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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #7『美貌の女神』パリス-醜美の衛星
53/62

#1

 トロイアでの悲劇的な出来事。

 明かされなかった謎。

 その二つにより精神的な疲労を感じたヒナは、一方的に返上させられた休暇の再取得を申請した。

 エリスの仇を追うにしてもまず自分がコンディションを整えねば効率が悪いと考えて。


 だが、休暇申請に対する回答は監察部の事務担当からではなく、なぜかショーコから戻ってくることになった。


『休暇は却下や!』

「ワタシ、戦闘任務してきたとこなんですけど。却下理由を開示してください」

『そんなんウチが知る訳ないやん。でな?次のお仕事や』

「どうして休暇申請の返答が新任務なんですか……もしかしてギルドってブラック企業ですか?」

『何いうとんねん、うちは黒水晶(モーリオン)ギルドやで?ブラックに決まっとるやろ!』


 笑うに笑えないショーコの言葉にヒナは嘆息するが、呆れ気味に応じながらも視線の端でショーコの表情を観察するのも忘れない。

 この脳天気でいい加減に見える女性は、もしかすると強大な敵――あるいはその手先――なのではないかという疑念をヒナは拭えなかったから。


「それで、任務というのは?」

『お、やる気になったか?美貌の女神サマの秘密を知りたいんや!女神の秘密はウチの役に立つかもしれんさかいな!』

「なんですか、それ。そもそもショーコの私的な依頼ならお断りです」

『ちゃうで!正式な任務や!ほら、ミッションデータもあるで!』


 ショーコがそう言うと、オンブルにデータが送信される。

 確かにそこに記されているのは、監察部の分析官が評価承認した正規の任務指令だった。


「ギルドが管理する機動要塞で開催されている……ミス・ギャラクティカの監察……?なに、これ」

『見ての通りや。潜入ミッションやから正体バレんように注意してな?あと、メディア用のパス用意したらそれ使こうてくれてええで。じゃ、ヨロ!』


 相変わらず気軽な様子でショーコはそう言い、通信は一方的に切断された。


「……休暇を申請しただけなのに、どうして……」


 そう呟くヒナの声は誰の耳にも届かなかった。


 ミッションデータを展開したヒナは、生真面目な彼女にしては珍しく面倒そうな表情で記された情報の確認を行った。


 ミス・ギャラクティカ。


 ヒナもそのイベント自体は知っていたが、正直なところ美を競う事にヒナはあまり興味がなかったからだ。


 資料として添付された「来たれ!美の女神達!」と記されたイベントの開催告知――どうやらギルド広報部の作ったものらしい――をジト目で見ながら、ヒナは独りごちる。


「こんなコンテストを開かなくても美の女神が誰かなんて(アリサ様だって)こと、わかりきってるのに」


 そうは言っても仕事は仕事だ。

 ヒナはうろ覚えだったミス・ギャラクティカについての背景を確認する。


 ミスコンが開催される舞台は機動要塞「パリス」。

 惑星セラムの衛星軌道上に存在する宇宙構造体で、セラムの軌道ステーションを兼ねている。


 元々セラムは化粧品の製造で有名な惑星であり、ミスコン自体もセラムの惑星内イベントとして長く行われていたものがの起源であると資料には記されていた。

 だがミスコンの様子やファイナリスト達の容姿は、セラムで作られた化粧品のプロモーションを兼ねて銀河に配信され、頂点に立つミスコン勝者はセラムの広告塔として銀河的美女というやや誇張された形でその姿を銀河中で周知されるようになっていった。


 むろんそんなイベントがあれば各惑星の美女達も黙ってはいない。

 己の美貌に自身のある女性達が我こそはとセラムを訪れるようになったことで、何時の頃からかイベントはセラムのローカルイベントではなく、銀河的なミスコン……つまりミス・ギャラクティカへと自然的に規模が拡大されていったらしい。


 ミス・ギャラクティカは3年に一度開催されるイベントだが、ギルドがこの件に関与するようになったのは6年前の前々回イベントからだと資料には記されていた。

 それまではパリスで予選と本選が行われていたが、ギルド広報部の関与によってリモートでの予選と、パリスでの本戦……オンブルを使った送迎サービスが行われるようになっていたのだ。


「いや、オンブルってギルド秘なのに……こんな事に使ってるの?」


 ミッションデータを見ながらヒナが言うのももっともだ。

 だが、ミッションデータにはギルドが協賛するようになった背景として、ミス・ギャラクティカはセラムの化粧品だけでなく、ギルドのプロモーションにも参加することになっていると記載されていた。

 どうやらヒナが知らない間に、このイベントはギルド広報部肝いりの一大事業と化していたらしい。


 今年の予選はすでに終了しており、選ばれたファイナリスト達は3名。

 出自によって評価が左右されないよう、ミスコンエントリー者の個人情報は対外的には伏せられ、それぞれがヘラ、アテナ、アフロディーテという仮名を名乗っている……らしい。


 背景を確認し、ミス・ギャラクティカについて興味は無いまでも理解は出来たヒナは、続けてミッションの本筋に目を通した。

 そこに記されていたのはミスコンという華やかな舞台には不似合いな、不穏な空気が感じられるものだった。



 まず、参加者の1人であり3名のファイナリストの中では下馬評3位のアフロディーテの容姿が過去に確認された本人の容姿と全く違っていて、整形手術の疑いが掛けられていること。

 ただし事前に実施されたバイタルスキャンの結果、手術痕は一切発見されなかったためアフロディーテはミスコン参加資格を喪失していないものの、疑惑は解消されていない状態らしい。


 そしてもう一つ。

 パリスへ直接乗り込んで現地予選に参加した478名のミスコン予選参加者のうち、2名が予選終了後も会場から退場した記録が残っていないということだ。


 ミッションデータは監察官の判断に余計なバイアスを掛けないよう、判明した事実以外のこと……憶測のようなものは記載されていないが、それでもヒナはこの2名が行方不明であるという認識を持った。


「なるほど、美貌の女神の秘密……か」


 ショーコの言葉は言い得て妙だと思いながら、ヒナはオンブルの航路をパリスへと向け、超光速航行で跳んだ。


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