#3
そんなやり取りをした翌日、アイリス達の元へ一旦戻ると言うマリエッタを送り出したヒナは独り汎銀河司法裁判所へと向かう。
サニーサイドから目的地までは何度かの跳躍が必要で、ヒナはその中継地点で補給の合間にメナへ連絡を取った。
『師匠、この通信回線安全ですか?』
『ええ、マリエッタさんから貰った暗号化プロトコルのスクランブラーを使ってるわ。それで、状況は?』
『上司への申請は受理されました。今、証拠を持って汎銀河司法裁判所へ向かっている途中です』
照明を落としたオフィスに響く年若い女性と壮年とおぼしき女性の声。
若干のノイズは混じっているが会話内容は問題無く聞き取ることができる。
小娘が用意したという小細工は確かに面倒なものだったが、ギルド監察部の技術力をもってすれば十分に解読できるレベルのものだった。
そのことに気付かず、2人の女性……カイラニという名の若い監察官とクロウリーという名のジャーナリストは自分達の会話が盗聴から守られていると信じ込んでいる。
愚かなことだ。ピアースは薄く笑い、手に持った蒼黒色の水晶を弄びながら2人の会話に聞き耳を立てる。
カイラニ監察官が準備したという証拠はピアースにとって都合の悪いものだった。間接的とはいえ自分の関与が疑われるような通信ログの存在。
そして……回収に失敗した人型戦車のデータすら所有している?
ピアースはかつて自分の周囲を嗅ぎまわっていた目障りなアレクシス・クインとかいう監察官を消したように、航宙船の事故に見せかけてカイラニを消すことも考えた。
たが、30年掛けて仕込んだ人型戦車のデータが失われるのは業腹だ。なら事故ではなく他の方法で……情報を取り上げてから始末するのが良いだろう。
そんな考えを巡らせていたときだった。
『――で、その映像に決定的なシーンが含まれていました』
『シンシアーか……それなら裁判所でも証拠として認めて貰えそうね』
つまらない会話だ判断し、会話を所々早送りして聞き流していたピアースだったが、シンシアーという単語に引っかかりを感じて録音記録を遡って確認する。
するとかつてピアースが直接接触したリーガルが、会談時の映像を盗撮していたという内容が耳に飛び込んできた。
しかもカイラニはその映像に彼のフォトンフラッグ映っていたという。それは……ピアースにとって致命的なものだ。
「あの凡夫め……よりによってそんなものを残していたとはっ!」
水晶を握りしめ歯がみするが既に手遅れだ。
映像は記録され、そして既にカイラニの手の内にある。先ほど通信でカイラニが語った現在位置は汎銀河司法裁判所と目と鼻の先。
おそらく、ピアースがこの記録を聞いている時点でヒナは裁判所に到着していることだろう。
裁判所を名乗るあの堅物共が証拠を受理して審理を開始するまでには1週間ほどの猶予がある。そして、審理開始までの間、提出された証拠は裁判所で厳重に保管され告発者と裁判官以外は触れることが出来ない。
この段階まで来れば仮にカイラニを消したとしても裁判は開始され、ピアースが星喰みに関与していたことが明らかになる。
なら、直接汎銀河司法裁判所へ乗り込んで、カイラニ自身に証拠の取り下げを行わせるしか方法は無い。
あの薄気味の悪いシノノメ管理官に推挙されたとは言え、所詮は田舎惑星出身の小娘のことだ。
リーガルをはじめこれまでに操った手駒と同じように「永遠の命」をちらつかせれば簡単にこちらになびくことだろう。
そういえばヒナ・カイラニという女は若く見栄えも良い。手駒に加えて色々な意味で利用するのも悪くない……暗がりの中でそう考えたピアースは独り笑みを浮かべた。
汎銀河司法裁判所は宇宙空間に浮かぶ機動要塞だった。
ヒナの本拠地であるオラクルXVIIIや、先日訪れたダンディライアンのような超絶的な建造物とは比べるべくもないにせよ、汎銀河司法裁判所は並の軌道ステーションよりは遙かに大きく荘厳な建造物だった。
基部となる半球の上に築かれた古代神話に出てくる神殿のような建物がおそらく裁判所本体なのだろう。
航宙船を停泊するドッキングポートは多数用意されているが船は一隻も停泊していない。そのことがこの施設があくまでも象徴的なものであり、法と秩序を実現するためのものではないことをヒナに改めて意識させた。
気を取り直し、ヒナは汎銀河司法裁判所のポートコントロールに通信を繋ぎ来訪の意図を告げる。
「こちらモーリオンギルド統括局監察部所属、ヒナ・カイラニです。事前にお伝えしていた恒星間犯罪の告発手続きに参りました」
『申請者、ヒナ・カイラニ。確認しました。ガイドビーコンに従い1番ポートへ着艦してください』
ガイドビーコンが示す先は番号が示すとおりドッキングポートの一番端で、そこは裁判所の建物から最も遠い位置だった。
他に訪問者がいないのであればもう少し建物に近い所へ駐機させて欲しいと思ったヒナだったが、ここはギルドの影響が全く及ばない完全中立の場所。
文句を言って悪印象を持たれることを避けるために、ヒナは大人しく指示に従った。
オンブルから降りたヒナを出迎えたのは儀礼的な衣装――いわゆる法服――を身に纏った機族だった。
ヒナは汎銀河司法裁判所が機族によって運営されていることは知っていたが、機族が服を着ているのを見るのは初めてだった。ヒナの視線に気付いたのか、ミロードと名乗った機族は言った。
「規則により、この服の着用が定められています」
ミロードの案内で汎銀河司法裁判所の通路を進むヒナは息苦しさを感じた。
もしかしたら長年人が訪れていないせいで空調管理に問題があるのかもしれない。そう思ったヒナは息苦しさと、改善して欲しいという希望をミロードに伝える。
だが、しばらくどこかと通信していたミロードはただ一言、規定通りの酸素濃度ですと答えた。
一事が万事、規則規則というのは堅苦しいが……法の正義に迷うことの多い今のヒナにとっては、ある意味ミロードの言動こそが法を体現するものとして正しいのかもしれないと考えたりもした。
むろん正しいからといって息苦しさは改善される訳でもなかったが。
やがてヒナ達は裁判所本体の建物へと到着する。
そこには大きな女性の石像が屹立していた。
どことなくアリサに似ている。ヒナはそう思いながら、この像はなんの石像かとミロードに問うた。
「これは当裁判所の象徴たる『正義の女神』です」
「正義?女神様はどんな正義を掲げているのですか?いえ、それ以前に汎銀河司法裁判所はどのような法をもって裁定を下されているのですか?」
惑星間の揉め事に裁定を裁定を下す立場である汎銀河司法裁判所の掲げる正義なら、ヒナが求める正義の答えになるかもしれない。
そう思いながら問うた言葉に対するミロードの答えはシンプルなものだった。
「女神の名に恥じぬ裁きを」
「それだけ、ですか?」
「はい。それ以上でもそれ以下でもありません。我々ミロードは女神の正義に基づき裁定を下します」
それ以上の説明を行わず、歩み去るミロードの後を追いながらヒナは考える。
実効的な法を掲げてしまうと、かえって裁定に賛同しづらい惑星や組織が現れるのかもしれない。なら、女神の正義という漠然とした概念を掲げることで、不特定多数の理解を得る?
だが、それで本当に正義はなされるのだろうか?ヒナは後ろを振り返り、遠ざかる女神の顔を見上げるが……女神は自身の掲げる正義とは何かを語ってはくれなかった。




