#3
丁寧だが有無を言わさぬ口調でそう問うのは、ヒナと同じくバウタを付けた男性。
声のトーンからすれば……30代半ばだろうとヒナはあたりを付けた。
物腰は柔らかく、口調も丁寧だが身につけている服装はミスコン運営の制服ではなく、ヒナと同じ系列の……つまり外部関係者の衣装だ。
スタッフでもない人間が誰何してくることを不審に思いながらも、ヒナはあくまでもにこやかに答える。
「ええ、ここに」
「……PGN?」
マスク越しでも明らかに男性が不快に感じているであろうことが伺い知れた。
ヒナは内心で彼の感覚に同意するが、一方で今の彼女が纏っている仮の身分はPGNの記者だ。
面倒な事になったと思いながらもヒナは平静を装って言葉を続けた。
「ええ。それが何か?」
「このミス・ギャラクティカはセレムの象徴たる神聖な催しです。外部の……それもタブロイドメディアの無思慮な質問でファイナリストたる女神達の心を掻き乱されては困ります」
「……それは、どういう立場でのご意見ですか?」
ヒナの冷たい言葉に男は一瞬舌打ちすると、お仕着せの衣装から名刺入れを取り出した。
どうやら、顔だけ隠せば身元を名乗ることは許されているらしい。
ヒナがそんな事を考えていると男は、香水を染みこませたとおぼしき紙片を差し出した。
そこに記されていたのはセラムニュースネット社会部記者という肩書きと、ケヴィン・グレイスという名前。つまり彼は現在のヒナにとって同業者にあたる人物という訳だ。
名乗りと共に差し出されたビズカードを受け取りながら、ヒナは言う。
「他社の方が取材規制を?独占配信ではなかったと思いますが」
「惑星セラムの顔とも言える式典を守るのも、我々メディアの務めです。ですからあなたには自重をお願いしているのです」
どうやら何か法的な根拠のある横やりではないようだが、メディアと揉めるとこの後の動きが取りづらくなる。
そう考えたヒナはケヴィンという記者に対する対応を熟考した。
「別に、問題を起こす気はありませんよ。地元ニュースに出演したくはないですから」
「ええ、普通のメディア記者であればそうでしょう。ですが貴女は『あの』PGNの記者です。女神達が貴女の質問で心を乱された結果、涙を見せたりすれば、それだけで配信記事は再生数が跳ね上がるでしょう。そして、PGNはそういうことがお好きだと聞いています」
ケヴィンが言うことはもっともで、PGNは実際にそういう行為で再生数を伸ばすことを厭わないダーティなメディアだ。
今ヒナが背負っている汚れた看板に対する評価としてケヴィンの言葉は妥当なものだが、それはヒナ自身にとっては全くの濡れ衣でしかない。
一瞬、いらついたヒナは思わず余計な一言を口走ってしまった。
「メディアとは少なからずそういう要素を持つものでは?」
「ええ、それは否定しません。ですが少なくとも我々SNNはそれを報道とは呼ばない」
「ご立派な報道記者さんの忠告は賜りました。ですが私も仕事ですので」
そう言い残し、ヒナはケヴィンの横を通り過ぎようとする。
ケヴィンは事を荒立てる気はないのか、それ以上は何も言わず制止もしなかった。
内心では余計なトラブルの種を背負い込んでしまったと反省しながら、それでもそのネガティブな思考は仮面の奥に隠し、ヒナは控え室へと向かう。
――ヒナは控え室エリアの片隅で壁にもたれ掛かり、「インタビュー」の結果を吟味していた。
アテナは下馬評通り、赤毛のボブカットがよく似合う聡明で、外見と内面に優れた女性だった。
ヒナがPGNの記者であると名乗った際に一瞬だけ眉をひそめたものの、その後はにこやかに取材に応じたところからも彼女の対応力の高さが窺えた。
個人情報に関する取材はNGだと事前に念押しされていたが、ヒナは彼女の好きな食べ物を問うことでセラム固有種の果物が好きだと答えたアテナがこの惑星の出身であると見当を付けた。
ヘラは長い銀髪が特徴的な女性で、ヒナがPGNの記者だと名乗るとあからさまに軽蔑した視線を向けた。
だが、それでもヘラは取材に応じたが……ヒナのふとした発言でヘラは激高した。
「私はこのミス・ギャラクティカに命を懸けている!」その言葉が意味する内容を理解したヒナは呆れると共に戦慄した。
ヘラは……いやヘラだけではない。パリスを直接訪れた多くの予選参加者は、それぞれの故郷から冷凍睡眠を使ってこのミス・ギャラクティカ会場へ乗り込んでいたのだ。
亜光速航行で長距離を航行する裕福な旅客は低代謝薬と呼ばれる、生体時間を鈍化させる薬品を用いて体感的な旅行期間を圧縮する。
だが低代謝薬は極めて高価であり、豪華客船が就航している路線も限定的だ。
なので一般的な亜光速の恒星間旅行は冷凍睡眠という、数パーセントの死亡リスクを伴う方法によって行われる。
そして仮に冷凍睡眠で無事に蘇生できたとしても、数年、十数年、場合によっては数十年の時間を要する亜光速航行を行えば、故郷の星と当人の間に生じる時間の遅れによって刻の流れに大きな差が生じてしまう。
つまり、ミスコンに勝とうが負けようが、故郷の人間関係は全て断ち切られてしまうのだ。
要するにヘラをはじめとしたコンテスト参加者の多くは、自らの美を証明するために命のリスクを背負い、全ての人間関係を投げ捨てる覚悟でコンテストに参加している。
その事実を知ったヒナは、激高するヘラの表情と共に……このコンテストに参加する女性達が美という名前の狂気に犯されているのではないかと感じた。
そして最後にインタビューを行ったアフロディーテ。
やはり彼女は異質だった。
ウェーブの掛かった輝く金髪。整った容姿。
その全てを台無しにする、美への執着ともみえる言動。
ヒナがPGNの記者だと名乗った瞬間、アフロディーテは叫んだ。
「私のことをもっと報じて!私の美しさを皆に知らしめて!」と。
その言葉は、妄執とも言えるヘラの狂気とはまた別種の狂気を感じさせるもので、ヒナはミス・ギャラクティカというイベントの闇が狂気の色で染まっていることを改めて理解した。
結局、アフロディーテとはまともな会話が成立しなかったこともあり、知りたかった情報を何一つ得ることができなかった。
彼女は一体どのような来歴なのだろうか?
だが、その答えは意外な所から得られた。
狂乱するアフロディーテの控え室から退出したヒナの前に、アテナが立っていたのだ。




