#1
航宙船アルカンシェルから分離した黒い航宙艇オンブルは、ヒナ・カイラニを乗せて密やかに超光速航行へと突入した。
「はぁ……結局アリサ様とは2日しか一緒にいられなかった……。それに休暇も未消化だし」
オンブルの艇内で1人ぼやくヒナ。
本来であれば1週間の休暇中、彼女は女神と慕うアリサと共に過ごす予定だった。
だが、急なミッション支援要請とその後のドタバタ――主にオンブルを狙うリルカの魔の手――によって、惑星アノインティングへと向かうアルカンシェルから、ヒナは1人離脱せざるを得なくなったのだ。
遭難船ブライアローズの捜索という突発ミッションで中断された休暇の残りはあと5日。
アリサ達はアノインティングで最大1週間滞在すると言っていたから、あの惑星へ近寄れない以上、今回の休暇中はもうアリサに会うことはできないだろう。
暇を持て余したヒナは適当に設定した座標へジャンプし、その惑星で酒でも飲んで自堕落に過ごそうと考えていた。
だが、経由地である軌道ステーションを離れて通信圏内から離脱する直前、オンブルの恒星間通信機がコールサインを鳴らした。
呼び出し元は……統括局の本拠地、オラクルXVIII内、監察部。
「……休暇中に呼び出し?」
不審に思いながらも、コールされているのを見た以上は着信無視するわけにもいかない。
生真面目なヒナは、休暇中の呼び出しにしぶしではあるが応じることにした。
『お、繋がったやん!アンタがカイラニ監察官なん?』
「……誰ですか、アナタ」
『おー、すまんすまん。ウチは新任のミッションオペレーターでショーコ・サカイいうもんや。ショーコって呼んでや!』
通信相手は二十歳を少し過ぎた年頃の、見知らぬ女性だった。
少し垂れ目気味の琥珀色の瞳。
ややクセのある蜂蜜色の長い髪をラフにお団子にまとめている。
統括局所属のオペレーターと名乗った割にはギルドの制服を着用しておらず、だぼっとしたジャケットの中にスポーティーなインナーだけを身につけたラフな格好だ。
これがオラクルから発信された通信でなければ。そしてショーコの後ろに見慣れたミッションセンターの光景が映りこんでいなかったら。一瞬で詐欺通信だと判断して回線を切断していたところだ。
ショーコの人となりを見て取ったヒナは、ジト目で言った。
「ではショーコ。ワタシ、今休暇中なので切りますね」
『あ、ちょっとまってや!仕事、仕事の話なんや!』
「だから休暇中だって」
『あんな、休暇申請取り消しになっとるで?』
「は?」
『いや、アンタ、シノノメ管理官のミッションに同行したやろ?その時点で自動的に休暇申請キャンセルされとるで?』
「ええ?またですか……」
ヒナの主であるアリサや、その友にして義姉であるアイリスは自由裁量で任務に就いているため、仕事のオンオフは自由意志で決めることが出来る。
独立性の高い専門職、高位シンガーであるトワもまたそうだ。
ヒナの友であるマリエッタは他のメンバーとは違う一般職員扱いだが、専属秘書官としてアイリスに同行している限り常に……たとえアイリスが休暇中で、マリエッタも共に休暇を過ごしていても、勤務中として扱われている。
つまり、ヒナ以外のメンツは好きに働き、好きに休むことが出来る訳だ。
だが、アリサの専属秘書官であるヒナは、同時に特命監察官でもあるため……そちらの勤務は自由裁量という訳にはいかない。
従って、休暇の際もヒナだけは上長の許可を得て、申請を通す必要があったのだけど。
『ま、そういうことで任務やで。心配せんでもおもろい話や!ミッションデータ送るから見といてな!』
「ちょ、ショーコ!?」
『ああ、調べモンしたいんならウチに言うてな?業務外やけと、手伝うちゃるから。ほなな!』
どうしてギルドという組織はミッションを丸投げ、押しつけしてくるのだろう。
ヒナはそんな事を思いながら、ショーコの姿が消えて代わりにミッションデータが表示されたホロディスプレイに目をやった。
しばらくデータを読み流したヒナは呟いた。
「えっと、これのどこに『おもろい』要素があるのよ……」
だが、ヒナがそうぼやくのも無理はない。
なにせショーコが一方的に送りつけてきたミッションデータに記されていたのは、ギルドが管理する直轄地である惑星トロイアで発生した連続殺人事件を解決せよ、というものたったから。
「『青白い死神』が4人を殺害……。被害者は事務職員、保安部スタッフ、引退したシンガー、それに鉱夫……?まったく共通点はないけど、全員鋭利な刃物で惨殺されてる、か。それで犯人の目星は立たず……?やっぱりおもろい要素皆無だよね」
一通りミッションデータを読み終えたヒナは、トロイアに向かってオンブルを跳躍させた。
ため息をひとつ、その場に残して。
トロイアはギルドが管理するC3採掘惑星で、比較的潤沢な資源埋蔵量が期待できることから本格的な入植が行われている惑星だった。
とはいえ惑星上に都市は1つだけで、住民数も2万人弱と一般の惑星に比べるとその数は非常に少ない。
だがその住民が全てギルド職員とその家族である事を思えば、C3採掘という単一目的のために開拓された惑星としては大がかりな方だとヒナは思った。
今回は身内であるギルド職員しかいない星、かつ惑星を管理する開拓団からの支援要請に基づく任務であるため、ヒナは最初から監察官の身分を明かしてトロイアに入港通告を行った。
軌道ステーションのスタッフは監察官の訪問を知らされていなかったのか少し驚いた様子だったが、それでもヒナの身元――そもそもオンブルに搭乗している時点で特命監察官以外ではありえないのだが――が確認されると、丁重に迎え入れてくれた。
通常、監察官として行動する際のヒナはギルドの制服を身に纏う事が多い。
だが場所が直轄地だと話は変わってくる。なにせこの星にはギルド関係者しかいないのだから、わざわざ制服を着て身元を示す必要など皆無なのだから。
それ故に軌道ステーションの職員も、何かの用事で軌道ステーションまで上がってきたトロイアの住民も、みな思い思いの私服を身につけていた。
ヒナも直轄地の服装事情を事前に知っていたので、アルカンシェルを離れる時に着ていた私服姿のままでオンブルを下船した。
ヒナが身につけているのは南国風の民族衣装なので、都会的な惑星では少々人目を惹く。だが幸いにもトロイアはやや気温の高い惑星らしく、皆薄着なのでヒナの服装は自然に周囲に溶け込んでいた。
「暖かい惑星か……ちょっとだけ故郷を思い出すかな」
そう呟いたヒナ。
だが、本来温暖な気候の惑星には陽気な人々が多いはずなのに、気温とは裏腹にトロイアの人達の表情は暗い。
おそらく連続殺人事件が影を落としているのだろうと思いながら、ヒナは地表へ降り立った。




