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■この物語は本編である「少女は大宇宙で虹と歌う」第3部2章、惑星アノインティング編から繋がる物語です
本編未読の場合は是非「サクラメント」「アナテマ」を先に一読いただけると幸いです
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「じゃあヒナ、またねっ!」
「ええ、マリエッタも元気でね。アリサ様達にも感謝を伝えておいて!」
「あはは、それは自分の口で伝えた方がいいと思うよっ!」
自らの主と合流すべく、惑星アノインティングを旅立っていったマリエッタ。
彼女が乗る小型航宙艇、リュミエールが遠ざかってゆくのを軌道ステーションの窓から見送ったヒナ・カイラニは1人アノインティングの地表へと戻った。
この惑星での監察任務は既に終了しており、監察局への報告書も提出済みだ。
公的にはヒナがここですべきことは全て終わっているが、それでもヒナにはまだ個人的にやることが――少なくとも次のミッションまでに終えておくべきことがあった。
ヒナはこの惑星で命の危機に瀕し、そして女神の恩寵を得て復活することが出来た。
問題はその恩寵がどの程度の力を与えてくれたのか、まだ自分でも把握出来ていないということだ。
先頃行った監察業務の中で、感覚の鋭敏さが高まっていることは確認出来た。
そして何より自分が今こうして健康体で歩き回れている事自体も、女神の恩寵によるものである事は間違いない。
アリサはヒナの寿命が延びたと言ったが、それはさすがに年数を掛けないことには確かめる術がない。
となると、今早急にヒナが確認すべきことは。
「やっぱり運動能力とか、戦闘力だよね……」
ヒナはマリエッタからアリサの身体能力は同世代のトップアスリートの2倍程度だと聞いていた。
実際、ヒナ自身も故郷ミラジュミナにおいて、アイリスの援護があったとはいえ、アリサが企業の私設軍隊を単騎で撃破しているところを目撃している。
だがそれは女神の御技であり、女神から恩寵を与えられた身に過ぎない自分が女神と同じ力を振るうことが出来ると考えることは烏滸がましいだろう。
それでも……せめてアリサの何割かの力があれば。敬愛する主の露払いや盾ぐらいにならなれるかもしれない。
そう考えながら人気の無い町外れでヒナは自らの身体能力を冷静にチェックする。
瞬発力。持久力。反射神経。膂力……。
あらゆる能力が以前の自分と比べて明らかに向上している。
「これ、もしかして……前の2倍ぐらいになってるんじゃないかな」
一通り確認が終わったヒナは、やや茫然としながらそう呟いた。
かつての自分は監察官となるための訓練を経て、同世代の中ではそれなり……剣技の師であるアレクシス教官のような達人とは比べるべくもないが、アスリート並の身体能力を持つに至っていたとヒナは自認していた。
その能力が2倍に向上しているとすれば。
「アリサ様の8割……は不敬だけど、7割ぐらいの動きはできそう?これなら、足手まといになる事はないのかな」
発振させたレゾナンスブレードを振りながらそんな事を呟く。
ヒナ自身は力による正義を否定する立場であるため、戦闘能力の向上はあくまでもアリサに寄り添うために必要なものだと認識している。
自ら戦いを求めるつもりはないが、もしかしたらいつの日かこの力を振るうことも――
だが、ヒナのその想いは予想外の形で裏切られることになった。
「だから、ワタシの傷病休暇ってあと1週間ぐらい残ってるって」
『申請書類はそうなってましたけど……。カイラニ監察官、既に任務復帰されてますよね?』
「ええぇ……」
ヒナが病に倒れ、骨髄移植を受けた事はアリサによってギルド統括局、そして監察部に報告が行われ、同時に療養のための傷病休暇がアリサから申請されていることはヒナも聞いていた。
その期間は本来であればあり得ない程短い……有り体に言えば、ようやくベッドから起きられるかどうか、と言う短期間ではあったが、その短い休暇が終わるよりも前にヒナに新たなミッションが与えられたのだ。
確かにヒナは既に退院していたし、アノインティングでの監察も完了している。
けど――。
ヒナはそう抗弁したが、通信相手である監察部のミッションオペレーター、ミユキ・シンジョウは申し訳無さそうな顔をしながらも、職場復帰できているなら任務を受けて欲しいと言った。
「もしかして、寝てた方が良かったんじゃ……」
『結果的にはそうかもしれませんけど……。でも、カイラニ監察官をご指名の上での協力依頼ですから』
「指名?協力依頼?」
話を聞けば引き受けざるを得なくなる事を意識しながらも、ヒナはミユキの言葉に思わず反応してしまう。
確かにヒナは星喰みという星間犯罪を打倒した実績を持つが、事件の影響はギルド内部に根深く残っていることもあり、ヒナの成した行いを知るものは一部の幹部や関係者に限定される。
つまり、星喰みの件を差し引けば、ヒナは特命監察官に就任してまだ数ヶ月しか経っていない無名のルーキーでしかないのだ。
そんなヒナを指名してくる相手に心当たりがあるとすれば……やはり星喰みの関係者か。
そう思ったヒナだったが、ミユキが告げた内容はヒナの予想とは少し外れたものだった。
「アスクレピオスの麻薬Gメン?」
『はい。保健当局のデュラン捜査官と言う方からです』
確かに製薬で有名な恒星間企業、アステラメディカが統治する惑星アスクレピオスの名は聞き覚えがあるし、保健当局の違法薬物捜査官達と共闘し、ギルドが関連した薬物事件の解決に手を貸したことはある。
だが問題はデュランという人物に心当たりが無いということだ。
「それで、依頼の内容は?」
『誠に嘆かわしいことですが、それなりの地位にあるギルド関係者が薬物密売組織に関わっているそうです。立場的に治外法権を得ている状態になりますから、現地の司法当局では対応が難しいと……』
「あそこの支部って支部長も、補佐も、上層部もみんなワタシが摘発したよね?まだ残ってたってこと?」
『先方からは、詳しい事は直接お話ししたいと』
「はぁ……判ったよ。ところでミユキ、傷病休暇って振り替えとか買い取りとかは……」
『そんな事したらカイラニ監察官が監察対象になりますよ?』
「だよね……」
ため息をつきながらミユキとの通信を終了し、ヒナは思案する。
前回アスクレピオスで行った摘発が不十分だった可能性。
星喰みの残党が組織を壊滅させたヒナに報復を企み、罠を仕掛けている可能性。
どちらにしても面倒な事になりそうだ。そう思いながら、ミユキに伝えられたデュランという捜査官の連絡先をコールする。
『はい、こちら保健当局総合受付です』
「……モーリオンギルド監察官のヒナ・カイラニです。そちらのデュラン捜査官から協力要請を受けたのですが、取り次いで頂けますか?」
『しばらくお待ち下さい』
通信相手が見知らぬ女性であったことに一瞬驚いたヒナだったが、相手が保健当局の通信オペレーターだと知り、デュランと言う捜査官を呼び出すように依頼する。
そして待つことしばし。
ホロディスプレイに表示された人物は、ヒナが見知った相手だった。
『おう、嬢ちゃん。久しぶり……という程でもないか』
「ルドガーさん?3ヶ月ぶりぐらいですけど……あのワタシ、デュラン捜査官に用があって」
『……もしかしてだが、俺の名前覚えてないのか?』
「え?」
『名乗ったことあるだろう?ルドガー・デュラン。それが俺の名前だが』
名乗られた事があったような、無かったような。
曖昧な記憶を辿りながら、愛想笑いを浮かべたヒナは口を開いた。
「それで、協力要請があったと聞きましたが」
『ああ。実は嬢ちゃん……いや、カイラニ監察官に頼みたいことがある。通信で伝えられる内容はそちらの統括局に伝達してあるが……』
「うちの関係者がまたご迷惑をおかけしてる、って事ですよね。治外法権がらみで手が出せないと聞いています」
『そうだ。だが少々面倒な話があってな。悪いがアスクレピオスまで来て貰えると助かるんだが』
「判りました。今アノインティングって惑星にいるので、到着まで数日見ておいて頂ければ」
ヒナに言葉にルドガーは承知したと応え、通信は切れた。
相手がかつて共闘したルドガーなら罠の線は無いだろう。
そう判断したヒナはアノインティングを離れ、アスクレピオスを目指し大宇宙へと飛び立った。




