#7
その後、ヒナとマリエッタはミロードに協力求め、行方不明になったピアースの捜索を行った。
だが既に彼が宇宙へ流されてから時間が経過しており、無限に広がる大宇宙の中、推力も無くただ漂うだけの人体をセンサーで発見することは出来なかった。
同様に宇宙空間に飛び出したアレクシスも発見することは出来なかったが、オンブルを残したままのピアースと違い、アレクシスが乗ってきたオンブルが周囲に見つからなかったことから、彼は生還したのだとヒナは確信した。
ピアースの死が確実だと判断したヒナは、牢屋の中で静養を兼ねて丸一日考えたあげく、汎銀河司法裁判所に対して恒星間犯罪の告発を被疑者死亡により取り下げると申し出た。
ミロードは粛々と手続きを行い、そしてこの一件は公的には無かったことになった。
「ヒナっ、良かったのっ?これで終わりになるのっ!?」
「……終わりじゃないよ。これからギルド内に星喰みの残党がいないか捜査しないといけないからね。でも、今ここでギルドが星喰みに加担したことを公開したら、きっとその捜査は上手くいかないし、証拠だって隠滅されてしまう」
ギルドの罪も、星喰みの被害も無かったことにするのではない。
その罪を追求するために、今はこの場での告発を思いとどまるのだとヒナは静かに言い、マリエッタはヒナが迷いながら決断した正義を黙って支持した。
ヒナは法廷の外に立ち、正義の女神像を見上げる。
剣と天秤を持つ「正義の象徴」たる女神。
迷い続ける自分はいつか女神の名に恥じぬ正義を行えるようにようになれるのだろうかと思いながら。そして彼女はふと疑問に思った。
「そういえばこの女神様、名前はあるの?」
そう問いかけるヒナにミロードは女神像の由来について語った――。
その後、ヒナ達は諸々の残務処理を行った。
ピアース……と、マリエッタが破壊した法廷の修理費用をギルドが賠償するための手続き。
係留されたままになっているオンブル一号機の回収手配。
返却された証拠物品の移送手続き。
ピアースの継続捜索願い。
告発を取り下げたこを上司へ報告した上での申請取り消し。
さらには心配していたメナに対する報告と、万が一ヒナが殺された時のためのバックアップとしてマリエッタが直接メナの元へ運んだ星喰みの手口に関する情報を、メディアを通じて発信する手はず確認。
「事件終わってないのに、残務処理いっぱいだよっ!」
「星喰みの件が本当に片付いたらこんなものじゃないかもね。マリエッタ、やっぱりワタシの養子にならない?」
「お断りだよっ!でも……バディとしてなら手伝ってあげるっ!」
事件が一段落付いたこともあり、マリエッタは本来の居場所であるアイリスの元へ戻ると言った。
ヒナの上司である監察管理官の話では、統括局内でそろそろアリサ達の謹慎が解除されるという話が出ているらしく、それならアイリスが再び活動を始めるまでに秘書官としてアイリスと合流したいらしい。
ヒナは自分も秘書官としてアリサの側にいたいと思ったが、監察官でもあるヒナは常にアリサの側にいることはできない。
つまり……ヒナとマリエッタはこれから異なる道を歩むことになる。
だが、それでもマリエッタは自分達はバディだと言う。
主同士が行動を共にしているのだから、きっとまた自分達も一緒に行動する日が訪れるから、と。
「できれば今度は恒星間犯罪とかハラスメント案件とかじゃなくて、楽しい案件がいいかなっ」
「……いや、監察官の仕事に楽しい案件ってないからね?」
「えー!?フルーツ牛乳工場の視察とかしようよっ!」
「監察官がするのは視察じゃなくて監察だし、物品の提供を受けたら賄賂になるよ?」
そんなことをいって笑い合いながら、2人はそれぞれの行き先を目指して出発した。
先に出発したマリエッタのリュミエールを見送るとヒナもオンブルに乗り込んだ。
マリエッタの前では気力を振り絞っていつも通りを演じていたが……体が鉛のように重く、呼吸が苦しい。
自分の体は明らかに異常を来している。アレクシスから受けた傷の痛みを堪えながらオンブルのシートに身を沈め、しばらく目を閉じて呼吸が落ち着くのを待つ。
まだだ。まだ、すべきことがある。
ヒナはノロノロと通信機のスイッチを入れ、惑星ペレジスにいるアリサをコールした。
間を置かずに応答したアリサに星喰みとピアース、そしてアレクシスにまつわる顛末を報告する。
通信越しに黙ってヒナの報告を聞いていたアリサはヒナの言葉が途切れたあと……しばらく瞑目してから答えた。
『わかりました。ありがとう、ヒナ。私の方からもタヌキババ……いえメラニー・スゥに対して強く遺憾の意を伝えておきます。っていうか聞いてますよね、メラニー?監督不行き届きにも程がありますよ、あなた!』
「あはは……それで、アリサ様。あの、一つ聞いても良いですか?」
ヒナはそう切り出し、今回の出来事で自分が正義について思い悩んだこと、そして自分の中で正義とは「常にその正しさを問い続ける天秤の正義」だという答えを得たと説明した。
ヒナの言葉にアリサは一言、あなたらしい正義ですねと応えた。
そしてヒナは……しばらく逡巡してから問う。
「……アリサ様にとっての正義とは何なのですか……?なぜワタシの故郷を救ってくれたのですか?」
不安定な通信回線の中、時々揺らぐアリサの映像は少し困った表情を浮かべているようにも見えた。
やがてアリサは口を開く。
『私は特に正義が何かと考えた事はなかったですね。ミラジュミナの件も、通りすがりのお人好し活動……言うならば、お節介だっただけですし』
アリサのその答えを聞いてヒナは理解した。
アリサは正義を成そうとしたのではなく、アリサの行いそのものが正義になるのだと。
アリサの正義とは自身の内側から出るものであり、それ故に正義とは何かを問う必要すらない。
まさにそれは「女神の正義」なのだと。
ヒナはミロードが説明した、正義を司る女神は二柱存在するという話を思い出した。
ヒナが信じる「人の法」を守護するユースティティア。
そしてもう一柱は「運命としての正義」を司る秩序の象徴、テミス。
汎銀河司法裁判所が掲げる女神がどちらの女神なのかは失伝しているためミロードにもわからないという話だったが……。それでもヒナは、アリサの正義とはまさにテミスの正義なのだと思った。
アリサが振るうレゾナンスブレードがどこまでも澄み切った神々しい蒼の光を纏うのは、彼女が振るう力が意図することなく成される運命としての正義、すなわち神の正義であるからだ――ヒナはそう結論づけた。
「やっぱり、ワタシにとってアリサ様は『女神』です」
『ヒナ……それ、そろそろやめませんか?いえ、女神は別にいいのですが、それと同時について回るもう一つの方がどうしても……ってテレジア!?誰が女帝で謹慎処分セールですかっ!』
通信機越しにアリサが傍らにいる誰かに青筋を立てて怒鳴っている声が聞こえる。
テレジアという名はヒナの前任者であるアリサの元専属秘書官の名で、おそらくその人物はアリサにとっては家族同然の存在なのだろう。
いつか自分もテレジアのように、アリサに寄り添える家族のようになれるのだろうか。そんな事を思い、静かに微笑みながらヒナは通信を終了した。
――自分が振るうレゾナンスブレードが蒼に碧の混じったアクアマリンの光を放つのは……きっと自分が選んだ迷い続ける正義を象徴しているのだろう。
つまりブレードの輝きはヒナが悩むまでもなく、最初から自身の正義を象徴していたのだ。
そう考えながらヒナはオンブルを自動操縦で発進させ、少し愉快な気分の中……傷の痛みを忘れるため、泥のような眠りへと落ちていった。
これにて「監察官ヒナ」シーズン1の最終話となる第4話は終了になります。
ヒナの戦いはまだまだ続きますが、物語は本編第3部序章へと続きます。
明日6:00からは「少女は大宇宙で虹と歌う」の連載が再開されますのでお楽しみに!
https://ncode.syosetu.com/n0802lr/
※続編となる「Mission #5」以降は本編の進行状況に合わせて公開を行います




