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第14話 馬車の用心棒

今回6600Wです。

アクション編でレインが大活躍します。

どうぞごゆっくりお楽しみください。

 レインたちがシティに着いて一か月がたち、季節は秋になりました。


「今朝目が覚めてすぐ『夜明けの歌』を聞いた」


 乗合馬車の御者台に座ったレインがあくびしながら語ります。

 『夜明けの歌』はこの世界の夜明けに流れる神秘的なコーラスで、日が沈むと今度は『夜の歌』が流れます。

 

「こっちにきてあの歌初めて聞いたぜ」


「都会暮らしに慣れてきたってこったな」


 レインのとなりに腰かけたベテラン御者のハリーがうなずきながら尋ねます。


「で用心棒の仕事はもう慣れたかね?」


「まあね。子どもの世話焼くのはたいへんだけど」


「ハハ、お、きたきた」


 レインたちがいる乗合馬車目がけて子どもたちが走ってきます。


「おはようハリー!」


「おはようレイン!」


「おはようさん」


 レインが御者台から飛び降りると子どもたちは巣を突かれた蜂のように騒ぎました。


「レインあれやって!」


「やってやって!」


「しようがねえな」


 レインは背中の翼を広げると羽根を一枚抜き、それとフッと吹きました。

 すると羽根はレインになりました。


「わあ!」


「分身魔法だ!」


 レインの分身は十五人いる子どもたちを一人ずつ抱えて馬車に乗せました。

 子どもたちを全員乗せると分身は羽根に戻り、風に吹かれて飛んで行きました。


「消えちゃった」


 一人の女の子がさびしそうにつぶやきます。

 乗車人数を確認するためレインが馬車に乗り込むと、子どもたちはにぎやかにリクエストしました。


「もっと一杯分身出して!」


「出して出して!」


「こらミッキー、勝手におれの羽根を抜くな。よし全員いるな」


 レインは馬車を出て御者台に座りました。


「OKハリー出発だ」


「ハッ!」


 ハリーが掛け声を発すると、青毛のゼーロンと栗毛のトントは歩調を合わせ、石畳に軽快な蹄の音を響かせ走り出しました。

 レインは御者台でやれやれと一息つきました。


「まったく、本体より分身のほうが人気あるんだよな。今ちょうど八時」


 レインは街頭の大時計を見ています。


「学校が始まる八時半まで余裕で間に合うな」


 レインの乗る馬車はこの地区にある名門アルバトロス小学校に向かっています。

 名家の子弟が多く通う学校で、かつて通学用の乗合馬車が身代金目当ての人さらいに襲われた経験があるので、武芸や魔法をわきまえた者が馬車の用心棒を務めるのです。


「いやいつ見てもレインの魔法すごいな!」


 ハリーが興奮気味に語ります。


「東国の人はみんなあんな魔法を使うのかい?」


 ハリーはレインの「自分は東方の異民族の末裔」という設定を信じ切っています。

 レインの正体が妖精と夢にも思っていないのです。


「たいしたことねえただの子どもだましさ。ところでハリーあんた子どもいたっけ?」


「いねえ。おれは独身だよ」


「そっか」


 ハリーは四十二歳の、やや肥満気味の中年です。


「おれ八歳のころから働いてるからな。両親はいたけど二人とも怠け者でどうしようもなかった。弟や妹食わすにはおれが働くしかなかった」


「いないほうがましな親っているよな」


「それおれの親だ。八歳のころから働いて、おかげでおれに青春はなかった。おれが独身なのは稼ぎが少ないのがいちばんの理由だ。でも『青春を経験してない』ってのも大きいと思う」


 レインはハリーの横顔を見ました。


「どういう意味だい?」


「青春は誤解の季節だ。自分は世界の王さまで、自分以外の人間はすべてバカに見える。それは未熟な少年の傲慢な錯覚だ。夢はいつか覚める。でもその愚かな傲慢さや自信を若いうちに体験しなかったら、少なくとも男は恋愛できねえし結婚も無理だ。おれはそう思う……こういう考え、青春を味わえなかった独身男の自己憐憫かね?」


「いや、あんたのいうこと正しいよ」


 レインは前を向いて語りました。


「おれは人間の幸福は九十五パーセント運で決まると思ってる。残りの四パーセントが努力で、最後の一パーセントが才能だ。人間の幸福に努力や才能はほとんど関係ねえ。ハリー、あんた運が悪かったんだ。さっきの話も自己憐憫なんかじゃねえよ」


「そうか」


 運が悪いといわれて、しかしハリーは晴れ晴れと爽やかな顔になりました。


「ま、運が悪いんじゃしようがねえな……おっと、なんだあいつら?」


 ハリーが視線を送った先に、黒いマントを羽織った三人組の男がいました。

 全員鍔の大きい帽子をかぶっているので顔は見えません。


「停留所でもねえのになにしてやがる?」


「飛ばせハリー」


「どうしたレイン? お」


 ハリーは仰天しました。

 黒いマントが水平に風を斬ります。

 三人組の男が疾風の勢いで馬車を追ってきたのです!

 ハリーは馬を急がせながら叫びました。


「あいつら人さらいだ!」


「見ろ」


 レインが指さすと三人組の男の帽子が宙に舞いました。

 男たちの顔があらわになります。

 走りながら笑う男たちの口の中に、オオカミのような牙がありました。


「吸血鬼だ!」


「ハリーそこで右に曲がれ」


「ハッ!」


 馬車は急旋回し、狭い路地に突き刺さるように侵入しました。

 ハリーの見事な操縦テクニックです。

 巨大な煉瓦造りの建物に挟まれた、峡谷のような路地を馬車は疾駆しました。


「これで横に並んで三人いっぺんに襲ってこれなくなったはずだ」


 そうつぶやいてレインは背中の羽根を一枚抜きました。


「行けロニー」


 三人組のリーダー格らしい背の高い男に指示され、いちばん小柄な男が先頭切って路地に突入します。


「おっと!」


「消えた!」


 ロニーとレインが同時に叫びます。

 馬車の屋根に陣取ったレインが放った矢を、ロニーは軽々とかわしました。

 さらにまずいことにレインは矢を放ったあとロニーを見失ってしまいました。


「どこに行った!?」


 きょろきょろ視線を巡らすレインの顔に、黒い影が落ちます。


「吸血鬼の身体能力は人間の想像力を越えている」


 高々と跳躍して矢をかわしたロニーが、落下しながらうそぶきます。

 ロニーの手には短剣がありました。

 眼下に馬車が見えます。


「自分の貧弱な想像力を呪って死ね」


「おめーも空を飛ぶなら太陽の位置ぐらい確認しろ」


「!」


 突然頭上から降ってきた声に驚き、ロニーはバッと空を見ました。

 そこにいたレインはロニーの心臓を剣で一突きしました。


「きさま、馬車にいたはずじゃ?」


 ロニーは眼下に目をやりました。

 すると馬車の屋根にいたレインが、一枚の羽根に変化するのが見えました。


「分身の術……」


 とつぶやき、ロニーは空中で灰になりました。


「いけねえ」


 レインは急降下しました。

 一人の吸血鬼が御者台に飛びついたのです!


「馬車を止めろ」


 プロレスラーみたいに体格のいい男は牙を剥きだし、ハリーを威嚇しました。


「ひええ、め、女神さまぁ」


「ハリー止めるな!」


 レインは叫びながら背中の羽根を一枚抜きました。

 羽根は槍に変じました。

 レインは槍を投げました。


「うわあ!」


 ハリーは悲鳴をあげました。

 男の頭が槍の一撃で吹っ飛んだのです!

 男の巨体は御者台から路地に転がり落ちました。


「ハリーそのまま走り続けろ! ……うっ」


 レインは一声うめいて路地に墜落しました。

 羽根に一本短剣が突き刺さっています。

 

「だれがこんなもの投げやがった……まさか」


 短剣を引き抜き、レインは愕然としました。

 さっきレインに頭を吹っ飛ばされた男が、路地に立っています。

 頭があった場所から噴水のように血を吐き出す男の手に短剣があります。

 レインが見ているうちに男の頭はみるみる再生しました。


「勝負あったな」


 再生した男が楽し気に告げます。


「おれの短剣には毒が塗ってある。ゾウも殺す毒薬だ。おまえの命もこれまでだ」


 レインは自分の羽根を見ました。

 短剣が刺さった部分を中心に、白い羽根にぶきみな黒いしみが広がってゆきます。

 レインは一旦立ちあがりましたが、すぐガックリと膝を折りました。


「どうだおまえ、このまま毒に苦しんで死ぬか、それとも楽に死ぬか。選べ」


「楽に生きたい」


「贅沢ぬかすな!」


 男は猛然とレインに襲いかかりました。


(短剣でこいつの首を斬り落とす)


 と舌なめずりしたときです。

 突如男の全身は白い影に覆われました。

 レインの背中の羽根がバッ! と広がり、正面から走ってきた男を包み込んだのです。


「き、きさま……」


 すぐ男の声は聞こえなくなりました。

 しばらく静けさが続き、ようやく羽根が開きました。

 羽根から内側に向かって突き出された数本の槍に全身を貫かれ、男は息絶えていました。

 羽根にあった黒いしみは、見ているうちにスー……と消えました。


「おれの羽根には強力な浄化能力がある。毒は効かねえよ。いけねえ!」


 レインは慌てて振り返りました。

 子どもたちの悲鳴が聞こえたのです。

 背の高い男が馬車に乗り込む姿がレインに見えました。


「ミッキー・ロペスくんはどなた?」


 馬車に乗り込んだ男が、礼儀正しく子どもたちに問いかけます。


「……きみだね?」


 自分を見て震える黒髪の男の子に、男はニッコリほほ笑みかけました。


「きみがロペスくん?」


「はい。ぼくがミッキー・ロペスです」


「結構」


 男はふところから短剣を取り出し、振りおろしました。

 カッと見開いたミッキーの黒い瞳に白い閃光が走り、次の瞬間肉を貫く鈍い音が聞こえました。


「きさま」


 男は口から血を吐きました。


「いつの間に?」


 突如ミッキーの前にあらわれたレインが、剣で男の心臓を貫いたのです。

 レインが剣を引き抜くと男はあお向けに倒れました。


「みんな無事か!?」


 そのときも(•)う(•)一(•)人(•)のレインが馬車に乗り込んできました。

 もう一人のレインが姿を見せると、襲撃犯を剣で貫いたレインの姿は消えました。

 レインが消えた虚空にひらひらと、一枚の羽根が舞っています。


「分身の術……」


 そう無念そうにつぶやき、襲撃犯の男は灰になりました。


「ミッキー、おまえがおれの羽根引っこ抜いててよかったぜ」


 レインはやれやれと安堵して男の子の黒髪を撫でました。





「♪あ~」


 アルバトロス小学校の校庭でレインはギターを弾き歌いました。

 突然の襲撃におびえたる子どもたちを落ちつかせるための演奏です。

 歌ったのはビートルズの『アイル・ビー・バック』です。

 演奏を終えレインが頭をさげると十五人の子どもたちは熱烈に拍手しました。


「もっと歌って!」


「もっともっと!」


 そのとき校庭に数台の馬車がやってきました。


「そらみんな、パパとママが迎えにきたぞ」


 子どもたちは歓声をあげて馬車に向かって走りました。

 連絡を受けた親たちが子どもを迎えにきたのです。

 学校も休校になり、徒歩で帰る子どもたちがにぎやかに校門へ向かいます。

 レインは手にしたギターを宙にかざしました。

 ギターは一枚の羽根に変じ、風に吹かれてどこかに飛んで行きました。

 そのとき


「きみがレインくんかね?」


 声をかけてきたのは高価そうなスーツを着て髭を生やした大柄な男性です。


「レイモンド・ロペスだ。今回は息子の命を救ってくれて感謝する」


「息子さんを助けたのはおれじゃない。御者のハリーです」


「おお、ありがとうハリーくん」


 レイモンドはハリーと握手しました。


「きみに礼がしたい。わが家に御者としてきてくれないか? 今の倍の給料を約束する」


「運が向いてきたなハリー」


 それぞれの家の馬車に乗って学校を去る子どもたちに、レインとハリーは手を振りました。


「さよならレイン!」


「さよならハリー!」


「またあした!」


「なんでロペスさんにあんなことをいったんだ?」


 子どもたちがいなくなるとハリーはレインに尋ねました。


「ミッキーを助けたのはおまえだ。おれは馬車を走らせただけだぜ」


「それがすごいんだ。あの狭い路地を走らなかったら、おれとっくに死んでるよ。ところでロペスさんってどういう人?」


「名門貴族さ。今は貴族院議員でヴラド公支持派の有力者だった。でも最近デヴィッド王子支持に変ったらしいな」


「ふーん……」


 そのときレインの頭にある映像が浮かびました。

 襲撃犯の男が、ミッキーに短剣を振りかざした姿が見えます。


(あいつミッキーを殺そうとした)


(身代金が目的なら子どもを殺すわけがない)


(てことは)


「いけねえ」


 レインは顔をあげました。


「今回の事件は金目当ての犯罪じゃない。

 これは【政治】だ」





 その馬車の中にミッキーと彼の両親、そして用心棒がいました。

 用心棒はもう一人いて御者台に座っています。


「そのときぼくの前にレインがあらわれたんだ。分身の術だよ!」


 とミッキーが興奮気味に語っているときです。

 御者台で鈍い音が聞こえました。

 レイモンドは御者に声をかけました。


「どうした?」


「失礼」


 馬車の窓に張りついた黒マントの男が、車内に声をかけてきました。


「わたくしディエゴと申します。さっき息子さんを襲った三人組の指示役です」


 そういってディエゴがかざしたなにかを見て、レイモンドの妻は甲高い悲鳴をあげました。


「ご覧の通り用心棒は始末しました」


 ディエゴは用心棒の生首をポイ、と無造作に投げ捨てました。


「さて、レイモンド・ロペスさん。これ以上むだな血を流すのはやめましょう。あなたが首を差し出せばそれで済むのです」


「な、なにをいう?」


「おとなしく死ぬ気はありませんか? そうなると、わたしはあなたと、あなたの奥さんと息子さんも殺さなければならなくなります。それでもよろしいと……おっと」


 ディエゴはそこで急に馬車から離れました。

 黒マントを風になびかせ、青空でレインと向き合ったディエゴが尋ねます。


「レインさんですね? わたしはディエゴです」


「驚いた。吸血鬼も空を飛べるんだ?」


「レインさんあなた人間じゃありませんね?」


「おれ妖精だよ」


「あなたは今回の件と無関係だ。手を引いてくれませんか?」


「断る」


「亜人特有の人間に対する庇護本能ですか? 人間は犬や猫のような慰安をあなたがたに与えるのですか?」


「別に慰めちゃくれねえけど、おれたち亜人は人間からマナもらうからなあ」


「なるほど利害関係があるわけですね。それではいた仕方ない」


 ディエゴはすらりと腰の剣を抜きました。

 それを見てレインも羽根を一枚抜きました。

 羽根はレインの手の中で剣になりました。


「では参ります!」


 ディエゴが正面から突っ込んできます。

 レインもまっすぐ滑空しました。

 すれちがいざま両者は剣を振るいました。


「やった!」


 馬車から空を見ていたミッキーが声をあげます。

 断ち切られた黒マントが、泳ぐようにひらひら青空を舞います。


「まだまだ」


 肩から血を流し、それでもディエゴは笑いました。


「わたしの勝ちです!」


 ディエゴが歓声をあげると、彼の肩から噴き出した血が散弾となってレインに降り注ぎました!


「やべ!」


 レインは慌てて羽根で全身を覆いました。しかし


「うっ」


 レインは羽根を開きました。

 顔や胸から数か所血が流れています。


「ガードが間に合いませんでしたね。わたしの血は人間にとって猛毒です。あなたの羽根は浄化能力があるそうですが、人体(ボディ)にそんな機能はないでしょう? お気の毒です」


「うう」


 空中でレインはもがきました。

 毒が回り始めたのです。


「レイン!」


 と地上からミッキーが叫んだそのとき


「変身(メタモルフォーシス)!」


 レインが一声叫んだ次の瞬間


「おや?」


 ディエゴは混乱しました。

 空中にレインの服だけ浮かんでいるのです。

 赤い革甲冑や赤い革パンツがゆっくり地上に落下します。


「どこに行った?」


「ここにいるよ」


 ディエゴの頭の真上にレインはいました。

 てのひらサイズの妖精の姿になって。


「人間体のとき浄化能力は羽根にしか宿らない」


 妖精になったレインの体から、黒い血が玉となって蒸発し、抜けてゆきます。


「でも妖精体になると全身に浄化能力が宿る」


「きさま!」


「光(ルーメン)!」


 レインがかざしたてのひらの先に五芒星が浮かび、そこから光が放たれました。

 光はディエゴの胸を撃ち抜き、吸血鬼は青空で灰になりました。


「やれやれ」


 人間体に戻り、レインはぼやきました。


「おれどうやら政治に巻き込まれたぞ」


 妖精に政治はわかりません。

 しかし逃げる者を政治は追いかけてきます。


「お~い、レイン~」


 地上でミッキーが手を振っています。

 レインも手を振り返し、地上に舞い降りました。


「まあ」


 全裸で地上に落ちた服を拾うレインを見て、まだ若い奥さまは目を輝かせました。

 そのとなりで夫のレイモンド氏が、なぜかブスッとした顔をしています。


「やったねレイン! すごいすごい!」


 ミッキーがヒーローの生還を無邪気に喜びます。


「ああ、ありがとなミッキー」


 ようやく服を着たレインはミッキーの頭を撫でながら


(おれ今日はいろいろへんなことに巻き込まれる)


 とひそかにぼやきました。


いかがだったでしょう。

次回は10月11日(日)朝5時投稿します。

どうぞお楽しみに!


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