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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #3『安寧の戦車』アーレス-滅焉の惑星
22/43

#3

 地上駅周辺にはかろうじて原形を留めた建物が見えるが、その周囲の荒れ地には難民キャンプらしき多数のテントのようなものが見える。

 テント群の先は一面何もない荒れた平野だが、薄く煙がたなびく荒野には無数のクレーターが穿たれていた。

 目をこらすとさらに遠くで爆煙のようなものが上がっているのが見えた。おそらく、その場所で今まさに戦闘が行われているのだろう。

 厳しい目で地表の光景を見つめていたヒナは、マリエッタが震えている事に気付いた。

 戦争が怖いのだろう思い、そっと手を握ったヒナに、マリエッタは小さな声で言った。


「ここも……みんな死んじゃうのかな……。ヨモツヒラサカみたいに……」


 ヨモツヒラサカ、と言う名は聞き覚えのないものだったが、おそらく戦争か何かで荒廃した惑星なのだろうとヒナは思った。

 マリエッタは戦争そのものが怖いというよりも、その結果として人がいなくなることを恐れているのだろうと理解し、ギルドが見捨てようとしているアーレスがまさにその道を歩みつつあることを思って胸を痛めた。



 軌道エレベータを降りた2人を1人の女性が出迎えた。

 年齢はヒナより少し上……20代半ばぐらいだろうか。青みが掛かった黒髪を後ろに束ねた、知的な印象のある、ほっそりとした背の高い女性。

 サトカ・ユーティライネンと名乗った彼女は、ヒナがアーレス到着時に通信を交わした相手で、確かその際はギルド技術部の所属と言っていたとヒナは思い起こした。

 技術部のスタッフは本来オラクル等の研究設備が整った場所で勤務していることが多い。戦争で荒廃した惑星に技術部の人間がいるのは不自然だと思ったヒナは疑問を投げかける。

 するとサトカは少し恥ずかしそうに答えた。


「私、小さい頃からアーレスで作られたビークルが好きだったんです。故郷はここから結構離れた星で……成人して自分の意思で行動が許されるようになってすぐにこの星への配属希望を出したんです。地上の時間で35年掛けてアーレスへたどり着いたのが今から10年前。私、この星に到着した最後の航宙船に乗ってたんです」


 なんでもサトカが宇宙を旅している間に戦争が勃発し、アーレスにたどり着いた頃には惑星政府が星外脱出を開始していて、希望していたギルドと技術開発拠点との共同業務などとうの昔に無くなっていたそうだ。


 そうは言っても着任した以上そのまま帰るわけにもいかず、地表に降りて訳もわからずギルドの業務に追われている間に脱出する機会も失い、結果として10年この星に留まるはめになったとサトカは言った。

 運が悪いでしょ、と自嘲しながら。



 サトカの案内でギルド支部へ向かう道すがら、廃墟となった市街地のあちこちに座り込んでいる難民の姿が見えた。

 みな傷つき、一様に下を向いて座り込んでいる。ヒナは「制服を着ていなければギルドの人間とはわからない」と言っていたサトカの言葉の理由を理解した。

 彼ら難民達の視線は常に下向きで、相手の顔などみてもいなかったのだろう。


 難民達は負傷兵なのか手足を欠損している者も多く、ヒナは眉をひそめた。その視線に気付いたサトカが小声でこの中立地帯にいるのは基本的に両陣営から離脱した負傷兵や脱走兵と、その家族だと説明した。

 彼らの多くは戦闘に疲れ、継戦意欲を失った者達だが、かつては惑星政府の撤退勧告に従わずに残留して戦うことを選んだ者達なので「取り残された者」ではないらしい。


 それ故に難民キャンプ内でも元の所属陣営に別れた派閥が形成されており、小さな小競り合いは日常茶飯事なのだとか。

 さらに最近では難民キャンプを出て戦線へ復帰する者も現れ始めたとサトカは言う。


「逃げたのにまた戦線へ戻るって……何か変化でもあったの?」

「ええ。それが今回追加支援要請を行った理由でもあります。新たな戦車(チャリオット)が登場したのです」


 チャリオットとは両陣営が開発している戦闘兵器の事らしい。

 以前は装甲ビークルだったものが武器を搭載し、戦車(タンク)のようになり、その後もアーレスの戦闘車両は進化を続けた。

 そして10年前に政府が惑星脱出を決断した最大の理由が戦車(チャリオット)の登場だった。


 これまでの無限軌道方式ではなく四脚を備えた異形の戦闘車両。


 アインツが開発した軽量高機動型のチャリオットは従来戦場にならなかった荒れ地でも容易に踏破し、戦線を拡大した。


 ツヴァイが開発した重装打撃型のチャリオットは固定砲台並の火力を自由に移動させ、これまで射程の関係で被害を免れていた地域にも砲弾の雨を降らせた。


 結果としてチャリオットは戦争を終結へ向かわせるのではなく戦禍をあおり……。

 それまで中立だった大統領府があった星都にまで戦禍が拡大したことで、多くの住民はアーレスを見限って星外へ脱出したのだそうだ。


 そして半年ほど前、再び戦況は大きく動いた。

 新型のチャリオットが登場したのだ。「フォボス」「ダイモス」と呼ばれる新たなチャリオットは、なんと二足歩行する人型だったという。

 人間のように四肢を持ち、圧倒的な踏破力と戦場に合わせた武器の持ち替えを行うそれは、汎用的な陸戦兵器として完成形に近いものだとサトカは評した。


 だが、その人型チャリオットには大きな謎があったという。

 それは、アインツ、ツヴァイのどちらの軍勢にも属さない、第三勢力が運用しているという不可解な事実だ。


「アインツ、ツヴァイならドライ研究所があったんじゃないの?」

「いえ、この星には研究開発の拠点はアインツとツヴァイしか存在していない……はずなんです」


 30年にわたり戦争を続けていたのはアインツとツヴァイであり、第三勢力、それも両陣営を凌駕する高度な技術力を持つものが突然現れることは普通に考えればあり得ないとサトカは言う。


「その人型っ、高機動型ですかっ?それとも重装型っ!?」

「それが……フォボスは高機動型、ダイモスは重装型で……両機種でロッテを組んでいるんです」


 マリエッタの問いはその人型がどちらの陣営の技術によるものかを問うたものだが、サトカの答えが意味するのは……人型は敵対し、殺し合う両陣営の技術を兼ね備えているという事実だった。

 開戦の経緯が技術的価値観の相違にある以上、アインツが重装甲を施したチャリオットを運用する筈は無いし、同様にツヴァイが高機動に頼るはずもない。


 そして人型が採るロッテは戦闘編成の一つで、役割の異なる二機が一組になって戦う戦術だ。

 ダイモスが前面に立ち、フォボスが援護に回るという立ち回りをするということは、フォボスとダイモスは偶然同じ場所で戦っている訳ではなく、明確に味方同士だということだ。

 それらの事実が意味するのは……敵対している両陣営の技術を包括的に利用することができる第三者がいるということにほかならない。


「戦線に戻るっていうのは?その人型とどう関係するの?」

「その第三者……仮にドライとしますが、ドライは『負けている側を支援』するんです」

「なにそれ。正義の味方気取り?」


 ヒナが呆れるのも無理はない。負けている側を支援するというのは一見すると弱者救済の善行に見えるかもしれない。

 だが、長年継続する戦争を終わらせるためにはどちらかが勝つ必要があり、それは言い換えればどちらかは負けなければいけないということでもある。

 その「負ける機会」を奪うと言うことは、ただ戦争を長引かせることでしかない愚行だったから。


 だが、戦争の当事者である難民達の受け止め方は違ったらしい。

 厭戦気分で戦線を離脱したとはいえ、元は戦争を続ける事を願ってアーレスへ残留した人間達である難民の中には、ドライが参戦して支援してくれるなら自分達の陣営が勝てるかもしれないと考えた者も多数いたそうだ。

 元の陣営には戻れなくてもドライに参加すれは自軍を支援できるかもしれない。家族を守れるかもしれない。

 そう考えてドライに参加し戦線へと復帰するのだとサトカは言った。


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