#2
そして5日後、ヒナの姿はアスクレピオスの軌道ステーションにあった。
前回マリエッタとこの星を訪れた際は身元を旅行者と申告したせいでトラブルに巻き込まれたが、今回は保健当局からの招聘による訪問であるため、入星ゲートで身元を明かして手続きを行う。
前回の訪問時は入星ゲートに薬物組織と関係のあったギルド職員が配置されていた。
だが、ギルド上層部から中堅までの大多数が逮捕された事でアスクレピオス支部は機能不全に陥り、人員配置がままならないのか入星手続きはアステラメディカの職員が代行している。
「増員が来てないのか……。まぁ、それもそうか。あと数年はこのままだろうけど、大丈夫なのかな、ここの支部」
そんな事を呟きながら軌道ステーションの廊下を進むと、検疫場が見えてきた。
「すまないがそこで止まってくれ。手荷物チェックとメディカルチェックを……ってヒナさん?」
「お久しぶり、ヒューイ。検疫、受けた方が良い?」
「いえヒナさんはそのまま通すようにと主任から指示が出ています」
「そう?前回は子供でも例外なくチェックだ!って言ってたのに」
「以前と比べると状況がマシになっていますし、明らかにクリーンな人を検査するほど暇じゃありませんからね」
「そう?ならいいけど……ルドガーさんは?保健当局の庁舎?」
「ええ、この時間ならデスクワークをされてると思います」
現場一筋といった印象だったルドガーがデスクワークをしている姿は想像できないと思いながら、ヒナは知己の検疫官ヒューイに礼を言うと軌道エレベータへ向かった。
地表へ降下する軌道エレベータから見える星都の様子は前回とさほど変わらないように見えた。
星内ネットワークのニュースサイトによれば、アレクシスが往還艇で突入したことで破壊されたアステラメディカの社屋は復旧工事が概ね終わっているようだった。
だがアレクシスによって抹殺された上層部の補充人員はまだ来ていないため、唯一難を逃れていた取締役が本社の指示を受けながら支社長代理で会社を回している様子が確認出来た。
ギルド支部も、アステラメディカも、犯罪に手を染めた上層部を失い再建に苦慮している。
そんな様子を肌で感じながら、ヒナは保健当局へと向かう。
「こんにちは、ルドガーさん」
「良く来てくれた!……いや、しかし本当に凄いな、ギルドの超光速船は。アノインティングからここまでは13パーセクは離れてるってのに。うちなんか新支社長が到着するのは早く見積もっても20年は先だぞ?」
「短時間で到着する分、休む間もなく働かされるけど……」
「それは違いないな」
そう言うとルドガーは豪快に笑ってみせた。
その様子を見てヒナは彼が変わっていないと思うと同時に、自分はどうだろうかと自問する。
女神の恩寵を得てセミテロマーとでも呼べる存在へと肉体は大きく変化した。
だが自身のメンタリティやアイデンティティは?
今の自分は3ヶ月前にルドガーと出会った時の自分と同じなのだろうか?
いや、今は悩んでいる時ではない。
そう思い直すとヒナはルドガーに依頼の件を確認した。
一度クリーンになったはずのギルド支部で、支部長と支部長補佐が悲惨な末路を辿ったこの支部で、また誰かが愚かにも薬物密売組織と通じるようになったのか、と。
「そちらのギルド支部の人間が組織と関わっているのは事実だ。だが、支部の人間が堕ちたっていうよりも……堕ちた人間が来た、って言うのが正確だろうな」
「来た?余所からってこと?」
「そうだ。後で支部の連中に確認して貰えば正確なところが判ると思うが、2週間程前に新しい支部長だって名乗る奴らが到着してな。そいつが今回問題を起こしてる」
「新しい支部長?名乗ってるっていうのは?」
「到着後、支部にも顔を出さずにそのまま行方をくらましたせいで身元の確認が取れてないと聞いてるが」
新任の支部長が到着直後に薬物密売組織と接触するという状況は、ヒナにとっても理解の範囲外だった。
アスクレピオス支部は薬物問題で大きな不祥事を起こした支部で、その再建のために派遣される新しい支部長は当然クリーンな人物であるはずなのに。
その人物が到着するなり薬物密売組織に下る?
あり得ない状況にヒナは人事異動を指示した統括局の判断に疑念を抱いたが、同時にルドガーの言葉に引っかかるものも感じていた。
「奴ら、って言ったよね?支部長1人じゃなかったの?」
「ああ、来たのは2人だ。入星ゲートで支部長とその護衛だと名乗ったらしい」
「……なるほど、そういうことか」
ヒナは新任の支部長と言う人物が統括局によって事後処理のため、超光速艇を使って派遣されたのだと思い込んでいた。
だがギルドが運用しているオンブルは小型艇であるため、ヒナが乗るものも含めて原則的は単座で、ごく一部の送迎用機体のみが復座になっている。
そして復座式のものもパイロットの他には1名の乗客しか乗せることはできない。
しかし今回、アスクレピオスへ着任したのは2名ということは……この2人はオンブルで来た人物、つまり統括局が事後処理のために派遣した人物ではない可能性がある。
「何に乗ってきたかは判る?」
「そこまでは確認していないが……到着したタイミングから考えると、5.8光年離れたチェイスって言う惑星との間で定期運行している旅客航宙船だろうな」
「それ、亜光速で航行するやつだよね?」
「むしろ亜光速航行じゃない船を探す方が難しいんだが?」
ルドガーの言葉でヒナは納得した。
つまり「新任の支部長」はギルド統括局が支部再建のために超光速艇で送り込んできた人間などではなく、おそらくはアスクレピオスを食い荒らそうとしたピアースによって亜光速で送り込まれた「前支部長の後任者」だったのだろう。
ルドガーが冒頭に言った「堕ちた人間が来た」と言う言葉の意味はまさにその通りだったのだ。
「なるほど。亜光速で6年掛けて赴任先へ来てみたら既に後ろ暗いお仲間は全て摘発済みで薬物工場も綺麗な更地、おまけにピアースも敗死してました、ってことか」
ヒナは彼らは薬物密売組織と関わりのあったファルケン元支部長とアステラメディカの上層部は既にアレクシスによって処刑され、支部長補佐のアインストンも自らが流通させていた薬物によって廃人となった事を知らずにこの星へ到着した星喰みの交代人員なのだと理解する。
そして到着後に知った事実から、行き場を無くして薬物密売組織に接触した彼らを「間の悪い人達」だと評価する。
「いや、違うかな……6年先を見越して交代要員を事前に手配しているピアースの手際を評価すべきとこかな。もっとも不老不死を自称していたピアース本人は6年後に自分が死んでるなんて夢にも思ってなかっただろうけど」
「ピアース?誰だ、それは」
「ううん。こっちの事。ごめんね、ギルド秘になってるから詳しく話せないんだ」
小さく呟いたヒナの言葉が耳に入ったのか、ルドガーがそう問う。
だが星喰みの黒幕がピアースであった事は対外的に、そしてギルド内にも伏せられている。
いかに共に星喰みと戦った協力者であるとはいえ、部外者であるルドガーにおいそれと話すこともできず、ヒナは笑顔でそう誤魔化した。




