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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission#6『殺戮の女神』トロイア-傀儡の惑星
50/62

#7

 被害者に関する調査が一段落した頃、ショーコからのメッセージが届いた。

 本文には何も記されていなかったが、メッセージは資料として論文のようなものが添付されている。


 ヒナはアカデミーの学位を持っていないので内容の詳細まではわからなかったが……斜め読みした結果、これが非常に重要な資料である事に気が付いた。


 その論文は「サイバネティック義肢による神経フィードバックが高次認知機能に及ぼす影響の実証的研究」と銘打たれたもので、義肢装着者の思考に対して義肢側から働きかけを行うという構想についての仮説と、その基礎実験のデータが記されていた。

 研究目的としては身体部位を欠損し、戦闘に対するPTSDを発症した兵士を戦場へ復帰させるため義肢からの神経フィードバックによって恐怖や苦痛を制御し、洗脳に近い形で強制的に戦闘へ駆り立てるというものだった。


 それはあまりにも非人道的な研究で、それ故に科学ジャーナルはこの論文に対する査読結果を、研究倫理に反しているという理由で掲載拒否(リジェクト)としていた。


 この論文の執筆者はもちろんゴードンで、科学ジャーナルがリジェクトを決定したのは3年半前。

 この論文を見て、ヒナは2つのことに着目した。


 1つ目はおそらくこの論文がピアースの手に渡り、論文が提唱する理論についての実証実験(・・・・)のためにゴードンが人目に付きにくいギルド直轄地、つまりトロイアへ派遣されたであろうということ。


 もう1つは……科学ジャーナルが掲載拒否し、世間から抹消されたはずの「存在しない論文」をなぜかショーコが手に入れていたという奇妙な事実についてだ。


 さらに論文を読み進めると、発光現象についても言及があった。

 義体各所に内蔵された制御用のC3に洗脳用データを分散配置し、仮に義体の一部が破損して洗脳が維持できる構造になっていること。

 そして神経フィードバックを発動する際はエネルギー消費が高まるため、C3が発光現象を引き起こすことがゴードンの論文には記されていた。


 つまり……エリスのあの発光現象は、彼女の自我や思考が全身義体から責め立てられていた印だったのだ。

 しかもこの洗脳処理が行われると自我や思考が少しずつ磨耗してゆき、最後には完全に洗脳状態が解けなくなると記されていた。

 ゴードンはこれを「再教育」と位置づけ「感情すらロジックでコントロールできる」と自画自賛していた。


「なによ……これ。……こんな事、許される訳がないじゃない……」


 ヒナはエリスのことを想い、そして彼女の精神を苛んだ義体に憤りを感じた。

 だが、義体……?ふとゴードンの論文に目をやると、論文中に登場する義体は全て「軍用義体」と記されている事に気が付いた。

 それは当然だろう。兵士が装着する軍用義体は耐久性も性能も民間のものとは異なるレベルのもので、戦闘を視野にいれるなら軍用義体以外の選択肢はなかったのだから。


 なら……エリスの義体は?

 ギルドは貴重なシンガーの血を持つ職員の身を守るため、医療技術に力を入れている。

 特に辺境の資源惑星のような、鉱山事故が発生する可能性の高い場所には先端医療技術と共に最高級の義肢も配備されているはずだ。

 だが……それはあくまでも民間用としての最高級であり、軍用モデルと比較すると、性能も価格も大きく異なるものだ。


 一方でヒナが対峙したエリスの義体がみせた運動性能は、明らかに民間用義体の範疇を超えたものだった。

 そもそも民間用には仕込みブレードなど組みこまれていないし、能力的にも常人を超える力を発揮する必要などありもしないのだから。


 つまり、エリスの義体はギルドが本来扱っていないはずの軍用義体だった可能性が高い。

 ……なら、その義体はどうやって調達した?

 調達経路については闇マーケットいう選択肢があるにせよ、ギルド直轄地で公的な治療用として用いるには予算が……。

 予算?


「マリーローズ!そういうことか!」


 そこまで考えたヒナははたと手を打った。

 そう、マリーローズには「横領」の噂があった。もしそれがゴードンの罪だとしたら……ゴードンは直轄地の資金を不正流用し、本来は必要とされない高額な軍用義体を購入していた可能性がある。

 なら、そこから調査を始めればゴードンがこの星を、そしてエリスを実験に使っていたことを証明できるかもしれない。



 直轄地を運営する開拓本部の管財課へ向かったヒナは、思いがけない事実を発見した。

 ギルド章を提示し、義体購入履歴の情報を求めたヒナは情報が纏まるまでには少し時間が掛かるだろうと考えていた。

 だが担当した係員は即座に情報を提示したのだ。


「……ずいぶんと早い、ですよね?」

「ええ、以前ジョフリーさんが同じ事を聞きに来られたので、とりまとめた資料が残っていましたから」


 ジョフリー。それは2番目の被害者である、マリーローズ殺人事件を追っていた保安部の捜査員の名前だ。

 つまり彼はマリーローズと彼女にまつわる横領の噂から、義体の購入に問題がある可能性にたどり着いたのだろう。


 そして、ゴードンが秘匿していた真実に近づいた結果……彼はマリーローズと同じように消されたのだ。


「……優秀な捜査官だったんだね」


 ヒナは顔も知らぬジョフリーという捜査官に哀悼の念を抱いた。彼の仇を討つためにも、この事件はなんとしても解決しなければ。

 そう、そしてそのためには……彼が集めた捜査情報を引き継ぐのが一番だとヒナは考えた。



 保安部のオフィスを訪れ、ジョフリーが使っていた端末を確認したヒナは、彼が義体にたどり着くまでに追っていた情報に首をかしげた。

 そこに記されていたのは3名の名前。

 それらの人物はいずれも元鉱山労働者で、かつこの3年以内に死亡しているというものだった。

 ヒナはその名前を保安局のデータベースで調べたが、すでに死亡していることもあり情報は少なく捜査の糸はそこで切れるかと思えた。だが……。


「あんた、監察官なんだろ?ジョフリーの捜査を引き継いでくれてるのか?」

「ええ、とても参考になっています。ですが、この人達の記録が見当たらなくて……」

「どれどれ……グレッグにトーマス、それにシュルツのおっさん……?おい、これ3人とも昔の落盤事故の生存者だぞ」

「もしかして、3人とも義肢を?」

「……そう言えば3人とも義手や義足を付けてたな」


 ジョフリーの同僚だというライと言う名の保安部スタッフが語ったことは、ヒナにとって重要な情報だった。

 他に義肢を使っている人間はいるのかと問うヒナにライはしばらく黙考したあと、いないと答える。


 改めて3人の情報を確認すると最初に死亡したシュルツはゴードンが赴任した少し後に。

 最後に死亡したトーマスはエリスが崩落事故に巻き込まれる少し前に死亡していることが判った。

 もしかすると、これは……?


 ヒナの頭の中である仮説が組み上がる。

 エリスの義体は、ゴードンの考えた理論をかなり高いレベルで実現しているように見えた。

 だが、実証実験の初手でそんなに上手くいくのだろうか?

 もし、ゴードンがエリスよりも前に実験(・・)を行っていたとしたら?


 3人の元鉱夫達が事故に遭ったのは随分と前のことで、彼らのサイバネティクス手術にゴードンは関わっていない。

 だが、調整は……医療部のトップであるゴードンが関与している可能性がある。


 もし鉱夫達の義肢を使ってゴードンが実験を行っていたとしたら?

 その結果、元鉱夫達が死亡したのだとしたら?

 3人の失敗で得たデータを元に、エリスの義体が造られた可能性がある。


 そしてもう一つ。最後の死亡者とエリスの事故のタイミングから……ゴードンが被験者を生み出すために鉱山事故を故意に引き起こしている可能性すら指摘できることに、ヒナは戦慄した。

 なら、マルロが消されたのはその事が原因なのだろうか?


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