのとき突然視界が真っ暗になりました。
「うわあ!」
まさに間一髪! 路地に隠れていた仮面の男の一撃を、ジョーは頭をさげすれすれでかわしました。
「なんだ今の殺気があったぞ!」
仮面の男は無言で棍棒を振りかざし、ジョーに迫りました。
(こいつらおれを殺す気だ。やべえ)
どうしよう! とジョーがパニックになったときです。
「こっちよ」
ジョーはふいにだれかに手を引かれ、一緒に路地を走りました。
「ここよ」
手を引かれてアパートの階段を登り、ジョーは踊り場に隠れました。
目の前の路地を複数の足音が慌ただしく走り去ります。
「助かった」
「わたしの部屋こっちよ。きて」
そういって再びジョーの手を引いたのはタンクトップを着て黒髪を長く伸ばした、妖艶な美女でした。
「コーヒー淹れるから待ってて」
ジョーをソファに座らせ、サディという名の女性はキッチンに向かいました。
「……」
ジョーはサディのうしろ姿を見ました。
膝丈のスカートから伸びたきれいな足から目が離せません。
「助けてくれてあんがと。でもなんでおれを助けてくれたの?」
「わたしの幼なじみもランナーに選ばれたの。その子勢子に捕まって殺されたわ。あなた幼なじみに似てるの」
「そうですか……」
自分に似た男の子が祭りで死んだと聞いて、ジョーはちょっとしょんぼりしました。
「はいどうぞ」
サディが運んできた小指の爪みたいに小さなカップに、ドロドロに濃いコーヒーが注がれています。
「暗黒大陸の豆を使ったの。ミルクや砂糖を使わずそのまま飲んで」
「……うんまい!」
ジョーは目を見開きました。
「おれ今までコーヒーの味は全然わかんなかったけどこれはうめえっす! 一口飲んだら全身に活力が満ちてくる。香りも素晴らしい。味も匂いも上品だけど野性味がある。お陰で疲れがいっぺんに吹っ飛んだよ」
「ここも元気になった?」
ジョーのとなりに座ったサディが、ジョーの下腹部に手を伸ばします。
「んあ?」
とうろたえるジョーの首にチクリ、と軽い痛みが走ります。
「きみ、ひょっとしてサキュバス?」
グラリと体を傾けながらジョーが尋ねます。
「ご名答」
笑うサディのスカートから、にゅっと長い尻尾が顔を出します。
この尻尾の先端がジョーの首を刺したのです。
「おれ、これで死ぬの?」
ソファにあお向けになったジョ-が震えながら尋ねます。
「男性機能は生きてるでしょ?」
サキュバスは男性と性交して男性の生気を吸い取る妖魔です。
生気を吸い取られた男性は最悪の場合死に至ります。
サディは笑いながらジョーにまたがりました。
「なんでおれを殺すの?」
「ファーザーの命令よ。わたしたちシティに暮らす妖魔はみんなファーザーの支配下にある。ファーザーがなぜあなたを殺すよう命じたのかはわからないけど」
「ファーザー?」
その名前聞いたことある、たしかウッディがいってた、とジョーは自分の記憶を確認しました。
「あなたがファーザーの意図を知る必要はないわ。さあ、可愛がってあげるから一緒に天国に行きましょう」
「うん、よろしくお願いします」
ジョーがやけにあっけなく応じたのでサディは拍子抜けしました。
「あなた平気なの?」
「へーき。おれゴブリンだから」
「え? あなたゴブリンなの?」
サディの驚きの表情を見てジョーは苦笑しました。
「知らなかったの? おれこう見えてまだ五歳だよ」
「まあ!」
「ゴブリンは短命種だから早く成長する。人の年齢でいったら今のおれは十七八歳ってとこさ。ゴブリンの平均寿命は三十年。おれの余命はあと二十五年だね。早いとこ人間の彼女作っておれの子ども生んでもらうつもりだったけど、サディが生んでくれるならおれはここで死んでもいいよ。未来に子孫を残すのが夢だから、個体としてのおれはここで死んでもいい。生めるよね? おれの子ども」
「ディスペル」
妙に乾いた声で解呪の呪文を唱え、サディはジョーの体から降りました。
「お、体が動く!」
ジョーはムックリとソファに起きあがりました。
「なんでおれを助けたの?」
「あなたの夢に応えてあげられないから」
サディはちょっとくたびれた顔でぬるくなったコーヒーを啜りました。
「サキュバスは性のエキスパートだけど子どもは生めないの」
「そっか」
二人はしばらく黙ってコーヒーを飲みました。
「ねえ、おれの暗殺が失敗したら、ファーザーって人はサディを殺す?」
「ファーザーはそんなことしないわ。人格者だもの」
「よかった! じゃおれ行くよ」
ジョーは赤革の本を抱えて出口に向かいました。
「妖魔と勢子があなたを狙ってるわ。せいぜい気をつけなさい」
「そうするよ。コーヒーごちそうさま」
ドアノブに手をかけ、そこでジョーは振り返りました。
「ねえ、おれに似てるって幼なじみの話、あれは作り話?」
「どう思う?」
ジョーは向き直ってサディの黒い瞳をじっと見つめ、ニッコリ笑いました。
「よかったフィクションなんだね! ホッとしたよ」
「あなた女のウソを見抜くの上手ね」
サディもニッコリ笑います。
「でもたまにはだまされたふりをしなさい。そうしないと人間の女にもてないわよ」
「肝に銘じる。ありがとうサキュバスのサディ」
「さよならゴブリンのジョー。ああ、これを持って行きなさい」
サディは黒い小石をジョーに投げました。
「ピンチになったら『シレンティウム』と呪文を唱えてその石を頭上にかかげるのよ。きっとあなたを助けてくれるわ」
数多くの妖魔や勢子の追跡を振り切り、ジョーは正午前アルバトロス地区北側の墓地に着きました。
どんより曇った空のもと、白い墓石がずらりと並んでいます。
「この墓地の北側の館に魔法使いがいるっていってたっけ。はやいとこそいつに本を渡しておうちに帰ろう……」
ジョーは墓地に沿った歩道を歩きながら館を探しました。
するとふいに聞こえてきました。
ギターの音が。
「なんだ?」
ジョーが辺りを見わたすと、墓石群の真ん中に椅子を置き、そこに腰かけた仮面の人物がギターを弾いていました。
「アエンだ」
ギターを弾くのは早朝ジョーに本を渡した祭りの実行委員です。
アエンは黙々とギターを弾きました。
油が滴るようなねちっこいブルースのメロディが墓地に響きます。
ギターの音が墓石に磨かれ、冴えたいい音がします。
ジョーは思わず足を止め聞き入りました。すると
「おわ?」
おお見よ、
白い墓石の下から、ムクッ、と手が伸びてきました!
ほかの墓下からも手や頭がにょきにょき出てきます。
「ゾンビだ」
あのギターはゾンビの召喚魔法だ! と気づき、ジョーは走りました。
地上に這い出たゾンビは数十体います。
(みんな着てる服が新しくて喉から血が出てる。吸血鬼に殺された人たちだ)
ゾンビは速く動けません。
常にゆっくり動きます。
対するゴブリンは俊敏です。
ジョーも足の速さに自信がありました。
しかしジョーはのろのろ動くゾンビに周囲を囲まれました。
(やべえここはやつらの縄張りだ)
「ゴブリンのジョーくん」
ギターを弾きながらアエンが呼びかけます。
「すべての祭りに生贄は必要だ。今回の生贄はきみだ。おとなしく血を流し心臓を捧げたまえ」
「あんた予言通り今年の農家が不作になっていいのかよ!」
「構わんよ。シティは全住民数年分の食糧の蓄えがある。田舎者がどうなろうと知ったことではない」
「ひでえこといいやがる。さてはおまえ田舎者だな!」
「なにを!」
図星をさされたアエンがカンカンに怒ったそのとき、おそろしい腐臭がジョーの鼻をつきました。
すぐ間近にゾンビが迫っています。
(冗談じゃねえ)
ジョーは半ズボンのポケットに手を突っ込み、そこからなにか取り出しました。
取り出した黒い石を頭上にかかげ、ジョーは叫びました。
「シレンティウム(沈黙)!」
すると断ち切るように、一瞬で墓地からギターの音が消えました。
石が音を吸い取ったのです。
「え? なに?」
アエンはうろたえましたがもうどうにもなりません。
音という糸が切れたゾンビはそれぞれの墓に戻り、這いつくばって地面に帰りました。
「あれ? え? ちょっと待って……」
「舐めた真似してくれたな」
ジョーはアエンに拳を向けました。
「ゴブリンパンチ!」
「ぐえ!」
ジョーのパンチを顎にもらい、アエンは十メートルも吹っ飛びました。
割れた仮面の下からあらわれたのは、なかなか端正な顔立ちの若者です。
「こいついかにも貧乏人や田舎者を嫌ってる面してるな……助かったよ、ありがとうサディ」
ジョーは黒い石にキスしました。
耳を近づけると、石からかすかにギターの音が聞こえます。
するとジョーの額をポツッと冷たい雫が打ちました。
雨が降ってきたのです。
「ご苦労さま」
北の館へ行くと、黒い服を着た背の高い老人がジョーを出迎えました。
「あなたが魔法使いですか?」
雨に濡れないようTシャツの下にかくした本を取り出しジョーが尋ねます。
「いえ、魔法使いは奥におります。お入りください」
老人は受け取った赤革の本を大事そうに抱え、奥に足を運びました。
そこは聖堂で、一人の人物が老人を待っていました。
「デヴィッドさま、本でございます」
「うん」
本を受け取ったのは黒いローブを着た小柄な少年です。
(醜い)
とジョーはとっさに思いました。
少年の顔に、額から頬にかけて斜めに長い裂傷があったのです。
少年はかぶっていたフードを外し、重い本を抱えて熱心に読み始めました。
「……これだ。解呪の言葉が異世界の文字で書かれてる。詠唱する。
『時により過ぐれば民の嘆きなり八大龍王雨やめたまえ』……」
詠唱は聖堂の壁に反響し、少年の声は神秘的な聖性を帯びました。
すると館のいただきにある鐘が、にぎやかに鳴りました。
鐘の音は遠くのどこかでも鳴り始めます。
「鐘のリレーです。今年の予言が解かれたことをシティ全土に知らせるのです」
と老人がジョーに説明します。
「解かれた、ってことは今年の農作物は?」
「豊作です。ご安心ください」
老人の言葉を聞いてジョーは安堵しました。
「よかった。じゃ、おれ帰ります」
「お待ちください。これをデヴィッドさまからあなたへ」
老人はずっしり重い巾着袋をジョーに渡しました。
「百万ベルあります」
「そんなに!」
「きみのおかげで国民が救われた」
デヴィッドと呼ばれる顔に傷のある少年が語ります。
「百万ベルでは安いぐらいだ。礼をいう。ありがとう」
ジョーが外に出るとすでに雨はあがり、墓地は透明な秋の日差しに照らされていました。
「……虹だ」
彼方の空に架かった七色の虹を見つめながら、ジョーはふいに気がつきました。
(サキュバスが一度ねらった獲物をみすみす逃すはずがない。なのになぜおれを逃がした? おれの子どもを生めないから? ちがうそうじゃない)
ジョーは自分の胸を拳で軽く叩きました。
「おれはバカだ。サディがいってた殺された幼なじみの話。あれフィクションじゃない。本当の話だ」
ジョーは雨あがりのシティを駆け抜け、サディのアパートを再び訪ねました。
しかし部屋はすでにもぬけの殻でした。
空っぽの部屋に暗黒大陸産のコーヒー豆の香りが、濃く立ちこめていました。
いかがだったでしょう。
次回第16話は10月18日(日)朝5時投稿します。
どうぞお楽しみに!




