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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #3『安寧の戦車』アーレス-滅焉の惑星
24/43

#5

 サトカは配給する食糧の量が多いので乗り物を使うと言っていた。ヒナとマリエッタは貨物用の大型ビークルを使うのだろうと考えていたが、サトカが案内したガレージに停車してあったものは想定外のものだった。


「なにこれ……キモい」

「なんですかっ、これっ!可愛いですっ!」


 ヒナとマリエッタの評価は真っ二つに分かれたが、理解出来ないものだという点は一致していた。

 なぜならそこに停車されていたのは四本の足を持つ、ビークルの範疇を大幅に逸脱した異形だったから。

 サトカはそんな2人の様子に微笑みながら、これが戦車(チャリオット)だと告げる。


 チャリオットの生産が始まって以来、アーレスでは通常のビークル生産ラインはほぼ停止状態で、物資輸送も人員輸送も基本的に四脚で行うようになっているのだとか。

 そもそも道路網が破壊され、クレーターだらけの荒れ地ではビークルは走ることができないというのも四脚のみが製造される理由なのだろうとヒナは推測した。


 サトカが使っているのは輸送用のモデルではなく、破損して戦場に放棄されていた戦闘用のものを回収、修復して運搬に使っているらしい。

 チャリオットの車体部分は全長15m、全幅5m程度だろうか。ヒナの知識にある一般的な戦車(タンク)より一回り以上大きい。

 そして特徴的なのは無限軌道ではなく、四本の足が機体側面から四方へ伸びている点だ。今は駐機状態なので足が折りたたまれているが、立ち上がると7、8m程度の高さになりそうだ。


 赤黒い金属の地肌がみえる車体部分の前後左右にはギルドの紋章が描かれているが、おそらく中立を示すサインのつもりなのだろう。

 武器の類いは取り外されており、本来なら砲塔があるべき部分はオープントップの操縦席になっている。

 全体的な印象として、どことなく昆虫を思わせるようなデザインにみえて、やはりチャリオットはキモいとヒナは結論づけた。


「これっ、アインツ製ですかっ!?それともツヴァイ製ですかっ!?」

「これはツヴァイの重装タイプがベースになってるわ。でも左の後ろ足はデザイン違うでしょ?あれは破壊されてたからアインツ製を使ってるの。操縦系もアインツの方が扱い易いから入れ替えてあるのよ」

「部品、流用できるんですかっ!?」

「ええ、大元はどちらもアーレスのビークルだから……規格は同じなのよ」


 サトカが言うように、左後脚は確かに白銀の地金が見えるほっそりとしたデザインのものになっており、あきらかに別系統の機体から流用されていることが見て取れた。

 互いに破壊しあう2つのチャリオットの部品規格が共通であること、そして破損した両陣営のチャリオットがギルドの手によって融合再生される皮肉にヒナは苦笑を隠せなかった。



 サトカが運転するチャリオットの乗り心地は正直最悪だった。四本の足をガシャガシャと虫のように動かしながら進む絵面自体もヒナの感覚からはあり得ないものだったし、上下に揺れる機体はビークル酔いを誘うものだったから。

 だが日常的にチャリオットを使っているサトカは当然気にする素振りも見せないし、マリエッタは無邪気にその様子をみてはしゃいでいる。


 吐き気をこらえながら、ヒナは自分の感覚が異常なのだろうかと一瞬不安になったが……おそらく異常なのはアーレスの住民やマリエッタだと自分に言い聞かせた。

 そして……吐き気が限界に達する前にチャリオットが難民キャンプに到着し、ヒナの尊厳は守られた。



 普段は下を向いて生活をしている難民達も、ギルドのエンブレムを掲げた巨大なチャリオットが接近すれば否応なく顔を上げる。ましてやそのチャリオットが食料を運んでいるとなれば余計に。

 我先にと食料を求めようとする難民の姿をみて、ヒナはサトカが威圧的なチャリオットを使っている理由に思い当たった。


 おそらく通常の民間用輸送手段だと略奪にでもあうのだろう。ギルドの権威と逆らいがたい暴力の影(チャリオット)をちらつかせることで、かろうじて難民キャンプの秩序が保たれている。ヒナはそう理解した。

 故にヒナはチャリオットに搭載されている拡声器を使って宣言した。


『聞け、アーレスの民よっ!ワタシはモーリオンギルドの監察官、ヒナ・カイラニだ!お前達の星外脱出を支援するために来た!脱出の意思があるものはチャリオットの前に整列せよ!星を去る意思の無いものはキャプから去れ!まずはアインツに関わる者からだ!』


 ヒナの声に、顔を見合わせた難民達の半分近くがノロノロとチャリオットの前に整列する。

 難民の多くは元々戦闘要員だった負傷兵や脱走兵だけあり、動きこそ鈍いもののヒナの指示に従って整列する様子は単なる民間人の動きではなく、訓練された兵のそれだった。

 ヒナはマリエッタに食料を受け取った者、すなわち脱出の意思があるアインツ側難民のデータベース作成を依頼し、アインツ側の難民をとりまとめる代表者に接触を試みた。


「儂がアインツの代表だが……カイラニ監察官といったか?先ほどの宣言はいささか乱暴なのではないか……?」

「何か勘違いされていませんか?先ほど名乗ったようにワタシは『ギルドの監察官』であり、難民救護官でも正義の味方でもありません。ワタシの任務はギルド支部の撤退支援です。あなた方がその障害になり得ると言う情報に基づき、状況を整理しているだけです。それにあなた方は戦争を望んでこの星へ残った方々だと聞いていますか?」

「それは……うむ……」


 ヒナに言葉にアインツ側の代表は口ごもる。

 もちろんヒナの言葉全てが彼女の本意ではない。だが、同時にヒナの掲げる「ギルドの正義」が求める優先事項は支部の撤退を無事に終えることであることも事実だ。


 時間に余裕がある場面なら交渉や説得、懐柔も行えるかもしれない。だが、ギルドの避難船が到着するのは三日後で、おそらく星喰み(アバドン)が企む星の終焉も近い。

 悠長なことをしていてギルド支部の撤退に失敗することは監察官であるヒナには許されないのだから。


 ヒナはアインツ側の代表に脱出希望者の変動を厳密に確認するように求めた。増えた場合、減った場合の両方を。

 その後にヒナは再びチャリオットへ戻り、今度はツヴァイ側の難民にも同様の整列を呼びかける。アインツ側の動きを見ていたこともあり、ツヴァイ側の動きは比較的機敏だった。

 チャリオットから状況を確認していたサトカは、結局キャンプから立ち去った者は2人だけだったと報告した。数が少ないのはおそらく戦いを継続する意思のある人間はみな、既にドライへ合流しているのだろうと付け加えて。


 食糧配給と脱出希望者の登録を終えてギルド支部へ戻る途中、ヒナは疲れた様子でマリエッタに声を掛けた。


「ね、ワタシ……間違ったことしてるかな」

「どうしたのっ?」

「ギルドの監察官って正義の象徴だと思ってたけど……ワタシのしてること、正義じゃないよね」

「どうしてっ?ヒナはギルドの監察官でしょっ?アリサさん言ってたよっ!?『ギルドはただの通商組合だ』ってっ。人助けはお人好しのお節介でやってるだけだって!」


 マリエッタが……いや、アリサが言うように、確かにギルドは強大な組織ではあるが、その本質はC3と言う資源を取り扱う通商組合でしかない。

 ギルドは統治者でも軍隊でもないし、ましてや宇宙に遍く法を示すものでもない。

 そしてヒナはそんなギルドという組織における内部統制を担う監察官でしかない。


 つまりアーレスのことも、ましてや星喰み(アバドン)のことも、本来であればヒナが関わる必要すらない事案だ。

 でも、本当にそれで良いのだろうか。

 見上げたアーレスの空の色は故郷の海の色(アクアマリン)に似ていて。


 それ故にヒナは自分の中の正義が未だ揺れ動いていることを痛感し……声に出すつもりのなかった問いを思わず口にしていた。


「……ね、マリエッタ。あなたの正義はなに?」

「うーん、難しいなぁ。……わたしにとって正しいこと、かなっ?」

「じゃあ正しいことがわからなくなったらどうする?」

「それは簡単だよっ!自分でわからないことはアイリスさんの言うとおりにするからっ!」


 ヒナはマリエッタの行動原理が「正義」ではなく、彼女自身の「信念」に従うことだと理解した。

 そして判断に迷ったときはアイリスに従う、と迷い無く答えるマリエッタに、それがこの子の強さなのだとヒナは納得した。


 だが自分にはマリエッタを真似ることはできない。

 ギルドの、そして世の中の誤りを正すためにアリサがヒナに与えてくれた手段は、暴力でも信念でもなく、「法」だったのだから。


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