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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission#6『殺戮の女神』トロイア-傀儡の惑星
45/62

#2

 トロイア唯一の町は、惑星名と同じトロイアと呼ばれている。

 そのトロイアに到着したヒナは、まずギルド支部へ向かう。……いや、この惑星自体が支部扱いなので、ヒナが向かう先は厳密に言えば「開拓団の本部」なのだが。


 通常の支部と違って、開拓団の本部には窓口やカウンターのようなものは存在しない。

 保安部や医療部、資材部と言ったそれぞれの部署が別棟で業務を行っているので、住民たるギルド職員達は必要があれば直接それぞれの部署へ出向いてコンタクトを取るためだ。


 直轄地はそういうものだという先入観があったヒナは、本部らしき建物が会議室としてしか使われておらず、責任者である団長は医療部にオフィスを構えていると聞かされて首をかしげた。


 団長は入院でもしているのだろうか?

 そう思って医療部の建物を訪れたヒナは、病院のスタッフに「院長室」のサインが表示された部屋へと案内された。


 室内は見るからに病院内のオフィスらしく、消毒液の匂いと医学書、医療用品――特にサイバネティクス義肢の類い――であふれかえっていた。

 戸惑うヒナに、堆く積まれた医学書の奥から声を掛ける者がいた。


「誰かね?来客予定は聞いていないが」

「ヒナ・カイラニ、監察官です。監察部へ寄せられた支援要請に応えて参りました」

「支援要請……どういうことだ?」


 医学書の山から顔を出したのはラフなポロシャツを身につけ、その上から白衣を羽織った壮年男性。

 彼はゴードンと名乗り、自分が開拓団長と医療部の責任者を兼ねていると自己紹介した。


 だが彼はオラクルへの支援要請について話を聞いていないと言い、ヒナは直感的に今回の任務には何か裏があるのだと理解した。


「すまないが秘書に確認させてくれないか?……エリス、監察官が来られているのだが、何か知っているか?うん……なに?どうしてそんな……いや、判った。では君も同席しなさい」

「……今のお話だと、秘書の人が勝手に支援要請を?」

「ああ、そのようだ。確かに殺人事件の事は頭を悩ませていたのだが、オラクルに支援要請とは……。いや、君が来てくれて助かったのは事実だが」


 ゴードン団長はそう言うが、表情はすぐれない。

 それもそうだろう。秘書が直轄地の責任者たる団長を飛ばし、頭ごしに監察部へ支援要請を行ったのだから。

 直轄地での不祥事は団長の責任問題に繋がりかねないから、ゴードンとしてはなるべく内密に処理をしたかったのだろうとヒナは思った。


 ゴードンは院長室の隣……二つの扉のうち手前にある

扉の先に設けられた応接室へとヒナを案内する。

 着席してしばらくするとドアがノックされ、開いた扉から女性が姿を現した。


 年齢は三十代手前といったところだろうか?

 肩口で切り揃えられた赤毛が目を惹くが、少し目の下に隈ができていて精気の無い印象を受ける。


 何よりも目を惹くのは……汗ばむ陽気だというのに、長袖ハイネックの衣装を身につけ、ご丁寧に手袋まではめている彼女の服装だ。

 ヒナがいぶかしげにその女性を見ていると、ゴードンは彼女が自分の秘書を務めているエリスだと紹介する。

 ……つまり彼女が支援要請を行った人物なのだろう。


「それで、エリス。どうして無断で支援要請を?」

「無断ではありません。稟議書を、提出しております」


 ゴードンの言葉に、エリスはソファの横に立ったまま小さな声で応える。

 ゴードンの言葉は叱責している訳ではなく、純粋に疑問を問うているだけだが、エリスは萎縮してるのかゴードンと目を合わそうとしない事にヒナは気が付いた。


「稟議書?見ていないが……いつ、どこへ提出したのだね?」

「9日前に、本部の書類入れへ」

「はぁ……エリス。私は本部の方は出向かないと言っただろう?」

「そうでしたか」


 その後、2人が話す内容を聞いていたヒナは、普段から医療部棟をオフィスとして使っているゴードンが、本部へ提出された稟議書を確認してなかったこと。

 そして稟議書の提出後に第4の殺人が起きたことで、エリスが稟議が通るのを待たずにフライング気味に支援要請を行ったという事情を理解した。


 問題はこれが単なる連絡の行き違いなのか、それともゴードンか稟議を揉み消すためにあえて書類を確認しなかったのか。

 ……あるいはエリスがゴードンの目を欺いて、稟議に掛けずに支援要請をする建前としたのかが判らない点だ。


 この事件についてはまだ不透明な事が多い。

 判断を急がずに全ての可能性を視野に入れておく必要があると、ヒナは考えた。


 その後、エリスが事件のあらましについて説明を行った。

 そこで語られた内容はミッションデータに記されていたものとほぼ同様で、新しく判った情報は被害者がいずれも1人で行動している際に殺害されたことと、いずれの事件にも目撃者がいなかったということだった。


「監視カメラの映像はありますか?」

「監察官、ここはギルドの直轄地で身内しかおりません。監視カメラの類いは設置されていないのですよ。少なくとも、これまでは必要がなかったもので……」


 ゴードンは申し訳なさそうにそう言うが、それもそうだとヒナは思った。

 なにせこのトロイアは身内しかいない都市だし、犯罪を犯したとしても逃走する先も逃走する術もない、言うならば閉鎖環境も同じだったから。

 喧嘩や交通違反等の軽犯罪はあったとしても、重大犯罪なぞ本来は起きるはずがない環境。


 ……だが、それなのに、この星では立て続けに殺人が起きている。


「それで、犯人は4件とも同一とみて間違いないのですか?」

「ええ、私が検死しましたから、それは間違いないと断言できます。いずれも鋭利な刃物……刀剣の類いで背後から切りつけれています」

「背後から……?通り魔的ですね。それで青白い死神、と?」

「おや、既にそのような俗称が?名はともかくとして、そのような異常嗜好者がこの星にいるとは思いたくありませんが」


 ゴードンはそう言うが、現実問題としてこの星には未だ「青白い死神」なる正体不明の殺人者が野放しになっているのは事実だ。

 それに、殺人事件の事を除いても、エリスやゴードンの証言を聞いただけでも、この事件にはあきらかに不審なことがあるとヒナは感じていた。


 その後、ヒナは被害者の身元や犯行現場に関するデータをゴードンから受け取り、保安部の捜査担当者の連絡先も入手した。

 ゴードンはヒナのために町外れにある空き屋を宿泊用に提供すると提案し、ヒナはその申し出を受けた。


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