#2
『動かしてみろ……よし、ちゃんと撮れてるな。もしあいつが裏切った時の保険になる、我々にとって大事なものだ。……手前の鉢植えをもう少し、3cm左へずらせ。そうだ。それならあいつの席からは見えないだろう』
オンブルの艇内で再生したシンシアーが映し出したのは、どこかの会議室とおぼしき光景だった。
画面外から聞こえる声は壮年らしい男性の声。
ヒナはその声にどこか聞き覚えがある気がしたが、誰の声なのかは思い当たらなかった。
撮影者はよほど慎重にシンシアーを隠そうとしているのかしばらく画面は安定せず、揺れ動いた。おそらく撮影者がシンシアーで「あいつ」を盗撮する準備を進めているのだろう。
普通であれば編集でカットすべきシーンだが、シンシアーの特性上編集は出来ない。故に映像は会談が始まるまでの数分間、室内の様子をただ撮影し続けていた。
だがその会談前の余白時間に撮影された映像を見て、ヒナはこれの映像が誰の手による盗撮で、誰が自分に送りつけてきたのかを理解した。
なぜなら、会議室の中を神経質そうに歩き回る男の姿は……惑星アスクレピオスを統治するアストラメディカ社の副支社長を務めていたリーガルのものだったから。
どうりで聞き覚えがあるはずだ。もっとも、ヒナはリーガルと直接会話したことはなく、彼が死ぬ直前の言葉を少し聞いただけなのだが。
映像に映るリーガル姿を見た瞬間、ヒナはリーガルが最後に残した言葉とその際の光景を思い出した。
『……ピアース……指示……ここにシンシ……助け……』
あのときリーガルはアレクシスに処刑される前にピアースの名前と共に「シンシ」と語った。ヒナはそれをシンシアという名前の断片だと考えていたが……あの時、リーガルはアレクシスに何か小さなものを差し出していたようにも見えた。
そう、例えば今ヒナが持っている「シンシアー」のようなものを。
つまり、この映像がリーガルが盗撮したもので、アレクシスがピアースの名とともに受け取った品であるのなら……これはアレクシスがヒナに送りつけたピアースが星喰みに関与している証拠だと言うことになる。
だが、どうしてアレクシスがそんな事をする?
彼の意図が理解出来ないまま、映像は淡々と会議室の光景を映し出してゆく。
やがて、ノックも無しに男が会議室へと入室した。30代半ばとおぼしき、銀髪をオールバックに固めて鋭利なシルエットの細身眼鏡を掛けた有能そうな……そして、冷徹そのものといった印象の男。
それはヒナも見知ったピアース参事官その人の姿だった。
映像の中でピアースとリーガルは違法薬物の製造についての陰謀を語る。
ヒナが思い立って動画の日付を確認するとそれは今からおおよそ6年前のもので、薬物捜査官であるルドガーが語ったギルドが薬物製造に手を染め始めた時期より少し前である事がわかった。
つまりこの映像は、ギルドがアスクレピオスで違法薬物の製造に手を染めていたことと、それがピアースの主導であることを示す動かぬ証拠たりえるということだ。
だが、この映像だけでは映っているピアースが替え玉だと主張される可能性がある。
会談が終盤に差し掛かりヒナがそう懸念を抱いた時だった。画面の中のリーガルが、まるでヒナの考えに呼応するような言葉を発した。
『では、そのように。ところで参事官殿。遅まきながら、あなたがご本人であることを確認させて頂くことは可能ですかな?噂通りのお若さは身の証たりえますが……それ故に我々としても「証拠」を見せて頂きたく』
『疑り深い事だな、リーガル。だが、謀をする者はそれぐらい疑り深い方が信用できる。なら、身の証としてこれでどうだ』
画面の中のピアースはそう言うと懐から取り出した黒水晶を掲げて三つの言葉を発した。
それは、ギルドの証たる紋章を顕現させる言葉で……ピアースの頭上に、その地位を示すフォトンフラッグが展開される。
冷徹な光が描く精緻な紋章はそれが偽造不能なものであり、ピアース本人の身元証明であると同時にこの映像が偽造されていない本物であることを告げていた。
そして、ヒナにとってそのフォトンフラッグは、ギルドの幹部が星喰みの黒幕であるという、絶望的な事実を突きつけるものでもあった。
映像の中で、リーガルはフラッグに頭を垂れ、それを見届けたピアースは無言で会議室を去って行った。
しばらくして、ピアースが戻ってこないことを確認したリーガルが、シンシアーを回収すべく近づいてくるのが見える。
『確かにピアース本人だな。なら、本当に我々も永遠の――』
リーガルの独り言は途中で途切れ、映像は終了した。
永遠の……何だろう。
ヒナは疑問を抱く。そういえばリーガルが星喰みに関与していると判明したときにも考えたこと……なぜ富と権力を持つリーガルが星喰みに手を染めるのかという疑念。
その答えが永遠……?
永遠の権力?いや、権力があっても寿命が尽きれば意味は無い。
そう考えた瞬間、ヒナはリーガルがおそらく口にしたであろう続きの言葉を理解した。
――永遠の命。
リーガルはピアースの若さがその証だと口にしていた。
確か以前確認したデータだとピアース参事官の肉体年齢は52歳だったはず。
もしピアースが何らかの方法で延命する技術を得ていて、それを見返りとして提示することでリーガルを仲間に引き入れていたとしたら?
話の流れとしては辻褄が合う。だが、不老長寿のような荒唐無稽なことがありうるはずが――。
そこまで考えたヒナは自分の愚かしさに苦笑した。
ヒナ・カイラニ!
お前の主は誰だ!?
「女神」アリサ・シノノメ。
ヒナの主であるアリサはヒナと同年代のティーンエイジャーに見える。
だが、テロマーである彼女の本当の年齢は143歳だ。
つまり「不老長寿」はヒナのすぐ身近に存在している。なら、人工的にそれを模倣する技術が存在していてもおかしくはない。
その後、ヒナはマリエッタにも映像を見せ、コメントを求めた。マリエッタの解釈もヒナと同様で、リーガルは永遠の命を求めていると結論づけたが、続けて発した言葉はヒナが想像しなかったものだった。
『人工的な不老長寿?あるよっ?』
盗聴を避けるため、それぞれの航宙艇に籠もり接触回線で話していたマリエッタはあっさりとそう答えた。あまりも自然な答えに、ヒナはそれは何かと問い詰める。
『セレスティエル。アイリスさんも、トワさんも、そうだよっ?……あれ、これ言っちゃダメだっけっ?ごめん、ヒナ、聞かなかった事にしてっ!』
慌てて口止めを試みるマリエッタにしつこく詰問して得た答えは、アリサと共に旅をしているアイリスとトワもまたテロマー同様の不老の存在であり、彼女たちは人造の存在でもあるという驚くべき事実だった。
そしてギルド統括局局長のメラニー・スゥはその事実を把握しているとマリエッタは言った。
『じゃあ、もしかしてマリエッタも!?』
『わたしは向こう側じゃなくてこっち側だよー』
その後、自分もセレスティエルになりたいと言ってアイリスにこっぴどく叱られたとマリエッタは言った。
なんでも人間として産まれたアイリスは一度死に、奇跡的な偶然によってセレスティエルとして再生したのだとか。
ただ、人間がセレスティエルになるということが死ぬと言うことと同義であるなら、ピアース達の不老はセレスティエルに関連するものではないとヒナは結論づけた。
だがそれそれが本当なのか、そしてピアースの不老がどのようになされているのかは、さすがに推測の域を超えていた。
『ところでマリエッタ?あなた、十二分に向こう側だからね?』
『なんでっ!?』
『リュミエール!ブリギッタ!こっち側はそんなもの持ってないから!』




