#6
手がかりは、ショーコが送ってきた彼のデータにあるかもしれない。
改めて経歴書に目を通すと意外なことが判明した。
ゴードンは元々この開拓団の人間ではなく、3年前に統括局から派遣された人材だったのだ。
しかもオラクルで彼が所属していたのは技術開発部。つまり彼は元々純然たる技術者で、管理官ですらなかった。
なのに彼は今、直轄地の運営と医局を任されている。
不思議に思ったヒナはさらに経歴書を読み進める。
ゴードンは確かに技術者であったが、同時に医師の資格も保有している。なぜなら彼は義体開発を行う研究者だったから。
新たな義体を開発するだけでなく、実際にそれを必要とする患者に装着するための技術を会得する姿勢はギルドでも高く評価されていた。
本来であれば彼はオラクルで技術開発を続けるはずの人物だが……なぜ辺境のトロイアへ?
経歴書にその理由は記されていなかったが、オラクルへの着任に関する付記を目にしたヒナは、ある推測を……決して好ましくはない、むしろおぞましい推測を脳裏に浮かべた。
そこに記されていた文言はこうだ。
『監察部部長ベネディクト・ピアース参事官の推薦により、惑星トロイア開拓団長へ転属』
ピアース!
死してなお、その名前はヒナの行く先々につきまとうのか。
惑星トーエイの時もそうだった。
いや……ピアースが自分につきまとっているのではない。
ピアースが各地に残した呪われた痕跡が、ヒナとの接触によって明らかになっているのだ。
ゴードンの裏にピアースがいたのなら、話は幾分理解しやすくなる。
ピアースが主導していた星喰みという犯罪は、人々をただ欲望を叶えるための養分として消費し尽くす非人道的な犯罪だった。
エリスの……自我を奪われ、殺人鬼に貶められた彼女の姿は、まさに星喰みで見た多くの犯罪犠牲者と合致する。
ピアースが倒れたことで星喰みは終わったはずだった。
なのに、今また新しく星喰みの犠牲者が生まれてしまった。
そのことにヒナは……ただ、無力感を感じた。
ゴードンの経歴と彼の裏の顔について、おおよそのことは把握出来た。
だが、これはあくまでも推測でしかなく、ただピアースが推挙したという理由だけでゴードンを摘発する事はできない。
そもそもエリスが殺人鬼となった理由も、目的も不明だ。これを解き明かさないことには「青白い死神」の事件は終わらず……おそらくヒナがトロイアを去った後に、新たな死神が現れることになるだろう。
「どこから手を付ければいいんだろう……」
友が……マリエッタがいれば、ゴードンの保有する情報を奪取し、問題解決の糸口を得ることが出来たかもしれない。
だが彼女はいま遠い星にいる。なら、ここは自分1人で解決するしかない。
しばらく逡巡したヒナは、まず手元にある最大の証拠……エリスの義体についての調査を進めることにした。
と言ってもヒナは技術者ではないから、義体そのものの構造を解析することが出来ない。
だがあの義体には明らかに異常なところがあった。
その事を確認してみよう。気は進まないが……。
ヒナは、先ほど切断されたばかりの通信をコールバックした。
呼び出し音が数度聞こえたあと、顔見知りのミッションオペレーター、ミユキの声が聞こえた。
『カイラニ監察官?どうかされましたか?』
「あれ、ミユキ?この回線ってショーコのじゃなかったの?」
『あっ……ちょっと待ってくださいね。主任、カイラニ監察官からコールバックが』
ショーコは離席しているのだろうか?
だが、主任に確認?ヒナは不審に思うが、考えが纏まるまえに気楽そうな声が聞こえた。
『お、なんや?ウチに用事か?』
「ショーコ、仕事中に離席したんですか?」
『ちょっとお花摘みや。で?何の用なん?』
「アナタ、ゴードンのことを調べていたということは、今回の事件が義体に関係するものだと理解してましたよね?」
『まぁ、なんとなくな』
「では義体について調べて欲しい事があります。ワタシが対峙した『青白い死神』はその名の通り青白かったんです」
『ほう?けったいな色のボディやな?』
「ベースは白磁のような色ですが、暴走の予兆と共に蒼く発光を始めました。なにか心当たりはありますか?」
『蒼……やっぱり、おもろい案件やな』
「人が死んでるんですよ!不謹慎です!」
『ああ、すまんな。その蒼は澄んだ蒼やったか?それとも陰鬱な、黒から出でた蒼やったか?』
ショーコの口にした「黒から出でた蒼」というその言葉が妙にヒナの心に引っかかった。
言われてみれば……義体が放った蒼は、アリサやアレクシスの正義を示す澄んだ蒼ではなかった。
ほの暗いあの蒼はまさにショーコが言うような、黒から出でた蒼という表現がしっくりとくるものだった。
「言い得て妙ですね、その黒からっていう表現」
『そっか。ほんならちょっと調べてまた連絡するわ』
そう言うとショーコは酷薄な笑みを浮かべて通信を切った。
今の口ぶりからすると、おそらくショーコは何かを知っている。ヒナはそう確信した。
義体の件はひとまずショーコに任せて、ヒナはゴードンの背後関係を洗うことにした。
まず検討すべきは連続殺人事件の被害者についてだ。
ゴードンがエリスを操って被害者を殺させていたのだとしたら、一連の事件は無差別殺人ではなく、何か意味や目的があるのではないかとヒナは考えたのだ。
医療部に所属していた事務職員、マリーローズ。
保安部でマリーローズ殺害について捜査していた、ジョフリー。
引退した元シンガーである、テオドール。
C3鉱山で働いていた鉱夫、マルロ。
ミッション情報に添付されていたトロイア保安部の捜査報告書では、4人の被害者達の間には特段の接点はないとされていた。
だが被害者同士の繋がりではなく、ゴードンとの間に接点があれば?
まずマリーローズは医療部所属で、ゴードンと直接的に関係がある。
ジョフリーについては事件の捜査担当者であることから、マリーローズの件でゴードンとも接点があっただろう。
テオドールとマルロについては現状では情報が何もない。
……調べる必要があるだろう。
そう考えたヒナは、テオドールとマルロの2人に的を絞り、関係者に対して聞き込みを行った。
生前の彼らがどのような人物であったか。
交友関係や来歴、そして抱えていたトラブル。
ギルド職員のパーソナルデータには記されていない、被害者の人となりが徐々に明らかになって行く。
単に元シンガーと記されていたテオドールの来歴は驚くべきものだった。
彼はゴードンが赴任するまで、長くトロイアを導いていた元開拓団長だったのだ。
定年には未だ少し早い年齢のころ、彼は後任のゴードンに団長の座を譲っていた。
だがその引き継ぎに際してゴードンとテオドールの間で一悶着あったのだと、当時を知る知人達は言った。
マルロについても興味深いことが判った。
彼はエリスが落盤事故にあった当時、現場にいたスタッフの1人なのだそうだ。
つまり、もし落盤事故に何か隠された事実があったのだとしたら……マルロはそれを知っていた可能性がある。
そこまで考えたヒナは、街で流れる被害者達の悪い噂を思い起こした。
横領をしていたと言われていたのは、事務職員のマリーローズ。
仕事がらみで恨みを買っていたと言われていたのは、保安部のジョフリー。
過去の件で揉め事を起こしていたと言われていたのは、元シンガー……いや、元団長のテオドール。
崩落事故の原因になったと言われていたのは、鉱夫のマルロ。
火のないところに煙は立たずと言うが、全く根も葉もない噂ではないとすれば……?
例えば横領事件。横領を鉱夫のマルロが行ったと言われても信憑性はないが、事務職員であるマリーローズであれば不自然な噂にはならない。
逆に落盤事故についても一介の事務職員が関わっているとは到底考えづらく、関与が疑われるなら鉱夫だろう。
つまり、それらの噂は被害者の職業や立場に合わせた形で語られている。
だが、ゴードンという要素をこの噂に付け加えるとどうだろうか。
例えばマリーローズ。彼女が横領を行ったのではなく、ゴードンの横領を知ったことで殺害され、その罪を被せられた。
ジョフリーは捜査の過程で何らかの真相を掴んだことでゴードンの恨みを買った。
テオドールはゴードンに地位を追われる形で対立していた。
マルロは……落盤事故の原因を知ったせいでゴードンに消された。
噂にゴードンという要素が加わることで、全てのピースがあるべき所へ収まったように思えた。
まだ確証は無いが、それでもこの方向で捜査を進めればいつか真実に到達し、エリスの無念を晴らすことが出来ると、ヒナは信じた。




