#10
マリエッタの声に合わせ、エクソギアは宙を滑るように移動し巨大な腕を振りかぶると眼前の人型戦車を殴りつける。
その強力な一撃は惰弱なダイモスを粉砕するには十二分な勢いがあるものだった。
「嘘っ、ツヴァイの機体装甲はウォルフライト合金なのに!?」
ダイモスの赤黒い装甲は軍用兵器に用いられるウォルフライト合金と呼ばれる堅牢なもので、半端な攻撃では傷一つ付けることすらかなわないものだ。
だがブリギッタの打撃はウォルフライト装甲を纏ったダイモスをガラス細工でもあるかのように軽々と打ち砕いてみせた。
「ブリギッタっ、パイロットは殺しちゃダメだよっ!」
[No Problem.]
そう言うとブリギッタは砕いたダイモスの装甲を拾い上げ、遠方から狙いを付けていたフォボスに向かって打ち出した。
腕部グラビティキャノンによって加速されたウォルフライトの固まりは、着弾と同時にフォボスの半身を吹き飛ばす。
「だから、パイロットは殺しちゃダメってっ!」
[No Problem.]
確かにフォボスとダイモスは現行技術で開発された兵器としては破格の性能を誇るものだったかもしれない。
だが、遺失技術の産物であるブリギッタにとっては人型戦車の相手など赤子の手を捻るも同然だったのだ。
戦場を滑るように移動しながら瞬く間に7機の人型戦車を沈黙させたブリギッタは、傷一つ受けずにマリエッタの元へと戻る。
あまりにも一方的な殲滅にサトカは驚きのあまり声も出なかったが、かろうじて言葉を絞り出した。
「あのドローンがあれば……戦争、止められない?」
「無理だよぉ。ブリギッタが止められるのは点だけだもん。面で来られたら抑えられないし、そんなに長い時間戦えないからねっ」
そう言いながらもマリエッタは、皆殺しにするなら衛星軌道上からの一撃で止められるけど、と内心で付け加えた。
だが皆殺しは彼女の思う「正しいこと」ではなかったし、アイリスの望むことでもなかった。
それ故にマリエッタは、点を止める最小限の力を行使したのだ。
マリエッタはサトカの四脚を降りると、最初に破壊した色違いのダイモスへと歩み寄った。機体は完全に破壊されているが、コクピット部分は無事。
ただし開閉機構が壊れているのかパイロットが脱出してくる気配はない。
その状況を見て取ったマリエッタは左手のボイスコマンダーでブリギッタに指示を送る。
「ブリギッタ、あのハッチをこじ開けたいの。パペッティア・オン!」
[Ready.]
ブリギッタは音もなくマリエッタの背後に移動すると腕部ユニットからマスタースレイブモード用のコントローラーを展開した。
コントローラーを握ったマリエッタはコクピットブロックを握りつぶさないよう、繊細に豪腕を操り……そして、ハッチを開放する。
「……止めてくれて、ありがとよ……」
色違いのダイモスから救出されたのは、負傷したレオンだった。
苦しそうな息の中、血の混じった泡を吐きながらレオンは言った。
作戦開始時刻になっても司令部からの連絡が無く、混乱しながらもアインツ・ツヴァイの連合軍に反撃している最中、人型戦車が制御を離れて勝手に動き出した、と。
レオン達の制御下にある間はパイロットの負荷を考慮した機動を行っていたフォボスとダイモスだが、人間の制御を離れた途端にパイロットを無視した高機動戦闘を開始した。
その結果戦闘力が劇的に向上しアインツとツヴァイの四脚戦車を殲滅する事に成功したが、当然パイロット達のダメージは大きかった。
隊長であるレオンは対G装備を身につけていたが、急遽人型戦車に搭乗する事になった一般兵達は野戦服のままで操縦していたため暴走開始直後から次々と部下からの通信が途絶えていった、とレオンは苦しい息の中で言った。
その言葉を聞いたマリエッタは、サトカにレオンを任せ、慌ててダイモスやフォボスのパイロットの救助に向かう。
だが、こじ開けたハッチの中にマリエッタが見たのは既に事切れたユーティミア兵達の姿だった。
つまり……ブリギッタが戦っていた相手は、死者を乗せた自動戦闘兵器だったのだ。
「ブリギッタ、もしかして……知ってたの?」
[……No Problem.]
ブリギッタ回答には一瞬の間があった。返答の音声はいつも通りの平坦な声だったが、それでもブリギッタがどう答えるかを躊躇った上で……自分を慰めてくれているように、マリエッタには思えた。
パイロット達の救出に失敗したマリエッタがレオンの元へ戻ると、彼の命もまた尽きようとしていた。
どうやら、対G装備をもってしても即死を免れることが出来る程度の防御効果しかなかったのだろう。
苦痛を堪えながら、レオンは言った。
「やっぱり……ツヴァイの方が……正しかった……重装甲は……長生き……」
「できてないじゃないですかっ!」
風に消えゆくレオンの言葉に、マリエッタの悲痛な叫びが重なった。
涙を浮かべたマリエッタはそれでもレオン達の死に何かの意味を見出そうと、暴走原因の解析を試みた。
サトカはレオンが乗っていたダイモスのコクピットを調べ、人型戦車に搭載された人工知性体が暴走の原因ではないかと指摘した。
だが、機体に搭載されている制御系統は車輪式の戦闘ビークルと同レベルの単純なもので、人型のような高度で複雑な機体を完全制御するには不十分だ。
その言葉と、人型が一斉に暴走したことに思い当たったマリエッタは人工知性体が個別搭載ではなく、ネットワークを介した制御を行っているのではないかと思い当たった。
戦闘データの蓄積を行うにしても、個別の機体からデータ回収を行うよりオンライン接続で全ての機体からリアルタイムでデータを収集する方が効率が良い。
なら……そのオンライン接続先を叩けば、人型戦車の暴走を止めることが出来る!
そう判断したマリエッタの行動は早く、すぐに手持ちの情報端末をレオンが残した機体に接続する。
指揮官仕様の機体だけあってレオンのダイモスは通信装備が充実しており、マリエッタはそれを介してユーティミアのネットワークへと容易に侵入することに成功した。
サーバ上には様々なデータがあったが、マリエッタの最優先目標は機体制御用の人工知性体の破壊。
そして次の目標がフォボスとダイモスの設計データの破壊だ。
システムの全容を把握したマリエッタは、ユーティミアの基幹システムそのものが人工知性体の制御に関わっていると判断し、システム全体の破壊を決断する。
本来であればヒナに一言断るべきだとは思ったが……人型戦車の第二陣が攻めてくる可能性もある。
そう考えたマリエッタはアーレスでの出来事が星喰みによるものだと証明するために使えそうないくつかのデータをサーバから回収した後で、時間最優先でシステムの破壊を行った。
システムクラッシュは無差別かつ広範囲なもので、ユーティミアのシステムインフラは完全に機能を喪失した。
ダイモスの機体制御系をモニタリングしていたサトカは、システムクラッシュによって機体の自動制御が解除され手動制御に戻ったと報告した。
これで戦場の人型戦車の制御もパイロットの手に戻ることだろう。
だが……果たしてどれだけの人型戦車が生きたパイロットを乗せているのか……いや、それ以前に戦場に生きた人間が1人でも残っているのか。
マリエッタは、ふとそんな悲観的な事を想像して頭を振った。




