#4
告発の手続き自体はスムーズに終わった。
すでに告発内容や提出する証拠についても伝達済みだったので、告発者の本人確認と、証拠品の提出で処理は終了。
シンシアーを含めた資料は審理が始まるまでの間、全て裁判所で保管されることになった。
「審理開始まで1週間か……間に合うかな」
手続き後、供与された宿舎へ向かいながら、ヒナは独りごちた。
待ち人の現在位置から汎銀河司法裁判所までの距離は7パーセクほど。
補給とジャンプを繰り返せば3日……いや4日で到着できる距離だ。まぁ、間に合わなければそのときはそのときだ。
そう思いながらミロードの案内でたどり着いた宿舎をヒナは胡乱な目で見つめた。
「ミロードさん?ワタシ、告発者であって被告人じゃないんですけど」
「全ての人間は法の下に平等です」
確かに告発者も被告人も、双方を牢屋に入れるのは平等といえば平等だろう。
だが法の下の平等という言葉は被告人を丁重に扱うという意味で使われるべきで、告発者を牢屋に入れるということではないはずだ。
「まさか、鍵は掛けないよね?」
「希望であれば施錠も可能です」
「希望しませんっ!あ、でも鍵は貰っておきます!」
その後3日間は何事も無く過ぎた。
鍵が掛かっていないとはいえ牢屋の中にいるのは気詰まりだし、相変わらず汎銀河司法裁判所内の空気は酸素不足であるように思えた。
ヒナは酸素供給フィールドを使えるようにオンブルから持ち出したコスモスーツに着替え、法廷の控え室で時間を潰した。
法廷の中にも少し小ぶりな女神像が掲げられており、ヒナは女神の姿を見つめながら正義の在り方を自問し続ける。
そして、自分なりの正義が見いだせそうになった時、事態が動いた。
「こちらはモーリオンギルド統括局参事官のベネディクト・ピアースだ。現在告発が行われている星間犯罪に関する用向きで参上した」
『告発データ照合。ベネディクト・ピアースは告発者リストに含まれていません』
「機族ごときが口答えをするな。告発者のカイラニ監察官は私の部下だ。それで十分だろう」
ピアースは苛立しげにそう言うと、ポートコントロールを無視して裁判所の建物に最も近いドッキングポートへオンブルを強制的に接舷させた。
そう、オンブルだ。
ピアースもまたギルドによってオンブルを与えられた――それも、ギルドへ最初に配属された1号機を与えられた人間だったのだ。
オンブルを手に入れた時、ピアースがどれだけ歓喜したことか。
これまでは星喰みの指示を出すにしても、通信や人を介するという不確かな手段しかとれなかったものが超光速艇さえあれば直々に出向いてプロジェクトを進める事が出来るのだから。
人身売買に及び腰だったエリス社の幹部の尻を叩き、計画への参加を躊躇するアストラメディカ幹部を直接説得し、遅々として開発が進まなかった人型戦車のテコ入れも行った。
オンブルこそがピアースにとっては力の象徴だった。
「力の使い方も知らぬ愚か者が……」
ピアースは遠慮がちに一番端のドッキングポートへ停泊されているヒナのオンブルを見やり、不快げに吐き捨てた。
ギルドの最高幹部であることを示す黒い制服を身に纏った侵入者を制止するために、法衣を纏った滑稽な機族が立ちはだかる。だが機族が人間を傷つけられない事を知っているピアースは機族を無視し、目当てのヒナを探す。
いくつかの扉を乱暴に押し開き、無人の部屋にいらつきを感じながら押し開けた扉の中に……女がいた。
褐色の肌に肩口で切り揃えたブラウンの髪。
ヘーゼルの瞳は切れ長で、意志の強さを示している。
写真で見るよりも上玉だ。そして情報通り、力の使い方もわきまえないただの小娘に見える。
これなら永遠の命を与えると唆し……場合によっては永遠に自分のモノにしてもいいだろう。内心そう思い、ヒナを手軽な獲物だとほくそ笑んだピアースに向かって……ヒナは言った。
「お待ちしておりました、ベネディクト・ピアース参事官」
ピアースは、ヒナが何を言っているのかわからなかった。
この女はまるで自分が来ることを予期していたような物言いをする。だが、それはあり得ないことだ。
怪訝げな表情を浮かべるピアースに、ヒナは続ける。
「お仕事熱心で助かりましたよ、参事官。ちゃんと毎日『聴いて』くれていたんですね?」
そう言って不敵に笑うヒナに、ピアースは一瞬気圧された。
「……まさか、盗聴に気付いて……?」
「あの子は1割ぐらいしか無理だって言ったんですけど、ちゃんと2割でもいけたようでほっとしました」
ピアースに理解出来ないことを口にするヒナ。彼女の言葉が意味するものは、ピアースに対する「罠」の仕掛けを検討していた時にマリエッタ交わしたとやり取りに由来するものだった。
「――1割って失礼じゃない?監察官として抗議する!」
「えー、でも結構ダメダメだよっ、監察部の暗号解析。アリサさんの使ってた暗号解析できてなかったしっ」
「それは……アリサ様が女神だから……。でも、マリエッタの本気の1割ぐらいしか対応できないってのはいくら何でも酷すぎない?2割ぐらいなら……」
2人がピアースに仕掛ける罠は「盗聴や通信傍受といった策を弄して得た情報には盲信的になる傾向」を利用したものだ。
それ故に解読が簡単すぎてはいけないし、逆に解読できなければ意味がない。
その丁度良い匙加減の暗号強度をマリエッタは自分の本気の1割、ヒナは2割だと主張したのだ。
もちろんヒナはマリエッタの能力の高さは信用しているが、それにしても自分が所属する組織の解析力が目の前に座っている小さな女の子の1割程度というのはさすがにプライドが傷つけられた。
「じゃあ、2割にするけどっ!でもこれで食いつかなかったらどうするのっ?」
「まぁ、そのときはそのときで……」
「あ、じゃあじゃあ、食いついたかどうか確認出来るチェッカーを仕込んどくねっ。もし食いつけなかったら1割に暗号強度落として再送信する感じでっ!」
手加減されている上に再挑戦のチャレンジまで与えられていると知ったら、監察部の暗号解読班は絶望するだろうな、とヒナは思った。
そして……幸いな事に、暗号解読班は無事にマリエッタの本気の2割を攻略し、盗聴に「成功させてもらった」のだ。
むろん、ヒナはそんな事細かな事をピアースに語るつもりは無い。
先ほどの2割というのは心理的優位に立つため、相手に揺さぶりを掛けるための発言だ。
「それで参事官、どうされますか?全て証拠は挙がっていますよ。ほら、丁度ここに牢屋の鍵もあります。大人しく捕縛されて頂ければ……裁判所もすぐお隣ですし、話はスムーズに進みます」
「貴様ぁ……!」
「ああ、ワタシを殺しても無駄ですよ?ご存じだと思いますが告発手続きは既に終わっていますし、証拠も既に裁判官が確認済みです。それともアーレスみたいに……惑星破壊爆弾とやらでこの機動要塞ごと消してみますか?」
「貴様、どうしてそれをっ!」
ピアースの言葉に、ヒナはマリエッタが言った荒唐無稽な惑星破壊爆弾が実際にアーレスに用いられたのだと推測した。
マリエッタが惑星破壊爆弾を見たという小惑星にはギルド諜報部が侵入していたらしいし、おそらく脱出の際に現物を持ち出したか、それともオンブル同様に粗雑なコピー品を作ったのか……。
「でも、無駄ですよ?既に師匠……メナ・クロウリーに全てのデータは送信済みです。仮に汎銀河司法裁判所が破壊されたとしても、あなたの罪は全宇宙に公開されますよ」
「何?そんなデータが送られた形跡は……」
「……はぁ。やっぱり3割だと無理だったみたいですね。その分だとマリエッタが本当は師匠のところへ行った事も把握出来てなさそうですし。ワタシ、ちょっとだけ監察部に失望しました」
ヒナはわざとらしくそう言うと肩をすくめてみせた。




