#5
戦闘を覚悟し、監察官に支給される武器であるレゾナンスブレードを手にギャングのアジトへ飛び込んだヒナだったが、突入時に既にギャングが壊滅していたことで少々拍子抜けした。だが彼女は自分が成すべき事を忘れた訳ではなかった。
ヒナはまず、状況を確認するためにエリをはじめとした捕らわれていた人々から事情を聞くことにした。
証言によればバックキックス達による「人狩り」は2年ほど前から発生していて、当初はスラム街の貧民や身寄りのない子供、単身者が行方不明になっていたらしい。
だが、ある程度成熟した惑星国家においてそのような「いなくなっても誰も気にしない人間」がそう都合良くいるはずもなく、やがてバックキックスが狩る対象は徐々に拡大していった。
旅行者が滞在期日を過ぎても星を出て行かない。
街の外へ遊びに出かけた学生グループが全員行方不明になる。
郊外に住む一家がまるごと行方不明になる……。
そんな事態が起きるようになり、多数の行方不明者に住民達は不安の声を上げたが、統治者たるエリス社の回答は常に「調査中」。
そして孤児院が襲撃された頃からバックキックスは公然と街中で人を攫うようになったのだエリは言った。
「星喰みのフェーズが、進んでいる……」
ヒナはアストライアが危機的な状況にあることを理解し、恐怖した。
体面を取り繕わない無制限の人的搾取は、この星が食い尽くされる最終段階の始まりを意味していたから。今からこの事態を阻止することが出来るのだろうか?
内心、焦燥を感じながらもヒナは次に倒れ伏しているバックキックスの尋問を行うことにした。
幸いな事にマリエッタはブリギッタの攻撃モードを非殺に設定していたため、バックキックスは負傷こそしているものの死亡した者はいなかった。
ヒナは適当なバックキックスを締め上げ、まずリーダーを特定する。
ヒナがリーダーから聞き出そうとしたのはバックキックスが攫った人々を商品として星外へ輸出するエリス社の担当者名だ。
担当者が特定出来ればそこからエリス社の行為を追求し、アストライアが星喰みに侵食されていることを確定させることができる。
そしてもう一つ、ヒナ達の本来の目的である孤児院院長とこの件の関わりについてだ。
だがヒナの尋問にバックキックスのリーダーは口を閉ざし、何も語ろうとしなかった。やむを得ずヒナはリーダーを拷問することを決意するが……そんなヒナを押しとどめたのはマリエッタだった。
彼女は座り込んだリーダーの前へ仁王立ちになると、少し悪い笑みを浮かべて左手を天高く掲げて見せた。
これまで反抗的だったリーダーの態度が途端に一変する。滝のように冷や汗を流しながら、青い顔でヒナの問うたことを正直に話すバックキックスのリーダー。
ヒナは少し呆れながらも目的であったエリス社の担当者――なんでも交易事業部長を名乗っているらしい――の名前と、孤児院院長ヨーシフが事業部長のビジネスパートナーだと言うことを確認した。
エリス社がバックキックスの蛮行に加担……いや、むしろ発注者であったことは予想の範疇であった。だが同時にそれは仮にバックキックスをこの星の司法機関に引き渡しても、適正な裁きが行われないこと、そして解放されたバックキックスは再び人々を攫うあろうということを意味していた。
ヒナはあくまでもギルドの監察官であって、惑星上における犯罪を裁く権限は持ちあわせていない。故に……彼女は監禁されていた市民達に、ただ静かに告げた。
「あそこにこの連中のブラスターが落ちています。放置しておくと危険なので、どう処分するかは……皆さんにお任せします」
そう言い残して、ヒナとマリエッタはエリを連れて工場を後にした。
3人が工場に敷地を出ようとしたとき、背後からブラスターの射撃音が聞こえた。
何度も、何度も、繰り返し。
ヒナはただ無言で前を向いたまま……工場から歩み去った。
孤児院へと戻る道すがら、ヒナはビリー達とエリをギルド支部へ避難させることを提案した。
既に孤児院は保護施設として機能しておらず、工場跡にいた連中がバックキックスの全メンバーではない可能性もあったからだ。
本来であれば警察機構や行政へ保護を申し立てるべき所だが、この星ではその行政こそが星喰みの元凶であり、駆け込んだ時点で星外へ売り飛ばされることが確定する。
そんな状態で唯一エリス社の権限が及ばない場所は……統治機構から独立したギルド支部だ。
だが、ギルドが運営する孤児院の惨状を放置していた支部の人間は、本当に信用できるだろうか?
ヒナはこの星のギルド支部が置かれている状態をギルド職員であるエリに確認したかったが、監禁生活で疲労したエリは事情聴取に耐えられる状況では無いと判断し、それなら直接ギルド支部へ向かった方が早いだろう考えた。
半ば諦めかけていたエリとの再会を果たし喜ぶビリー達を伴い、ヒナは星都の中心を少し離れた所にあるギルド支部へと向かう。
周囲を見るヒナの目は否応なく厳しくなり、マリエッタも左腕にはめたボイスコマンダーに意識を集中している。だが、幸いなことにホーライの街中ではバックキックスの襲撃も、エリス社の横やりもなく、ただ閑散とした街並みに静寂が広がるばかりだった。
6人がたどり着いたギルド支部は営業時間であるにも関わらず窓口に職員の姿すらまばらで、閑散とした印象を与えていた。
他の支部では見かけたことのない防護ブース内に引きこもっている受付係に対してヒナはギルド章を提示して自らが監察官であると告げる。
通常、予告なしに監察官が訪問することは抜き打ち監査の開始を意味するものなので、名乗りの時点でギルド支部には緊張が走り、監察官に対して敵対的な視線が向けられることが多い。
だがアストライア支部の受付は……ヒナの名乗りに涙を流し、安堵の表情を浮かべて言った。
「よかった、ようやく監察官が来てくれた……!」
予想外の反応に戸惑いつつも、ヒナは孤児院の子供達の保護を受付係に依頼する。
受付係が呼び寄せたフロアの責任者は、エリの事を知っていたらしく、互いの無事を喜んでいた。支部長との面会を求めるヒナに、ゴーシュと名乗ったフロア責任者は悲痛な表情で頭を振り……言った。
「支部長は……エリスコーポレーションへ抗議に行ったまま戻っていません。もう、3ヶ月も前のことです」
ゴーシュが言うには、既にギルド職員にも人狩りの被害が出ているらしく、一連の犯罪がエリス社の手引きによるものだと察知した支部長は何度もエリス社へ抗議。
まともな返答が得られない事に業を煮やしてついには経営陣に対して直談判を試み……そして消息を絶ったらしい。
支部長はエリス社に赴く直前にアストライアの窮状と支部の危機をギルド統括局の監察部に対して緊急通報しており、その結果としてようやく監察官であるヒナが到着してくれたとゴーシュは安堵の表情で語った。
だが、その話を聞いたヒナの表情はこれまでよりも一層厳しくなった。
なぜなら……ヒナは、そしておそらくギルド統括局は、アストライアの状況を全く把握出来ていなかったから。支部からの緊急通報が統括局で共有されない理由は一つしか考えられない。
それはギルド統括局の……それも監察部の内部にも星喰みを企んだ人間の手先が紛れ込んでおり、アストライア支部が発した救援要請を握りつぶしたということに他ならなかったから。
ヒナは内心の動揺を隠し、ゴーシュに孤児院の状況についてどの程度把握している確認した。
するとゴーシュは面目無さそうな表情でヒナに答える。孤児院が襲撃された事は知っていたが、ギルド支部も定期的にバックキックスの包囲を受けていたこと。
また支部長不在時の次席責任者が当の孤児院院長であるヨーシフであり、ヨーシフが孤児院の運営に問題なしという虚偽の報告をギルド統括局へ行っていたこともあって動きが取れなかったのだと説明した。
さらに間の悪いことに2ヶ月前に恒星間通信に用いられるC3が何者か――おそらくは不正の発覚を恐れたヨーシフ――によって破壊され、アストライア支部は統括局に再度窮状を訴えることも、支援を要請することも出来ない状況に陥っていたのだと。
状況を確認したヒナは思案し、やがて決断した。
ゴーシュに命じて支部に残存していた職員を全て集めたヒナは自らのギルド章を掲げて告げる。
「監察官の権限により緊急事態を宣言。アストライア支部を放棄し、星外へ撤退します」




