#3
一通り聞くべきことを聞いたヒナはゴードンのオフィスを出ようとしたが、ふと気になってエリスに声を掛けた。
「失礼でなければ……どうしてそんな厚着を?」
「……傷があるのです」
伏し目がちにエリスはそう言ったが、それ以上エリスが答えようとしないのでヒナはゴードンに視線を向ける。
すると、ゴードンは悲痛そうな表情で、エリスがC3採掘鉱山の崩落事故に遭ったこと。そして瀕死の重傷を負った結果、頭部以外は全身義体になった事を語った。
「すみません、込み入ったことを聞いてしまって」
「……いえ」
エリスは短くそう答えると、軽く会釈をして室外へと出て行った。
後に残されたヒナは、参考のためにとエリスの事情をゴードンに確認した。
彼が言うにはエリスは10ヶ月ほど前に事故にあい、つい3ヶ月前まで入院していたのだそうだ。
義体の制御を行う訓練が難航したため、元の仕事……鉱山の現場管理者には戻れず、今はゴードンの秘書をしているのだと聞いたヒナは、その話から件の稟議書の件が不慣れなエリスのミスである可能性が強くなったと感じた。
そしてヒナは、ゴードンの話を聞いたことで新たな懸念事項に思い当たった。
「崩落事故はよく起きるのですか?」
「……お恥ずかしながら。慎重に採掘を進めているのですが、今鉱脈が通っている岩盤が崩れやすい箇所でして」
「そのことは、統括局に報告を?」
「いえ……その、あまり良い話ではないので、できれば内密に……」
そう言うゴードンの表情を見て、この件にもまだ何かあるとヒナは感じた。
これが直轄地の運営に関する監察であればゴードンにより詳しい話を聞く必要があるが、今回の任務はあくまでも殺人事件の解決だ。
鉱山事故に関するゴードンの責任を追及することで、彼に捜査についての協力が受けづらくなるのは本末転倒だと判断したヒナはその話題を打ち切り、応接室を後にした。
その後、トロイアの街へ出たヒナは住民達の話を聞くべく、客の多いカフェを見繕って周囲の話に耳を澄ませた。
声をひそめて語られる内容の多くは、やはり殺人事件のことだった。
あの被害者は以前横領をしていたらしい。
被害者の1人は仕事がらみで恨みを買っていた。
被害者の誰それは過去の件で揉め事を起こしていた。
崩落事故の原因になったやつが被害者らしい。
そんな根も葉もない噂が街中を飛び交っている。
そして被害者達に関する噂の後に、皆が付け加えるのは同じ言葉だった。
――一体、あの姿無き殺人鬼は誰なのだろう。
人々の噂を確認したヒナは、冷めたコーヒーを片手に思案した。
この齟齬は一体どこからくるのだろう、と。
街の人々が口々に語る連続殺人犯の名は「姿無き殺人鬼」というものだ。
それは目撃情報も、監視カメラによる映像もない現状を踏まえれば、妥当な俗称だと言えるだろう。
だが、問題はギルドのミッションデータに記載されていた犯人を指す呼称が、現地で語られる俗称とは異なっていたことだ。
「青白い死神」
相手が連続殺人鬼である以上、死神という表現は判らなくもない。
問題は青白いという、具体的な視覚情報が含まれているということだ。
これが黒ならまだ話は判る。一般的な死神のイメージは黒いフードに鎌を持った……いわゆるグリムリーパーというやつだから。
たがそこに青白いという形容詞が乗ることには違和感がある。
なら、この名前は誰が付けたのだろう?
ヒナが真っ先にイメージしたのは、この任務を押しつけてきたショーコというあの新人オペレーターだった。
どこかいい加減でふざけた態度に見えた彼女なら、こういう無駄な言葉遊びが好きそうだと思えたから。
だが、青白い死神という名称はショーコの口から出たものではなく、ミッションデータに文字として記載されていたものだ。
当然のことながらオペレーターがミッションデータを作成する訳ではなく、監察部の分析官が支部からの監察官派遣依頼に対して分析評価を行い、要請が妥当と判断されたものがミッションとして文書化される。
そのプロセスの中には、ギルド職員の憶測や妄想が入り込む余地はない。
なら――
ヒナは自らの考えが正しいことを確認するために開拓団の本部へ出向いた。
再訪したヒナに、団長はいないという職員。だがヒナの用件は違った。
ギルド章を掲げてヒナが告げた要望に、職員は不思議そうな表情で応じた。
そして手渡された一枚の書類……なんと紙の、それも手書きの書類だ!を確認したヒナは、しばらく考え込んだ後に、自分が訪問したことは内密にして欲しいと告げて、宿舎へと向かった。
宿舎は町外れにあり、周囲はまだ開拓が行われていない手つかずの森林が広がっていた。
これがバカンスであれば自然を満喫できると喜べるところなのだが、あいにくと今は面倒な任務の最中だ。
周囲に点在するまばらな家屋を見るともなしに見ながら宿舎を目指していたヒナだったが、夕暮れの郊外に見知った後ろ姿を見つけた。
長袖にロングスカートを身につけたその人物はエリスだ。時間的にそろそろギルドの勤務時間は終了しているころだし、帰宅途中なのだろうとヒナは思った。
彼女が向かう先には、随分と離れたところに一軒の家屋。
ゴードンは郊外は基本的に空き家ばかりだといっていたが、どうやらエリスはそんな人気の無い所に1人住み着いているのだとヒナはあたりを付けた。
遠ざかる後ろ姿を見送りながら、ヒナはなぜエリスがそんな場所を選んだのかと、想いを馳せた。
宿舎のベッドに寝転んだヒナは今回の事件について思いを巡らせる。
最重要容疑者の目星は概ね付いた。
だが、問題は……その動機だ。全く動機が見えない。
「青白い死神」は一体何を考えているのだろう。
ギルドへの恨みが原因なのだろうか?
それとも他に何か理由が?
手持ちの情報が少なすぎる。だが、今は情報を集めることよりも犯行を防ぐことが先決だ。
捜査情報によれは犯行が発生した時期やタイミングに規則性はないが、毎回必ず夜から朝方に掛けて犯行が行われているらしい。
なら、滞在中は夜回りをするしかないだろう。
本来であればクレリスでのんびりと休暇を楽しんでいるはずだったのに、それが辺境の星で徹夜仕事とは。
ヒナは、笑顔でこの事件を「おもろいこと」だと言ったショーコの顔を思い出し、顔をしかめた。
確かにこの謎は推理の対象としては知的好奇心をそそられるものではある。
だが……実際に被害者が出ている以上、これは娯楽ではない。
ショーコはそのことを理解しているのだろうか。
そう思いながら、ヒナは宿舎を後にした。




