#3
「で、支部長クラスって事は三等管理官だよね?治外法権を盾にして出頭やら投降やらを拒んでるからワタシを呼んだ、ってこと?」
「確かに治外法権の件もあるんだが、身内の恥を晒す話があってな」
「……まぁ、ギルド側も恥まみれだからいいんじゃない?」
ヒナの言葉に苦笑しながら、ルドガーはシモンズと言う名の新支部長と、クサカベと言う名の護衛の戦闘力が高く、麻薬Gメンでは物理的に対処できないのだと言った。
元々麻薬Gメンは保健当局所属で、所属しているスタッフの大半は科学者や薬学者、検査技師達だ。
現場に出ているルドガーにしても――いかつい外見とは裏腹に――化学系の学位を持つインテリで、荒事向きではないらしい。
「本来ならうちの私設軍でも派兵できれば制圧できるんだが……」
「そっちの支社長含め幹部が全滅してるから、出兵の判断が出来ない……ってとこ?」
「まぁ、有り体に言うとそういうことだ。なにせ相手がギルドの役職付きだからな。迂闊に手を出して全力制裁を喰らう訳にもいかん。支社長代理どころか、本社の人間にも判断が付かないんだろうよ」
ルドガーの言う全力制裁というのは、ギルドが対外的に宣言する敵対者への対処法だ。
血統主義であり、シンガーの血筋を重んじるギルドはその所属メンバーに対する同胞意識が極めて強い――とされている。
それ故に、ギルドは構成員に対する攻撃に対しては苛烈なまでの反撃を行い、ギルドと敵対するものが生じないよう抑止力とする。
制裁には経済的なものから軍事的なものまでいくつかの段階があるが、管理官等の役職付きを害された場合にギルドが取る報復は「全力制裁」と呼ばれている。
それは敵対者を完全に滅ぼすまで徹底的な攻撃を加えると言うもので、実際に手を下した個人のみならず、その個人が所属する組織や企業、惑星国家……いわゆる一族郎党を根絶するような反撃を行う。
実際、過去には全力制裁で恒星間組織や惑星政府が崩壊した事例も残されており、まともな人間ならギルドの幹部に手を出そうと考えることはない。
つまりルドガー達保健当局にはシモンズを逮捕することは出来ても、討伐することは出来ない。
そして、戦力的に逮捕は困難だ……そういうことなのだとヒナは理解した。
「なるほど、治外法権を持つ上に戦力もある相手と戦うために、監察官が必要ってことだね」
「ああ。すまんが協力して貰えるか?むろんアステラメディカからも戦力は出す」
「どういう作戦?」
「こちらの戦力を監察官の指揮下に置く。実態は軍による制圧だが、名目上はあんたの指揮によるものだという体裁で対処させて貰えるとありがたいんだが」
ルドガーの言葉にヒナは少し思案し、件の2名のパーソナルデータをギルドネットから取り寄せた。
護衛のクサカベは保安部所属でブラスターの名手。支部長の身辺警護を担う人間である以上、これは想定内だ。
だが問題は三等管理官のシモンズで――。
「なに、こいつ。ゴリゴリの武闘派じゃない……」
データに記されていたシモンズの経歴は保安部の実戦部隊指揮官だったというもので、護衛であるクサカベはシモンズの部隊に所属していたらしい。
シモンズは基本的には文官である管理官が必須科目として護身術を習得したのではなく、実戦で剣技を磨いた人間が管理官資格を取得しており、おそらくは護衛であるクサカベよりも遙かに手強い。
つまり並の捜査官や企業私設軍の兵士程度ではシモンズはおろかクサカベすら取り押さえることはほぼ不可能なので、ルドガーは軍事力で組織ごと壊滅させると言う腹づもりなのだろうとヒナは理解した。
「でもこのシモンズっていうの、手練れの戦争屋だよ?乱戦になったら逃げられる可能性があるし、初戦で仕留めきれなかったらアステラメディカがギルド幹部に攻撃したって騒ぎ立てる可能性があると思うけど」
「それは、まずいな……」
おそらくかつてのヒナであればシモンズどころかクサカベにすら苦戦した事だろう。
だが、女神であればこの程度レベルの敵が2人なら鎧袖一触、赤子の手をひねるように成敗するはず。
なら部分的とは言え女神の恩寵を得たヒナであれば……あるいは、シモンズ達と互角に戦えるかもしれない。
「じゃあ、作戦は変更。ワタシとルドガーさんだけで連中のアジトへ。ギルドの監察官相手だと知れば組織の連中も迂闊には攻撃してこないだろうし、少数相手なら油断してシモンズ達も姿を現すと思う」
「だが、投降はしないと思うぞ?」
「まぁ一応は決まりだからね。投降を呼びかけて……受け入れるなら良し、受け入れないなら、まぁなんとか頑張るよ」
「何とかって言うがな……いや、もしかして姿が見えないが、マリエッタの嬢ちゃんも来てるのか?あの嬢ちゃん、とんでもない戦力を隠し持ってるようだったが」
「ううん、マリエッタは別行動。ここへ来たのはワタシだけだよ」
一撃で薬物工場を殲滅したマリエッタの事を思いだし、期待の表情を浮かべたルドガーだったが、ヒナは彼の言葉を否定する。
「もし、ワタシが負けたら……その事をギルドに報告してくれる?そうしたら、きっと『女神』が後始末をしに来てくれるだろうから」
ルドガーを安心させるために口ではそう言ったものの、ヒナはアリサに手間を掛けさせる気などさらさらなかった。
女神の傍らに立つためには、この程度の障害に負けるわけにはいかない。
そう決意を新たにし……ヒナは戦いへと赴く。
薬物密売組織のアジトは星都の外れ、3ヶ月前まではギルド管理地域だった場所にほど近い倉庫地帯にあった。
ロケーション的に薬物密売組織と通じていたギルド支部が生産したレッドナイトやパープルナイトを搬出、保管していた拠点の1つなのだろう。
だが薬物工場は既にマリエッタによって跡形もなく粉砕され、大規模な生産拠点を失った組織は力を失いつつあるとルドガーは言う。
「生産拠点がなくなったのに、まだ組織が維持されてるの?」
「小規模拠点が結構残ってるんだよ。主原料がアステラメディカの合法的な商品だからな。純度を気にしなけりゃ下手すればトレーラーハウスでも密造できちまう」
「じゃあ今は細々と生産したのをあそこに集めてるって事だね」
そう言いながら、ヒナは覗き込んでいたバイノキュラーズを降ろし、周囲の様子にも目をやった。
見たところ周辺警戒が行われている様子は無く、倉庫そのものも人の出入りのない廃墟のように偽装されている。
「お出迎えはなさそう、かな?」
「ああ、保健当局がここが連中のアジトだと把握してるってことは、当然連中も理解してるからな。派手に動けば私設軍が飛んでくると考えてるんだろう」
「なら、正面から乗り込もうか」
「えらく前のめりだな?無茶するなよ?」
「大丈夫。気負ってはいるけど、無茶はしないよ。誰よりも大切な人に救って貰った命だからね。無駄には出来ないんだ」
そう言うとヒナはビークルへ乗り込み、ルドガーと共に倉庫へと向かう。
事前の見立て通りビークルは攻撃されることはなかったが、ヒナはどこからか監視されているという気配を感じた。
それが単なる気のせいなのか、テロマー由来の超感覚なのかは判らなかったが、それでも何事もなくビークルは倉庫の入口へと到着する。
倉庫の扉は少し錆び付いた大きく頑丈な金属製のものだったが、ヒナが思ったよりもあっさりと開いた。
むろん錆び付いた扉が静かに開くわけもなく、巨大な蝶番が軋む音が倉庫の中に耳障りな音を響かせる。
ブラスターを手にしたルドガーと共に倉庫の中へと足を踏み入れるヒナ。
――中に人がいる。




