#11
その頃、軌道エレベータの地上駅でも小さな騒動が持ち上がっていた。
ヒナが、エレベータに搭乗しようとした男につかみかかったのだ。ヒナを補佐するために地上に残っていたギル支部の職員が慌ててヒナを止めに入るが、ヒナの怒りは収まらない。
ヒナがつかみかかっている相手は背の高い30代半ばぐらいで長い金髪の優男。
つまりアレクシスだった。
「Dr.カロンとDr.エレボスはどうしたんですか!」
「しれたこと。裁きを下した」
「でも、戦争は停まってないじゃないですか!」
「そんなことは知らん。俺がなすのは正義だけだ」
アレクシスは戦争を止めるためではなく、ただ裁きを下すためにDr.カロンとDr.エレボスを処刑したと言う。
その行為に一体何の意味があるのかとヒナはアレクシスを問い詰める。だが、アレクシスは言う。
「宿題の答えを見出さない限り、お前に語る言葉はない」
そういうとアレクシスはヒナの手を軽く振りほどき、軌道エレベータへ乗り込んでしまった。
追おうとするヒナだが、アレクシスの投げかけた「宿題」の一言が彼女の足を止めてしまう。
もし、法で裁けない悪と対峙したら――。
アレクシスの残した宿題。
法も……力による粛清すらも意味を成さないアーレスにおいて、一体何をどうすれば良かったというのだろうか。
正義はいったい誰のために、何のためにあるのだろうか。
そんな事を思いながら……ヒナは天高く上ってゆく軌道エレベータを見送ることしか出来なかった。
その後、マリエッタとサトカが戻り、ヒナはレオン達ユーティミアの末路を知った。
彼らが自ら戦うことを望んでいた以上、これは彼らにとって避けられない結末だったのかもしれない。
結局、彼らの言う安寧とは、死によってもたらされるものだったのかと思うと、胸が痛んだ。
マリエッタはさらに人型戦車の制御知性体もろともユーティミアのシステムを破壊したと報告した。
その報告はアレクシスが成し遂げられなかった星喰みの停止がマリエッタの手で達成されたと言うことでもあった。
アーレスの状況はもはや手の施しようのないフェーズに達していたが、それでも星喰みが最終的な成果である自律稼働する人型戦車を手にすることを阻止できたことは唯一の成果だったとヒナは思った。
ただ、それを成し遂げたのが自分の信じる「法」やアレクシスが目指す粛清……すなわち「力による正義」ではなくマリエッタ自身が正しいと思うこと……つまり「信念」だったことに、正義の無力さを感じたりもしたが。
機能を停止したユーティミアの拠点を捜索すればピアース参事官がこの件に関与していた証拠がつかめる可能性あったが、ヒナにはフォボスとダイモスが人の手を離れた自律行動型に変貌したという事実が星喰みの最終フェーズ達成を意味しているように感じられた。
星喰みの後に訪れるのは星の破滅。
そのことが、アーレスの未来を予告しているような気がして、ヒナは真相の追究よりも一刻も早いこの星からの撤退を優先した。
難民キャンプや周辺を回り、残った人間がいないか確認を行う。
敗残兵や負傷兵の流入も無く、登録されている待避希望者は全て軌道ステーションに上がっていることを確認し、ヒナはギルド支部に仕掛けていた自壊装置を作動させた。
メディア船が来ている以上、残していくギルド支部の物資や資材を漁られる可能性は高かったからだ。
取材に来ているニュースメディア、パンギャラクティカニュース……通称PGNについてはヒナも噂を耳にしたことがある3流タブロイドメディアだ。
火のないところに火付けして煙を立たせる。
誤報のデパート。
エンタメ系創作ニュース。
再生数を稼ぐためなら脱法行為すら平気で行うような、メディアとも呼べないスクープ屋だ。
そんな相手に痛くもない腹を探られるのは不快だし、何でもないようなものをさも問題であるかのように取り上げるPGNが悪質な偏向報道を行う可能性は高いと危惧しての措置だった。
ギルド支部の痕跡が消えたことを確認し、ヒナとマリエッタ、そしてサトカの3人はアーレスの地表を離れる。
軌道エレベータから地表を見下ろすと、地上駅の近くに止められたサトカの四脚がぽつんと佇んでいるのが見えた。
名残惜しそうに四脚を見つめるサトカに、ヒナは問う。
「持って行かなくて良かったの?」
「何年も近く乗ってましたから愛着はありますけど……アレはこの星を滅ぼした原因の一つですから。星の外に持って行ったらダメだと思って」
そう言った後、サトカはアーレスのビークル製造技術が失われるのは残念です、と小さな声で付け加えた。
到着した軌道ステーションはまだ人でごった返していた。
人数の少ないアインツ側の避難船は既に搭乗を完了し出港したようだが、ツヴァイ側の避難船への搭乗はもう少し掛かりそうだ。
アインツ側を乗せた航宙船が出港したことで二つあるドッキングポートの片方が空いたので、ポートコントロールはギルド支部の職員を乗せるための船を入港させようとした。
だが、その指示を無視してメディア船が強引に軌道ステーションへ接舷する。
ヒナをはじめとしたギルド側の人間が眉をひそめる中、下船してきたメディアの人間は疲れ切ったツヴァイの難民達に対して無思慮にマイクを向けてインタビューを開始した。
見かねたヒナが割って入り、取材の自粛を求めるがメディアの記者達はヒナの言葉を聞かないばかりか、報道の自由に対する侵害だと騒ぎ立てた。
ジョンソン達支部の職員も記者と難民達の間に割って入り、難民達が避難船へ搭乗できるように誘導を行った。
記者達はそんなギルドの対応に横暴だ、取材を邪魔するなと口々に罵声を浴びせる。
しかし粛々と難民の搭乗が続き、ついには軌道ステーションからツヴァイ側の避難船も無事に出航した。
空いたドッキングポートにギルド職員が搭乗する避難船が接舷する。ギルド職員はメディアが先ほど行った分別の無い取材を見ていたため、記者の取材には一切対応しない。
そのため、記者達は不満顔だ。
だが、ヒナは親切にも記者達に忠告を行った。
「この星は大きな陰謀の最終段階を迎えています。地表に降りるのは危険ですから、早めに退避することをおすすめします」
だが記者達はそんなヒナの忠告を鼻で笑い飛ばし、我先にと軌道エレベータへと乗り込んでゆく。
エレベータが地上へ向かって出発したあと、軌道ステーションには2人の若い記者だけが残っていた。
その2人は先ほど年かさの記者達が難民達にマイクを向けていた時、同僚の愚行を諫めようとしていたことをヒナは思い出した。
「あなた方は行かないのですか?」
そう問うヒナに、若い記者達は自分も撤退すべきだと思うと口にした。
だが、通信で退去を要請されたPGNの編集デスク、すなわちメディア船の船長は多額の予算と6年半の時間を掛けてアーレスまで来て、何の取材もせずに星を去るなどあり得ないと若手を叱責した。
行き場の無い2人に、ヒナは声を掛ける。
「では……公正な取材と個人情報の保護、そしてギルド秘の遵守を約束して頂けるなら、ギルド職員への密着取材を許可しますが、いかがですか?ジョンソン支部長、問題ありませんか?」
「まぁ、監察官がそう言われるなら……」
ヒナの申し出は、2人の記者をギルド職員と共に脱出させるための大義名分を与えるものだ。
記者達は頷き、編集デスクにその旨を連絡する。デスクは少し考えた上で、秘密主義のギルドに対して密着取材が出来るなら、若手2人が抜けても問題無いと判断した。
その後、避難船に乗り込むサトカに対してヒナとマリエッタは別れを告げた。
サトカはサニーサイドを経由してオラクルへ戻り、そこでビークルの研究をすると話した。
ずいぶんと遠回りをしたけど、といって笑うサトカに、ヒナとマリエッタはいつかの再会を願って別れの挨拶を交わす。
「いつかまた、大宇宙のどこかで」




