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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #4『正義の天秤』汎銀河司法裁判所-断罪の衛星
36/43

#5

 場のペースは完全にヒナに支配されていた。端正な顔を醜く歪めたピアースだが、さすがにギルド統括局の上級幹部だけあり、何度か荒い息をつくと平静を――少なくとも表面上は――取り戻してみせる。

 そして、視線に憎しみを残したまま、猫なで声でピアースはヒナに語りかけた。


「……見事だ、カイラニ監察官。シノノメ管理官のごり押し任官かと思っていたが、キミがここまで優秀だとは思わなかったよ。優秀なキミに、報奨をを与えようと思う」

「……報奨、ですか」

「ああ、そうだ。キミは永遠の命に興味は無いか?告発を取り下げて私に付けば、キミは永遠を手にすることが出来る。どうだ、素晴らしい報奨だろう?」

「残念ですが、永遠はもう間に合っています。ワタシが仕える方は永遠の女帝(エターナルエンプレス)|ですから」


 ヒナとて叶うのであれば永遠にアリサの側に仕え、女神を支え続けたいという気持ちが無いわけではない。

 だが、人の身である以上それは叶わぬことだと覚悟していたし、自分が女神と並び立つなど烏滸がましいと思っていた。

 それに……隣にいるのがピアースなど、一考の余地もないほどもおぞましいことだ。それに、ピアースが永遠の命を餌に交渉を試みると見越していたヒナは、用意していた「ピアースにとって致命的な一撃」を与える切り札を切った。


「そもそも参事官、あなた……ゆっくりですけど老化してますよね?ワタシの女神は150年近く経っても未だお若いですよ。あなたみたいな不完全で、永遠とはほど遠い偽物なんてお断りです」


 ヒナの完全なる拒絶と受け入れがたい事実の指摘に動揺したピアースはたじろぎ、無意識のうちに後ずさっていた。

 何者をも従わせることができるはずの切り札を、一切の躊躇も逡巡もなく一言で拒絶してみせる?

 それはピアースやその同類達には想像も付かない事だった。


 ヒナが一歩踏み出すとピアースは二歩後退する。壁際に追い詰められ、既に手札も打開策も失ったピアースの敗北は決定的になったかと思えた。

 だが、その時……法廷の入口から、冷たい声が投げかけられた。。


「貴様には失望したぞ、カイラニ」


 逆光になった男のシルエットに向かい、ヒナは冷静に答える。


「遅かったですね、教官(センセイ)

「宿題の答えをもらいに来た。だが、どうやら貴様は落第のようだ」


 そう言うとアレクシスはレゾナンスブレードを発振させ、驚愕の眼差しで自分を見つめるピアースへ蒼く輝く光の切っ先を向けた。


「馬鹿な……お前は、始末したはずだ……」

「あの程度で始末したつもりとは。俺も見くびられたものだな」


 ヒナは5ヶ月前にアレクシスが航宙船の事故(・・・・・・)で消息不明になった事を思い出した。

 そしてピアースはそれが自分の企みだと図らずも自白したことになる。


 アレクシスが向ける殺意にピアースは自らのブラスターを抜き、応戦の構えをとった。

 引き金を引き続けるピアースの銃口に朱い光が収束していく。両者に介入すべく、ヒナも自らのレゾナンスブレードを発振させ、蒼と朱と青緑の入り交じった光が薄暗い法廷の廊下を照らす。

 沈黙を破ったのはヒナだった。


「ピアース、武器を捨てて投降しなさい!教官(センセイ)もです!」

「俺が投降する理由がどこにある?」

「うるさいっ!貴様ら、幹部である俺に、参事官に刃向かうつもりか!」


 言葉を投げつけながら、ピアースは必死に打開策を練る。

 幸いにも時間が稼げたおかげでブラスターのチャージは完了している。全力の一撃を放てば事態が打開できるかもしれない。


 生意気なカイラニを撃つか?

 いやダメだ、仮にカイラニを殺せたとしてもクインがすぐに斬りかかってくるだろう。

 クインを撃つか?いや、あの忌々しいシノノメが作らせたレゾナンスブレードはチャージショットすら切り裂くという。

 一撃で仕留めきれなければこちらがやられる。


 なら……この場は逃げ、権力をもって2人をギルドの反逆者とし、合法的に始末するしかない。


 だが出口はクインに押さえられているし、奥へ向かっても出口があるかどうかわからない。

 それに、背中を見せれば後ろから斬りかかられる可能性がある。なら……方法は一つだ。


 状況判断を一瞬で済ませたピアースは、法廷の壁に向かってブラスターを撃ち込んだ。チャージショットは建物の壁を破壊し、ピアースが屋外へ脱出するための出口をつくりだした。

 崩れ落ちた壁の向こうに見えた金属製の地面に向かってピアースは走り出し、オンブルへ向かって逃走を図る……はずだった。


 だが、ピアースが破壊した壁の先には地面こそ見えていたが、そこは気密された場所ではなかった。


 自ら飛び出した勢いと、壁が破壊されたことで宇宙空間(・・・・)へ吸い出された空気の流れに巻き込まれ、ピアースの体はたちまちのうちに汎銀河司法裁判所の表面から宇宙空間へと流されていく。


 コスモスーツを着用していなかったピアースは宇宙へ流されたことで酸素を失い、狂乱しながら闇雲にもがき、自らが生き延びる術を最後まで求めた。



 血走った視界の中に裁判所の入口に屹立する正義の女神像がうつる。

 助けを求めるように手を伸ばすピアースだが……女神がその手を取るはずもなく、彼の指はただ虚空を掴み……やがて力なく開かれた。

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