#6
ピアースの近くにいたヒナも危うく真空の宇宙空間へと吸い出されそうになったが、咄嗟にブレードを床面に突き立て空気の勢いに抵抗する。
周囲の空気が吸い出されヒナは呼吸が出来なくなるが、コスモスーツのエアフィールドが作動したことでかろうじて難を逃れた。
やがて……法廷の緊急装置が作動し、破壊された壁を含む法廷の全周囲に分厚い金属のシャッターが降りたことで空気の流出は停まった。
ゆっくりとだが、再び建物内に空気が充填され始めたことでヒナのエアフィールドも自動的に動作を停止する。
アレクシスはしばらくピアースが消えた壁を見つめていたが、感情のこもらない平坦な声で言った。
「……結局、ヤツには逃げられてしまった」
「教官、何があったのか教えて貰えませんか」
ヒナの言葉にアレクシスは自らの過去を淡々と語った。
アレクシスはヒナ同様、ギルド内部の産まれではなく、ギルドから離籍した血縁者の子であったこと。
ギルドに見出され、監察官となったアレクシだったが、彼の産まれ育った星が星喰みによって破滅に追いやられたこと。
監察官として故郷を滅ぼした者を探し求めるうちに、ピアースが関与している事を掴んだこと。
監察部の内部事情を探るためオラクルへ留まる理由としてヒナの教育担当を引き受け、その合間にピアースが行っている星喰みへの関わりを調べたこと。
ヒナの研修が終わる頃には証拠も集まり、ピアースの犯罪を告発しようとしたが、正規の手続きによる内部告発に対して監察部が反応を示さないまま新たな任務が下され……向かった先で仕組まれた「事故」によって殺され掛けたこと。
つまりそれは、監察部はアレクシスの告発を揉み消し、命まで奪おうとしたということだ。
「……法による正義とは、いかに無力で意味のないものか」
そういうアレクシスの言葉に、ヒナは反論できなかった。
そしてアレクシスは続ける。
ヒナが自分と同じく外部からギルドへ加わった外様であり、ギルドのありかたに疑問を抱いていると知ったこと。それ故に、ヒナであれば正義のなんたるかを理解できるのではないかと期待していたこと。
ヒナに対して向けた「もし、法で裁けない悪と対峙したら、お前ならどうする?」という問い。
その問いはアレクシスが自分自身に対して問い続けていたものであり、彼はかつて何度かその同僚や後輩にそれを問うたことがあったそうだ。
しかしギルド内部で産まれ育った者は皆その問いに対して「それでもギルドの法に従う」と即答した。
だが、ヒナだけは……その問いに答えられなかった。
故に、彼ははヒナがどのような答えを導くのか興味を持ったという。
「俺はそのに問いに対する答えを得た」
そう言ってアレクシスは光の刃を示してみせる。つまり、アレクシスが導き出した答えとは法によらぬ力による粛清だ。
星喰みという巨悪を止めるためには力を持って当たるしかないとアレクシスは結論づけた。
そして、アレクシスはヒナを糾弾する。
「ピアースの粛清を決意するに足る証拠をお前に与えたが、結局お前はヤツを仕留めなかった。ヤツは死んだとはいえ……正義から、裁きから逃げ果せた。つまりお前の正義は結局何も成していない。違うか?」
アレクシスが刃と共に突きつけた問いに、ヒナは一瞬言葉に詰まる。だがそれでも、ヒナはこの法廷で正義の女神に問い続けた自らの正義について語った。
「それでも、ワタシは……法の枠の中で正義を求めたい。ワタシは監察官であり、刑の執行者じゃないから」
「法の正義を成すものが執行者ではない?面白いことを言う。ならば見てみろ、あの女神像を。お前もあれが正義の女神だと知っているだろう?あの手に握られた剣こそが、法で裁けぬ悪を剣で断罪せよと女神が、正義が告げている証だ」
アレクシスはブレードで法廷内の女神像を指す。確かに女神は右手に力の象徴である剣を掲げている。
だが、ヒナはアレクシスの言葉に対して反論する。
「それは違う!女神は確かに剣を手にしてます。でも反対の手には天秤を……公正な法の裁きを掲げてる!力なき法に意味は無いのかもしれないけど、法なき力も正義じゃない!」
「なら、おまえの語る正義が、俺の正義より正しいことを示して見せろ。お前の正義が力なき法ではないことを!」
そう言い放つと、アレクシスは自身の正義を体現する蒼い光の刃で猛然とヒナに斬りかかった。
アレクシスの刃をかろうじて受け止めるヒナだが、その動きは精彩を欠いていた。
ヒナは3日間の滞在で気付いていた。この法廷の空気が薄いのではなく、自分の体調が……呼吸器が異常を来している事に。
だが、今はそんな泣き言を言っている場合ではなかった。
監察官としての訓練中、ヒナは何度もアレクシスと手合わせをした。
最初は一方的に叩きのめされ、訓練が半年を過ぎた頃にようやく一本を取れるようになり、一年の研修期間を終える頃には十本に三本は取れるようになった。
……だが、技量の差が縮まったのはそこまでだった。
今もアレクシスの技量は圧倒的で、ヒナはたちまちのうちに傷を受けた。そして対照的に彼女が振るう青緑のブレードはアレクシスの体を捕らえることすら出来ない。
さらに数合打ち合った後……ついにアレクシスの一撃はヒナの手からブレードを弾き飛ばした。
法廷の床を滑るヒナのブレードは……やがて女神像の足下へ転がり、光を失った。
傷つき跪いたヒナにブレードを突きつけながら、アレクシスは冷たい目線と共に言う。
「やはり、お前の語る正義はその程度か」
「……ちがう、ワタシの……ワタシ達の正義は……!」
「ブリギッタ、オンステージ!」
アレクシスの視線を正面から受け止めながら、そう口にしたヒナの言葉を遮るように、突然響いた少女の声と共に法廷の天井が砕け散り……巨大な影がヒナとアレクシスの間に割って入った。
「ごめんっ、遅くなったっ!」
砕けた天井から飛び降りたマリエッタがヒナにそう声を掛け、助け起こす。
「ヒナの正義はヒナ1人だけで成し遂げるものじゃないからっ!ブリギッタ、幕を開けてっ!」
[Ready.]
マリエッタの声に合わせ、エクソギアは宙を滑るように移動し巨大な腕を振りかぶると眼前でブレードを構え、拳を受け止めようとする愚か者を殴りつける。ブリギッタの強力な一撃は惰弱な共鳴の刃を粉砕するには十二分な勢いがあるものだった。
「ぐっ……!」
ブリギッタの打撃はアレクシスのブレードを一撃で過負荷状態に追い込み、ブレードに埋め込まれたC3が四散する。
蒼く輝いていたC3の欠片は天井へと吸い上げられる空気とともに宇宙へと散っていった。
「教官、力が正義だというなら……あなたの正義はマリエッタに通じないことになる。だけどこの子の力は正義じゃない。だよね、マリエッタ?」
「正義とかは良くわからないけどっ、わたしは、わたしが正しいと思う事をするだけだからっ!」
破壊されたブレードを手に、黙って自分を見つめるアレクシスにヒナは告げる。
「アレクシス教官。あなたに出された宿題に対する答えを報告します。ワタシの正義とは迷うこと。正しいことを決めつけずに、常に正しさを考えながら、迷い、考え、最善をつくすことです。だって、正義の天秤は常に揺れ動くものだから。そして、ワタシは剣ではない。だから……法の枠組みで止められない悪と遭遇したときは……仲間を頼ります」
ヒナの答えを黙って聞いていたアレクシスは哄笑した。
「ふはははは……迷い続ける正義!それがお前の答えか、カイラニっ!」
「はい」
自信を持って答えるヒナに、アレクシスは首肯して言った。
「なら、お前の宿題は受け取った。どこまで実践できるか……楽しみにしているぞ」
そう言うとアレクシスはブリギッタが破壊した天井へ向かって跳び、流出する空気と共に宇宙空間へと飛び去った。
少し遅れて応急措置用のシャッターが天井の大穴を覆い、彼の姿は見えなくなる。
「……逃げられちゃったね」
「まぁ、教官はもうこれ以上罪を重ねないんじゃないかな……」
何の準備もせずに宇宙空間へと吸い出されたピアースと違い、アレクシスはコスモスーツを着用していた。
しかもヒナは彼に一撃を与えることも出来なかったので、彼のスーツは破損していない。
つまり、宇宙へ吸い出されたアレクシスは無事で……きっと今頃自分のオンブルでこの地を離れているのだろうとヒナは思った。




