#5
個人情報の秘匿を求められるコンテストにおいて、自らの名を晒すことはルール違反ではないまでも、かなりの信頼を勝ち得ていない限り聞き出し得ない情報であることは間違いない。
PGNの記者であるヒナが、ごく短時間でアテナの、ソレアーダの信頼を勝ち得たことにケヴィンは二の句が継げなかった。
「ケヴィンさん、クレオの事は知ってますか?」
「クレオさん……ええ。アテナのご友人ですが、予選に参加せずに帰ったようですね」
「いいえ。参加してますよ、彼女」
「え?」
「ファイナリストにも名を連ねていますよ」
「馬鹿な。ヘラもアフロディーテも、明らかにクレオさんではない」
女神の仮面を纏ったことで、どうやらクレオは自らの正体を偽ることに成功しているらしい。
ヒナはそう思いながら……彼に告げた。
「アフロディーテがクレオです」
「ありえない。外見も、体格も、性格も、声も……全部違う。PGNお得意のでっちあげですか?」
「いえ。ワタシがこの話を聞いたのはアテナからです。ごめん、事後承諾だけど……話しても良かったかな?」
振り返ったヒナは、薄く開いたアテナの控え室に向かってそう声を掛けた。
扉が閉まる前に一言だけ言葉が聞こえた。ケヴィンさんになら、と。
その言葉はつまりヒナの話した事が真実――少なくともアテナが、クレオの友人であるソレアーダが真実だと信じていることだと告げていた。
「意味がわからない……だが、彼女がそう言っている?」
「オフレコでお願いしますね、報道記者さん?」
「……貴女は、本当にPGNの記者なのですか?」
「ええ、ワタシは女神の秘密を探りに来た人間ですよ?」
その言葉に偽りはない。なにせショーコはそう言ってミッションを押しつけてきたのだから。
仮面の下で笑みを浮かべながらヒナはそう思った。
アフロディーテがクレオと別人であるということは、ソレアーダの言葉だけでなくケヴィンの目と言葉からも裏付けが取れたことで、アフロディーテの正体についての疑念はさらに深まったとヒナは思った。
ミスコン運営にはギルド関係者も含まれていたため、正体開示後の情報取得は比較的容易に進んだ。
だが、得られた情報は事件の不可解さを増すばかりで、ヒナは頭を悩ませた。
まず彼女が入手したのはクレオの情報ではなく、ミスコン会場から退場しなかった2名の人物についてのパーソナルデータだった。
1人目はアンジェラという名前の、黒髪で少し地味目な女性。
小さな町や田舎であればそれなりに美人と評せられるだろうが、ミス・ギャラクティカの会場では正直埋没するレベルの容姿だとヒナは思った。
彼女のステータスはミスコン会場へ入場した時点で更新が止まっている。つまりアンジェラは会場に入った後、ミスコンにエントリーしないまま姿を消しているということだ。
彼女の出身は約13光年離れた……惑星トーエイ。
その名に、ヒナは引っかかりを感じた。トーエイは先頃ヒナも訪れたことがある、ケンの……フォトナイザーの故郷だ。
自身もフォトライザーのシステムを手にしたことから、ヒナはトーエイの歴史やコンバットスーツが開発された経緯について一通り調べていた。
その情報から、アンジェラが星を離れたであろう13年前というのは、ゲルゲム団なる怪人組織が猛威を振るっていた最中で、アンジェラは難民だった可能性が高いとヒナは考えた。
なら、アンジェラは難民としてたどり着いたはずのミスコン会場に恐れをなし、エントリーせずに何らかの方法で立ち去ったということだろうか?
二人目の行方不明者はジュリアーナと言う名前の女性だ。
名前の下に記載された、数十光年離れた惑星の名前を見たヒナは、ヘラと同種のミスコンにかける狂気を想起した。
たが、データをスクロールさせて彼女の写真が表示された瞬間、視線はジュリアーナの顔写真に釘付けになった。
これは……アフロディーテだ。
どこからどうみても、ジュリアーナの顔はアフロディーテ本人にしか見えない。
慌てて彼女のステータスを確認すると、会場入りからエントリーまでは行われているが、彼女は予選審査には参加せず消息を絶っていることが判った。
これは……どういうことだろう?
もしジュリアーナがアフロディーテの正体だとしたら、何故彼女はクレオの名を名乗っている?
ヒナはその行いに合理的な理由も、意味も見出すことが出来なかった。
しばらく思案した後、ヒナはミスコン運営に対してどのように本人確認を行っているのか問い合わせを行った。
その結果、エントリー時にバイタルスキャンを実施し、外見を容易に変えられる機族ではないことと、整形の有無をチェックしているということ……つまり、明確に本人であるかどうかの確認は行われていないことを知った。
つまりミス・ギャラクティカというコンテストは「個人」を見ているのではなく、ただ「美しさ」だけを見ている。
その事実こそが、ヘラのような狂気じみた執着を生んでいる根源なのではないかという考えに至り、ヒナは憂鬱な気分になった。
ヒナは最後にクレオの情報を確認した。
ソレアーダはクレオと共にコンテスト会場入りしたと証言し、ケヴィンはクレオが予選に参加せずに帰ったと口にした。
だが、クレオのステータスは入場、エントリー、予選を経た上で、間違いなくファイナリストに進出したと記録されている。
そのステータスはすなわちソレアーダが言った、アフロディーテはクレオであるという言葉が妄言などではなく事実であると裏付けるものだった。
だが……エントリー情報をスクロールさせ、映し出されたクレオの素顔は、ソレアーダとツーショットで写っていた、少し気弱そうな表情を浮かべた女性のそれだった。
「誰がどう見てもエントリー写真と違うのに、どうしてこれでファイナリストに残れるの……?どういうザル審査なのよ」
ヒナは憤慨するが、それに答える者はいない。
メイクとか、整形とか。そういうレベルのものではない。
ジュリアーナとクレオの写真を並べて見比べたヒナは、それが荒唐無稽な妄想に過ぎないと理解しながらも、2人の人格が入れ替わったとしか思えなかった。
そして……この件とは直接関わり合いがないように思えるアンジェラという女性。彼女もまたこの不可解な事態になんらかの関係があるのだろうか?
そんな事を思いながら、ヒナは運営本部を後にした。
メディア関係者に割り当てられた宿舎へ向かうヒナを三度男が待ち構えていた。
ケヴィンの姿を目にしたヒナは、今度は先に声を掛ける。
「SNNの報道記者さんが、三流タブロイドメディアに何かご用?」
「……すまない。だが、少し君の手を借りたいことがある」
ヒナの言葉に、ケヴィンは少し困ったような表情を浮かべた……のだろうとヒナは思った。
だが、彼の表情はバウタで隠され伺い知ることはできない。
「会場で、血痕が見つかったんだ」




