#8
エリス社はマリエッタの狙い通り混乱しギルドへの妨害工作どころではなくなった。
その隙に先に軌道ステーションへ上がっていたゴーシュ達が手動で軌道エレベータの復旧に成功し、ヒナとマリエッタも無事に軌道エレベーターに乗ることができた。
小さくなるホーライの街を見つめながら、マリエッタは最悪の場合にはブリギッタを使った緊急脱出を考えていたが、それは生身で軌道ステーションへ運ばれることになるから最終手段だと言った。
ヒナは自分達があの重装ドローンに抱えられ、周囲が赤熱するようなスピードで生身のまま衛星軌道上へ運ばれる姿を想像して肝を冷やし、それは本当に絶体絶命の緊急脱出にしてくれとマリエッタに念を押した。
軌道ステーションに上がった2人を出迎えたアストライア支部の面々の表情が優れない事に気付いたヒナは何かあったのかとゴーシュに問う。
ゴーシュは、ブリギッタが持ち帰ったコンテナを確認していた際に……ヨーシフが入れられていたロッカーが切断されていたことが判明したのだと告げた。
移動中に事故でもあったのかと訝しむヒナにゴーシュはとにかく現物を見て欲しいといい、ロッカーが置かれたコンテナヤードへと向かうことになった。
マリエッタも、ブリギッタが事故で人を……それがたとえ憎むべき悪であっても、死なせてしまったのでは無いかと青い顔をしながら後に続く。
無重力のコンテナヤードの隅にぽつんと浮かんだロッカーは中央で真っ二つに融断されており、周囲には大量の血球が浮かんでいた。
ロッカーを開けて確認するまでもなく、中でヨーシフが二つに断たれて死亡していることは明らかだった。
ロッカーごと内部の人間を両断できるのは高出力のエネルギーブレードぐらいのもので、これが事故ではないことは明白だった。
だがブラスターが一般的な武器として用いられるこの宇宙において、わざわざ近接武器を手にするものは少ない。自身も懐に忍ばせているブレードの発振器に手をやりながらヒナは呟く。
「一体、誰が……?」
だがその問いに答えを与えられる者はいなかった。マリエッタはブリギッタによる事故ではないと知って安堵したが、殺人である可能性に思い当たるとぞっとした表情を浮かべる。
そして犯人特定のために軌道ステーションの監視カメラを確認しようとしたが、自身が放ったロジックボムの影響で軌道ステーションの監視機能もダウンしており、誰が犯人かを突き止めることが不可能であると知り、落ち込んだ。
「ごめんなさい……やりすぎましたぁ……」
「でもまぁ、エリス社に軌道ステーションを押さえられてたら、監視機能は切っておいたほうがいいからね」
ヒナはそう言って落ち込むマリエッタを慰めるが、どちらにせよヨーシフの死の真相を追求している間にもエリス社が追撃してくる可能性があるため、断腸の思いでヨーシフについての調査を断念して支部の面々を脱出させることを優先した。
そこで一つ問題が発生した。軌道ステーションの係官たちもギルド職員であり今回の総員退去の対象になる。
だが航宙船の離発着にはポートコントロールによる管制が不可欠で、特に大半のシステムがダウンしている現状では管制官なしでの出航は重大な事故につながりかねなかったのだ。
ポートコントロールの係官の一人が自分が残って管制を行うと申し出たが、ヒナとマリエッタはそれを断り自分達が管制を引き受けると告げた。
もともと彼女たちは自前の航宙艇を持っており、アストライア支部の面々とは同行しないつもりだったから。
かくしてモーリオンギルドアストライア支部の職員達はそれぞれの思い出の品と共にアストライアを脱出することに成功した。
チャーターした航宙船が向かう惑星ウガリットは3.2パーセクの彼方にあり、彼らがそこへ到着するのは10年半近く先のことになる。
おそらくその頃にはアストライアの混乱も収まっている事だろう。……それが星の滅亡か、それとも復旧かはともかくとして。
ギルドがアストライアに再び支部を構えることになるのか、そして一度撤退した現支部のメンバーが再びこの星へ戻ることがあるのはわからない。
それでも、ヒナが果たすべき正義であるギルド職員の安全確保は成し遂げられた。もう一つの任務である孤児院の不正問題については想定外の被疑者死亡によって不完全な幕引きとなってしまったが。
軌道ステーションを離れ行く船を見守りながら、ヒナがそんな事を考えていると、マリエッタがふと思い出したように言った。
「そういえば管制官の人、オンブルがもう一隻きてたって言ってましたよっ。見間違えだと思いますけどっ」
その言葉にヒナは悪い予感を覚えた。
ギルドの最高機密であるオンブルを支給されているのはヒナをはじめとした少数の特命監察官と監察部の幹部クラスのみ。
そしてその希少性からオンブルが同じ惑星へ複数派遣されるような事がないように、統括局も監察部も厳密に運用管理を行っている。
ただ……1隻だけ、ギルドの管理下から外れたものを除いて。
「アレクシス教官……?でも、どうして?」
アレクシスはかつてヒナに監察官としての基礎をたたき込んだ熟練の監察官で、星喰みについてヒナに教えたのもアレクシスだ。
だが彼は3ヶ月前にヒナの教育を終了した直後、特別監察任務で向かった航行途上で消息を絶っていた。統括局はアレクシスが事故か事件に巻き込まれた可能性を考えていたようだが、真相は未だ明らかになっていない。
ただ、オンブルはシンガー能力が無いと扱えない船なので仮にアレクシスが事件に巻き込まれてオンブルを奪われたとしても、ギルド外の人間が勝手に乗り回すことはできない。
そんなオンブルが動いているということは、もしかすると彼は自分の意思で行方をくらまし、アストライアを訪れていた?
そしてアレクシスもまたヒナと同じく、ヨーシフを殺害した凶器と推測されるブレードの使い手だ。
オンブルとブレードという二つの証拠が、ヒナの中でアレクシスの関与という予感を形作ってゆく。
だが詳しく話を聞こうにも既に管制官の乗った航宙船は亜光速航行を開始しており通信を繋ぐこともできない。
管制官から真相を聞けるのは10年半後で……そのあまりにも長い時間に、ヒナは深いため息をついた。
その後、事態の推移を見届けてからアストライアを離れることを決めて軌道ステーションで待機していたヒナとマリエッタに二つの知らせが届いた。
最初の知らせは星外からの、メナからのものだった。
マリエッタが送ったエリス社の取引データを元に奴隷として売買に掛けられていたアストライア住民の一団が発見されたという知らせだった。
またメナが星喰みの存在とアストライアの危機について報じたことで、元々アストライアを管理していたテーミス・グループが管理権限移譲先の犯罪意図を見抜けなかったと公式に謝罪。
エリスコーポレーションへの管理委譲契約を破棄しテーミス・グループが再び惑星アストライアの管理に復帰する可能性があると記されていた。
メナの知らせは救いのない今回の事態の中で唯一と言って良い明るいニュースだったが……メナの報告には続きがあった。
『惑星アスクレピオスにて星喰みの兆候在り』
その一文を目にしたヒナ、そしてマリエッタは互いに目を見合わせ頷き合う。
この悲劇を繰り返させてはいけない。彼女たちが次に向かう星は、惑星アスクレピオスに決まった。
二つ目の知らせはメナを経由して連絡を取っていたアストライア在住の「根性がある」ジャーナリストからのものだった。
それは、エリスコーポレーションを襲った原因不明の全社システムダウンという異常事態の最中、エリスコーポレーションの経営陣が全員殺害されたというものだった。
この事によりエリス社の業務は完全に停止したが、それはすなわち星喰みが一時的に止まったという事を意味していた。
暗殺に使われていたのがエネルギーブレードであり、被害者の死体はいずれも一刀のもとに両断されていたことから、ジャーナリストは被害を受けていたエリス社の横暴に対して立ち上がった腕に自信のあるアストライア住民による報復ではないかという推測と共に、住民の間で「パニッシャー」と呼ばれ始めた犯人のあだ名をレポートに追記していた。
だが、ヒナの感想は違った。その殺害の手口はヨーシフに対するものと同じだ。
ヨーシフ、そしてエリス社の首脳陣を誅殺したのはおそらくアレクシスなのだろうとヒナは思った。
『もし、法で裁けない悪と対峙したら、お前ならどうする?お前がどう答えを出すか……楽しみにしている』
教育課程を終えたヒナに対してアレクシスが残した言葉が脳裏をよぎる。
アレクシスが言いたかったことは、法で裁けない相手に対する私刑の必要性ということなのだろうか?
今回、自分はアストライアを救うことも、エリス社を裁くこともできなかった。
それ以前にヨーシフのような小物すらも法の裁きに委ねることが出来なかった。さらにはバックキックスのような小物についても直接手を下すことは出来ず、被害者たちにその処理を託す形になった。
一方でアレクシスが……いやパニッシャーが振り下ろした断罪の刃は確実に悪の根を断った。
なら、法が定める方法で悪と戦おうとする自分のやり方は間違っているのだろうか……?
ヒナはそんな疑念に囚われかけ、慌てて頭を振った。違う、そうじゃない。
ヒナは監察官を目指した時の決意を思いだし、心の中で叫ぶ。
ワタシは――ワタシの求める正義は、あくまでも法の定めによるものであるべきなんだ。
なぜならそれは、女神が与えてくれた、正義のあり方だから――
これにて「監察官ヒナ」第1話は終了です。
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なお本日はこのあと続けて「登場人物紹介」を公開します。
この物語には直接登場しませんが、ヒナやマリエッタが言及する本編「少女は大宇宙で虹と歌う」の登場人物についても簡単に紹介させて頂く予定です。




