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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission#6『殺戮の女神』トロイア-傀儡の惑星
48/62

#5

 宿舎に戻ったヒナは改めてエリスの手記を紐解いた。

 そこには……ギルド本部で確認した稟議書と同じように、小さく几帳面な文字で、彼女の過去が綴られていた。


 手記の書き出しは3ヶ月前の退院時。

 首から下の体が全て義体化されてしまったことで、エリスは自らが人間ではなくなってしまったと感じていたようだ。

 そして手書きの書類と手記に込められていた願い……自分は人間である、人間でありたいという願いが、彼女にデジタルではない手書きという方法を選ばせたのだとヒナは知った。

 そして日を追う毎に、綴られる内容には不穏な記述が増えてゆく。


 自らの意思で制御出来ない義体。

 時折途絶える記憶。

 サイバネティクス手術の執刀者であるゴードンに不調を訴え「調整」を受けても事態は改善しない。


 それどころか日を追うごとにエリスの中に、何か自分ではないものが生まれていく感覚。

 小さな文字は時に乱れ、時に整然と彼女の恐怖を記している。


 そして……その恐怖が頂点に達したのは、エリスの顔見知りである事務職員が殺害されるという痛ましい事件が起きた次の日の事だった。


 悪夢にうなされながらも目覚めたエリスはニュースで事件のことを知り、知人の死に心を痛めならも秘書としての仕事を全うすべく身支度を整えようとした。

 そして……覗き込んだ鏡の前で、彼女は愕然とする。


 ……なぜ、自分の顔が血にまみれているのか。

 慌てて体を確認するが……金属製の義体には傷一つ無い。だが、腕部の継ぎ目に微かな赤黒い色が残っていた。

 それはつまり――エリスは前夜にみた悪夢……人を殺めたという光景が夢などではなかったことを示すものだった。


 同じようなことが3度続き、エリスは自らを止められる者を呼び寄せるべく、ギルド統括局へ監察官の派遣を依頼した。

 ゴードンに阻止されないように、彼が普段確認しない本部の書類入れを使って。

 そして……最後の記録は昨日のものだった。


「宇宙の彼方から救いの手が来てくれた。彼女は『私』を止めてくれるだろうか」

「私はエリス。私は人間。でモ、ワたシハ、ダレ?」


 その記述を読んだヒナは、無言で手記を閉じ……目を閉じた。



 翌日も街中の空気は変わっていなかった。

 今夜も姿無き殺人鬼は現れず、無事に朝を迎えることができた。

 だが明日は?

 姿無き殺人鬼は再び現れるのか。

 その事が住民の最大の関心事だった。


 そんな町の様子を確認したヒナは、医療部へと出向きゴードンに面会を求めた。

 院長室でヒナを出迎えたゴードンは、ヒナの顔を見るなり満面の笑顔で言う。


「いや、さすがは特命監察官だ。こんな短期間で事件を解決してしまうとは」

「いえ、それほどでも……」

「それで、もう発たれるのかな?」

「いえ、まだ残務がありますので。もう少し宿舎をお借りしても?」

「あ、ああ。もちろんかまわないよ」


 そう言うゴードンに軽く会釈をしたヒナは、院長室を退去しながら思った。

 捜査はこれからが本番なんだ、と。


 ヒナは今回の事態が単純な義体の暴走ではないと考えていた。

 なぜなら義体とは生体部分の制御を受けて動くものであり、触覚や痛覚のフィードバックはあったとしても、その指示は基本的に一方通行だ。

 だから仮に義体が暴走したとしても……生体の側に、エリスの自我にまで影響を与えることは考えづらい。


 だが、そのフィードバックを悪用して神経や脳に影響を及ぼす何かが意図的に仕組まれていたとしたら?


 それは事故ではない。

 エリスという被害者を、本人の意思とは無関係に殺人鬼に仕立て上げる、卑劣な犯罪だ。


 そして事故と犯罪の間には大きな違いがある。

 それは……犯罪には悪意を持った「犯人」が存在しているということだ。



 図らずも日参しているカフェでそんなことを考えていると、情報端末がコールサインを鳴らした。

 発信元はオラクル……監察部。

 おそらくショーコだろうと思って応答すると、想像通り通信相手はショーコだった。


『おつー。そっちは朝方やっけ?』

「モーニングコールには随分と遅い時間ですけどね」

『そっか。で、いつ帰ってくるん?』

「……どういうことですか?」

『任務達成したんやろ?そんな辺鄙なところで休暇とるん?』

「ワタシ、未だ何も報告してませんよ」

『そうなん?開拓団長名義で任務終了報告きとるで?』


 ショーコのその言葉に、ヒナは深くため息をついた。


「申し訳ないですが、任務はまだ未解決です。監察部内の扱いは任務完了でかまいませんが、もうしばらくトロイアに滞在します」

『そうなん?まぁええけど……ところでヒナ』

「なんですか、なれなれしい」

『ええやん、歳も近いし!で……「おもろい」任務やったやろ?』

「ショーコ!」

『追加データ送っとくから、参考にしてな。ほな、またな!』


 エリスの死を「おもろい」と言う言葉で表現したショーコに、激しい怒りを感じるヒナ。

 だが軽い調子でヒナの怒りを受け流したショーコは、一方的にデータを送りつけて通信を切った。


 苛立ちを感じながらもデータを確認するヒナだが……そこに記されていたのは……開拓団長ゴードンの経歴と、彼にまつわる黒い噂についての調査報告書だった。


 それはヒナがこれから調べようと考えていたものに他ならない。

 つまり、公式には終了したはずの任務について、ショーコは捜査の続きがあると判った上でヒナが求めるデータを先回りして送りつけてきた事になる。


「あの女……一体何者?」


 ショーコに対する怒りと疑念は尽きないが、その件は後で追求すればいい。

 今はゴードンだ。


 彼には不審な点が多すぎる。

 まず先ほどの会話。ヒナはまだ誰にもエリスを「倒した」ことを告げておらず、それ故に市民達は未だ事件が解決したことを知らず、殺人鬼の影に怯えている。

 しかしそれにも関わらず、ゴードンはヒナの顔を見るなり事件が解決したと言った。


 それはゴードンが、ヒナ以外は知らないはずのエリスの死を知っていた事を示す振る舞いに他ならない。


 そして先ほどショーコが言った依頼終了報告の件。あれも間違い無くゴードンによるものだろう。

 思えば先ほど対面した際にも感じたことだが、ゴードンは一刻も早くヒナにトロイアを立ち去って欲しいと考えているふしがあった。


 いや、そもそもそれ以前に……ゴードンは連続殺人が起きているというのに、統括局に報告すらしていなかった。

 エリスが自らを止めて欲しいと言う願いを込めて出した監察官派遣要請が無ければ、おそらくゴードンは今も事件をこのトロイア内部に止めていたであろうことは想像に難くない。


「それに、何よりも……」


 ヒナは呟く。エリスの行動は明らかに義体が主導して行ったものだ。

 そしてその義体化手術を行ったのはゴードン。

 さらには不調を訴えるエリスに調整を施したのもゴードンだ。

 それはすなわち……エリスの暴走はゴードンによって仕組まれたものに他ならないという事実を示している。


 けど、ゴードンはなぜそんなことを……?


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