#4
1人……いや、2人か。直感的にそう感じたヒナは制服の胸元から取り出したギルド章を掲げ、呼ばわった。
「モーリオンギルド、特命監察官のヒナ・カイラニだ!三等管理官シモンズ、および保安部所属のクサカベに対する特別監察を実施する!無駄な抵抗はせずに投降せよ!」
ヒナの声に暗がりから1人の男が姿を現した。
ヒナと同じデザインの制服をだらしなく着崩した、目つきの鋭い黒髪の男。
手には軍用ブラスターを持っている。間違いない、あれはクサカベだ。
「監察?投降?なんのことだ」
「ここは|アスクレピオス保健当局が立ち入りを禁じてる場所なんだがな?」
「なんだ、監察官サマはお一人で来るのが怖くて麻薬Gメンを連れてきたのか?笑わせてくれるぜ」
そう言うとクサカベはだらりとぶら下げていたブラスターを抜き撃ちする。
朱いエネルギー弾がヒナの頭を掠め、背後にあった倉庫の扉を粉砕した。
一瞬遅れて、エネルギー弾の擦過で焼き切られたヒナの髪が数条、倉庫の床へと舞った。
「麻薬Gメンはともかく、監察官を殺すと面倒な事になるからな。見逃してやるから帰りな、お嬢ちゃん」
クサカベの銃撃に反応できなかったルドガーの顔に焦りの表情が浮かぶ。
事前の情報で敵の戦闘力が高いことは把握していたが、ここまで圧倒的とは。
想定外の状況に、自分が囮となってヒナを逃がすという選択肢がルドガーの脳裏に浮かぶ。
だが、ヒナはそんなクサカベの様子に動じることなく、手にしていたレゾナンスブレードに向かって起動歌を短く謳う。
『Blade of the Ocean, to my voice give heed!』
(大海の刃よ、我が声に応えよ!)
アクアマリンの輝きを持つ共鳴の刃が形成され、薄暗い倉庫の中に清浄な――しかし小さな光をもたらす。
「なんだ、やる気か?潜入捜査だなんだとこそこそ隠れるお仕事しか出来ない監察部が、俺達保安部と正面切って戦えるとでも?」
小馬鹿にしたような口調でそういうクサカベに対し、ヒナは告げた。
「クサカベ、並びにシモンズ。ギルド章を掲げ、監察の実施を宣言した監察官に対する加害行為はギルド反逆罪にあたる。ギルド反逆罪に対する罰則は0号処分のみ。知っているな?」
「だから降伏しろってか?馬鹿馬鹿しい。ここには麻薬Gメンも監察官も来なかった。そう言う事なら何も問題は起こらないさ」
クサカベは吐き捨てるようにそう告げると、ブラスターの照準を僅かに横へずらす。
狙いは……ルドガーだ。ブラスターの銃口に灯る朱い輝きが自身を真正面から捉えている事に気付いたルドガーは死を覚悟した。
だが――
撃ち出された朱いエネルギー弾は、アクアマリンの輝きによって霧散させられた。
かつてミラジュミナでアリサが披露した、飛来するブラスター弾の斬り払い。
ヒナが監察官としての訓練時に習得する武器をブラスターではなくブレードとした理由であり、ヒナの指導教官である剣技の達人、アレクシスにすら不可能だと言わしめた神技が。
「……ワタシにも、出来た……」
へたり込んだルドガーの前で、ブレードを振り切った姿勢でヒナはそう呟く。
その姿を見たクサカベは忌々しげに吐き捨てる。
「チッ……ビギナーズラックか。だが、幸運は一度きりだぜ?」
そう言うとクサカベはヒナに向けて立て続けにブラスターで射撃を加える。
ブレードを持つ右手。次に心臓。最後は眉間。
3つのエネルギー弾が狙う場所も、飛来する射線も――全てが見える!
ヒナが3度振るったブレードは、エネルギー弾を全て斬り捨てていた。
「馬鹿な……なら、まとめて……!」
ヒナの技量に驚愕したクサカベだが、即座に気を取り直すとチャージショットの構えに入る。
軍用ブラスターのチャージショットなら、例え斬り払われても開放されたエネルギーの余波でヒナを倒せると考えて。
だが、忌々しげに睨み付けるクサカベの視界から、ヒナの姿がかき消える。
そして、次の瞬間。ブラスターの銃口に、アクアマリンのブレードが……真正面から突き立てられていた。
咄嗟にブラスターから手を放したクサカベは、振り上げられたブレードの一閃がブラスターを弾き飛ばし、倉庫の天井付近で暴発するのを唖然と見つめることしか出来なかった。
そして返した刃をクサカベの喉元に突きつけ、冷たい声でヒナが言う。
「これで、チェックメイト」
だがクサカベはヒナから目線を外さずに、薄く嗤う。その表情を見たヒナは咄嗟に飛び退ると……彼女が直前まで立ってた空間を朱い光条が迸った。
物陰から強襲し、横薙ぎにブレードを振るった人物に対してヒナは言う。
「奇襲……はいいけど、どうして部下を斬るの?」
「部下?これはただの手駒だ。それも、役目すら果たせぬ無能だ」
朱い共鳴の刃を手に、そう嘯くシモンズが振るった一撃はヒナを斬ることこそ叶わなかったが、クサカベを一刀のもとに斬り捨てていたのだ。
致命傷を負い、声もなく倒れ伏すクサカベ。
ヒナは一目見てクサカベが即死したことを悟った。
そしてシモンズの言葉から、戦局を観察していたシモンズはクサカベを制圧して油断した自分を奇襲し、斬り捨てるつもりだったのだろうと推測する。
シモンズにとってクサカベは護衛未満の存在であり、おそらくは万が一の場合は最初からクサカベを捨て駒にする気でいたのだろう。
「……死者を、侮辱するな」
「おかしな事を。それは貴様の敵だ。いやこの程度は敵ですら無かったか?」
シモンズの言葉に、ヒナは無言でブレードを構え直す。
「しかし監察官にこのレベルの使い手がいるとはな。どうだ、我が配下になる気はないか」
「ワタシは既に身も心も、魂さえも女神に捧げている。ピアースの配下ごときが、ワタシを御せると思うな!」
「貴様、ピアース様の事を嗅ぎまわっているのか?身の程知らずが」
ピアースの名にシモンズが眉をひそめる。
その様子からヒナは、亜光速でアスクレピオスへ到着したシモンズはこの星の異常事態には気付いていても、まだピアースの死については知らないのだろうと推測した。
「ピアースなら、もう既に倒した。星喰みも壊滅済みだ」
「馬鹿なことを……」
「馬鹿はお前だ、シモンズ。星喰みが壊滅していないのなら、なぜお前はこんなところで燻っている?この星の病巣はワタシと相棒が一掃した。そして、ピアースもだ!」
「戯れ言を!」
そう言い放つとシモンズは朱いレゾナンスブレードを振りかざし、猛然とヒナに襲いかかった。




