#5
シモンズが放つ斬撃の勢いは洗練されたアレクシスの剣と比べると荒々しいものだったが、幾人もの相手を斬ったであろう実戦仕込みの剣技は速度も精度もアレクシスを凌駕していた。
おそらく、かつてのヒナなら初撃を捌くことすら出来ずに斬り捨てられていただろう。
縦横無尽に振るわれる光の刃は薄暗い倉庫を朱い煌めきで満たしてゆく。
――だが、ヒナはその斬撃全てを見切り、体捌きのみで回避してゆく。
猛攻を回避しきり、距離を取ったヒナに向かってシモンズが声を上げる。
「貴様、何者だ!」
「ヒナ・カイラニ。ワタシは……女神の眷属だ」
「女神?ギルドに女神などおらぬわ!」
絶叫すると再び猛攻を仕掛けるシモンズ。
斬りつけ、薙ぎ払い、斬り上げ、踏み込み、突き刺し、跳ね返し、返す刃を振り下ろす。
どの一撃も必殺の威力があり、並の剣士であれば5度は死んでいるだろう。しかしヒナは回避しない。
――感覚が研ぎ澄まされ、全ての斬撃の軌跡が見える。
次に振るわれる刃がどこを狙うのかが感じられる。
攻撃されるポイントが判れば、あとはその位置にブレードを向けさえすればいい。
まるで舞い踊るかのように、襲いかかるシモンズの斬撃全てをヒナは己のブレードで受け流した。
必殺の連撃を事も無く防がれ、驚愕の表情を浮かべるシモンズ。
だが、ヒナは勝ち誇るでもなく、嘲笑するでもなく、ただ冷静に呟いた。
「女神は、実在する。これが……その証だ」
剣豪と呼べる力量を持つシモンズの目を持ってしてもヒナの動きは微かにしか見えなかった。
ただ、その姿がぶれたように見えた次の瞬間……視界の端にアクアマリンのブレードを振り抜いたヒナの姿が映り、シモンズは自らが斬られた事を、理解した。
「……やったのか?」
血臭の充満した倉庫に崩れ落ちたシモンズの姿を茫然と見つめていたルドガーは、想像を絶する戦闘力を発揮したヒナの姿に少し腰が引けた様子で恐る恐る声を掛ける。
「殺ってはない、かな。ショックモードだし」
そう言って笑顔を見せたヒナの姿は……女神の眷属ではなく、ルドガーの知る朗らかなギルドの監察官のものだった。
「処刑するんじゃなかったのか?」
「ワタシの正義は力による断罪じゃないからね。それに殺すまでもなく無力化できるなら、殺す必要は無いでしょ?」
「まぁ、それはそうだが……」
ルドガーはそう言うが、彼としても別に犯罪者は皆殺しにしろと言いたいわけではない。
むしろ今回の事で倉庫内で息をひそめて様子を見守っているであろう、薬物密売組織の連中が投降してくれれば無駄な血が流れなくて済むと感謝している方だ。
むそろ納得がいかない事があるとすれば……。
「しっかし、ギルドの人ってのは皆こんなに強いのか?」
「皆、じゃないと思うけど。でもワタシより強い人は普通にいるよ?」
「噂に聞く『英雄』か?」
「そうだね、確かにアイリス様はワタシよりもずっと強いと思うよ」
「げっ、マジか……」
「でもね、ワタシ的には女神アリサ様が一番。これは譲れないから!」
そう言って目を輝かせるヒナを、ルドガーはなんとも言えない表情で見つめるしかなかった。
その後、ルドガーが呼び寄せた保健当局とアステラメディカの私設軍によって薬物密売組織の一斉検挙が行われた。
ヒナが現場に残っていたことで、組織の人間が無抵抗のまま完全降伏したことは言うまでもないだろう。
拘束したシモンズはギルドギルド反逆罪の証拠と共に統括局へ移送されることになった。
ギルド章を掲げたヒナに斬りかかった時点で0号処分は免れないが、それでもヒナは法による手続きを遵守するため、生きたままシモンズをオラクルへと移送することを選んだのだ。
もちろん、ヒナが乗るオンブルは単座であるため移送に使うことはできないため、実際の移送作業は地元行政府の協力を仰ぐことになる。
今回であれば移送対象は生きたシモンズと、シモンズに斬られて絶命したクサカベの遺体を運ぶことになるのだが……。
「遺体の方は極低温冷凍、支部長サマの方は通常の冷凍睡眠だな。書類は統括局宛ての送り状と、経由地への申し送り書類3種だったな」
「えっと……えらく手回し良いね?」
「そりゃ、初めてじゃないからな」
妙に手際良く移送手続きを進めるルドガーの言葉にヒナは一瞬不思議に思うが、彼のよこした答えにはたと膝を打つ。
そう言えば前回アスクレピオスを訪れた際、死亡したファルケン元支部長の遺体と、廃人になったとはいえ生存していた支部長補佐のアインストンをこの惑星からオラクルへ移送していた事を思いだしたのだ。
そのことに思い当たったヒナは、世話になったと礼をいうルドガーに対して恐縮して言った。
「いえ、こちらこそギルドの者が度々ご迷惑をおかけして……」
そう、普通であれば惑星からギルドの犯罪者が移送されることなど極レアなケースでしかなく、ましてやそれが短期間で二度続くことなどあってはならないことだ。
にも関わらず、アスクレピオスでは3ヶ月で2度も移送手続きを行って貰うことになった。
それはもちろんヒナのせいではないのだが、それでもやはり気が引ける事実ではあったのだ。
諸々の手続きが終わった後、ヒナは報告のためにオラクルへと戻ることになった。
軌道ステーションへ上がったヒナの傍らにはヒューイとルドガーの姿もある。
出星手続きを終えたヒナに、ヒューイが声を掛けた。
「ヒナさん、次は是非仕事ではなく遊びで来て下さいね」
「それは良いけど『旅行者』って名乗ったら、また取り調べブースへご案内されるんじゃないの?」
前回の訪問時、マリエッタと共に身分を「旅行者」と偽って入国したことで薬の密売か薬物常習者だと疑われた事を思い出しながら、ヒナはそう返す。
その言葉に苦笑しながら、ヒューイは持ち場である検疫所へとも去って行った。
その場に残っていたルドガーはヒナに握手を求め、言った。
「今回は本当に世話になった。次に来てくれる時には……クリーンな街を見せられるよう、俺達も努力する」
「期待してます。でも薬物には気を付けてね?」
「お互い様だ。そう言えば、前回浴びた薬物の影響は大丈夫だったのか?いや、あれだけの戦闘力を見せられたら心配する必要も無いとは思うが」
そう言ったルドガーに、ヒナはウィンクして言った。
「大変でしたよ。重症再生不良性貧血って言う病気になって、死にかけたんだから」
「何?」
「ワタシ、1週間前まで入院してたんですよ。医者にはもう手の施しようが無いって言われてたみたいで」
「おいおい、マジかよ……。そんな病み上がりでアレか?いや、それ以前に良くそんな状況から回復できたな?」
「女神様の恩寵を受けたからね。おかげでもうピンピンしてるよ。どう?女神アリサ様を信じる気になった?」
ルドガーはヒナのその言葉が真実なのか、それとも何かの冗談なのか見極めることが出来なかった。
普通に考えれば生死の境を彷徨った人間が一週間程度で動き回れる筈はない。
だが、戦闘時に見せたヒナの動きは人智を超えた女神の舞とも呼べるものだった。なら、もしかすると……。
「ああ、そうだな。女神様に俺達にも加護を、って伝えておいてくれ」
「ええ、もちろん。なんなら信者、募集してるよ?」
「そうか、じゃあ入信用のパンフレットが出来たら送ってくれ。保健当局の連中にも共有しておく」
ルドガー自身は宇宙を旅したことはないが、それでもその広さは十分に承知している。
ギルドの英雄なる存在は一度死亡して復活したと聞いたことがあるし、そんなギルドになら……女神と呼ばれる存在がいても不思議はないだろう。
そんな事を考えながら、ルドガーはヒナに別れを告げる。
彼女が再びアスクレピオスを訪れることがないように、自分達がこの星を守るのだと誓いながら。
これにてMission5は終了となり、物語は本編第3部3章パノプティコ編へと続きます。
ヒナの次回監察ミッションは少し先のこととなりますが、第3部2章のようにヒナは本編にも登場しますので、是非本編も併せてお読みいただければ幸いです!




