#4
「少しだけ、お話いいですか?」
「ええ、私の方はお話を聞けるのは歓迎ですが……」
「できればオフレコに。PGNの方だと難しいですか?」
「いえ、ワタシはひと味違いますので。女神に誓ってオフレコを守りますよ」
ヒナの言葉にアテナは微笑みながら、自身の控え室にヒナを誘った。
ヒナは一瞬、通路の先に視線を送ったが何も言わずにアテナの部屋へと入る。
控え室に鍵を掛けたあと、アテナは言った。
「アフロディーテの事なんですが……できれば、あまりニュースにして欲しくなくて」
「ライバルのメディア露出を防いで有利に事を運びたい、と?」
ヒナはアテナの意図がそうではないと知りながら、あえて彼女が利己的な理由でそう依頼しているのかとカマを掛けた。
だが、ヒナの言葉にアテナは頭を振る。
「違います。そうじゃないんです……理由は話せませんが、あの子のためにも今の状態を公にしたくないんです」
「あの子というのはアフロディーテの事ですか?」
「……ええ」
どうやらアテナは何かを知っている。
だが、PGNの記者という立場では、おそらくアテナはそれ以上の事を語ろうとしないだろう。
少し逡巡してから、ヒナは口を開いた。
「では、これから明かすワタシの秘密について口をつぐんで頂けるなら、アフロディーテの事を報じないと約束します。取引、受けて頂けますか?」
「え?……ええ」
怪訝げな表情を浮かべるアテナに対して、ヒナは胸元からギルド章を取り出して掲げてみせた。
黒水晶のペンダントが意味する事は、どの惑星のどんな住民でも知っている。
それはヒナがギルドの人間、それも重要な役職に就いているという証であったから。
目を大きく見開いたアテナに対してヒナは静かに告げた。
「ワタシの名前はヒナ・カイラニ。ギルドの特命監察官です。アフロディーテについて、そしてこのミス・ギャラクティカに潜む謎について調査する任務を帯びて派遣されました」
ヒナの言葉にアテナの顔に浮かんだ驚きが理解へ、そして決意へと移り変わる。
ヒナが秘密を守ると再度約束したことで、アテナは自分の本名はソレアーダで、ヒナの予想通りセラムの出身だと名乗った上で、アフロディーテの秘密について告白した。
「アフロディーテ……本名はクレオというのですが、彼女は私の友人なんです。でも今の彼女は名前がクレオなだけで、見た目も、性格もまるで別人になってるんです」
その言葉は、ミッション情報にあったアフロディーテの外見が別人のものであるという情報に合致していた。
だが、外見だけでなく性格も?
確かにミス・ギャラクティカのファイナリストは個人情報が伏せられているし、事前審査にあたり提出されたエントリーシートには外見を示す写真は添付されているが、性格までは記載されていないはず。
なら……ミスコンの運営も、ギルド広報部も、性格が変わったことまでは気づけなかったと言うことだろうか。
そう思いながらもヒナはアテナ……ソレアーダに確認を行う。
「ミス・ギャラクティカという舞台で緊張したり、舞い上がったりしている可能性はないですか?これだけの大舞台ですから……」
「いえ、クレオはとても消極的で、コンテストにも他薦で無理矢理応募させられていたんです。予選会場で会ったときは早く脱落して帰りたいと言ってたんですが……」
そう言ってソレアーダが示した「クレオ」とのツーショット写真に写っているのは、今のアフロディーテとは似ても似つかない茶髪の女性だった。
確かにクレオは美しい顔つきをしているが……それ以上にヒナは気になったことがあった。
「体格、変わってませんか?」
「ええ、それは私も気になっていました。明らかに……その、バストサイズが大きくなっていますし」
そういうソレアーダ自身の胸は豊満だが、ツーショット写真に写るクレオの体型は非常に控えめなもので、先ほど直接会ったアフロディーテの体型とは明らかに違っている。
むしろ今のアフロディーテの体型はソレアーダに近いと言えるだろう。
「なら、今のアフロディーテはクレオの名を騙っている、と?」
「そうとしか思えません。でも……」
「匿名のコンテストで、他人の名を騙る合理的な理由はない」
「……はい」
結局疑問は解決されぬまま、ソレアーダは再びアテナへと戻り、ヒナは彼女の控え室を退去した。
アフロディーテがクレオの名を騙っているのだとすれば、彼女は一体何者だ?
それを知るためにはコンテスト参加者のパーソナルデータを知る必要がある。
そのためには……。
いくつか情報へのアクセス方法を検討したヒナだが、ため息と共に正攻法が一番無難だと結論づけた。
ショーコからは潜入ミッションだと念を押されたが、既にアテナには正体を明かしたことだし、今さらミスコン運営に正体を明かしても問題にはならないだろうと考えて。
「PGNの記者さん」
思索にふけりながら歩いていたヒナは、呼びかけによって現実に引き戻された。
妙な呼びかけだと思ったが……そう言えば自分は相手に名乗っていなかった事に思い当たり、ヒナは男――ケヴィンに対して答えた。
「ヒナです。あいにくとビズカードは切らしていて」
「そういう所、まさにPGNの記者らしいですね」
「嫌味を言うために呼び止めたんですか?それともストーカーですか?」
「まさか、そんなことは」
「……でも、見てましたよね?私がアテナの部屋へ招かれるの」
そう、ヒナがアテナの控え室へ招き入れられた際に、通路の奥の暗がりに身をひそめるようにしていたケヴィンの姿を目撃していたのだ。
「気付いておられたのですか?これは二重の意味で意外でした。まさかアテナがPGNの記者を自ら招き入れるとは……」
どうやらケヴィンは自分に興味を抱いているのだとヒナは思った。
初対面時のやりとりは正直な所失敗だったと思っていただけに、挽回のチャンスが訪れたことはヒナにとっても好都合だ。
しばらく言葉を交わすと、やはりケヴィンはPGNの記者である――と思っている――ヒナがアテナの信頼を勝ち得たことに疑問を持っているようだった。
そして話の端々に浮かぶ、アテナの人となりに対する理解。もしかしたらケヴィンはアテナの知人なのかもしれない。
そう考えたヒナはケヴィンにその疑問をぶつける。
「友人とまではいきませんが、知人であることは事実です。私はミス・ギャラクティカ担当ですから、セラム出身の有力候補にはコンテスト前から追跡取材をしていますので」
「なら、アテナの素性も?」
「もちろん知っていますが……PGNの記者には開示できませんよ」
「ソレアーダ」
「なっ……まさか、彼女が……?」
仮面の下で驚愕したように目を見開いたケヴィンに、ヒナはただ頷いて見せた。




