#7
翌朝、いつもより遅めに目を覚ましたヒナがベッドでまどろんでいると、扉を叩く音に起床を促された。
慌てて身繕いをし、扉を開けると……見知らぬ男が立っていた。いや、声を聞けばそれがケヴィンだと言うことはわかる。
だが、彼は仮面を身につけていなかったのだ。
その事を指摘するヒナに、ケヴィンは血相を変えて言う。
「それどころじゃない!アフロディーテが、殺された!」
ケヴィンが先導して向かった先は……ファイナリスト達の宿舎にほど近い、シャワールームだった。
幾人ものスタッフをかき分け、シャワールームへ入ったヒナが見たものは――頭部を失った女性の遺体だった。
首から上がまるで獣に噛みちぎられたような断面を晒していることもあり、場の管理を行っている運営の係官達の顔色はとても悪い。
シャワーが止められていないこともあって、床の血痕はほぼ流されていることをヒナは見て取った。
「どうしてこれがアフロディーテと特定できたの?」
「……いや、貴女は……豪胆だな」
青い顔をしてそう言うケヴィンだが、事情はしっかりと説明してくれた。
このエリアにいたのはアテナとヘラ、そしてアフロディーテの3人のみ。
そして、ヘラとアテナの2人は無事であることが確認されているし、アテナに至ってはこの死体の発見者だという。
これだけ騒ぎになっているにも関わらず、アフロディーテは姿を見せないし、室内にも彼女の痕跡は無かったとケヴィンは言う。
なら引き算の結果、この遺体はアフロディーテのものだ、と。
「残りの2人はどうしてるの?」
「ヘラは事件のことを知って部屋に引きこもった。だが……アテナは少し錯乱しているらしい」
惨殺死体を目撃したのだから仕方ない、とケヴィンは言う。
だが、ヒナは眼前に横たわる遺体の状況から、微かに刺激される記憶を思い起こした。
僅かな可能性。
だがもしそれが事実なら……全ての線が繋がる、あり得ないはずの可能性。
それを確認するためには、アテナと話をする必要がある。
スタッフに案内されたアテナの控え室では、ファイナリストがプレゼンテーションへ向かう際に身につける、純白の衣装を身に纏ったアテナが優雅に腰掛けていた。
その表情には昨日とは異なる、作り物めいた笑みが浮かんでいる。
「アテナ、少し話を聞かせて貰ってもいい?」
「ええ、なんでも」
「ワタシが何者か、知ってる?」
「ええ。ヒナ・カイラニ。ギルドの監察官でしょう?」
「なら、この人は?」
そう言ってヒナはケヴィンに視線を向ける。
「もちろん知っていますわ。SNNの記者さん。ケヴィンさんです」
「そっか。じゃあ、もう一つだけ聞かせて?貴女は……誰?」
「私?私は……美貌の女神よ」
そう答えるアテナの瞳には、狂気の色が宿っていた。
だが、狂気の色を宿した美貌の女神は微笑みを浮かべるとゆっくりと立ち上がり……そして、スタッフをかき分けて、美の聖域の奥へと去って行く。
そう、彼女が向かっているのは最終審査であるプレゼンテーションの会場だ。
「どういう……ことだ?まるで何もなかったみたいに振る舞って……。あの子は、ソレアーダは、あんな子じゃないはずだ」
「ええ。クレオもそうだった」
「……!」
「ケヴィン。ネットを含めて全ての配信をカットできる?」
「無理だ!うちの局だけならまだしも……ミス・ギャラクティカの最終審査は銀河中から注目されてるんだぞ!」
「なら、仕方ないか……運営スタッフ!監察官権限を発動する!軌道要塞内の全てのC3通信機をシャットダウンせよ!」
ヒナは遠巻きに控え室を見守っていた運営スタッフの中にいたギルド職員に対して、強権を発動した。
C3通信の遮断は外部との連絡手段を全て切断することに他ならない。だが、監察官の権限で命じられた以上、ギルドのスタッフはそれに応える必要がある。
どうなっているのかと問うケヴィンに、全てが終われば話すとだけ伝えるヒナ。
彼女の指示から数分後、緊急事態発令のアナウンスが流れたあと、機動要塞パリス内の全てのC3通信が沈黙した。それを確認したヒナは、最終審査会場へと向かう。
そしてその手には……レゾナンスブレードが握られていた。
最終審査会場は美の神殿の中枢部に位置していた。
そこはまさに神殿と呼ぶに相応しい佇まいで、眼前の光景に既視感を覚えたヒナは、かつて訪れた汎銀河司法裁判所の建物が同じように宇宙に浮かぶ神殿を模していたことを思い出した。
あの神殿は正義の女神のものだったが、目の前にあるのは……美貌の女神の神殿だ。
自分はよくよく女神に縁があると思いながら、ヒナは前方に視線を送る。
構造物の内部とは思えない程高い天井を持つ空間の中に、古代の祭壇を模したステージが備え付けられている。
四方を囲む壁は石造りを模した構造になっており、天井を支えるための柱もまた石柱に見せかけられている。
そして……床面と天井は、石造りに見える部分とガラス作りのの展望窓が格子状に組み合わせられ、開放感を演出している。
もちろん窓と言ってもただのガラスではない。耐衝撃性や耐熱性を確保するため、多層構造になった複合材だろうとヒナは推測した。
周囲を観察しながら進むヒナに、前方から声を掛ける者がいた。
「あら、私のプレゼンテーションを聞いてくれるのは貴女だけなの?」
祭壇の前に独り佇むアテナは神々しい白いローブを身に纏い、穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
周囲には審査員の姿はなく、本来であればリモート参加している審査員の姿を映し出しているはずのホロディスプレイも沈黙している。
無人の神殿に、ただ空しく並べられた審査員席を目に留め、そちらに歩み寄りながらヒナはアテナに応える。
「そうだね。悪いけど中継も全てカットさせてもらったよ」
「私のことをもっと報じなさい!私の美しさを皆に知らしめなさい!」
ヒナが返した言葉に、アテナはそれまで浮かべていた穏やかな女神の仮面をかなぐり捨てた。
そして狂気に満ちた表情で叫ぶ。
その言葉は……前日アフロディーテの口が語った言葉と同じだった。
ヒナは頭を振ると静かに言う。
「残念だけど、それは無理だね。貴女にはミス・ギャラクティカになる資格は無い」
「どうして!私が一番美しい!この顔は、この体は!一番優れていると皆が言っている!」
「そうだね。本来のアテナ……ソレアーダなら、ミス・ギャラクティカになれただろうね」
「女神の名は仮の名、ならどの名前で誰が優勝しても同じ!『私』が美しいことが重要だ!」
「美しい?あなたは美しくなんかないよ……アンジェラ。いえ……獣魔将アンジェラ、と呼んだ方がいい?」
「貴様……なぜ、その名を!」
獣魔将。
それはヒナが惑星トーエイで知った、ゲルゲム団の幹部達に与えられた称号。
獣魔将は人を喰らい、その姿と記憶を奪い、喰った人間の殻をかぶって「擬態」する。
フォトナイザーであるケンの師、モリヤマがそうされたように。
おそらくクレオも、ジュリアーナも、そして……ソレアーダも。皆、姿と記憶を喰われたのだ。
13年前、トーエイを逃れたアンジェラは難民などではなかった。彼女は先代フォトナイザーによる討伐を逃れた、無名の幹部だったのだ。
ヒナの言葉が正しかったことは、彼女が投げつけた審査員用の椅子が猛烈な速度でアテナに衝突し、アテナの姿がまるで砕け散るように崩壊したことで証明される。
姿を現したのは……美貌の女神とはまるでかけ離れた、奇怪で醜い怪人の姿だった。
惑星トーエイを巡る事件については
本作のスピンオフ元である「少女は大宇宙で虹と歌う」
第3部4章『凝晶!宇宙シェリフ・フォトナイザー!』
https://ncode.syosetu.com/n0802lr/484/
および
インターミッション『その名はフォトライザー』
https://ncode.syosetu.com/n0802lr/529/
にて語られています
特に後者のインターミッションはヒナが主役で活躍し、「悪の力」を手に入れる切っ掛けとなった事件です




