#6
支部の放棄と撤退の決定。
それは本来支部長に与えられた権限だが、現在アストライア支部の権限者である支部長は行方知れずで、次席責任者であるヨーシフはギルドを裏切りエリス社についている可能性が高い。
そのような状態でヒナが行使すべき正義――すなわち、ギルド職員の安全を確保するための最善にして最後の手段は、支部の放棄と撤退しかありえなかった。
監察官はいくつかのケースにおいて管理官よりも高い権限を有する。それは支部の責任者が不正の当事者であった場合に対処を可能とするための切り札であり、ヒナはここでその権限を行使したのだ。
撤退宣言にざわめくアストライア支部の職員達。だが、そのざわめきは否定的なものではなく、自分達がこの滅びを迎えつつある星から脱出できることに対する安堵のどよめきだった。
皆が喜んでいる。ただ、1人を除けば。
「ヒナさんっ、それって……この星を見捨てるってことですかっ!?」
「マリエッタちゃん、ごめん。ワタシじゃこの星はもう救えない」
「でもっ!パン屋のマリーさんも、八百屋のジョンおじさんも!肉屋のリッキーも!まだみんなここにいるはずなのにっ!」
ヒナにとってアストライアは任務で訪れた行きずりの星でしかない。
だが、マリエッタにとってこの星は幼少期を過ごした場所であり、見知った人々が暮らす故郷なのだ。それを見捨てて自分達だけ逃げるというヒナの判断はマリエッタには到底受け入れられなかった。
「エリスって会社が悪いなら、ブリギッタでやっつけてっ……!」
「マリエッタちゃん、それは、内政干渉になるよ。ごめん、もしあなたがそうするなら……ワタシはあなたを処罰しないといけない」
「どうしてっ……!?」
なおも言いつのりかけたマリエッタだが……ヒナが固く握りしめた拳から血が滴っている事に気付き、続く言葉を飲み込んだ。
聡い少女であるマリエッタは気付いたのだ。自分と同じか、それ以上にヒナもまた怒り、無力感に苛まれているのだと。
撤退の判断は、ヒナにとってもベストな……いや、ベターなものですらないのだと。
なら、正義はどうやって成されるべきなのか?誰もその答えが出せないまま、アストライア支部の撤退準備が慌ただしく進んでゆく。
「航宙船のチャーター、契約できました。ウガリット行き貨物船で……全員乗れます!」
「積み込める荷物の量は?」
「人員輸送優先なので4人につき一立方メートルまでにしてくれと……」
「私物は殆ど無理だな。買い直せるものは諦めて、どうしても必要なものだけまとめるように総員に指示を。支部の運営データについてはギルドネットに上げて端末は廃棄だ」
ようやく落ち着くことができたはずのギルド支部が物々しい雰囲気に包まれたことで、孤児院の子供達は周囲の空気に戸惑っていた。
年上であるビリーはまだしも、年少であるロロとコーエンの2人は事情もわからずただただ混乱している。そんな2人を見かねたマリエッタは残っていたフルーツ豆乳のパックと、お菓子を差し出しながら、つとめて明るい声で言った。
「これ、フルーツ牛乳とどっちが美味しい?」
「牛乳!」「豆乳!」
「フルーツ牛乳か……懐かしいな。もう2年?いや3年は飲んでないや」
マリエッタがいた頃の孤児院では、フルーツ牛乳は誕生日にのみ提供される年に1度の贅沢だった。
だが、ビリーはそんな小さな贅沢ですらもう3年も前に打ち切られていたと言う。
十分な運営費が与えられず、子供達の食事を提供するのも教諭達が自腹で行っていたのだとエリが申し訳なさそうにこぼしたが、それは孤児院院長であるヨーシフの横領によるものである事は明白だった。
いつかヨーシフを見つけて罪を償わせる。なんならブリギッタに一発殴らせよう。マリエッタがそう誓った時だった。
「おい、これは何の騒ぎだ!誰の許可を得て撤退準備をしている!」
支部の入口に仁王立ちし、大声で騒ぐ声は……しばらく行方をくらませていた孤児院院長ヨーシフその人だった。
マリエッタはあまりのタイミングの良さにおかしくなりながら、左手のボイスコマンダーに手をやった。
だがマリエッタが声を上げる前に全ては片付いていた。入口の近くで撤退作業の指揮を執っていたヒナが、一瞬のうちにヨーシフを制圧していたのだ。
「次席責任者のヨーシフ・ゴーンだな?横領罪、及びギルド反逆罪の疑いで拘束させてもらう」
「な、なんだ貴様!何者だ!」
「ワタシはヒナ・カイラニ。監察官だ」
ヒナが発した監察官という言葉にヨーシフは顔面蒼白となり、愚かにも災いの渦中へと自ら身を投げたのだと理解した。
ギルド支部に近づかず、撤退を見送っていれば逃げおおせる事ができたかもしれないのに、浅慮にもギルド支部に姿を現したせいで……0号処分以外の裁定があり得ない、ギルド反逆罪によってヨーシフの人生は終わりを告げることになりかねないのだから。
ヒナは冷静に航宙船への搭乗者リストにヨーシフの名を追加し、ヨーシフが持参する荷物は無しだと……いや、ヨーシフ自身が手荷物扱いだと宣言した。
支部の撤退準備が進む中、ヒナは逡巡したあげくにある人物へ連絡を取った。
その相手はヒナがかつて共に故郷でギルド支部の不正に立ち向かった人物。そしてヒナが師匠と仰ぎ「英雄」と崇めるジャーナリスト、メナ・クロウリーだった。
メナは基本的に娘である銀河的オルガニスト、レイラ・クロウリーと共に宇宙を旅しているのでリアルタイムで連絡が取れるタイミングは極めて限られている。
運が悪ければ数年単位で返事が来ないことを覚悟しながら、ヒナはメナをコールする。
ギルド支部の恒星間通信システムはC3が破壊されているため使用できない。
なのでオンブルに搭載された通信システムを代替使用し……回線が若干不安定ながらも、何とか幸運にもリアルタイムでメナを捕まえることが出来た。
ヒナは自らの師匠であるメナに、アストライアの状況を語り、ギルド憲章によって内政干渉が禁じられている自分の手ではこの星を救うことが出来ないと語った。
切れ長のヘーゼルの瞳に悔し涙を浮かべるヒナの表情を見たメナは優しくも冷静に声を掛ける。
「なるほど、それで私に声を掛けてくれたわけね。でも星喰みか……噂は聞いたことがあったけど、それ確実なのかしら?」
メナがヒナの言葉を疑うのも当然だ。
惑星を管理する側の人間が、惑星を食らい尽くすなど普通ではあり得ないことだから。
だが実際にアストライアは星喰みによって食い荒らされ、滅亡の淵に立たされている。ヒナの語るアストライアの状況にメナはしばらく思案し、答えた。
「救助要請を出さず、緊急事態を発令して外部からの来訪を遮断すれば……確かに惑星の統治機構ならいくらでも事態を隠蔽できる、か。あくまで推測だけど、これまでに滅亡したロストプラネットの中にも星喰みで食い荒らされた星が混じっていそうね。わかった、これは銀河的なスクープになる気がするから私の方でも調べてみることにします。ところでアストライアにはまだ根性のあるメディアは残ってるかしら?」
メナの助けを受けることが出来れば、もしかするとアストライアを滅亡の縁で踏みとどまらせることが出来るかもしれない。
ヒナは師匠の言葉に一条の希望を感じると共に……自分がまだ「英雄」の域に達していない未熟者であることを痛感した。




