#2
機動要塞パリス。機動要塞と名を冠せられる宇宙構造体の多くは、ギルドの拠点であるオラクルXVIIIと同じ様に巨大なものばかりだ。だが、パリスはそれらと比較すると小型といって良いものだった。
一方でパリスは外見も内装も、通常の機動要塞、すなわち宇宙で運用される人工施設とは大きく違っていた。
まるで古代神殿のような優美な外観。内装もまた、有力な化粧品メーカーが複数存在する惑星らしく、美をテーマとした女性的な装飾でまとめられている。
軌道ステーションとしての機能はパリスの外殻に集中しており、パリス中央部に位置するミス・ギャラクティカ会場……美の神殿とも呼ばれるエリアとはいくつかの連絡通路でのみ接続された半独立構造になっている。
平時であれば美の神殿は一般開放され、高額な利用料を支払えばイベントや結婚式等でも利用する事が可能だそうだが、3年に一度のミス・ギャラクティカ開催期間中は関係者以外は立ち入る事すら出来ない、「美の聖域」として扱われるのだという。
セラムの入星ゲートで手続きを終えたヒナは、ギルド係員からそのような説明を受けて嘆息した。
ヒナは自身が本気でメイクすればファイナリストに名を連ねることが出来るレベルの美女であるにも関わらず、基本的に化粧などを用いた人工の美に対する興味は薄い。
彼女にとっての美とは、故郷ミラジュミナの美しい海と空のような自然の美であって、人間が手を加えたものではなかったからだ。
それにアリサという天界の美を知る者として、人間が下界でいくら美を競っても意味は無いと冷笑的に捉えていた部分もあったから。
それ故に美の神殿、美の聖域、美の女神を名乗るファイナリスト達に……ヒナは心の奥底で引っかかりを感じていた。
だが、任務は任務だ。
そう思い直したヒナは、ショーコから送られてきたメディア「パンギャラクティカニュース」、略してPGNの所属記者であることを証明する取材パスを示し、美の聖域へと乗り込んだ。
パンギャラクティカニュース。
その名前を見た時ヒナは眉をひそめた。
そのメディアは実在するニュースメディアであり、ヒナにも関わりがあったからだ。
惑星アーレスでの一件でヒナの制止を振り切ってまでアーレスの取材を続け、そして賢明な2名の若手を除いて全滅したメディア船の記者達が所属していたニュースメディア。
ショーコが偽装パスを用意するにあたりPGNを選んだのはヒナに対する何らかのメッセージなのか、それとも職業倫理観の薄いPGNから金銭で取材パスを譲り受けたのか……。
理由はともかく、PGNのパスをぶら下げることは、ただでさえ低かったヒナのテンションをさらに1段階引き下げることになった。
「入場は関係者のみとなっています。身分証の提示を」
「記者です。はい、取材パス」
「PGN……ああ。問題を起こさないように」
美の神殿の入場チェックを行っていた係官が余計な一言を付け加えてきたことも気に入らなかった。
だが、係員の言いたい事も判る。
「火のないところに火付けして煙を立たせる」
「誤報のデパート」
「エンタメ系創作ニュース」
そんな俗称で、まっとうな人間からは忌み嫌われる、再生数稼ぎのためなら脱法行為も平気で行う三流タブロイドメディア。
それがPGNの社会的評価だから。
「ギルドの旗印を掲げるのは好きじゃないけど、三流タブロイドの旗印はもっと嫌だなぁ……」
ヒナがそうぼやくのも仕方のないことだろう。
美の神殿へと入場したヒナは、会場の手前にいた硬質的な仮面を身につけた係員から同様のマスクを手渡された。
「これは?」
「バウタと呼ばれるマスクです。この中ではコンテスト参加者以外は素顔を晒さない決まりになっています。……特にあなたのような美しい人は、素顔を見せない方が良いですしね。あと服装も。スタッフ用の衣装を用意していますので、中で着替えを」
係員の言葉に少し引っかかりを感じながらも、ヒナはバウタを受け取り、用意された装飾の少ない黒服を身につけた。
まるで仮面舞踏会のようだ。ヒナはそう思った。
だが、素性を隠し自らを解放するマスカレイドとは異なり、この会場には欺瞞と隠蔽の匂いしかしない。
行方不明になった2名の予選参加者も、バウタを身につけてこの会場に身を潜めているのだろうか?
もしそうだとしたら、何故、何のために?
ーー謎と共に、美の祭典が幕を開けようとしていた。
軌道ステーション部分と同様、美の神殿部分にも0.5Gの疑似重力が設定されていた。
この場所は宇宙に不慣れな客が使う頻度が高いため、可能な限り地表と同じ環境を再現しようとしているのだろう。
そんな事を考えながら目を通していた、係員に渡されたスケジュールの情報によれば……今は最終審査の直前。
ファイナリスト達が、審査員とオンライン視聴者達に行う最後の機会であるプレゼンテーションは翌日の正午に開催されることになっているらしい。
ヒナが到着した時間帯はファイナリスト達も一通りのイベントが終わり控え室でくつろいでいるらしく、ニュースメディアが取材を掛けるには丁度良い時間帯だとヒナは判断した。
事前に確認した下馬評では、今年のファイナリストの中でグランプリ最有力候補と目されるのがアテナで、2番手がヘラ。問題のアフロディーテは3番手だ。
それぞれ素性は伏せられているが、アテナは明るい性格と日だまりのような暖かさを感じさせる美女。
外見的にも、内面的にも評価ポイントが高いらしい。
ヘラはクールビューティ系の美女で、どことなく仕事モードのアリサに似ているとヒナは感じた。
ただ彼女は言動がややつっけんどんな事もあって、アテナの後塵を拝しているらしい。
3番手のアフロディーテは……見た目的にはおそらく3人の中では一番美しいのだが、どことなく作り物めいた美であるようにヒナは感じた。
審査員達の評価も概ね同じらしく、その事が理由で視聴者の支持も低いらしい。
「見た目と順位が逆転してる?見た目だけじゃ美貌の女神にはなれない、ってことか」
ヒナはそう呟くが、その言葉に皮肉の色は見えない。
なにせ彼女が信奉する女神は見た目も、内面も。なんなら戦闘力も、家事能力に政治力までも完璧だからだ。
美貌の女神を名乗るなら、マルチな……いや万能な才能を持つべきだと思いながら、ヒナはアテナの控え室へと向かう。
だが、控え室が並んだエリアに足を踏み入れようとしたヒナを呼び止める者がいた。
「失礼ですがあなた、取材パスはお持ちですか?」




