#9
もう一つの報告は避難船団がアーレスの衛星軌道上に接近しつつあるというものだった。
こちらは朗報の筈だが、報告を行うサトカの表情は微妙だ。なんでも接近しつつある艦影は全部で4隻。本来派遣される予定の船団よりも1隻多いというのだ。
昨日行われた航行慣例に従う1光日手前からの入港申告でも艦数についての言及は無く、避難船団に艦数が多い理由を問い合わせても要領の得ない答えしか返ってこないとサトカは言う。
どうやら、面倒な事が起きているとヒナは直感し、自分が直接避難船団に連絡を取ると申し出た。
避難船団は元々民間移民コーディネイトを行う企業が運用しているものをギルドがチャーターしたらしく、ヒナの通信に出た船団の司令官が名乗った肩書きは「社長」だった。
どうして1隻多いのかと問うヒナに社長はのらりくらりと言い逃れをしようとするが、ヒナが監察官である事を告げ、通信越しにギルド章を提示すると観念したように理由を白状した。
「メディアの取材船を同行させてる……ですって!?なんでっ!」
『アーレスの戦乱は他の星でも注目されている。それにギルドが撤退するところをドキュメンタリーとして撮ればかなりの視聴率が稼げるからと……。同行を黙認すれば、謝礼を出すと言われれば我々としては断る理由が無かった』
ふてぶてしい表情で社長はそう言うが、ギルド側の問い合わせにメディア船の存在をごまかそうとしていた時点で、自分達の行いが好ましくないことを理解していたことは間違いない。
ヒナは頭痛を感じながらも言った。
「個人情報とギルド秘に触れる内容は報道禁止。あと、貰った謝礼の分だけ、輸送中の人員に対する処遇の改善を。それで許してあげる」
それでは利益がと言いつのる社長に対し、ギルド法廷で白黒付けた方が良いかと脅しを掛けるヒナ。
ギルドを敵に回すことは割に合わないと理解した社長は社長はしぶしぶヒナの提案を受け入れた。
その後、まず2隻の避難船が軌道ステーションにドッキングした。メディア船は当然後回しだ。
ヒナはここでアレクシスのオンブルを押さえておきたかったが、今はそれよりも避難誘導が先だと考え、一時的にアレクシスの事は考えないことにした。
昨日のユーティミアが行った演説やアインツとツヴァイが連合軍を組んだことで難民同士の軋轢も多少は解消されているとはいえ、長期間の航行で再び諍いが生じる可能性は見過ごせない。
そう考えたギルド支部は予定通りアインツとツヴァイの所属別に難民達を船に振り分けてゆき、搭乗が進むことで地表から軌道ステーションへの移動も再開した。
避難誘導の方は概ね問題無いことを確認したヒナ達は、ペンディングにしていた戦場の様子を確認する。
当初奇襲により劣勢に立たされたユーティミアだったが、人型戦車のアドバンテージを活かした反撃に出たようで全体としては戦力差の割には善戦しているように見えた。
ただ、その戦いぶりは統制されたものというよりも、小集団のゲリラが個別に反撃しているような有り様だったが。
「星喰みを止めるって意味なら、ユーティミアが負けてくれればいいんだけどっ」
「マリエッタ、それはさすがに不謹慎だよ……」
マリエッタが言うように、ここでユーティミアが全滅しフォボスとダイモスが全て破壊されれば星喰みの企みを阻止した事になる。
だが、それはレオン達や元難民達が全員死ぬということと同義だった。
それ故に、ヒナはその結果を望ましいものだと思えなかった。
……例え彼らが自ら戦いを望んだ者達だったとしても。
地表に残っている難民の数が残り少なくなり、あと数度の往復で全員が軌道ステーションに上がる状態となったことで、ギルド支部も撤退行動を開始した。
だが、会議室を引き払う寸前に戦場で異常な動きが見て取れたことで、状況は一気に緊迫した。
「なにこれ……ユーティミアの連中、同士討ちしてない?」
「同士討ちっていうより、見境無しだよっ!しかも戦闘力が跳ね上がってるっ!」
マリエッタが指摘したようにそれまでかろうじて戦線を維持していた筈のユーティミア側が一気にアインツ・ツヴァイ連合軍を押し返し、駆逐し始めている。
しかし同時にユーティミアは自軍同士でも戦闘を行っており、それはまさにマリエッタが言うように見境無しの暴走と呼べる状態だった。
何が起きているのか訳がわからないが、理由はともかくとしてギルド支部の避難を進めなければ。
そう思ったヒナだったが、その思考は悲鳴のようなサトカの報告に遮られた。
「大変ですっ、ユーティミアの一団が……こちらに、軌道エレベータに向かって来ていますっ!」
この状況でユーティミアが難民の脱出支援に向かっているとは到底思えない。
むしろ暴走したユーティミアが、見境成しにこちらへ攻撃を仕掛けてきていると考えた方が納得がいく。だが、納得がいくことと、それを受け入れられるということは別問題だ。
「支部の皆さんは優先的に退避を。地上での誘導はワタシが引き受けます」
「ですが監察官、危険です!」
「ジョンソン支部長、ワタシは撤退支援のために派遣されたんですよ?ここで先に逃げたら任務放棄です」
ヒナは自分達と一緒に避難を求めるジョンソン支部長にそう言って微笑んでみせると、マリエッタに向き直った。
本当は彼女に頼ることは本意ではない。
だが……今は他に手段が無かった。
なので、ヒナは言った。
「マリエッタ、避難誘導のための時間を稼いで欲しい。やれる?」
「ヒナ、やれるかじゃなくてやれって言ってっ!アルカンシェルさんもそう言ってたよっ!」
戦力にはならないけど、逃走する際の足にはなるからとサトカがマリエッタに同行を申し出て、2人は四脚でユーティミアが侵攻してくる町外れへと向かう事になった。
敵の数は7機。衛星軌道上からの分析では重装型のダイモスが5機に軽装型のフォボスが2機の構成で、ユーティミアが既にロッテ戦術を放棄していることがわかった。
「……マリエッタちゃん、どうするの?」
砂煙がユーティミアの接近を告げている。不安げにそう問うサトカに、マリエッタは少し震えながらも微笑んで見せた。
そしてゆっくりと左手を天高く掲げ、叫んだ。
「ブリギッタ、オンステージ!」
マリエッタのボイスコマンドを受信し衛星軌道上に停泊していたマリエッタの航宙艇「リュミエール」はグラビティスリングを使ってエクソギア「ブリギッタ」を射出する。重力制御によって大気を切り裂きながら、光速の1/600という空間戦闘用ユニットとしては鈍足極まりない勢いで、巨大で鈍重な守護者は少女の元へと馳せ参じる。
「え?どういう――」
サトカがマリエッタの言葉の意味を問い終える前に。まるでその場に瞬間移動したかのように、巨大なエクソギアがマリエッタ達が乗る四脚と迫りつつあるユーティミアの間に出現していた。
突如現れた重装ドローンを警戒するように、他の機体とは異なる塗装が施された先頭のダイモスが停止した。
だが、全長15mのダイモスと比べるとブリギッタの機体は小さく、まるで大人と子供のような体格差がある。
マリエッタはそれでも告げた。
「ブリギッタ、幕を開けて!」
[Ready.]




