#2
通常、企業や組織が惑星管理を行う目的としては2つのパターンがある。
1つはその惑星の主要資源や産業が企業や組織が取り扱う業務に合致しているために行われる「直轄地化」だ。
たとえば木工ギルドが森林資源が豊富な惑星に進出して直轄地を設定したり、ヒナ達が所属するモーリオンギルドがC3を産出する惑星に直轄地を設けて採掘権を独占するような形だ。
他の企業も似たようなもので、特定の資源が豊富であったり、産業に特化したりする惑星の何割かはこのような形式で運用されているという。
もう1つのパターンはその惑星が保有する収益性に着目し、管理費――別の言い方をするならば税金――を収益として見込む方法だ。
公共事業に営利企業が参入する事例をスケールアップしたような事業形態は、惑星の管理という大規模事業を行うだけの人的リソースや惑星運営を円滑に行えるノウハウをもつ巨大星間企業にとっては安定的な収益を長期間にわたって確保できる良好なビジネスモデルたりえるのだ。
だが、ヒナにはエリスコーポレーションがアストライアで行っていることは、そのどちらでもないように見えた。
ヒナが知る限りではアストライアには目立った産業や資源はなく、直轄地化するだけのインセンティブはないはずだった。
また税収による収益化を目指すなら、この荒廃度合いは明らかに運営に失敗しているとしか言いようがない。なら、これは一体……?
ヒナに監察官としての教育を施してくれた教官……アレクシス監察官から教わった、ある言葉が脳裏に浮かぶ。
ーーアバドン。
いや、でもまさか。
推測だけでは軽々しく口にすることすら許されない、その行為がもしかしてこの星に起こっているのなら……?
ヒナの顔は最前よりさらに厳しくなったが、その口は何も語らなかった。
不思議な事に、軌道エレベータの地上駅を離れて郊外へ向かうにつれ、アストライアの星都であるホーライは少しずつ活気を取り戻していった。
もっともその賑わいとは整然とした規律溢れる文明的なものではなく、闇市に特有の混沌と熱量に満ちた雑多さが強く感じられるものだったが。
ヒナは監察官という規律を重んじる職務についてはいるが、彼女自身のアイデンティティは故郷である熱帯リゾート惑星、ミラジュミナβにある。
本来なら活気溢れるホーライの下町はヒナの感性にも好ましいものと映る筈だった。
しかし眼前の光景に対して彼女が抱いたイメージは、ロウソクが消える前にひときわ明るく輝く様……そう、ヒナが師匠と仰ぐジャーナリストであるメナ・クロウリーの著書に記されていた「灯火将に滅せんとして光を増す」という言葉がしめすような、やけくその活気であるように思えた。
「ヒナさん、マリエッタのお世話になったギルドの孤児院はこっちですっ!」
周囲の街並みが賑やかさを取り戻したことでマリエッタの表情は明るくなっていた。故郷である孤児院の近くまで来ているということも彼女の安心材料になっているのだろう。
だが、ヒナは頭を振ると言った。
「マリエッタちゃん、孤児院へ向かう前に少し辺りで話を聞いて行こう。どうも何かがおかしい気がする」
「おかしい……ですか?この辺り、わたしがいた頃より活気がありますよっ?」
不思議そうな顔をするマリエッタにヒナはあいまいに微笑むと、手近な露店をいくつか冷やかしながらさりげなく店主に話しかけて行く。
近頃の景気について。
商品の品揃えの変化について。
人口の変化や産業について。
一見するとそれは世間話のような体裁を取ってはいたが、ヒナは着実に知りたい情報を集めていった。
もちろん話を聞いた後には何か商品を買っていくのも忘れない。見知らぬ少女が話を聞き回っていたと不信感を与えないように、ただ一見の客と世間話をしたという印象だけを残すように。
ヒナが買い求めたのは主に食料品だった。調理なしにすぐ食べられるもの。ある程度日持ちするもの。栄養があり、甘いもの。
ヒナが購入した品々を受け取りながら、マリエッタはヒナに小さな声で感謝した。
「孤児院の子供達のために買ってくれてるんですよねっ。ありがとうございますっ」
「ワタシもね、親がいないから」
ヒナとマリエッタは知り合って日も浅く、簡単な自己紹介しかしていない事もあって互いのことをまだ良く知らない。
一時的なバディとは言え、主人同士が親しい以上は今後もマリエッタと顔を合わせる機会はあるだろう。
そう考えたヒナは、自身が名も知れぬ旅のシンガーとリゾート地の女性との行きずりの恋で産まれた身であり、幼い日に母を亡くしたあとはギルドの世話になっていたという身の上話を語った。
神妙にヒナの話を聞いていたマリエッタも、自身が航宙船の事故で両親を含めた関係者全員を亡くし、自らの出自すらわからぬままこの星の孤児院へ預けられ、姓を持たぬ孤児として育てられたと語った。
「ワタシ達って似た境遇なんだね」
「ですねっ。立派な管理官様の専属秘書官であるとこも含めてっ」
マリエッタはそう言って微笑んでみせる。
女神と英雄。孤児という境遇ながら、多くの人々を救う力を持った2人に見出された自分とマリエッタはとてつもない幸運の持ち主だとヒナは思った。
だが、そんな幸運が与えられず、ただ社会から忘れ去られ、闇へ姿を消してゆく孤児の方が遙かに多い。そう、この星の孤児院にいる子供達のように。
マリエッタの先導でヒナは狭い路地裏へと入ってゆく。
活気のある大通りから裏通りへ。
さらにその奥の細い路地を抜けた先にマリエッタが育った孤児院があると言う。
「ずいぶんと入り組んだところにあるんだね?」
「えっと、歩きだとこんなですけど、ビークルだと街の外から回れるんですっ。この角を曲がった先に……えっ?」
古巣の近くまで帰ってきたことで笑顔を浮かべていたマリエッタの表情が、最後の角を曲がった瞬間に凍り付く。
少し遅れて角を曲がったヒナが目にしたのは……軌道エレベータ周辺よりもさらに荒れ果てた孤児院……いや、元孤児院だったと思われる廃墟だった。




