#8
その後、各所で聞き込みを続けたヒナは、マルロが崩落事故について周囲に何事かを言いかけては口ごもっていたという証言を得た。
また前支部長であるテオドールは、ゴードンが医療部の資材調達ルートを勝手に変更し、これまでの納入業者とは異なるルートから、それもなぜか超光速艇を使った即時納品を行わせていたことを無駄な支出だと指摘したことでトラブルになっていたことも判明した。
おそらくその別ルートからの納品されたというものこそが、エリスのための軍用義体だったのだろうとヒナは考えた。
捜査によってバラバラたった手がかりの糸が一箇所に集まり、推測ベースではあるが情報が縒り合わさっていく。
そして出来あがった太い糸は、きっとゴードンの悪意に繋がっている。
ヒナはそう確信した。だが――
「ゴードンが……死んだ?」
「あ、ああ。一昨日から団長も秘書のエリスも姿が見えないと言って騒ぎになってたんだが……。怒られるのを覚悟して研究室を覗きにいった医療部のスタッフが団長が死んでるのを見つけたんだ」
ジョフリーの件で顔見知りになったライがもたらした知らせは、ヒナに想定外の事態を告げるものだった。
ゴードンの死。
彼は院長室の奥に設けられていた研究室で死亡していたことが発覚したのだ。
司法解剖による死亡推定時刻は一昨日の昼頃……それはゴードンが監察部に連続殺人事件の解決を報告したと思われる時刻の少し後の事だった。
同時にエリスの行方不明についても問題視されていたため、ヒナは連続殺人事件がゴードンによって操られたエリスの義体が引き起こしたものであるという捜査情報を保安部に開示した。
保安部のスタッフがエリスの自宅に駆けつけ、破壊されたエリスの義体と、切断された軍用部品を確認したことで殺人事件そのものについては幕引きとなった。
だが……ゴードンを巡る真相は闇の中に消えてしまった。
「それで、ゴードンの死因は何だったんですか?」
「心臓発作だそうだか……ちょっと普通とは違っててな」
そう前置きしてライが話した内容に、ヒナは驚愕した。
司法解剖の結果、ゴードンの心臓から機械部品が発見されたというのだ。
それは手術によって後天的に埋め込まれたものであることは判明したが、何の用途であるのかは明らかにならなかった。
なぜなら、その装置の回路は完全に焼け切れ、黒焦げになっていたからだ。
ヒナはその説明を聞いて、装置がゴードンの心臓を止めるためのキルスイッチだったのではないかと推測した。
装置は役目を果たし、そして証拠を隠滅するために自らも破壊した。そう考えれば、その装置が体内で焼け焦げていた理由にも説明が付く。
エリスへの弔いのために、せめて背後関係だけでも確認しようと思ったヒナだったが、その行動は既に封じられていた。
ゴードンが使っていた研究用の情報端末もまた、彼の心臓と同じように焼き切られていたのだ。
その様子を見てヒナは思う。
確かにピアースはゴードンの計画を承認してトロイアという実験場を与えたかもしれないが、ピアースは3ヶ月近く前に死亡している。
だからヒナは惑星トーエイで星喰みの遺産を悪用していたハッテ支部長と同じように、ゴードンもまたピアースに託された遺産で自らの私欲たる研究を進めていたのだと考えていた。
だが今回の状況はどうみても証拠隠滅が行われたことを示唆しているし、その証拠隠滅はゴードンの手によるものではなく外部からの介入であるように見えた。
何せ、自殺するだけならわざわざ体内のキルスイッチを作動させるような面倒な事をするまでもなく、ブラスターで頭を撃ち抜けばこと足りるのだから。
だが、ゴードンの端末も、彼の心臓も。
おそらく遠隔操作可能な装置によって焼かれていた。
だがこの証拠隠滅は、既に死亡しているピアースの手によるものではありえない。
それが意味することは……ゴードンにはピアース以外にも「上」の人間がいたということだ。
そして「青白い死神」の計画がヒナに阻止されたことを知った上の人間は、追及の手を恐れゴードンごと計画を切り捨てたのだとヒナは思った。
だが、一体誰が黒幕なのだろう……?
「監察官!こっちに来てくれ!1台だけ生きてる端末があるぞ!」
ライの声に我に返ったヒナは隣室……院長室のデスクの上で医学書に埋もれるように放り出されていた小型端末と対面することになった。
どうやらこれはゴードンが私用で使っていたローカル端末らしく、遠隔キルの影響から免れていたようだ。
端末内部のデータを解析するヒナとライ。
だが、それはゴードンが研究のアイデアを書き留めるための備忘録的に使用していた端末のようで、彼の悪行を直接的な裏付けるような具体的な内容は遺されていなかった。
だが、それでもヒナはいくつかの記述が今回の事件に関連していると目星を付けた。たとえば……。
「Eの調整、最終段階」
これはおそらくエリスの義体に関するものだろう。
最終段階ということはゴードンの計画は実証実験を経て完成段階に至りつつあったことを示しているとヒナは考えた。
「監察官。繋ぎを。止めねば」
記述されたタイミングからこの記述はヒナがゴードンの元を訪れた直後に記されたものだと判明している。
つまりゴードンは統括局、ないしは監察部に対してコネクションを持っている可能性が高いということだろう。
「最終Ver.提出。あと少しだというのに」
提出という表現がなされているということもまた、ゴードンに上位者がいるということを示している。
そして、おそらく未完成ではあるが最終バージョンにあたる何かが提出されている。
ヒナがトロイアに到着して以降、貨物船の類が到着した形跡はないため、この提出というのは物理的なものではないはず。
おそらく義体そのものではなく、義体を制御するためのデータかソフトウェアなのだろうとヒナは見当を付けた。
そして……もっとも不可解で、同時にヒナの心を揺さぶった最後の記述。
「Enȳōは黒から出でし蒼のために」
Enȳō……エニューオとでも読むのだろうか?
不吉な響きを持つその言葉自体も気がかりだが、そこに記された「黒から出でし蒼」という表現。
それは義体の発光現象について、ショーコがコメントした言葉と同じものだった。
つまり、このエニューオと言う名を持つものこそが、エリスを操ったゴードンの研究成果であり、彼は上位者を「黒から出でし蒼」と呼んでいる……?
……そして、ショーコはその「黒から出でし蒼」を知っている?
いやそれとも……まさか、彼女が?
ゴードンが生きていれば。
彼の研究端末が残っていれば。
あるいはこの謎に対する答えが得られたのかもしれない。
だが、現実は……ゴードンは死に、端末も焼かれた。
なら、これ以上ここで捜査を行っても真相にたどり着く事は出来ない。
ヒナはそう判断した。
その後、院長室と研究室、そしてゴードンの自宅を捜索したヒナとライはいくつかの証拠品を押収した。
研究データの断片。
研究室に放置されていた改造中の義体。
そしてエリス――僅かに残っていた彼女の生体部分は、ギルドの殉職者として丁重に埋葬された――の「義体」。
これらはエニューオと呼ばれるもの、おそらくは義体を介した洗脳プログラムの解析に役立つものだろう。
だが、押収物の中には来歴の判らないものも混じっていた。
ゴードンの自宅に設置された厳重なセキュリティが施された金庫の中に隠されていた、それは……。
「壊れた……ギルド章?でもゴードンのギルド章は院長室に……」
「監察官、このC3……色がおかしくないか?」
「確かに随分と青みが強いけど……まさか」
漆黒のギルド章とは違い、ゴードンが隠していた、砕けたギルド章に似た紛い物の破片は、仄かな青みを帯びていた。
それはまさにエリスの義体が放っていた蒼と同じ印象をもつもので、ヒナはその色味こそが「黒から出でし蒼」なのだと理解した。
だがそれを象徴するシンボルがあるというのは、どういうことだろうか。
厳重に保管されているところを見ると、これはゴードンにとって重要な物……それこそ、院長室のデスクに無造作に仕舞われていたギルド章よりも重要視している物だということは判る。
それが特定の個人に対する忠誠の証なのか、それとも何らかの組織の記章なのかは判らないが……「黒から出でし蒼」を示す品であることは間違いないと、ヒナは理解した。
その日の夕刻、ヒナは惑星トロイアを後にした。
オラクルにいるショーコに対する疑念が生じたこともあり、ヒナはあえて証拠品である義体や研究資料をオンブルでは運ばず、通常の亜光速輸送での送付を選択した。
自身で回収したのはエリスの義体の一部と「黒から出でし蒼」の欠片のみ。
それで十分だとヒナは考えていた。
軌道ステーションから離脱したオンブルは、ゆっくりとトロイアの重力圏から離れてゆく。
オンブルを操船しながらヒナは、自分がエリスの無念を晴らすことが出来たのだろうかと自問する。
いや、まだだ。「黒から出でし蒼」が纏う仄暗いヴェールを引き剥がし、正体を白日の下にさらす。
それこそがエリスへの弔いになるのだと決意を新たにし……ヒナは次なる任務へ向かって跳躍した。
今回の更新ではもう1話、短いエピローグを公開します




