#4
ヒナが孤児院跡地を離れて最初の角を曲がった時点でマリエッタは既にエリス社の「在庫管理倉庫」を全て突き止めていた。
そしてヒナが裏通りを通り抜けた頃には対象を3つにまで絞り込んでいた。
だが、そこから先の絞り込みは困難を極めた。マリエッタは少し思案し、ビリー達に声を掛ける。
「ビリー、エリ先生が連れて行かれた場所、何か手がかりある?」
「川向こうの工場跡。バックキックスの連中、いつもあそこにたむろしてる!」
ビリーが告げたバックキックスの根城は、マリエッタが絞り込んだ3箇所の内の一つだった。
その場所はかつてマリエッタも遊び場所として何度か忍び込んだことがあるところで、場所も内部構造もおおよそ把握出来ている。確かにあそこには人を閉じ込めるのに適した倉庫があったはず……。なら、そこで決まりだ。
「ビリー、わたし行ってくるからっ。ヒナさんが戻ってきたら、場所を教えてあげてっ!」
「待てよ、マリエッタ姉ちゃんだけじゃ無理だろ!」
「大丈夫、わたしには守護騎士が付いてるからっ!」
そう言って空を指さすマリエッタだが、ビリーには彼女が何を言っているのかわからなかった。
だが、マリエッタはそんなビリーを置いて、独り工場跡へと駆けだしていた。かつて自分を守ってくれていたエリを、今度は自分が守るのだと心に決めて。
川向こうの工場はマリエッタが物心つく前に操業を停止し、放置されたままになっていたビークルの組み立て工場で、そこはかつてマリエッタ達孤児の遊び場所でもあった。
しかし今の工場跡は街中と同じ下品な落書きで覆われており、そこがバックキックスの縄張りである事を無言で主張している。
その外観はたとえどれだけ子供の遊び場に適していたとしても……不用心な子供すら近づこうとはしないであろう退廃的で邪な雰囲気を漂わせていた。
だが、マリエッタは躊躇せずに工場跡の入口を大きく開け放ち、大声で叫んだ。
「エリ先生を返してっ!」
重武装した装甲ビークルを囲んで座り込んでいた十数名のバックキックス達は、一瞬何事かと警戒し、各がブラスターに手をやった。
だが侵入してきたのがまだ子供と言えるような少女であることに気付くと、馬鹿にしたような表情を浮かべた。そして、中の1人がヘラヘラと笑いながら言い放つ。
「おい、明日の出荷前にもう1匹追加がきたぜ?ボーナスゲットだ!」
その言葉に、仲間のギャング達は大笑いする。そして大柄な男がマリエッタを捕まえるべく、男達の輪の中からゆっくりと歩み出てきた。
だがマリエッタは臆さず、男達を睨み付けると……左手を天高く掲げ叫んだ。
「ブリギッタ、オンステージ!」
マリエッタのボイスコマンドを受信し衛星軌道上に停泊していたマリエッタの航宙艇「リュミエール」はグラビティスリングを使ってエクソギア「ブリギッタ」を射出する。重力制御によって大気を切り裂きながら、光速の1/600という空間戦闘用ユニットとしては鈍足極まりない勢いで、巨大で鈍重な守護者は少女の元へと馳せ参じる。
「何のマネだ――」
大男がマリエッタを馬鹿にする台詞を吐き終える前に。まるでその場に瞬間移動したかのように巨大なエクソギアが少女の前に出現していた。
遅れて天井が砕け散る音と、瓦礫が降り注ぐ音が聞こえてくる。だが、重力フィールドで守られたマリエッタとエクソギア――ブリギッタには塵一つ降り注がない。
「ブリギッタ、幕を開けてっ!」
[Ready.]
マリエッタの声に合わせ、エクソギアは宙を滑るように移動し巨大な腕を振りかぶると眼前の装甲ビークルを殴りつける。その強力な一撃は惰弱な重装甲ビークルを粉砕するには十二分な勢いがあるものだった。
「なんだ、これ!」
「バケモノ!?いや、ドローンか!?」
「撃て、とにかく撃て!」
唐突な乱入者に対してパニックに陥ったバックキックス達はブラスターを乱射するが、堅牢な装甲を誇るブリギッタはハンドブラスターの弾ごときではびくともしない。
「あっちのガキを狙え!あいつが指示を出してるんだ!」
男の1人がそう叫んでマリエッタにブラスターを向ける。
だがマリエッタがそれに反応して指示を出す前にブリギッタは自律的にマリエッタの危機を察知し、離れた場所にいる男に向かって拳を突き出す。
「ポンコツが、届くわけグワッ!?」
罵声を上げかけた男とその周辺の、マリエッタを狙おうとしていたバックキックス達はブリギッタの拳圧――実際には拳に内蔵されたグラビティキャノンが撃ち出した圧縮空気――によってまとめて吹き飛ばされる。
「ブリギッタ、ありがとっ!」
[No Problem.]
一言だけ答えると、ブリギッタは残敵の掃討に移った。
圧倒的で、一方的で……戦闘とも呼べない。
まさにそれは掃討でしかなかった。バックキックス達を全員無力化したマリエッタは、倒れうめき声を上げる男達を無視してエリが捕らえられているであろう倉庫の前へと向かう。
だが老朽化した廃工場の壁は脆く、力ずくで扉を破壊すると建物そのものが崩壊する可能性が高い。そう判断したマリエッタは再びボイスコマンドでブリギッタに指示を送った。
「ブリギッタ、あの扉をこじ開けたいのっ。パペッティア・オン!」
[Ready.]
ブリギッタは音もなくマリエッタの背後に移動すると腕部ユニットからマスタースレイブモード用のコントローラーを展開した。
コントローラーを握ったマリエッタは建物を崩さないよう、繊細な操作で慎重に豪腕を操り……そして、扉を開放した。
扉の中には20名近い男女の姿。みな疲れ切った様子で絶望の表情を浮かべ、巨大な重装ドローンを背後に控えさせた少女をこわごわと見つめていた。
だが、その中で1人……30台半ばのやつれた女性がマリエッタの姿を見て声を上げた。
「マリ……エッタ?いったい、これは……」
「エリ先生っ、無事ですかっ!?もう大丈夫ですっ!助けに来ましたっ!」
朗らかに微笑むマリエッタの姿に、エリを初めとした救い出された人々は訳がわからないという驚きを隠せなかった。
そして、人々が監禁されていた倉庫からよろめきながら脱出した頃、ヒナが工場跡に駆け込んできた。
「マリエッタちゃん!なんか凄い音がしたけど……って、わぉ!」
「ヒナさん、遅いですっ!もうみんなやっつけちゃいましたっ!」
「いや、マリエッタちゃん?……監察官の仕事って悪者の成敗じゃないから!廃墟とはいえ建物破壊した始末書、書くのワタシだから!」
「それぐらいなら、わたしも手伝いますっ」
「で、そのデカいのがマリエッタちゃんのナイト様?」
「はい、ブリギッタって言いますっ。とっても良い子ですよっ!」
[No Problem.]
「えっと……お話は苦手なんです、この子。ありがとう、ここはもう大丈夫だよっ。ブリギッタ、カーテンコール!」
左手にはめたボイスコマンダーを介してマリエッタの言葉を受信したリュミエールが、グラビティスリングを使ってブリギッタを衛星軌道上まで引き戻す。
降下時よりは緩やかな速度だが、それでも圧倒的な速度で巨大なエクソギアは瞬時に姿を消した。
あまりの出来事にヒナとエリには目前の光景がまるでフィクションとして展開される物語の1シーンであるかのように思えた。
「ねぇマリエッタちゃん。天井の穴がもう1つ増えたんだけど」
「1つも2つも同じです!ってアリサさんが言ってましたっ!」
「いや、確かにアリサ様なら言いそうな気もするけど……言ってないよね?ワタシ、聞いたこと無いもん」
「あはは~」
そんなやり取りをする2人の少女に バックキックスに捕らわれ星外へ売り飛ばされる寸前だった人々はようやく解放されという実感を得たのだった。




