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ンードラロギア ~自由と未来のための戦い~  作者: ああああ


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第二章:夢

第二章です。超不定期と言いつつも、翌日に更新してしまいました。



ステージの袖で見守るアグリは、彼女が背負おうとしているものの重さと、その先にあるあまりにも孤独な決意を誰よりも理解しているからこそ、その横顔から目を背けることはできなかった。


プリムの傍らに控えるカインは、群衆を睨みつける鋭い視線の奥で、かすかに喉を鳴らした。剣と暴力でしか世界を変えられなかった自分たちが、今、言葉という名の最も強固な武器で国を動かそうとしている。その中心にいる少女の背中が、一瞬、かつて裏社会を恐怖で震撼させた『レイ』の冷徹な佇まいと重なり、そしてそれを遥かに超越していくのを感じていた。


テイゲンはただ無言で、地鳴りの一歩手前にある民衆のざわめきを肌で受け止めていた。張り詰めた空気が、熱狂ではなく「覚悟」へと変質していく独特の気配。彼の口元が、心強さと誇らしさでわずかに綻ぶ。


プリムの演説は、これまでのどの政治家とも一線を画すものだった。

甘い公約で民を甘やかすことも、敵を作って憎しみを煽ることもない。ただひたすらに、民衆自身の足で立つことを求める苛烈なまでのプロポーズ。


水を打ったような静寂が、数秒間、土手を支配した。

人々は、自分たちの胸の奥底にくすぶっていた「諦め」という名の病を、彼女の言葉によって無理やり抉り出されたような感覚に陥っていた。


しかし、それは拒絶ではなかった。

土手の最前列にいた一人の老人が、震える手で、しかし力強く、一発の拍手を鳴らした。

パチ、と乾いた音が静寂を割る。

それに呼応するように、別の男が、涙を流す女性が、次々と手を打ち鳴らし始めた。


「今、この国を変えられるのは……プリムしかいない」


その確信は、言語化されるよりも早く、人々の細胞へと染み渡っていった。パラパラと始まった拍手は、瞬く間に土手を駆け上がり、やがてルートシアの街全体を震わせるほどの巨大な地鳴りへと膨れ上がっていく。それはかつての盲目的な熱狂ではない。民衆一人一人が「当事者」としての責任を背負うことを受け入れた、血の通った、割れんばかりの大歓声だった。


その言葉が持つ本当の意味を、プリムをはじめ、カインやテイゲンたちも痛いほどに理解していた。

これは今の国民にとって、あまりにも劇薬だ。耳に心地よい言葉で民衆を欺くこれまでの政治とは違い、自立という名の痛みを伴う覚悟を迫るものだからだ。


しかし、この真実を伝えないまま、ただ人気投票のような選挙で勝ったとしても、人々はこれまでと何一つ変わりはしない。また新しい支配者に寄りかかるだけだ。

今、激しい拍手を打ち鳴らす民衆の胸の内に、確かに「政治参加」という名の小さな芽が、力強く芽吹こうとしていた。


ステージの袖でその光景を見届けていたアグリたちの胸に、張り詰めていた緊張を溶かすような深い安堵が広がっていく。


「……届いた」


プリムは小さく呟いた。やり切ったという想いと、民衆がその劇薬を受け入れてくれたことへの感動が、アグリ達の目から熱い涙となってこぼれ落ち、頬を伝っていく。


地鳴りのような歓声のなか、プリムは民衆の確かな決意を受け止め、その張り詰めていた表情を和らげた。そして、これまでの苦難のすべてを報いるような、至高の笑顔で観客の歓声に応える。

すべてが、これでうまくいく。誰もがそう確信した、まさにその瞬間だった。


――ダァァァァァン……!


乾いた、しかしあまりにも巨大な破裂音が、ルートシアの青空を引き裂いた。


お祝いの祝砲か、あるいは何かの事故か。数万の民衆は一様にビクリと身体を引っ込め、歓声をピタリと止めて、何が起きたのかを確かめるように狼狽しながら周囲を見回す。


だが、ステージの上のプリムだけは、その音の正体を誰よりも早く、自身の肉体で感じ取ることとなった。


言葉を失うほどの、凄まじい衝撃が彼女の胸に響く。


さっきまで一分の隙もなく白く輝いていた衣装。その胸元に、まるで大輪の「赤いバラのブローチ」が突如として咲いたかのように、鮮血が急速に広がっていく。


「あ――」

声にすらならなかった。全身の紐が切られたかのように一瞬で力が失われ、プリムはガクリと膝をつき、そのまま冷たい床へと倒れ込みそうになる。


「プリム様っ!!」


すぐさま狂気的な速度で動いたのはカインだった。倒れる寸前のプリムの身体を、引き裂かれそうな悲鳴とともに間一髪で抱き抱える。


「狙撃されたっ! すぐに医者を! 早くしろォッ!!」

周囲の警備員たちに怒号を飛ばしながら、カインの手はプリムの胸元を必死に押さえるが、指の隙間から溢れ出る赤は止まらない。


テイゲンも即座に反応し、次の弾丸を防ぐためにプリムの身を守る盾となって、体を演壇の前に滑り込ませた。鋭い眼光で、銃声のした遥か遠方の建物を睨みつける。


「あ……あ、あ……いや……」


アグリは、ただその場に立ち尽くしていた。

さっきまで流れていた感動の涙が、一瞬にして恐怖の涙へと変わる。口を半開きにし、目を見開いたまま、現実を拒絶するようにフルフルと小さく首を横に振ることしかできなかった。


今まさに生まれ変わろうとしていたアンゾールマの夜明けが、一発の銃声によって、再び深い混沌の闇へと引き戻されようとしていた。


観客席の最前列にいた一人の女性が、プリムの胸元に広がった凄惨な赤と、カインの絶叫に気がついた。


「いやぁぁぁぁぁ!」


喉を引き裂くような悲鳴がルートシアの空に響き渡る。それを皮切りに、何が起きたのか理解していなかった数万の民衆の間に、ドミノ倒しのように最悪の事実が伝播していった。「聖女が撃たれた」「プリム様が倒れた」――。驚愕は瞬く間にパニックへと変質し、土手を埋め尽くしていた人波は、逃げ惑う怒号と悲鳴の渦へと巻き込まれていった。


そんな狂乱の特等席で、カインは狂ったようにプリムの胸を手で押さえ続けていた。

「止まれ……止まれよ、糞がっ! 頼むから止まってくれ……!」

衣服の上から、必死に圧迫して止血を試みる。しかし、仕立ての良い白い衣装は、あっという間に鮮血に染まり、重く濡れそぼっていく。手の平を通じて伝わってくる、彼女の小さな身体。そこから、かけがえのない生命の温もりが、指の隙間からさらさらと容赦なく溢れ出ていくのを、カインは止めることができなかった。


ドク、ドク、と心臓が脈打つたびに、視界が急速に白んでいく。

冷たくなっていく指先を感じながら、プリムは自らが受けたのが、決して助からない致命傷であることを悟っていた。


死の恐怖は不思議となかった。ただ、急速に遠ざかる意識のなかで、万華鏡のようにこれまでの記憶が、想いが、胸のなかを駆け巡る。

アンゾールマの泥水をすすった日々。孤独だった仮面の時代。一緒に笑ってくれた『笑顔の家族』。そして、あの土手で蜂蜜の菓子を半分こにした、大切な青年の笑顔。


その瞬間、胸を灼くような痛みよりも強く、ある強烈な後悔が押し寄せ、プリムの目から大粒の涙が溢れ出た。


(そうだった……私、本当の夢を、まだ誰にも伝えてなかったんだ)


この国を良くしたい。それは本物だ。けれど、その先にあった彼女のたった一つのささやかな願い。戦いが終わり、すべての重荷を下ろした後に、ただ一人の女の子として、あの人と――。


叶わない現実だということは理解している。しかし、伝えられなかった。遺せなかった。その事実が、死の淵にある彼女の心を激しく掻き乱す。

残された時間はもう、数秒もなかった。プリムは血の混じった震える唇を動かし、縋るようにカインを見上げた。


「わ……わた、し……」


言葉を紡ごうとした瞬間、内臓からせり上がってきた鮮血が口から溢れ、激しく咳き込む。


「喋らなくていい! 頼むから、もう何も言うなプリム!」


カインは顔を歪ませ、涙をボロボロとこぼしながら叫ぶことしかできなかった。アグリも恐怖に顔を白く染めながら、プリムの前に駆け寄ってくる。


「聞い……て……」


消え入りそうな、しかし遮らせない強さを持った声だった。プリムは血に濡れた唇を震わせ、最期の力を振り絞って、ずっと胸の奥底に鍵をかけて仕舞い込んでいた、たった一つの、けれど一番大切な「本当の夢」を口にした。


「わた、し、アル…ト、君の…ゴボッ!……お、嫁…さんに、なりた、かったの……」


国家の未来でも、政治の理想でもない。ただの一人の少女としての、あまりにも切ない告白。

その言葉を聞き、アグリが涙で視界を滲ませながら、咄嗟にプリムの手を両手で抱え込んだ。冷たくなっていくその手を、少しでも温めるように、必死に握りしめる。


「えへへ……やっと…ぃえ…たぁ……」


長年の秘め事をようやく口にできたことに、心が全て満たされたのを感じていた。悲鳴と怒号に包まれた世界が、不思議と遠くなっていく。愛しい人の笑顔を思い浮かべながら、プリムの視界と意識は、優しく、穏やかな白一色の世界へと染まっていった――。


「――っ!?」


ガタッと激しい音を立てて、プリムの身体が大きく跳ね上がった。


猛烈な勢いで視界に飛び込んできたのは、眩しい太陽の光でも、血に染まった白い衣装でもなかった。見慣れた、しかしどこか古びた『笑顔の家族』の拠点の、薄暗い自室の天井だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


激しく波打つ呼吸。額からは冷や汗が滝のように流れ落ち、心臓は早鐘のように胸の裏側を叩いている。プリムは反射的に自分の胸元に手を当てた。

……赤いバラのブローチなど、どこにもない。仕立ての良い衣装ではなく、いつもの着古した衣服が、自分の汗でじっとりと濡れているだけだった。


「……夢?」


呆然とした声が、静かな部屋に落ちる。

ゆっくりと周囲を見回す。机の上には、これから捌かなければいけない街の復興に関する書類が堆く積まれていた。

十年の歳月なんて流れていなかった。

自分はまだ、『笑顔の家族』の一員のままだった。評議長選も、国民たちの拍手も、そして胸を撃ち抜かれたあの悍ましい感触も、すべては自分の脳が見せた、あまりにもリアルで、あまりにも奇妙な未来の幻影――。


「う……」


突然、信じられないほどの熱が顔面に上り、プリムは両手で顔を覆った。


夢の結末。死の間際に、自分がアグリやカインに向かって叫んだ、あのとんでもない告白が脳裏に蘇る。


「……な、何考えてるのよ、私は……っ!」


心臓が夢の中とは違う意味で爆発しそうになる。いくらなんでも飛躍しすぎだし、不謹慎だし、何より恥ずかしすぎる。アグリたちに聞かれていなかったのが、人生最大の不幸中の幸いだった。


「プリムさん。入ってもいいですか?」


ノックもそこそこに、部屋のドアが開いた。現れたのはテイゲンだ。


「街の人々がちょっと相談があるそうなんですよ。……大丈夫ですか?顔が真っ赤ですよ。体調でも崩しましたか?」


テイゲンの怪訝そうな視線に、プリムは慌てて振り払う。


「なんでもないです! すぐに行きます!」


まだ激しく高鳴る胸を抑えつけながら、プリムは深く息を吐き出す。

悪夢の結末は最悪だったけれど、その奥にあった自分の本心に、気づかされてしまった。


(いつか……本当に、あんな未来が来るのかしら)


ふっと自嘲気味に微笑み、プリムはいつもの自分へと戻る。

剣と魔法がメインではない、彼女の本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。


第二章読んでいただきましてありがとうございます。


政治家としての果てしない「理想という夢」。

一人の少女として胸の奥底に秘め続けた「叶わぬ恋という夢」。

そして、自身の暗殺という未来を恐ろしくもリアルに描いた「不穏な未来を暗示するかのような夢」。

すべての意味が詰めてみました。この第二章までをプロローグという位置づけです。


ぜひ気長にお付き合いください!

面白いと思っていただけたら、評価や感想、ブックマークなどで応援していただけると、超不定期の「超」がちょっと縮まるかもしれません(笑)。

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