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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #1『蝗皇の顎門』アストライア-喰尽の惑星
3/62

#3

 壁に大穴が空き、屋根も所々が崩れ落ちている。

 庭に植えられていたとおぼしき枯れ木は中庭で薪として燃やされた跡があり、ささやかな家庭菜園の跡地にはゴミが散乱している。

 全体的にすえた匂いが漂っていて、とても人が暮らしているようには見えない、そんな光景が目の前に広がっていた。


「なに、これ……」


 茫然として立ち尽くすマリエッタをその場に残し、ヒナは独り孤児院の敷地へ足を進める。

 廃墟と化した建物の前まで進んだヒナは、建物の中に人の気配を感じた。様子をうかがうような視線。

 だがそれは軌道ステーションで感じた悪意のあるものではなく、怯え、警戒している弱者のそれだ。


「ワタシはヒナ、ギルドの監察官です!あなた達を助けに来ました!」


 大きな声でそう告げるヒナに、崩れた建物の影から3人の子供が顔をのぞかせる。幼い男児と女児。最後の1人は少し年長の男の子。

 不安そうに、だが助けに来たという言葉に縋るように、彼らは姿を現した。


「監察官……って偉い人?でも、どうしてそんな人が……あっ、マリエッタ姉ちゃん!」


 年長の少年はヒナの後ろで固まっていたマリエッタの姿を見つけ、破顔した。どうやらマリエッタのことを知っているようだ。


「え?もしかして、ビリー?」

「そうだよ、ぼくだよ!でも、姉ちゃんはなんで歳とってないんだよ!貰われていった時と変わってないじゃん!」


 ビリーの問いにマリエッタは一瞬、どう答えたものか迷った。

 まさかスターゲートをくぐってオリオン腕へ出向いた際に、気付かない間に6年もの歳月が経過していた……などと説明できるはずもない。

 なので、不正確ではあるが一般的な知識で理解できる説明、つまり宇宙を旅する人間の時間は地上で暮らす人間の時間よりも遅く進むという時間の遅れ(タイムディレイ)の影響だと説明した。


「それより、これどうなってるのっ!?先生はっ?他の皆はっ?」


 マリエッタの言葉に、それまで気丈な様子だった少年の表情が歪む。

 瞳から涙が溢れたその顔は……確かにマリエッタが知っている、7つ年下の――おそらく今は同年代の――ビリーの泣き顔だった。


 その後、マリエッタが持参していたフルーツ豆乳とヒナが買い求めた食料をビリー達に与え、彼らが空腹を満たすのを待ってから事情を聞くことになった。

 彼らの食べっぷりは明らかに食糧事情が良くなく、飢餓状態に近かったことが察せられた。


 そしてビリーが語った孤児院での出来事はマリエッタにとっては信じられないものだった。



 マリエッタがギルド統括局に引き取られた(買われた)後、孤児院にいた子供のうち見栄えの良いものや才能のあるものが次々と里子に貰われていったそうだ。

 ビリーが知っている里子制度はマッチング後に数度の面談や試験的な受け入れを経て最終的な引き取り手が決められるものだったが、マリエッタの後に貰われていった子供達はまるで商品を品定めするかのような目で見る大人達が、たった一度の訪問で引き取る子供を決め、その日のうちに連れ出す形だったらしい。


 里子として引き取られた子供達からの便りが孤児院に届くこともないままそんな事が何度か続き、不審に思った教諭達が2ヶ月前に孤児院院長に対して拙速な里親決定に対する不満の声を上げたことで、孤児院に破局が訪れた。


 5年ほど前からホーライの下町に現れていたらしい「バックキックス」と名乗るストリートギャングが突然、孤児院を襲撃してきたのだという。

 子供達の多くが無理矢理連れ去られ、抵抗した教諭も連れ去られるか、殺されてしまったのだと涙を浮かべたビリーは言う。


 ビリーと、年下の2人――ロロとコーエン――はマリエッタも世話になっていた心優しい教諭、エリによって匿われ難を逃れる事ができたが、結局助かったのはビリーとロロ、コーエン、エリの4人だけだった、と。

 それ以来、4人は廃墟となった孤児院跡に身を潜めるように暮らしていたのだとビリーは締めくくった。


「酷い……。ビリー、エリ先生はっ!?」


 あまりの出来事に顔面蒼白になりながらもマリエッタはエリの身を案じる。しかしビリーの答えは……3日前に食料を調達しに行ったエリがバックキックスに捕まったという、絶望的なものだった。

 ビリーの言葉を険しい表情で黙って聞いていたヒナは、ぽつりと呟いた。


「この荒廃ぶり、そして組織的な人攫い……やっぱり、これは星喰み(アバドン)……」


 ヒナの呟きを耳にしたマリエッタは驚きを隠せなかった。

 優秀なハッカーであり裏社会の事情や凶悪な犯罪も知識としては知っていた彼女は星喰み(アバドン)という言葉にも聞き覚えがあった。

 だが、まさか自分の故郷であるアストライアが、よりによってあの星喰み(アバドン)の対象になっていただなんて。


「姉ちゃん、あばどん……って何だよ?」


 星が保有するあらゆる物を奪い尽くす犯罪ビジネスである星喰み(アバドン)はその名も実態も、一般には殆ど知られていない。

 星喰み(アバドン)を目論む者は様々な手段で惑星の支配権を手に入れる。


 統治機構からの権利権限委譲。

 急進的な野党を使った倒閣運動と政権把握。

 軍部を利用したクーデーター。

 反政府組織や犯罪組織を使ったゲリラ的な攻撃。

 カルト宗教を使った洗脳支配。


 合法非合法を問わず様々な手段で星の実権を掌握した彼らは、星の持つ全ての資源を星外へと奪い去る。

 換金性の高い貴金属や宝石類は言うに及ばず、エネルギーや鉱物資源に食料。貴重な動植物や……そして人間まで。

 結果として星喰み(アバドン)を受けた星には荒廃した大地と廃墟しか残らない。

 そして……それを仕掛けた連中は荒廃した星と、僅かに生き残った人々を捨てて次の獲物を探しに行くのだ。


「えっと……とっても酷い犯罪、だよ。でも、マリエッタ達が止めてみせるから。だよね、ヒナさんっ」


 マリエッタは星喰み(アバドン)の真実を今のビリーに告げることが出来なかった。星喰み(アバドン)の存在は、人々から生きる希望すらも奪い去るものだったから。

 だから、せめてもの救いをヒナに求めたが……ヒナは黙ったまま、何も答えることが出来なかった。


「……まず、エリという人を、助けましょう」


 苦悩の表情を浮かべたヒナが絞り出した言葉は、攫われたエリの救出だった。

 星喰み(アバドン)が形だけとはいえ惑星の統治者によって行われる行為である以上、惑星統治に干渉することが許されないギルド監察官であるヒナにとって出来る唯一の抵抗は……ギルドの職員であるエリを救い出すことだったから。


 先ほど露店で集めた情報の中に、この星を管理するエリス社が週に1度のペースで星外へ労働者を派遣しているという話があったことをヒナは思い出していた。

 エリス社が星喰み(アバドン)の実行者であり、バックキックスがその手下であるとしたら……攫われたエリ達が「星外派遣」される可能性は高い。

 問題は、週に1度というその日にちか何時なのか。そして、攫われた人々がどこに捕まっているのか、だ。


「マリエッタちゃん、ワタシ街の人達に話を聞いてきます。何かわかるかもしれないから」

「じゃあ、わたしは……エリス社にハック……じゃなくてメンテナンス作業を仕掛けますっ!」


 マリエッタの言葉は違法行為の宣言に他ならなかったが、ヒナはその言葉を聞かなかったことにした。

 惑星上の情報ネットワークは基本的にギルドが管理するインフラだ。故に、ギルドの秘書官であるマリエッタが「メンテナンス」の為にアクセスするのは正当な権利だと自らに言い聞かせて。


 しかしヒナの予想を超えた速度で事態は進展した。

 なぜなら……マリエッタは、ヒナが思っていたよりも格段に優秀だったから。


次回から6:00/18:00の1日2回更新となります

よろしくお願いいたします

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