#7
メナへの連絡を終えたヒナとマリエッタはヨーシフが売り飛ばした子供達を救おうと、その売却先についてヨーシフを尋問した。
だがヨーシフは子供を星内外へ売り飛ばしたことは認めたものの、どこへ売ったのかは覚えていないと主張した。
偽装された養子手続きは人身売買に他ならないため、買い主を守るために嘘をついているのかと追求するヒナに対してそんなことはないとヨーシフは抗弁する。
だが、しばらく詰問された彼は記憶をたぐり……ようやく一件だけ売却先を思い出したと言った。
「そうだ、ギルドの統括局だ!そこへガキを売ったんだ、本当だ、あいつらがうちからガキを買ったんだ!」
ヨーシフのその言葉を聞いたマリエッタは静かに問うた。
「どんな子だったか、覚えてますか?」
「……女のガキだったと思うが……良く覚えてないな」
全く悪びれる様子もなくそう答えるヨーシフ。
マリエッタはその答えを聞いた後、涙を浮かべて無言で拘束されたヨーシフを殴りつけた。
そして怒りに満ちた目でヨーシフを睨み付け言い放った。
「それはっ!マリエッタの事ですっ!ヒナさん、こいつはダメですっ!本人を目の前にして覚えてないなんて……本当に、みんなをどこにやったか覚えてないなんてっ……!」
ヒナはこれ以上の尋問は無駄だと判断し、支部の職員にヨーシフを鍵の掛かる部屋へ閉じ込めるよう指示した。
そしてヒナはヨーシフのあまりにも酷い態度に悔し涙を流すマリエッタを優しき抱きしめる。
1人だけでも取り返せると思ったのに。
マリエッタはヒナの腕の中で、そう言いながら……ただ泣き続けた。
しばらくして落ち着いたマリエッタに、ヒナは統括局に買われたというヨーシフの言葉が事実か確認した。もしそれが事実なら、自分が所属する統括局を人身売買の罪で告発する覚悟と共に。
マリエッタはアイリスの推測として、自分を引き取る見返りに孤児院に補助金が出されていた可能性があるとヒナに語った。
つまり、統括局がその能力を見込んでマリエッタを引き取った手続き自体は正当なものだったが、ヨーシフの認識としては「子供を売った」ことに他ならず、もしかしたら自分が統括局に引き取られた事が人身売買の切っ掛けになったのではないかとマリエッタは消え入りそうな声で言った。
だが、マリエッタが引き取られた時期は既にエリス社がアストライアの管理権限を得ていた時期で、遅かれ早かれ人狩りの手が孤児院の子供達の手に伸びていた可能性は高い。
ヒナはそう言ってマリエッタを慰めるが、マリエッタの心は晴れなかった。
その後、マリエッタはエリス社のシステムにハッキングを仕掛け、人身売買の被害にあった人達がどこへ運ばれたのかを探ろうとした。
しかしエリス社の記録はずさんそのもので、資源やエネルギー、食料、そして人間まで……全て「商品」としか記載されていないことが判明した。
「商品」の数量についても、運び出されたコンテナ数が記載されているだけで、エリス社が売り飛ばした人達を一山いくらの商品としてしか見ていなかった事は明らかだった。
かろうじて判別が付く要素があるとすれば商品毎の売却単価の違いだが……エリス社が人と資源をどのような価格で見積もっていたのかまではわからず、結局マリエッタは全ての取引データを回収した上でそれをメナに託すことにした。
もしかしたら、その中のどれか1つだけでも……誰かを助ける手がかりになるのではないかと信じて。
夜を徹した支部の撤収作業は続き、明け方になってようやく総員退去の準備が整った。
まず人員を軌道エレベータでチャーターした航宙船へ運び、続いて荷物を搬出する。ヨーシフは暴れる可能性があるため、拘束されたまま小さなロッカーの中へ閉じ込められ、荷物と同じタイミングで衛星軌道へ上げられる事になった。
ヒナ達が意図していた訳ではなかったが、それは星外へ売られた人達が閉じ込められていた檻と同じぐらいのサイズで……ヨーシフ自身が手を染めた人身売買の被害者と同じ目に合うという、自業自得の構図になっていた。
撤収は順調に進んでいたように思えたが、ヒナとマリエッタを除く人員が軌道エレベータに到着した時に異変が起きた。
軌道エレベータが緊急停止したのだ。ネットを使って状況を確認したマリエッタは、エリス社がギルド支部の撤退を阻止しようと動いていることに気付く。
ギルドのような影響力のある組織が星外に逃げ出せばアストライアに残っている他の住民――エリス社にとっては商品――が追随して逃げ出す可能性がある。
さらには逃げたギルド支部が統括局にアストライアの状況やギルド支部が被った人的被害を告発すると、ギルドの戦力がエリス社の討伐……いわゆる「全力制裁」に差し向けられる可能性が高い。
それ故にエリス社はヨーシフを派遣してギルド支部の撤退を阻止しようとしたのだが、ヨーシフからの連絡が途絶えたことで遅ればせながら自らの手でギルド支部のアストライア脱出を阻止しようと動き出したのだろうとヒナは結論づけた。
だが、幸いな事に人員は全て既に衛星軌道上であるため、荷物を破棄すれば逃げ出すこと自体は可能だ。
地上に残置されているコンテナの中身は職員達の個人的な、限られた積載量の中で厳選した思い出の品々ではあるが……命には代えられない。
ヒナは荷物を諦めて緊急発進するよう指示しようとしたが、マリエッタがそれを止めた。
「ヒナっ!これは、これだけはっ!持って行ってもらわないとダメっ!」
「でも、どうやって?軌道エレベータは止まってる」
「方法は……あるよっ!」
そう言うとマリエッタは左手を高く掲げ、叫んだ。
「ブリギッタ、オンステージ!」
次の瞬間、ギルド支部前に放置されていた複数のコンテナの前に衛星軌道上からブリギッタが出現した。
マリエッタはブリギッタにコンテナ――とヨーシフが入れられたロッカー――をしっかりと抱えるように指示し……そして再び叫んだ。
「ブリギッタ、カーテンコール!」
職員達の思い出の品を抱えたブリギッタは一瞬のうちにリュミエールに引き戻される。
そう、軌道ステーションのドックに停泊した、リュミエールの元に。
ヒナはマリエッタとブリギッタの応用力に驚愕するが、エリス社の妨害はまだ終わっていない。
このままだと軌道ステーションそのものを押さえられ、航宙船が発進できなくなる可能性があると警戒するヒナに、マリエッタはそれならもう大丈夫だ、エリス社は動けないと悪い笑顔で言った。
マリエッタは取引データを取得するためにエリス社へハッキングを行った際に、社内システムに無数のロジックボムを仕掛けていたのだ。
エリス社に対する報復、非合法活動の妨害、自分達の脱出支援。
いずれにしてもシステムをダウンさせることで有利に事を運ぶことができると考えて。そしてその仕掛けは適切なタイミングで、最大の効果を上げた。
全システムを破壊されたエリス社の機能は完全に麻痺した。
指揮系統はもちろんのこと、通常の取引システムや社内連絡システム、ドアの自動開閉機構、トイレの管理システムまで……ありとあらゆるシステムが一斉に機能を停止した。
それは故郷の星を滅茶苦茶にされたマリエッタの怒りが、裁きの鉄槌となってエリス社に振るわれた瞬間でもあった。




